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3章22話:嘘つき達のダンス

「ほの囮! 夏葉!」

「よがっだよぉぉぉぉおぉお! ぶぇぇぇぇえん!!」

「おいこら病室……」


 保健室に通されるや否や、海知とニコラがベッドに駆け寄ってきて僕たちの手を取った。いや取るな。うざったそうに払い除けると海知はすごすご手を引っ込めた。


「あと夏葉はまだ寝てるから、静かにな」

「あ、ホントだ!? えぇ、ボクがせっかくきたのになー。起こしちゃおっとぉ」

「やめろよニコラ。夏葉も不安だったんだ。あんな山奥で彷徨って……可哀想に」


 目を伏せる海知。ホント、こういう時のための主人公なんだけどな。なんでこうコイツは肝心な時に何も出来ないのか。

 

 さて、結局あの後どうなったのか。僕と夏葉は駆けつけた先生方によって保護され、保健室に押し込められて今に至る。翠雨さまの神域では此岸と同じように時が流れていたので、時刻はちゃっかり夜の19:00だった。時刻的にはギリギリだったといえる。何が、といえばキャンプファイアーの話だ。

 女子たちに引きずられて保健室から出ていく海知に手を振る。残ったニコラは僕を見て言った。


「ねぇほの囮、山でボクの夏葉に何してたの?」

「お前といい月潟といい、もう少し人を信用してくれませんかね」

「…………ほの囮、君さぁ」

「ん、んん」


 ニコラが何か言おうとした瞬間、夏葉がこちらへと寝返りを打つ。それを聞いて口を噤むと、僕を睨みつけながら保健室から出て行った。

 ベッドに腰掛け、僕は一息ついた。色々と考えることは多い。だが僕は結構晴れやかな気持ちだ。自分の進むべき道とその結末までちゃんと組み立てた。あとはそれに向けて進めばいいだけだ。

 さて、何やら外が騒がしい。ああそろそろ始まる時間だった。

 

「キャンプファイアー、か」


 夏葉が眠りこけなければ海知にぶつけることも考えたのだけど、この通りである。そうなると海知は誰と踊るのだろうか。あんまり同じクラスでフラグ立っていた記憶がないのだが、もしや委員長か? まぁ冗談はさておき、おそらくはニコラか月潟……。

 そこまで考えて何かムカムカしたものが込み上げてきた。ち囮意外のことで此岸に未練などないが、海知が月潟となどと想像したら無性に腹が立つ。まぁ見た目だけならヒロインなんだし、ちゃっかり踊ってても不思議ではないのだけど。


「とか思ってたりするのかな、それありえないくらいムカつくから撤回してほしいな〜」


 声がした方を見ると、扉に背を預けて月潟がじとーっとこちらを睨んでいた。


「なんか用かよ」

「逃げてきた」

「は?」


 僕のベッドに腰掛ける月潟。逃げてきたとは?


「なんでほの囮くんのいないイベントに参加しなきゃいけないのかな? 盛大な罰ゲームだよ」

「一応学年にはお前のこと慕ってる奴もいるって聞いたんだけど」


 JOINTの一件以降、月潟の人気は高い。男子からも女子からもだ。女の子が好きだと公言する月潟にとって悪くない状態のはずなのだが。


「有難いお誘いだけど私は踊りの素養がなくってさ。だからこっちでお誘いをしようかな、と」


 月潟が取り出したのはごくありふれたチェスボード。そして2組のティーセットだった。


「どう? お紅茶キメながら一局打たない?」

「誘い文句の素養もないな……」


 コイツは僕が薬物を死ぬほど憎んでるのを知っててこの誘い文句をしてくるからタチが悪い。まぁこんなことで怒ったりはしないし、それをコイツも分かってるのだろうが。


 保健室の隣、給湯室にはテーブルと椅子がありチェスをするには最適だ。

 紅茶を片手にポーンを動かす月潟、実に様になっている。ちなみに多分これいい食器使ってるな。どこから仕入れたのか気になるところだ。

 チェスを打つのは久しぶりかもしれない。時間で言うと北湊滅亡後の樹海、最後に打ったのは山の神の代替わりが起こる3日前だろうか。


 月潟は上手かった。打ち筋はかみさまと同じで、定石から外れた奇想天外さが売りである。逆に僕は基本に忠実でありながら、各所で隙を作り出し自分のペースに引き込む戦術が得意である。かみさまの戦術があまりにもトリッキーすぎたので、こうでもしないとマトモに戦うことが出来ないのだ。


「あ、上手いねそれ。ほの囮くん根が真面目だから地味な罠を張られると気付きづらいな。10手前のミスにはそんな意味があったんだね〜」

「逆にお前は奇想天外すぎ。7手前のクイーンの動き方、何アレ」

「まぁ全ては終わりを見越した動きなのだよ」

「どうだか」


 さてチェスが進む中で僕はずっと考えていた。無論この勝敗もそうだが、月潟がチェス試合を持ちかけてきた理由を、だ。わかりきった答えではあるのだが。


「意外と回りくどいことするよな」

「私はこういうの好きだからね。君もそうでしょう?」

「………否定はしない」

「入りは回りくどく、けれど要件は直接的にがモットーだよ〜」

「じゃあ直接的にどうぞ」

「奴奈の神と話したでしょ?」


 駒を持つ手が止まる。光の差さない大きな瞳が僕を射殺さんと佇んでいる。月潟はその端麗な口元を少し歪ませて、ニコリと笑う。


「私の方でもあの後いくつか推理してみたんだ〜。物事には必ず理由があり理屈がある。それは彼岸の存在だって例外じゃない」

「何の話だ」

「失踪事件の話だよ。実際に歩いてみたらわかるけど、あの場所での失踪はあり得ない。それこそ今回みたいに奴奈の神が干渉しない限り、小学生とはいえ数人が一斉に消えるなんてあり得ないんだ」


 月潟は紅茶で喉を湿らせてから続けた。


「となると理由は幾つかに絞られるけど、私が1番推してる説が1番有力だと思うな。答え合わせしてもいい? 君は『本人』から聞いただろうし」

「………お好きなように」

「人身売買、をミスった上での殺人。学校側と警察はグル、そうなると報道機関も多分グル。こんな感じかな」


 やはり月潟は天才だ。数少ない情報から100に近い正解を叩き出してきた。彼女の中を漂う思考と知識を理論という名の箱に詰めて、論理として筋道を作る。これを僅かな期間でやってのけるというのはそう簡単なことではない。


「調べたら頚城センセの元奥さんは市議会議員だったね。同時期に教育委員長が失脚してるし、色々仕組まれてたんだろうなぁって。どう? 当たってる?」

「僕はお前が怖い」

「あははは! とても光栄だよね、だよね、うん。でも本当に怖いのはこの街の闇の方だからね。ほんと、早く滅ぼさないと」


 チェスボードで縦横無尽に動き回るクイーンは、これからの彼女を指し示しているかのようだった。

 僕と月潟の向いてる方は多分一緒だ。だけど僕は弱く、そしてこいつは強い。そんなのわかってる、わかってるんだ。


「………これはアドバイスなんだけどね」

「…………?」

「奴奈の神と組むのはやめた方がいいよ」


 それを聞いて僕は思わず席を立った。月潟を見下ろすようにして彼女の目をまっすぐと睨み付ける。

 お前が翠雨さまの何を語るというのか。お前は何も……何も……いいや、何も知らないなんてことはないことを、僕はよく知っている。月潟はある意味ではまだ『山の神』なのだから。


「彼岸に近づきすぎると彼岸に引き摺り込まれる。今の奴奈川姫が何を提案したのかは知らないけど、神に100%の善意はあり得ない」


 そんなことわかってる。だが翠雨さまの目的は単純であり、それを僕に開示してくれた。それは善意ではないが、悪意でもない。


「お前は今の奴奈川姫を知ってるのか?」

「ううん。知らないよ。でも神代の時代を生きた神は、性質的に原初の神の影響力が強くなる傾向にある。方針が大きくズレることはないんだよ」

「何が言いたい」

「奴奈の神は、とても神らしい神なんよ。今代の神の意思が強い山の神とは大いに異なる。君は山の神の妄執に囚われつつも自我を確立している。一方で神になった少女は本来は器でしかないんよ。それは、奴奈川姫だって例外じゃない」


 神を経験した少女はなんの感慨もなさそうに、ただ事実を述べたかのように告げる。


「奴奈の神には必ずどこかでストップがかかる。故に君は鉄砲玉だよ。最後にはボロ雑巾のように使い捨てられて彼岸に引き摺り込まれる。今代の奴奈の神がそう望まなくても、彼女はその意志には逆らえない」


 翠雨さまは僕のことを人形ではなく道化と言っていた。アレは最初バカにされているのだと思っていたけれど、もしかすると……自分が人形であることを自嘲していたのかも、などと思ってしまった。


「話は終わりか? この間に僕はだいぶお前を追い詰めたんだが」

「あはは、ぬるいぬるい〜。チェスは王の遊び、最後に立っていたものが勝つんだ。ほら」


 月潟の一手が突き刺さる。今までの集大成とも言える一手により、一気に形勢は逆転した。まさしく王の、いいやかみさまの戦い方である。


「チェックメイトだ。やっぱり結構強いね、ほの囮くん」

「負けたら何の意味もないだろ」

「いずれ勝ちを拾えるようになるよ、きっと。生きてさえいれば」


 月潟の目から笑みが消えた。

 それは、明確な怒り。月潟は珍しく怒っていた。


「何も考えずに北湊を滅ぼすだけ言ってるからまだ良かったよ。でも君、奴奈の神と話して少し変わったでしょ。それも破滅的な方向に」

「………………だからなんだと」

「死なせないよ」


 白のクイーンの駒をトントンと指で叩く。僕も負けじと彼女を睨み返す。

 月潟はしばらくして、にへらっと笑った。


「まだ協力関係は続けてくれるよね? それなら暫くこのままでいいかな」

「………そのつもりだけど」

「じゃあ……踊ろっか」

「は?」


 緊迫感ある空気を破壊するかのように、月潟は僕の手を取った。そのまま部屋から出て走り出す。

 ああ、お互い分かっているのだ。今のままでは平行線なのだと。だからこうやって結論を出すことを先延ばしにする。いずれにせよ、月潟の手を借りないという選択肢は存在しない。


「どこ行く気だよ」

「せっかくならキャンプファイアー見えるところ行きたいじゃない?」


 階段を駆け上がり屋上の前にたどり着く。鍵は空いているようで、僕らはそこから屋上へと侵入した。

 星がよく見える夜だ。昨日の観望会でも思ったが、奴奈の街は星が綺麗で良い。翠雨さまはクソ田舎だと言っていたが、僕はこの街の方が北湊より幾分も好ましかった。

 屋上からこの施設を一望できる。ちょうどキャンプファイアーはクライマックスに突入しているようだった。


「お、海知だ」

「へ? どれどれ〜? ああ、千秋ちゃんを選んだんだ〜?」


 キャンプファイアーの真ん中で、海知と手を取り合う金髪ツインテールの少女。京ヶ瀬千秋。柏崎ハーレムの1人だったな。まぁハーレムの中で言うと消去法的にこうなるだろうなとは思っていた。


「夏葉は保健室、私とほの囮くんは屋上、ニコラちゃんは回避するだろうし、他の面々は学年違くて林間学校きてないから必然的に千秋ちゃんになるよね〜」

「それで結ばれてくれるなら万々歳なんだけどな」


 夏葉には申し訳ないが海知が誰かと結ばれてくれるならそれに越したことはない。まぁ簡単に結ばれてハッピーエンドになるわけないのがニコラの作ったゲーム盤なわけで、現在は停滞状態といったところだ。

 月潟もそれは分かっていて、まるで星でも見るかのようにキャンプファイアーを眺めていた。


「………僕踊れないぞ」

「私もさっき言った通りだよ」

「それでも踊ると?」

「踊れないのと、踊りたくないのは話が別だからね。得た権利は最大限行使しないと〜」


 ボウリング大会の権利、誰か任意の人と踊る権利を得る、か。まさか本気であの噂話を信じてるわけではあるまいに。

 いや信じていたとして、それで僕と踊りたいというのは納得できない。ということはいつもの悪ふざけだ。月潟琵樹が、犀潟ほの囮を好きになることはない。ならば僕に求められているのは、笹神幽々火として振る舞うことだろう。


「そうですね」


 もう決めたことだ。

 僕は笹神幽々火として生き、笹神幽々火として彼岸に行く。ならば月潟と戦うのは犀潟ほの囮ではなく笹神幽々火であるべきだ。犀潟ほの囮では月潟琵樹には敵わないし、翠雨さまに殺してもらえない。

 髪を下ろして眼鏡を外し、前髪をピン留めしてリップを引く。これだけで僕は私になれる。

 そうして月潟に向かって手を差し出した。


「お手をどうぞ」


 軽く笑顔を作って見せると、月潟は目を丸くしてそのまま少しだけ目線を逸らした。心なしか頬も赤いようにみえる。本当にこう言うやりとりに弱いんだな。翠雨さまは逆にこういうの大嫌いらしいけど。

 

「…………ずるいと思う」

「何がです?」

「幽々火ちゃんの顔で言うの」

「犀潟ほの囮は無様な踊りを披露してしまいますし、こちらならば幾分かマシでしょうから。それとも嫌ですか? 私と踊るの」

「…………ヤじゃない。かっこ可愛い、お嫁さんにしたい」

「なんか色々突っ込みたいですけど、ともかくお手を」


 月潟の手に触れる。人形の手じゃない、温かみのある人間の手だ。これからを生きていくことの出来る温かみを持っているのだと実感する。

 僕は月潟に気を許さない。月潟も犀潟ほの囮を好きになることはない。だけどこれはルールだから。ニコラの作ったクソみたいなルールを馬鹿正直に守るのか? などと思いながらも、僕は自分の心臓の鼓動が強くなってることを自覚しなくてはいけない。

 上手くないなどと宣いながら見惚れるようなダンスを踊る彼女。コイツも大概嘘つきだ。だけど今は、そんな嘘つきがいることに感謝したい気分だった。

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