3章21話:逢いに行く
高層神殿の内部はいくつかの部屋に分かれており、そのどれもが神官の部屋を彷彿とさせるような厳かな装飾が施されたものとなっていた。
特に目立つのは翡翠の装飾品だ。日本有数の翡翠産地であるここ奴奈市では古代より翡翠の装飾品が流通していたとされ、それを裏付けるような考古資料が発掘されている。
「ここには、私の前に奴奈川姫だった少女たちの生きた証が部屋として残されています。それこそが神となった人物が最初に受け継ぐものの1つ、『資料館』です」
「生きた、あかし……」
「原初の神からみそめられた少女は次代の神になる際、2つのものを受け継ぎます。1つは『社』。死を迎え、神となった少女が住むべき神域。それが社です。お前も今そこを活動拠点にしているでしょう?」
僕にとっての『社』はあの樹海の神社だ。かみさまと出会い、かみさまと暮らしたあの神社は僕にとっての家だ。
恐らく先ほどまでいた空間、紛らわしいのだがあそこが奴奈川姫の『社』なのだろう。後で外観を拝ませてもらうとしよう。
「2つ目は『資料館』。歴代の神はここに"保存"されます」
「保存……っていうのは」
「お前は先ほど、かつて神だった少女はどこに行くのか尋ねましたね? 答えはここです」
翠雨さまが振り返る。そこに居たのは翠雨さまではなく、奴奈川姫だ。わずかな光源によって照らされた小さな体躯、その背後には一人分だけでない幾つもの影があった。
「ここに来れば、神は幾多もの少女と対話を行うことが出来ます。お前は『彼岸』についてどこまで知っていますか?」
「………死後の世界、としか」
かつてかみさまは、彼岸について『神域』と『涅槃』に分けて語っていた。
「彼岸にも色々あるので割愛しますが、少なくともこの地は『神域』です。生者は何故、死者と対話することが出来ないかわかりますか? 文字通り住む世界が違うのもありますが、彼岸では人間の区別が難しいんです」
「………と、言うと」
「有史以来、何億という人が彼岸に来るわけですよ? 区別など出来るわけがない。その点、『神域』は彼岸の領域とは一線を画します。私たちは特定の死者の記憶にアクセスすることが出来る」
つまり彼岸というデータベースの中の1区画が神域、ということか。
「神は代替わりによってその役目を終えると彼岸に行きますが、その魂はこの神域からアクセス可能なんです。
お前の求めている答えを言うのならば、只人と同じ土俵には立っていない」
「……………………」
「お前にとって不可解なことは2つ。1つは月潟琵樹の存在、もう1つは犀潟ほの囮の存在。おそらくいずれもイレギュラーです」
死者として神域に保存されているはずの月潟と、そもそも死んでないのに神となった僕。これは僕がずっと抱いてきた疑問であった。
「その2つは、山の神が"ゲーム盤をひっくり返す"という何かイレギュラーな処理をしたことによって生じたエラーのようなものでしょう。お前は生者なのに死者しかなれないはずの『神』となり、死者であったはずの少女は現世にて生命を宿すに至った」
「…………」
「お前が山の神の記憶を保有していないのは、前の山の神である月潟琵樹が『資料館』を引き継いだからでしょうね。その点でいえば、今代の山の神は月潟琵樹ということになります」
本来であればあの優しい女の子が山の神で、彼女から憎悪と妄執を切り離し、そちらを引き継いでいるのが犀潟ほの囮。
逆じゃなくてよかったと心底思う。やはり月潟に北湊滅亡なんてさせちゃいけない。最後の山の神は僕であるべきだ。月潟に苦しみを味わせたくなんてない。
「『資料館』と『社』を引き継ぐ際、原初の神は2つのことをします。1つ、現在の神を『資料館』に保存すること。そして2つ、新たな神に先の2点を譲渡し、神のなんたるかを教育すること」
「………………つまり」
「お前が『かみさま』と呼ぶ存在、それは確かに山の神の記憶の集合体です。ですが間違いなく、確かに、お前に継承を行おうとした『人物』がいるはずですよ。
お前の『幽々火』と言う名前は、その者から取ったのではないのですか?」
顔が強張ったのが自分でもわかる。
どうして思いつかなかったのか。そうだあの時、僕が山の神を継承したあの夜、幽霊たちは言っていたではないか。
ーーゆゆかさま。
あれが、『原初の山の神』の名前なのだとしたら。
ーー私を、みつけて。
少女の声が頭に響く。月潟琵樹の顔だったが、あの時僕に語りかけたのはきっと月潟琵樹ではなく……。
「かみ、さま……?」
「お前は『かみさま』に"逢え"ますよ。資料館にお前が保存される時、お前は彼岸……三途の川の向こう側で『かみさま』ーー原初の山の神に逢えます。だから……」
翠雨さまの声が止まる。何事かと思って翠雨さまの方を見たが、目がぼやけて見えなかった。
涙だ。僕は泣いているのだ。こんなに涙腺が脆かっただろうか? あはは、全然止まらない。
かみさまは居た。居たんだ。なら僕はやはり逢いに行くべきだ。山の神として死に、山の神を正しく終わらせてその憎悪を取り払った時、僕はちゃんと救われる。彼女に辿り着ける。
「……お前は本当に泣き虫ですね。やはり神に向いていなさすぎます」
「す、すみません。今泣き止みますから、ほんとすみません……」
「構いません。そこでウジウジ泣いてなさい。どうせ聞いてるのは歴代の奴奈川姫だけです」
「結構いっぱい聞いてますね!?」
僕は無理やり涙を拭って泣き止んだ。沢山の女の子に泣き顔見られるとか嫌すぎる。
「さてと。それでは戻りますよ」
翠雨さまは僕の手をとって僕に目を瞑るように指示した。
言う通りに目を瞑り、再び開くとそこは先ほどまでお茶を飲んでいたあの空間だった。
「そういえば、お前に渡しておくものがあります」
「へ?」
翠雨さまは突然そんなことを言い出すと、僕についてくるよう指示した。翠雨さまに社の一室へと案内される。そこは、
「加工場……?」
「趣味なので」
石のかけらが散乱した一室には、鉱物加工用のピックなどの道具が用意されており、まるで加工場の如き異質な空間だった。
「暇があればここで翡翠の加工をしています」
「は、はぁ……え、これ凄……」
翠雨さまから手渡されたのは、ペンダントに加工された翡翠だった。少女が1人で作るにはあまりにもクオリティの高い一品であり、正直売り出せるレベルだった。
「ん」
翠雨さまが顎で指示する。僕はなんのことかわからずに戸惑ってしまった。
「へ? あ、ああ、返します返します」
「ふんっ」
「あだぁ!?」
鳩尾にパンチが入る。先ほど同じところを殴られたダメージもあるので結構痛い。
「な、なに……を……」
「鈍感ゴミ屑妹に対する制裁です。お前は人間の癖に人間の心を読むのが下手くそすぎです。一回彼岸に行って出直してきなさい駄犬」
「言葉の暴力の方が強い!」
なんか怒ってるけど僕には何故怒ってるのかさっぱり……いや、待て……。
「もしかして、頂けるんですか……?」
「もうくれてなどやりません。対価を払いなさい」
翠雨さまがデレて僕にペンダントをプレゼントしてくれたのに、僕はそれに気付かず返そうとしたのか!? 僕のばか! もう知らない!
「本当にすいません……どうしたら頂けますか……?」
「………では、私に体を貸しなさい」
「からだ?」
このやり取りは時間遡行前にもあった。いわゆる、神憑りである。
「私の信仰があるのは奴奈地域や日本神話にゆかりがある土地のみ。北湊に関しては私の信仰がほぼありませんので実体化が不可能です。お前の体を貸しなさい」
「や、まぁそれはいいんですけど……なんで北湊……?」
神域である樹海なら実体化は出来るだろうし、わざわざ北湊の街を歩く用事なんてないだろうに。
「お前、奴奈市を見て何か思いませんか?」
「え、まぁ、自然豊かな街だなと」
「クソ田舎です」
そんな身も蓋もない……。
「少しは人としての生を楽しみたいと思うのも、神としての心情でしょう。食べ物とか、お洒落とか」
なんとも女の子らしい理由だった。でも待って、それって……。
「……それ、僕の体で楽しもうとしてるわけですよね」
「そうですね」
「翠雨さま、好みのファッションはなんですか?」
「私、一つ憧れがあるんですよ。ゴシックロリータというものに。お前の姿ならよく似合うことでしょう、実に楽しみです」
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!」
その後ペンダントを獲得したにもかかわらず、僕はとても喜べるような感じではなくなっていた。対照的に翠雨さまは無表情ながらその興奮を隠せていない。
つくづく僕は神という存在に振り回されるし、そしてそれが何よりも幸せなことだと思うのだ。
◇◆◇
その山小屋は神域ではない。ギリギリ此岸に位置しており、故に夏葉を留めておくのには充分な場所であった。
「因みにこれ、僕を運んだのって」
「私の使役する付喪神を使いました。一応山小屋については彼らに見張らせていましたので、お前のツレの無事は確認済みです」
「何から何までご配慮頂き、本当感謝してます」
彼岸の境目まで下山すると、再びあの山小屋にまで戻ってくることとなった。
翠雨さまは割と興味なさそうに山小屋の前で待っていた。僕は眠っている夏葉を背負い、小屋から出る。
「落ち着いたら今度はそちらに伺います。お前に礼儀作法など求めてはいませんので気楽に待っていなさい。ちなみに私の好物は胡桃柚餅子です」
「また随分と渋いチョイスを……えぇ、はい、用意しておきます」
寧ろこうやって用意して欲しいものを言ってくださるのは助かる。県民のソウルスイーツたる胡桃柚餅子、一応新市街地の方に売ってる店があったのでそちらから仕入れることにしよう。
結局今回の件、蓋を開ければ翠雨さまにはお世話になりっぱなしであった。月潟とはまた違った同盟関係の締結、僕のメンタルケア、情報の開示、翠雨さまは幾らでも僕を騙して動かす手管があったはずだ。なのに僕はこの人に面倒を見てもらっている。もしかしたら僕が馬鹿なだけで利用はされているのかもしれないが、それでもいいと思えてしまうのは僕が神に対して全幅の信頼を置いているからなのだろう。
「ん、んん……」
などと和んでいると、後ろから夏葉の呻き声が聞こえてきた。眠りが浅くなっているのだろう。
「あ、やべ。翠雨さま、それではまたのちほど」
「早く行きなさい愚妹。それと、月潟琵樹には注意するように」
「へ?」
「アレを信用すれば最後、お前の負けが確定します。頭脳戦での敗北ならともかく、色仕掛けに掛かって敗北など私のプライドが断固許しません。そうなったら即座にお前を殺します」
「は、はひ……」
神としてのプライドが高いところは長所なのか短所なのかわからない。個人的には怖いです。
さて翠雨さまと別れて山を降りると、既に霧は晴れており周囲の視界は良好であった。神域に近い場所に対してはこんな芸当まで出来るのか、流石は翠雨さま。
「ん、んん……あ、あれ……」
「おはよ」
「ほ、ほの囮!? え、と今の状況って」
「3文字で簡潔に表してやる。我、山、降。以上」
「なんか雑じゃないかしら!?」
喚く夏葉。暫くして気まずそうに押し黙った。
「ねぇ」
「ん?」
「誰と、会ってたの?」
夏葉の質問に答えることはない。僕は何も語らず、しっかりと一歩一歩踏みしめて歩く。僕はもう後ろは振り返らない。山の神を復活させ、翠雨さまによって首を括られ、かみさまに逢いに行くその時まで僕は生きるのだ。
だから夏葉などどうでもいい。僕は僕の敵に対峙するのみだ。敵とはつまり、そう。
「ほの囮くん!!!」
夕焼け空、その眩しい光を背にした少女がこちらに走ってくる。その表情はひどく焦っていると同時に安堵に包まれていた。
僕も彼女の顔を見て少し驚いてしまった。コイツは意外と焦ったりもするのだなと。僕にとっての月潟琵樹は協力者でもあり、ライバルでもある。翠雨さまという強力なバックを得た上でもコイツに勝てるかは分からない。だけどこうして人間らしいところもあるのだから、必ず出し抜く方法がある筈だ。……っておい! 抱きつくな!
「え、なんで拒むの? 感動の再会なんよ?」
「数時間しか経ってないだろ……あと後ろに夏葉いるから」
「おぉ! 夏葉も無事で何より何より!」
「今、私忘れ去られていなかったかしら?」
何かと不憫な夏葉、お前は泣いていいぞ。
「怪我はない? あと2人きりで何したのかは詳細に聞いていい?」
「な、ななななな!?」
「何もしてない。信じろ」
何故かあわあわしてる夏葉はさておき、僕はジト目で月潟を睨んだ。
「んー、直球勝負は頂けないかな〜。英国風に言ってよ」
また難しいことを……。
「"信頼とは信じ難いものを信じること"。お前にとっては信じるのは難しいことか?」
「G.K.チェスタートンだね。うんうん、合格♪ いいよ。でもその代わり、それ以外のことは後で聞くとしようかな」
月潟はその月光色の瞳を見開き、僕の瞳を覗き込む。そこから何を読み取ったのかニコリと微笑んで僕の前を歩いて行った。
その後僕たちは先生方に保護され、医務室に連れていかれることとなる。時刻は夜の18:00、キャンプファイアーのお時間だ。まぁ、期せずして僕は1番のクソイベントを回避できそうである。




