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3章18話:林間学校2日目⑤

「ふく、しゅう……」

「お前は山の神の歴史を知らない。何を思って北湊を滅ぼすのかもよく知らない。

 持ち前の信仰のしやすさーー『信仰体質(しんこうたいしつ)』とでも呼びましょうか? そんな信仰体質によって憎悪と狂気と妄執に取り憑かれてしまった哀れな道化。それがお前です」

「そ、んな、こと……」


 ないと言い切れるだろうか?

 僕が北湊の滅亡を願う理由はなんだ?

 それはかみさまの意志に他ならない。かみさまによって救われ、かみさまによって生かされた僕。生きていても何の価値もない僕が、今こうして生きているのは何のためか。

 全てはかみさまの意志を継ぐため。かみさまに辿り着くため。そこに僕の意志など存在しない。


 ーーこれが道化でなくてなんだというのだろうか。


「かつて山の神を拝命した巫女たちは、ただ憎悪に飲まれてその意識すら塗りつぶされ、『原初の神』の依代としてしか役割を全うできなかったものすら居たと聞き及んでいます。

 その点、お前は見どころがあります。道化にすらなれなかった『人形』たちと違ってお前はまだ自分の意識を保てている。

 今代の奴奈川姫が私で、山の神がお前であったというのはある種運命じみたものを感じますよ」


 少女は僕の頬に手を添えた。僕はただ固まって何も出来ずにいる。それは彼女への恐怖とか畏れとかそういうのではなくて、きっと自分への恐れだった。

 そんな僕を見て、少女の目が笑う。無表情だが目だけは残酷な笑みを浮かべていた。




「私と一緒に北湊を滅ぼしましょう? お前自身の動機など後から幾らでも付いてきます。そもそも街を憎む気持ちがなければ、巫女にすらなることができません。お前にも、街を憎む気持ちは沢山ありますよね?」




 少女の瞳から目が離せない。翡翠色の宝石にはそこの見えない闇が広がっており、手を伸ばせばどこまでも引き摺り込まれそうな感覚さえ覚えてしまう。


「なん、で……」

「……………」

「なんで、滅ぼしたいんですか? 貴方はきっと、山の神の呪いを受けていない筈なのに」


 北湊の滅亡。

 それは山の神にとっての悲願だ。だとしたら奴奈川姫を継承した目の前の少女には関係のない話だろう。僕と共犯になってまで北湊に執着する理由とはなんだ?


「神は他の神の縄張りを侵すべからず」

「……………?」

「それが、産土神(うぶすながみ)に課されたルールです。ならば滅したい地域の神と協力さえすれば滅ぼすことができる。そう考えるのが妥当では?」

「そんな方法論の話はしてないです! 僕が聞きたいのは」

「ホワイダニット(why done it)。私の動機ですよね。では昔話をして差し上げましょうか。と言っても、20年前の話にはなりますが」


 少女は目を瞑り、過去を語り始める。僕が先ほど見た悍ましい夜の森の光景を。


「私は20年前に12歳で人としての生を終えました。助けてあげるなどと息巻いて一緒に逃げた友達を見殺しにした挙句に、自分自身も無惨な末路を迎える。無様なことこの上ない」

「……………」

「ですがそれ以上に無様なのは、私を死に追いやった人間が『私の親』だということです」

「ーーーーーーーッ!? やっぱり……」


 僕はこの話を知っている。

 僕はこの少女にまつわる話を昨日の段階で聞いているのだから。

 恐る恐る確認する。彼女の素性を。


「貴方は……頚城先生の娘さんですね?」

「その先生(・・)がどちらを指すのかによって私の態度は大きく変わりますが、まぁお前の言う『先生』は父親の方でしょうからそこは肯定します」


 複雑そうな感情を孕む声音だった。しなしなとへたり込むアホ毛で何となく判断できる。


「安心しなさい。私を殺したのは父親の方ではなく母親の方です」


 僕の心中を察したのか、少女はフォローを入れた。僕には毎年林間学校に参加してまで娘を探し続ける父親を悪だとは思えなかった。そこは素直に安堵している。


「私は死の直前、神にみそめられて次代の神となりました。通常神になった少女はその大元の神である『原初の神』によって、神の何たるかを教えてもらいます。いわばOJTというやつですね」

「神レベルの新人研修ですか……」


 話は壮大なのにやってることが新卒研修みたいで思わずツッコんでしまった。


「私が奴奈川姫としてこの地に降りた頃、私の父がこの山を訪れる光景を何度か見る機会がありました。此岸の者との関わりはしないこと。それが原初の神の教えでしたので、私はそれに従いました」


 自身の父親が自分を探しに何度も訪れる。そんな光景を目にして彼女は何を思ったのだろうか。だがその葛藤を捨て置き、話は進む。


「父は私が聞いているか聞いていないかにも関わらず、様々なものをお供えてしては山によく語りかけていました。自身の近況や、私がいなくなった後の北湊の街について。その際の感傷はどうでもいいですが、問題はその内容です」

「内容…………」

「私を殺したあの女は……北湊の市議会議員になっていました」

「……………………え?」


 市議会議員。

 犀潟家の爺さんがそうであったように、一つの街の議員というのは一定の力を持っている。しかもそれが北湊という街なら尚のこと。


「あの女の実家は確かに街の有力家ではありましたが、市議会議員として当選できるだけの力があった訳ではない。ならば何かしらの存在がバックに付いたと考えるのが妥当です。

 奴奈川姫の信仰心が強いこの奴奈市なら、私は動き回ることができる。そう考えて図書館でいくつか調べ事をしました。


 ……結論はすぐに出ました」


 かつてかみさまが言っていたように、土地神の行動範囲はその信仰心によって変わる。故に奴奈川姫はこの地では好きなように行動できるのだろう。


「貴方は北湊の街を狂っていると思ってますね? それはどんな視点からそう見えますか?」


 唐突だった。

 僕は訝しみながらも素直に答えることにした。


「人を人と思ってないような風習の数々、平気で人殺しを行う悪魔ども、麻薬に汚染されてあまつさえ他人をも引き摺り込もうとする社会のゴミ。それを肯定する街全体を見て、狂ってないと言える方がおかしいと思います」

「同意見です。ですが言われたのではありませんか? お前が思っている以上に、北湊市という街の闇は深い」


 ーー「ふふ、おもっしいんだよ、この街。1000年以上の年月の中で紡がれた負の歴史はここに記憶として残ってる。ほの囮が思っている以上にこの街の闇は根深い」


 いつかピアノ椅子に座って話をしたとき、かみさまはそんなことを言っていた。僕は北湊市の闇の入り口しか知らないのではないか。だがそうだとしたら、これ以上悍ましい話が飛び出てくるというのか?

 

「あの女が何をしようとしていたのか。私は何故殺されなければならなかったのか。どうして丁寧な捜査がされることもなければ、私の友人たちが発見されることもなかったのか。何故未解決事件として名を残したのか。

 そんなの当然ですよ。


 あれを北湊市という街が主導して行ったのですから」

「……………………………え?」


 少女の発言に思考が止まる。だが少女はそのまま続けた。


「私が奴奈川姫としてこの山で生きる中で、3度ほど私と同じような被害者を見ました。皆、同じように林間学校の生徒の中から1人選ばれて」

「な、なにを……いって……」

「神隠しの正体です。連中は20年前、『本来の目的』を果たすために私たちを追いかけていた。私や友人が死んだのはある意味では事故に過ぎません」


 淡々と話しているように見えて、少女の声は怒気を孕んでいた。


「本当なら本命の1人でよかったはずなのに、連中がその子を死なせてしまったことで、泣く泣く我々に刃を向けることになった。いいえ、むしろその時点で私を使って次の政治パフォーマンスを考えていたのでしょうか。だとしたら中々の策士ですよ」

「……………話が、見えないんですが」

「そうですね。では端的に言いましょうか。




 ーー北湊市は、街ぐるみで人身売買をしてます。




 私含めて殺された3人はその被害者です」


 頭の中が真っ白になる感覚。その直後、僕は自分の感情がコントロールできなくなるほどの激情に襲われた。


「……………ぁ、がはぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「いいですね、素晴らしい憎悪です。実に私好みの純粋にして破滅的な憎悪」

「……………がぁ、はぁ……あな、たは……なんで、平気で……」


 必死で本能を抑え込もうとする僕を見て愛おしいものでも見るかのように目を細める少女。


「3度ほど、同じことを行おうとした連中が来ました。林間学校で生徒を攫い、行方不明扱いにして外国に売り飛ばす計画をペラペラと喋っていましたよ。

 ま、私の介入で未遂に終わりましたが」

「…………………」

「残念なのは連中の信仰心が低くて、私自身が連中に手を下す術がなかったことでしょうか? それでも2度と消えないトラウマは植え付けてやったつもりですけど」

「……そんなこと、あるんですか。人身売買なんて、そんな、こと……」


 麻薬とは訳が違う。

 ここは日本であって、どこか治安の悪い国とは全く条件が異なる。そんな現実感のないことが本当に……?


「あるんですよ。今の世界だって、あちこちでそういうことは起こってます。20年前なら尚更。

 ともあれ、連中は私たちを攫うことには失敗しましたが、もう一つの目的は達成されました」

「………………なん、ですか」

「教育委員会トップ、教育長の失脚です。図書館で調べたらあの事件後に責任問題で失脚してましたよ。学校行事を狙ったのはそういうことだったんですね」


 子供の死を、政治の道具に使ったと言うのか? そんな、そんなこと、あっていいわけが……。


「初めから成功しようが失敗しようがどちらでも良かったんでしょうね。彼は当時の市長と敵対的な思想の人物でしたし、彼の失脚後に北湊の教育委員会は刷新されてます。

 しかもその責任追及の旗頭となったのが、娘を失ったという名目を持ってるあの女なのですから、驚きですよ」

「は、は、はは……はぁ?」


 もはや笑いすら込み上げてくる。


「ちゃっかり責任を上の教師たちに押し付けて、自分は被害者として実家の力を借りながら抗議運動。その成功によって学校を掌握し、そのまま政治の舞台にまで躍り出たのですから」

「そんなこと……あっていいわけが……」

「勿論この事件を主導したのは北湊市の首脳部なので、警察はちゃんとした捜査をしませんでした。犯人たちは笑いが止まらないでしょうね」


 あまりにも悍ましい真実。シナリオを描いた人間によって全てがうまく進み、そんな彼らがそこ犠牲の上で今の地位を作り上げたのだとしたら。


「ということで、私はあの女だけは許しません。どんな手を使ってでも破滅させますし、それを主導したあの街の闇は全て討ち滅ぼします。

 そのためには、山の神であるお前の協力が不可欠なんです」


 少女の覚悟と、怒りと、憎悪で満ちた目が僕を射抜く。僕は……。

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