3章14話:林間学校2日目①
オリエンテーリングは班メンバーでスポットを回ってスタンプを集めるイベントである。目的としては班行動の大切さを学び、自然と触れ合う尊さを実感すること。県内の中高生なら大抵はやったことのあるイベントと言える。
かくいう僕も小中学で海知・夏葉・ニコラのいつメンとオリエンテーリングに参加する羽目となり、海知のリーダーシップをまざまざと見せつけられた側だ。ついでに池に落ちて海知におぶってもらう側でもある。
「色々思い出すなー。中学の時なんてほの囮が池に落ちてさー」
「あはは、あったあった。今度は落ちないでよー? ぬふふふ!」
それ今回想でやったから改めて言わないでもらえるか?
オリエンテーリングのスポット巡りはそんなに難しいものではない。地図を見ながら進めば結構簡単にスポットを発見できる仕組みになっている。ほら1つ目だ。
「1つ目とうちゃーく!」
はしゃぐ彼らを尻目に、僕は昨日のことについて考えていた。何を隠そう頚城先生の話についてである。
頚城先生の娘と僕たちは同じルートを通っている。実際に通ってみれば分かるが、正直山登りですらなく、ハイキングという表現が合っている。それくらい見晴らしのいい山だ。奥まで行けば確かに森があるが、正直目障りなくらい看板も多い。小学生とはいえ道を間違えるとは考えずらい。
「多分、同じこと考えてるよね」
月潟はこちらを向かずにスポットの方を見ながら呟いた。僕も特段彼女の方を見ることはない。
「ああ。いくら何でもここで遭難は難しいだろ。最悪遭難して亡くなっていたとしても500人の捜索隊がいる中で見つからないのもおかしい。昔はこんなに看板がなかったとか?」
「ううん、ここの看板相当古いよ。多分全然建て替えられてない」
木の幹に括り付けられた古びた看板。確かに時代を感じさせる作りをしている。
とはいえ山で道に迷った時の心理はわからないものだ。ましてや小学生ともなればそういうこともあるのか? いやそれなら遺体すら見つかってないという点はやはり引っ掛かる。
月潟も指を唇に当てて深く思案していた。ジャージ姿でもホームズはホームズのようだ。だがコイツにばかり頼っているのは嫌なので僕も少しは知恵を絞り出すことにしよう。
「まーた、2人で考え事してるわ」
「ーーーーッ!? 夏葉か、びっくりした」
「私も今気づいたんよ。私の後ろに立つとはやるね、夏葉〜」
「私は今何で撫でられてるのかしら……」
月潟に撫でられて少し恥ずかしそうにしている夏葉だったが、やがて僕を睨むようにして口を開く。
「やっぱ2人って、仲良い?」
「僕は今日のキャンプファイアー、こいつは今日の睡眠時間のことを考えてただけだから別枠別枠」
「あっ、それ酷い。私今日の夕飯猪汁出ないかなあ〜くらいしか考えてないんよ」
「はいそれ、そういうのよ。やっぱり2人ともいつの間にか仲良くなってる。なんかちょっと意外」
夏葉は疑わしそうに僕らを見た。なんか気恥ずかしいので僕は彼女らの前を歩くことにする。
「ほの囮! 話は終わってないわよ」
「置いてかれるだろ。先行くぞ」
「昨日、私ほの囮に話したいことがあるって言ったじゃない。あれ、この後でもいいかしら?」
そういえば観望会の時にそんなこと言っていたな。大した話でもなさそうだから捨て置いたが。
「ああ、わかった」
「え、2人きり? 2人きりなんよ。じぇらるよ?」
「何にだよ……」
月潟がここぞとばかりにウザ絡みしてくる。おい、コイツらの前で親しくするなよ。それこそ海知がじぇらって怠いことになるだろ。
「琵樹はほの囮と何でお友達になったの?」
「え、聞きたい? 聞きたいかな? 私と彼とのエディンバラを舞台にした壮大なスペクタクルを」
「偽ポッターやめろ。夏葉、そいつのぶりてぃっしゅじょーくに付き合っててもキリないから。ほら、連中もう結構前行ってるぞ」
連中に合流し、少しだけ奥の林へと足を踏み入れる。夏葉はさっきから何も言わない。逆に月潟は楽しそうだ。くるくる踊ったり自然に触れたり、オリエンテーリングの目的を考えれば1番真面目な部類かもしれない。
コースの奥、『和音の滝』という滝の周辺まで足を踏み入れる。ここが1番遠いスポットだ。この辺はコース内では唯一見晴らしが悪い。両側はロープで囲っているとはいえそれを越えれば崖だし、滝壺もおそらくそこそこの深さはあるだろう。
「………………?」
ふと、キラリと光るものを見た気がした。生憎の曇り空、太陽が差し込んでいる様子もない。日光がガラスか何かに反射したとは考えづらい。ならばなんだ? 何が光った?
ここから先は緩やかな勾配となっていて、その奥には最終的に樹海へと続く山道となる。ここでオリエンテーリングコースは行き止まり扱いだ。
だがそんな行き止まりの先、『立ち入り禁止』のロープの先に確かに居た。
ーー人だ。
何かが居た。一瞬だったけれど何か見えた。幽霊か? だが奴奈では北湊と違って幽霊を1人も見ていない。
疑問に思ったその時、ふと周囲に霧が立ち込めていることに気づく。滝が落ちることで発生する飛沫より明らかに濃度の高い霧が僕たちを覆っていた。
「へ? へ? な、何これうわああっ!?」
ニコラが慌てふためく声がする。コイツがこんなに慌てるなんて珍しいな。
「やだやだやだやだ!? なんか人影もいっぱいいるよ! やだあ!!!」
「落ち着けニコラ! 人影なんてどこにも見えないぞ!」
「いるもん! ボク見たもん! ほら、そこぉ!? ひぃ!?」
慌てて下山しようとするニコラ。既に下の方にまで霧が立ちこめ始めていた。
「おかしい。山の天気とかそういうレベルじゃない。海知くん、ニコラちゃん追いかけないと。最悪逸れちゃうよ」
「あ、ああ、そうだな」
月潟が海知に指示を出す。ニコラを追いかけるならこの場は海知が適任だろう。流石の判断力だ。
だがみんながみんな月潟ほど冷静ではない。寧ろ月潟や僕がおかしいのだ。さっきまで普通だったのにいきなり視界がホワイトアウトしたら、えもしれぬ恐怖に襲われるのが人間というものだ。
「や、やべぇって、これ降りねえとじゃね!?」
「お、おおおおおおおおちおちおち、おちつけけけけけ」
「き、君が落ち着けよ。ひぃ!? なんか変な声聞こえた!?」
ニコラが転けたっぽいな。しかしあそこまで取り乱すということは、やはりこの地域では色恋の神の力は使えないのか? 誰も助けに行かないからよくわからない。
「ニコラちゃんやばいんじゃね!? お、俺も降りるわ! なんかやっべぇし!」
「こんなところに居られないっテ! お、おれも先に降りさせてもらおうカナ!?」
ビビり散らかすチャパ山と、死亡フラグを立てるエロ橋。1人になったところをぶっ殺される奴じゃん。
「ひとまず全員で固まって下まで降りよっか。明らかに異常だもんね、これ」
「だな。……ねぇ夏葉、動きづらいんだけど……」
夏葉が僕の腕を掴んで離さない。一言も喋らず、どこか怯えている様子だ。こちらも気になるが先に下に降りた海知たちと合流してから考えよう。
「けけっ、こりゃやべぇな、全然方向わからんべ」
「方位磁針も死んでるね〜。基本は道に沿って進めば間違えないからゆっくり進もっか」
月潟の冷静さにみんな救われてるな。居なかったら自滅してく馬鹿の屍が散らばっていたに違いない。
霧自体は樹海で何度か経験したがここまで濃いのは初めてだ。こんなに一気に発生するものなのか? それとも、やはり……。
「夏葉、大丈夫?」
「……んで、わ……こ……の?」
「……?」
何かをぶつぶつと呟く夏葉。明らかに様子がおかしい。腕を掴む力は一層強くなり、少し痛いくらいだった。
「…………で、………した、の?」
「夏葉?」
「なん………こ………した………の?」
何度も何度も同じ言葉を呟き続ける夏葉。既に目は虚で正気ではなかった。これは……まずい。
直後、夏葉は僕から手を離して霧の中へと消えた。
あまりにも唐突に手が離れたので、慌てて周囲に手を伸ばしたが虚しく空を切ってしまう。まずい、こんなホワイトアウトした状態で行方不明だなんて、溜まったもんじゃない。それこそ本当に神隠しのように……。
そこまで考えて、ふと頚城先生の話が頭をよぎる。娘さんの行方不明事件、真相はわからないが看板がたくさんあったのに道に迷った理由はもしかしてこの霧か? いや、それを考えるのは後だ。
「月潟! 夏葉の行方がわからない! 探してくるから先に降りててくれ!」
「本当!? でもこのままだとバラバラになっちゃうんよ!」
「少なくとも僕なら問題ない、そうだろ?」
山の神である僕にとって樹海に繋がってるこの地域はホームだ。もし夏葉が奥へ奥へと進んでしまった場合、寧ろそっちの方が見つけやすくなる。
月潟もそれを察してか、無言のままだった。やがてか細い声で、
「待ってるからね? 戻ってこなかったらやだからね?」
と言った。
「わかってる。すぐ連れ戻してくる」
僕は彼女らに背を向け、勾配を駆け上がっていく。目は見えずとも、感覚と嗅覚と聴覚でおおよその位置関係は把握できる。これは樹海で磨いたスキルでもあるが、おそらく山の神の本能みたいなものなのだろう。山に関するすべての要素を僕は五感で感じ取ることができるようになっていた。
勾配を登り切ると、ようやく霧が少し薄れてきたようだった。これで捜索に専念できる。
あの周囲はロープを超えると崖みたいなところになっている。流石に声も無しに転落したとは考えづらいので、消去法的に夏葉は勾配を登ってきたことになる。体力を考えてもまだ遠くには行っていない筈だけど。
「夏葉! いるか!?」
叫んだのち、耳を澄ませる。何も反応がない。いや、何か聴こえたような気がする。
「…………………て」
ぼそぼそと何かを呟く声。判別がしづらいが恐らくは……。
声の方向に向かって歩みを進める。すると、
「夏葉!」
勾配を登り切って少し行った巨木の前に、夏葉が座り込んでいた。相変わらず目は虚でぶつぶつと何かを呟いている。少し涙の跡もあるな。泣いていたのか?
「立てる?」
反応はない。仕方ないので背負うことにした。さて、この状態で勾配を降りてしまうか。それとも……こんなことをした犯人に会いに行くべきか。
「…………して」
ずっと同じ言葉を呟く夏葉。耳元で呟かれると嫌でも聞き取れるようになった。
そしてそれに気づいた時、僕の行先は決まった。
「なんで……私をころしたの……?」
僕は……犯人に会うべく樹海の方へと歩き出した。




