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3章13話:林間学校1日目⑥

「私は30年前に妻と結婚してね。子供ができたんだ。それはそれは可愛い娘だった、目に入れても痛くないとはまさにこのことかと、そう思ったものさ」


 どこか懐かしそうに語る頚城先生。だが残念ながら盤面は徐々に僕の負けが確定しつつあった。


「娘が12歳になった頃、娘は小学校の林間学校でこの地を訪れていてね。妻は小学校教師だったこともあり、娘たちを引率していた。カリキュラムは高校生と似たようなものさ。明日のオリエンテーリングと同じものを行った際に、娘は行方不明となってしまったんだ」

「ゆくえ、ふめい……オリエンテーリングのルートは樹海から外れたものだったはずです。玉口から子供の足では樹海まで到達してないのでは?」

「よく調べているね。そう、玉口から樹海に迷い込むことはまずありえない。親の私が言うのもなんだが、娘は賢い子でね。集団行動から外れるようなことも無かったはずだった。だが結果は惨憺たるものだよ。子供3名が行方不明さ」

「3名……」


 そんな大事件聞いたことがない。僕が生まれる前の話だろうから知らないのも無理はないのだが。


「その時の教師陣の判断が遅れたことも災いしてね。捜索隊が出たのは翌日のこと。地元住民合わせて500人の人員を割いたにも関わらず手がかり一つみつからない。

 だから私はこう思うのだよ。まるで神隠しのようじゃないか、と」


 先生がそう思うのも無理はない。

 僕は時間遡行前に遊びまわったことで樹海全域を知っている。故に奴奈の樹海もよく知っている。樹海の裏口などと言われているが、実際はいくつか山を超えてようやく樹海と呼ばれる地域に入るのだ。その1つ、玉口という登山道は最も低く見晴らしのいい山だ。そんなところで行方不明者が出るなど考えもしないだろう。


「警察の見解は?」

「子供特有の体力でどんどんと山の奥まで進んでしまった、ということになったよ。周囲にはルートを示す看板も山ほどあった。間違え続けることなどあり得ないだろうに」

「警察犬で追えないのかな?」


 月潟の指摘は尤もだった。だが頚城先生はかぶりを振って落ち着いたトーンのまま答える。


「投入されなかったんだ。どういうわけか知らないけどね」

「ふーん、そっか」


 月潟は察したらしい。僕も察した。

 この事件にはなんらかの闇がある。それこそ北湊に巣食う闇の一端が垣間見えるかもしれない。


「それで、奥さんはさぞ憔悴されたでしょうね」

「どうだろうかね。暗い顔をしていたが何を考えていたかはついぞ分からなかった。それに少し肩の荷が降りたような印象も受けたさ」

「どういうことです?」

「家内は娘とあまり相性がよくなくてね。というのも、娘は本当に賢過ぎたんだ。子どもらしからぬというべきか。それが家内にとっては気に入らなかったんだろうね。私としては、学問好きの私に似たんだと喜んだものだったのだが」


 だとしてもそれが本当なら酷い話だ。実の娘が行方不明になって肩の荷が降りる、か。あまりにも人の心がない。


「それから暫くして私たちは離婚してしまった。今では寂しく一人暮らしさ。だからこうして生徒たちと遊ぶことが楽しくて仕方がない。

 さぁて、王手だ」

「………………参りました」


 案の定、金銀に振り回された挙句成金という歩を裏返した駒によって自陣を荒らされ、ボコボコにされたまま王手をかけられた。これはもう逆転のしようがない。潔く負けを認めて頭を下げた。


「ははは、リベンジを待っているよ。月潟さんもやるかい?」

「私もほの囮くんと同じ打ち筋だから、今の勝負の焼き直しになっちゃうかな。頚城センセと遊ぶためにほの囮くんと特訓することにするんよ〜」

「ほう、それは楽しみだ。ではそろそろ寝るとしようか。面倒だから朝の6時には起きて部屋に戻るように。ここだけの話、流石に深夜4時以降は見張もいないのさ」

「教員は大変ですね」


 お見送りとして手を振る頚城先生に手を振りかえしながら、僕と月潟はそのまま頚城先生の部屋を出て隣の部屋へと入った。さてと、どうしたものか。

 襖を開けると、2人分の敷布団と掛け布団、シーツ、枕、枕カバーが揃ってはいた。


「僕はそっちの壁、お前は向こうの壁。それでいいな?」

「へ? なんの話?」


 なんの話? じゃないんですが。


「いや間は開けないとだろ」

「え〜隣り合わせにしようよ〜。ほの囮くんの寝顔みれないじゃん!」

「見んな!」


 僕は布団を敷いて歯磨きセットを取り出す。さっさと歯磨いて寝よう。などと思っていたのだが、月潟が風呂にお湯を張り始めた。何してんのお前。


「なんか冷えちゃってさ〜。あ、ほの囮くんも入る?」

「入らない。朝シャワーはするかもだけど」

「そっか残念。先寝てる?」

「その予定だが」

「え〜! 待ってて待ってて! 恋バナしようよ〜」

「おやすみー」


 いけずー! といいながら風呂場に向かう月潟。今更ながら美少女と同じ部屋にいることを自覚して目が冴えてきてしまった。まずい、このまま起きてたら月潟と会話しながら夜を越すことになってしまう。

 月潟に心を開き過ぎてはいけない。だが同時に月潟には目を惹かれてしまう。

 そもそもずるいんだよ。かみさまの顔だぞ? 僕はあの顔の女の子と一緒に寝たり風呂入ったりキスまでした訳で……。ああ思い出したらまた頬が熱くなったきた。ともかくあそこまで色々と過ごした以上、意識するなという方が無理だ。

 シャワーの音が聞こえる。あの向こうで月潟がシャワーを浴びている。その想像が頭をよぎる。馬鹿か! 何考えてんだ僕! あいつは敵だぞ? 


「あ、ほの囮くーん」

「ーーッ!? な、な、なんだよ!」


 唐突に扉が開いたので思わず声が上擦ってしまった。


「タオル忘れちゃった。私の鞄から取ってくれないかな?」

「は、はぁ!?」


 月潟のリュックをチラリと見る。あそこからタオルを出せと? だがそれをしない場合、あいつは全裸でびちゃびちゃのままこっちまで来る訳で……。

 その想像を振り払うように僕は起き上がって水色のリュックを開けた。タオル、タオル……見つけた。

 タオルを持ち上げた途端、一緒に水色の布が出てくる。なんだこ、れ……ってぁあああああああ!!!


「まっじ、で、こういうの、いいから! ばかじゃん!」


 慌ててリュックの中にソレを戻す。何を隠そう、月潟のショーツである。タオルと下着類の収納は分けろ! 

 羞恥心を抑えながら僕はタオルを持って行き、脱衣所前の床に置いた。


「置いたぞ! 5秒後に取りに来い」

「わっ、ありがとー」

「開けんな!」


 お風呂上がりの月潟は髪からポタポタと水が垂れてとても色っぽかった。湯気で見えづらいが、その顔はどこか朱色に染まっている。多分、僕もだ。

 月潟ははっとして床のタオルを回収すると凄まじい勢いで扉を閉めた。大丈夫、見えたのは顔だけ。顔だけだから。誰かに言い訳をするように僕は布団をかぶって再び眠る努力をし始めた。

 ……全然寝れない。気づけば諸々の支度を終えた月潟が脱衣所から出てきており、僕の布団をつんつんと指で突いていた。


「…………………えっち」

「インターバル置いたのに開けたのはそっちだからな! 僕は何も悪くない!」


 早く寝ろ早く寝ろ早く寝ろ。なんか部屋全体に石鹸のいい匂いが漂ってる気がする。くっそ余計寝れない。アロマ焚くぞこのやろう。

 しかもなんか匂いが近いんですけど。そう思ってチラリと目を開けたら案の定月潟の布団が僕の隣に密着しており、月潟はにこりと笑いかけてきた。


「可愛い反応だ〜。ツンツン嫁がデレデレ嫁になる日も近いな〜」

「近く……ない」

「えへへ、照れてる?」


 月潟の手が伸びる。お風呂上がりの温度で僕の頭に触れるその手。かみさまとは決定的に違う、人間の温かい血が通った手。さらさらと髪を梳き、愛おしそうに撫でる。その顔を見てしまったら終わりだ。きっと僕は、月潟を心の底から好きになってしまう。

 だから目を瞑る。振り払うこともできなければ、身を委ねることも出来ない。いつだって向き合えずされるがまま。僕は自分のこういうところが大嫌いだ。


「え、キス待ち? キス待ちの顔?」

「違うわ! もういい寝る!」


 彼女もなんとなくそれを理解している。だからこうしておふざけをして逃げ道を用意してくれるのだろう。全てコントロールされている感があって凄くいたたまれない。月潟が本気で僕を『嫁』とやらにしようと思ったら、僕は多分抗えない。

 だから、月潟に近づきすぎるのはよくないのだ。






 いつの間にか眠っていたらしい。煩悩を振り払った僕グッジョブ。ひとまずシャワーを浴びて……ってまたかよ。また月潟が僕の布団に潜り込んでいた。柔らかい、いい匂い、可愛い……じゃない! どけ!

 ゆっくりと彼女から離れると、僕は着替えをもって脱衣所に向かい、シャワーを浴びた。

 上がって支度をして時計を見ると、時刻は5:40だった。月潟がこんな時間に起きられるわけもなく。


「起きろ、起きろ月潟。そろそろ部屋に戻らないと面倒なことになる」

「〜〜zzz」

「起きろって!」

「んぬ〜zzzz」


 だめだ起きない。よし、ここに置いてくか。月潟なら別部屋で寝ててもあんま違和感ないだろ。うん。

 念のため目覚ましを7:00にセットし、僕は部屋を出てカシオペアへと向かった。確かに誰もいない。まぁこんな時間まで交代とかしてたら体力持たないよな。

 音を立てずに2階の部屋まで戻り、中に入るとあら不思議。なんか嫌な匂いがする。


「ぉぇ……」


 男子たちが下半身露出したまま寝っ転がっていた。しかも委員長は赤色のベビードールを着ていて、同じように下着を穿いていない。……これは、ヤったな。間違いなくヤったな。

 連中を踏まないように窓辺まで行き、そこに設置してある椅子に座って本を開く。暫く待つとするか。


 7:00になると先生が起こしに来るらしい。ということで7:00ちょっと過ぎた頃には体育教師が部屋に入ってきて「朝だぞ!!!」とクソデカボイスでの目覚めとなった。

 ちなみに委員長を見た体育教師は「ふん、程々にな」と言って部屋を去っていった。やはり黙認なのか。


「あ、あれ……ほの囮!? 昨日どこ行ってたんだ! ていうかもう準備してるのか!」

「昨日は女子部屋に到達したから、説教された挙句に宿直室で寝てたぞ。さっきこっちまで来た」

「きょ、今日はここで寝ような! 絶対、絶対だぞ!」

「あはは、せやなー」


 テキトーに返事しとこ。

 他の連中もなんか起きた時点でツヤツヤしていた。みんな委員長をガン見して股を押さえている。僕は再び手元の本に目線を落とした。


「きょ、今日はほの囮ちゃんっしょ」

「委員長、マジで良かった」

「やっぱ女より男だわ」

「ほら委員長。起きないとチューしちゃうぞー」


 委員長のために騒ぎを起こして部屋の前に教師を設置させたのに、教師がそっち側では何の意味もなかった。本当にごめん。

 委員長に関しては、信用することはないけども悪意を向けてくるわけでもないので普通に接しているつもりだ。昔の僕に重なる部分もあって、純粋に申し訳ない気持ちも出てくる。


「う、うわああぁああ! ち、ちがっ、ちがうんだ犀潟くん! こ、これは本当にヤったとかじゃなくてなんかそういうフリをさせられただけというか!」

「な!? 委員長、昨日はあんだけ俺の前でよがり狂ってたのに!」

「テキトーなこと言うなああああああ!」


 まぁ、どっちでもいいけどね。

 さて、2日目の朝。朝食は昨日と同じであんまり美味しくないバイキングを頂く。ちらりと女子席を見ると、月潟が眠そうにというか寝ながらヨーグルトを食べていた。夏葉に食べさせてもらってる姿は最早介護である。

 結局、月潟は女子の中で夏葉に1番気を許してる感じはあるな。まぁニコラと違って夏葉は自覚的な悪意は振りまかないからな。悪いやつではないんだ。ただ無自覚に心を抉ってくるだけで。


「ほ、ほの囮! 肉いるか?」

「要らん。朝はサラダとヨーグルトとサラダチキンと相場が決まってるのだ。あとサプリ」


 こういう時、好きな女の子の寝起きがどうのとか話すのが割とあるあるだと思うのだが、朝食中も男子たちの話題は抱ける男は誰かみたいな感じになっていた。なんで? なんでなん?

 その点僕はずっと女子席の方ばっか見てる気がするので僕の方が不健全説はある。寝起きの月潟……はまぁ間近で見たしな。うん。でもまぁ、あそこまで顔がいいとよく注目されることされること。なんだかんだちらほらと月潟の方を見てるやつも多い。


「〜〜〜〜〜zzzz」

「もぉおぉ! 口開けてってばあああ!」


 ……夏葉、がんばれ。

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