3章12話:林間学校1日目⑤
「お前らぁぁぁぁ!!! 何をやっとるぅぅ!」
「いいか、打ち合わせ通りに散るんだ! 誰が辿り着いても恨みっこなし、いいな!」
「「「「「「おう!!!」」」」」」
開幕早々、体育教師にみつかり逃げ出す男子たち。教師を突破しようとするもの、ひきつけてその隙を窺うもの。多くの男子たちは策を弄してなんとか女子棟:アンドロメダへの侵入を試みる。
まぁ、そんなの無理だけどな。
『え? 女子部屋? そもそもアンドロメダに行く通路に教師たちの宿直室あるし、多分無理だよ? 10:45には職員会議終わるらしいし』
別れ際に月潟が言った言葉を反芻する。月潟の言う職員会議の終わるタイミングを見計らい、僕は連中をけしかけた。予想通り職員会議終わりの先生方がウヨウヨしていたため、男子連中はどう足掻いても捕まることだろう。
と、いうことで、僕は男子トイレの窓から飛び降りた。これくらいの高さなら樹海で慣れている。足を痛めることもなく上手に着地すると、騒がしいカシオペア棟を背にして棟の看板を目指す。そこには既に月潟が居てスマホをぽちぽちと弄っていたが、僕をみて表情が華やぐように変化した。
「こんばんは。随分派手にやったねえ〜」
「これで男子部屋の前に教師が張り付くことになる。それなら夜に変な真似もできないでしょ」
「あはは、流石に委員長が可哀想になったんだ? まぁ彼も可愛がりたくなる反応するもんね〜。あ、ほの囮くんには及ばないよ?」
「うれしくないフォローやめろ。……ほれ」
僕は持ってきたストールを月潟に差し出す。月潟は学校指定の長袖ジャージを着ているだけだった。なんだかみてて寒そうで連れ出した側としては流石に申し訳なくなってくる。
「え、と……?」
「寒いだろ、それ。なんで外に出ようって話でその格好なんだよ」
「あり、がと。うん、ありがと。ふふっ、あったかい」
ストールを巻いて嬉しそうにはにかむ月潟。
そのあどけない笑みを見て何も言えなくなる。僕はそのまま歩き出した。月潟はそれに合わせるようについてくる。
「で、どこまで行く? これの目的って先生に見つかること、なんだよね?」
「ああ。それなら多分部屋に戻らずに済む。問題児扱いで隔離部屋行きだ」
「ふーん。じゃ、私とほの囮くんで2人の部屋かな? 何しててもバレないね!」
それは無理だろ……。ていうか何しててもって何するつもりなんだよ。
体をゆらゆら揺らしながら、ステップを踏むように歩く月潟。ひんやりとした空気が首筋の熱を覚ましていってちょうど良い温度感だ。
「なんか楽しそうだな」
「そりゃあね〜。私こういう悪いことやってみたかったんだよ。さっすが山の神、悪だね〜」
「山の神の悪事をこれと同レベルにしないでくれ……。今更だけど本当にいいのか? ちゃんと泊まってれば他の女子と仲良くなれるかもだぞ」
「ううん。それだとほの囮くんと一緒にいられないし」
……こいつは本当に、本当に恥ずかしいことを平気で言える奴だ。普通にしていればきっとモテることだろう。いや、現にモテてはいるのか。だが少なくとも他の女子から嫌われるようなことにはなるまい。
こいつの百合好きだって演技でやってる可能性は高い。ふざけているようで実は合理的な彼女のことだ。何か意図はあるのだろうが、今の僕では測り切ることは難しい。
「ここを真っ直ぐ行くと明日のオリエンテーリングの入り口がある。そこが、樹海の裏口と呼ばれる幾つかの登山口の一つだ」
「ああ〜明日行く場所なんだ」
この周辺には登山口が3つある。そのうちの1つ、玉口と呼ばれる登山道から明日のオリエンテーリングーーこれは各スポットを班ごとで回ってゴールを目指す、いわば散歩イベントなのだが、これを行う。
さて暫く歩くと、向こうに街灯が途切れる部分がある。そこから向こうは夜の森、立ち入る誰もを飲み込む緑の海だった。僕や月潟にとっては見慣れた景色ではあるが、やはり北湊の登山口とは少し異なる。
「なんか、少し怖いね」
「あ、ああ」
見慣れた樹海の筈だけど、どこか別物のように感じてしまう。月潟が手を伸ばしてきて、僕の手を取った。こんな時に何するんだよ……と思って月潟を見ると、少しだけ怯えの表情が見て取れる。意外だな、こんな顔もするのか。
僕は彼女の冷えてしまった指先を握った。暫くの間そこに立ち尽くしていたのだが、不意に落ち葉を踏む音が聞こえて思わずびくりと反応してしまう。
音のした方を見ると、そこには懐中電灯を握りしめた人間が歩いてくるのが見えた。アレは……。
「くびき、せんせい……?」
「おやおや、君たち何をしてるんだねこんなところで! もう消灯時間だろう?」
頚城先生は長靴を履き、暖かそうなアウターも着込んでいた。長靴は結構泥がついており、おそらく何処かを長いこと歩いていたのだろう。こんな時間に何してるんだ?
「……………ああ、なるほど。ふむ、若いねぇ」
「………?」
僕らを見て何か納得したような表情の頚城先生。心なしかニヤニヤとしている気がする。仮にも林間学校の建物から脱走してきた生徒を見つけた教頭先生の表情なのか?
そう考えてようやく僕は自分が隣にいる少女の手を握りっぱなしであることに気づいた。慌てて手を離そうとするが月潟は僕の手を硬く握ったまま離さない。
「いや、離せって……」
「やだ。寒いもん」
「ははは、いいよそのままで。だがこんな時間にこんな暗い場所を逢瀬の場にするのは感心しないね。教頭の立場としては君たちの行為は見過ごせない。付いてきたまえ」
こいつ絶対勘違いしてる! いや傍から見たら勘違いされるかそりゃ。
何か意地を張ったままの月潟。彼女の手を握ったまま、僕は頚城先生についていくことにした。まあ、先生に見つかることは織り込み済みだ。叱られないとは思わなかったが。
「私の部屋で良いかね。まぁ、お茶くらいは出してあげよう」
「ありがとうございます……」
生徒たちの宿泊棟は何やらてんやわんやとなっていた。オロオロしている先生方を見て何かを察した頚城先生は、そのまま各先生に指示を出した。
僕たちはそんな先生方をぼーっと見ていたのだが、やがて全員がその場から離れると頚城先生に促されてアンドロメダ棟へと進む。
アンドロメダ棟の2階は女子部屋なのだが、1階は先生方の部屋となっている。そこの一室のドアに鍵を差し込み、頚城先生は中へと僕らを招き入れた。
「まあ座りたまえ。さて、お茶……お茶」
「あ、私梅昆布茶あるよ」
「おお、それにしようか」
なんで防寒装備はなくて梅昆布茶はあるんだよ。
頚城先生の淹れてくれた梅昆布茶を飲んで一息。悔しいが結構美味かった。
「男子が女子部屋を目指して突撃してきたらしいね。君が見つからないって先生方は慌てていたよ、犀潟くん」
「……それはそれは」
ずずずとお茶を啜る。うまい、少し冷えた体によく効く。
「まぁ例年いるものさ。そういう行動をしてしまう生徒も、そして部屋に居づらくなって脱走してしまう生徒も、ね」
「……ま、そういうことです。すみませんが先生、こういう時って予備の部屋ありますよね? お借りできませんか?」
流石にベテラン教師だ。僕や月潟があんなところに居た目的を知っているのだろう。
「ふむ。学友と交流するのも、林間学校の目的なのだけどね」
「ほの囮くんの容姿を交えて今回の件を例えるなら、ライオン小屋にシマリスをぶち込むようなものだよ〜」
「勝ち目なさすぎる……」
そして例え方が変すぎる。ライオン小屋って何?
「まぁそうだね。例年君のような生徒が逃げ出す傾向にある」
「じゃあ対策してください」
「それが出来ていたら、この学校はもっと健全な高校になっていただろうね」
僕はため息をついた。
わかってる。この学校は地元の有力者の子息が通う高校、つまり街のお偉方の意向が反映されやすい。だからあんなクソみたいな全体研修がカリキュラムに含まれているし、例年の問題は放置される。多分花嫁育成の一環だとでも思っているのだろう。むしろここで大勢の男子生徒に悪戯されることに慣れてくれればとすら思っているのかもしれない。
「ではこの隣の部屋を使いなさい。一部屋しかないので2人でいてもらう事にはなるけどね」
「……男女を一部屋にぶち込むのは、教師としてどうなんですか」
「非常に不味いね。そこは犀潟くんの良識に賭けるしかない。これが最大限の譲歩さ」
「はぁ、わかりました」
ちょっと待て。僕結局こいつと同室かよ。
ちらりと横を見たら、小さくガッツポーズしてる月潟が居た。その仕草頚城先生に丸見えだから。やめて、恥ずかしい。
「よろしい。さて、と。君たち、将棋はできるかね?」
頚城先生は簡易的な将棋盤を用意してニコニコと笑っていた。
僕は月潟と顔を見合わせる。交換条件とばかりに目の前に置かれた将棋盤。
僕の得意科目はチェスだ。一応ルールは知ってるけれど、将棋はかみさまがあまり好まなかったので数回しかやったことがない。
「月潟、お前は?」
「私チェス派〜」
「……かみさまのチェスはお前の技能か」
「あ、私から教わってる感じ? てことは強いね。今度やろ!」
「いいけど、今は将棋な。僕が相手します、それでいいよな月潟」
こくこくと頷く月潟。
その後僕と頚城先生は将棋を指し始めた。チェスと同じ要領で進めるが、決定的に違うのは敵の駒を使えるという点だ。やはり勝手が違うし、頚城先生はその点がうまい。
「犀潟くんは将棋部だったかね?」
「残念ながら生徒会にぶち込まれた身です。将棋はこの通りからっきしで」
「いいや、戦略眼はいいものをもっている。チェスの戦い方だね」
見破られていたか。特に金銀の動きがチェスではあまり見られないので、対応できていない。僕はじわじわと詰められていった。
このままだと普通に詰められて負けるので、僕は足掻きのために話題を変えることにした。
「先生は、あそこで何してたんですか」
「ははは。大したことはしていないさ。バスで言ったように、人探しをしているんだ」
「娘さん、ですか」
バスの中でボソリとつぶやいた娘というワードを聞き逃すはずがない。少しは動揺するかと思ったが、頚城先生の手は相変わらず鋭い。
「そうだねえ。もう20年も前の話さ。面白いものでもない」
「僕はこのままだと面白くない負け方をするので出来れば話して頂けると」
「ははは! 君は正直だね。それに、奴奈の伝説についても調べていたね。勉強熱心だ、北湊の生徒にしては珍しい」
「先生方でもその認識なんですね……」
案に北湊高校生はチンパンジーです、と言ってるようなものである。僕の性格が悪いだけか? そうであってくれ。
「と言ってもそんなに長い話でもない。結論は単純明快さ。
娘が、この山で行方不明になったんだよ」
穏やかな口調で、頚城先生は話し始めた。




