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3章9話:林間学校1日目②

 林間学校の1日目は軽い全体研修から始まり、午後を登山と野鳥観察で過ごし、夕飯に突入後、観望会ーーすなわち天体観測を行う。

 林間学校の全体研修は主に入学したての新入生に様々な学校教育を施す事が目的とされている。北湊高校生の自覚がどうの、卒業後の進路がどうのと高らかに演説する学年主任。しまいには街の花嫁についても触れる始末だ。ここは戦時中か何かか?


「この学年も、北湊高校生としての自覚を持ち! この学年から5人花嫁を出せるように! みなで励むのだ! 返事ぃぃい!」

「「「「「「はい!!!」」」」」」


 宗教が過ぎる。みんな必死になって声を張り上げるが、別に1人サボってようがバレることはないので口パク安定である。

 その後も意味不明な研修を終え、登山の準備を始める。こんな話真面目に聞いてるやついるのかよ。


「いやぁ、目覚めたわ。やっぱ街全体で花嫁を作っていかなきゃだよな」

「これが北湊の伝統と歴史だわ〜」

「花嫁誰がいいかねぇ」

「やっぱ犀潟くんでしょ」

「委員長もいいと思わん?」


 ……僕が異端だという感覚は忘れずに生きていきたいものである。でないと滅ぼす時に勘違いしかねない。

 研修後の空気に当てられて結構な人数が洗脳されている。この街の人間の洗脳されやすさはなんなんだよ、薬か? 薬なのか?

 

「犀潟、俺らがお前を花嫁にしてやるからな?」

「失せろカス」

「委員長、委員長のことちゃんと可愛がってやるから!」

「ひぃぃぃぃぃい!? なんで僕ぅぅ!?」


 昨日の一件以来、委員長はクラス内での地位を取り戻し……たのではなく、花嫁候補扱いされてしまっている。完全に僕の二の舞というか、なんというか。

 僕は連中をテキトーに払いのける事ができるが、委員長はもう逃げ回ることしかできない。不憫が過ぎる。とは言えこちらも委員長を気にしていられるほど余裕があるわけじゃないので、ひとまず放置である。

 山登りの準備を終えると、皆でリュックを担いで歩き始める。山登りといっても標高はそこまで高くないし道も舗装されている。ちょっとしたハイキングみたいなものだ。

 僕の班は女子が3人男子が6人ということで、ペース配分は気をつけねばならない。特に体力のない月潟、それからニコラ、あと委員長に配慮しながら。


「はぁ、はぁ……むり、夏葉おんぶして……」

「ちょっと琵樹! おもっ……くない軽い!? 何食べたらこんな軽くなるのよ!?」

「ぜぇ、はぁ、ごふっ、ぬ、ぬふふっ、ボクも、お、おんぶぅ……ぐほっ」

「ニコラも満身創痍じゃない!?」


 月潟とニコラはそろって体力ない人間である。月潟は運動神経はいいのだが体力無し、ニコラはそもそも体力無しと悲惨な陣営となっている。夏葉は中学時代テニス部だったのでそれなりに歩けているようだ。


「ニコラもテニス部入れとけば? ついでに月潟もテニス部で矯正してもらえ」

「仮入部はまだ受け付けてるわよ2人とも!」


 夏葉は最近テニス部に顔を出す事が増えているらしい。夏葉に付き添ってればいつかは体力増えるだろ。

 問題はこっちだ。

 ぜぇ、はぁと肩で息を切らす委員長。この男子メンバーの中では1番体力がない。次点でチャパ山、ただチャラいだけで運動ができるわけではないらしく、既に息が切れ始めている。


「2人とも大丈夫か!? おんぶしてやろうか?」

「い、いいい、委員長、俺がおぶってやるっす!」


 純粋に心配する海知と、下心丸出しのエロ橋。こいつは野球部なので体力だけはある。


「けけっ、そういや犀潟っちは余裕そうだな? ていうか汗ひとつかいてねぇべな」

「この程度でへばるわけないだろ」

「ほの囮も体力ない方だったはずなんだけど、おかしいわねえ……」

「やはり筋トレ、筋トレは全てを解決する」


 夏葉の疑問に対して最適解で返す。とは言えこのままでは頂上に着くのが随分と遅くなってしまう。

 ひとまず休憩して、その後再び歩き出すことにした。500mlのペットボトルを月潟に手渡す。こういう時の為にこいつの手持ち荷物は僕が預かっている。


「ほい、お水」

「あ、ありがと……うん、やっぱ私基礎体力つけた方がいいよね。テニスやろっかな」

「あらホント!? やりましょテニス! 私が教えるわ!」

「わーい! ほの囮くんもやる? おそろのテニスウェア着ようぜ〜?」

「着ない。ほい、タオル」


 月潟のケアが終わると、そこで寝転がってるニコラとチャパ山は置いておいて委員長の元に向かう。


「水」

「さ、さいがたくん、あ、ありがと。きみ、結構体力あるんだね、ゼェハァ……」

「まぁそれなりに」

「し、しかも女子とあんな楽しそうに、は、話せてて、すご、い……」


 楽しいかどうかはまた別だから……。


 休憩後、再び歩き出してようやく頂上付近まで辿り着いた。

 風が気持ちいい。空が晴れているので、向こうの山までよく見える。

 脚は意外と疲れておらず、自身の体力がかなり向上してることがわかる。というのも、樹海で鍛えた筋力は時間遡行後に何故か保持できているのだ。まぁ十中八九原因は山の神を継承したことに関係していると思うが。ともあれ、半分人間辞めている以上、他の人間に体力面で遅れをとることなどあり得ない。

 

「ほの囮すごいな……全然息切れしてないじゃないか!」

「んー、そういう海知もね」

「俺は鍛えてるからな。ほの囮も成長してるんだな……。俺も頑張らないと、その、お前に相応しい男に、な、なれるように」

「おーそうかそうか、適度に頑張れ」


 海知の頑張り宣言はともかく、そこで伸びてる体力無い組を叩き起こして野鳥観察行くぞ。スケッチの時間は意外と残ってないんだ。

 その後は沼地に来てる野鳥を観察し、風景画を描くなどをする。真面目に描くやつなどほぼ居ないが、僕は存外絵が好きである。かみさまと絵を描いたりもしたし、図書館で散々西洋美術の本を読んだ。それもあって上手くはないが描けなくもないレベルにはなっている筈だ。


「わぁ、ほの囮くん上手いね〜。風景画の方がメインなのかな?」


 覗き込みにきた月潟。彼女のスケッチブックには野鳥がズームアップされて描かれている。めちゃくちゃ上手かった。コンクール出せるレベル。こいつホントなんでも出来るな……。


「美術部入れば……?」

「出す為だけに入部しようかなぁとは思ってるんよ。ほの囮くんも入る?」

「なんで全部一緒に入ろうとすんの? ……で、他の連中は書き終わったのか?」

「んー、男の子はみんな飽きちゃったみたいだね。海知くんもそこでカメラの方に夢中だし」


 ニコラと夏葉は向こうのほうで一緒に絵を描いている。ニコラは絵が得意だからそれを口実に夏葉に教えているのだろう。こうしてると平和なんだけどな。

 他の連中はもう思い思いに過ごしていた。大半は飽きて寝てるな。風情のないこと。


「……いい景色だな」

「そだね、いい景色だ。こういうデートもいいもんだね」

「よくねぇよデートじゃねぇよ帰るぞ」

「わぁいけず。まだ描き終わってないんだからそこで辞めちゃ勿体ないよ?」


 山の上の景色は自然豊かで、なのにどこか寂しさを感じる景色だった。そんな中にこんな色素の薄い美少女がいたら、ここが此岸なのかわからなくなりそうだ。思わず月潟を描いてみたくなる程には、彼女の色素の薄さが目立つ。


「なに?」

「………なんでもない」


 じっと見ていたのがバレたらしい。僕は慌ててスケッチブックに視線を戻す。後半、月潟の視線が気になりすぎて僕の絵はあまり満足いく形にならなかった。


 さて、登山は降りる時の方が辛い。これマジ。降りる時の方が変な筋肉を使うので、慣れない人にとっては翌日の筋肉痛不可避である。


「も、もう無理……動けない」

「もー……ニコラ、ほらおんぶ」

「か、夏葉ぉお!」


 よかったなニコラ、順調に夏葉とフラグが立ちそうで。こっちはフラグを折るのに必死だというのにいいご身分だこと。

 先に行った海知や情報屋、チャパ山はともかく、やはり委員長は遅れてしまっていた。


「おいエロ橋、委員長担いでやれ」

「あ、や、やっぱりそう思う? ほ、ほの囮!」

「名前で呼ぶな」

「さ、犀潟クン……えっと、委員長をおんぶすればいい、カナ?」


 徐々に語尾がおじさん構文になりつつあるエロ橋に委員長を背負わせよう。海知はチャパ山を介抱してるし仕方ないだろう。


「うわああぁやめろぉおお! お前今尻揉んだら!? 揉んだよね!?」

「うへっ、うへへへ、委員長いいお尻してるネ、ナンチッテ」


 山から降りられないよりはマシだと思ってくれ。

 さて、残るは……。


「うーん、いける……?」

「いけなくはないけど、そんな歩けない?」

「出来れば背負ってくれると嬉しいな♪」

「……………わかった」


 月潟を背負うポーズを取ると、その柔らかい体躯が僕の背に乗る。月潟の体は、かみさま時代に何度か見てしまっている。風呂場で一緒になったこともあるし。だがやはり……女の子らしい体型をしている。胸の部分が背中にあたり、それを隠すべく無表情を心がける。

 にしても軽い。とにかく軽い。ご飯食べてるのかよ。


「わっ、力持ちだよね君」

「お前が軽いんだ。有栖さんのご飯ちゃんと食べてるのかよ」

「君が作ってくれたら食べるかもね〜」

「なんで僕がわざわざそっちでご飯作らにゃならんのだ」


 揶揄うようにくすくす笑う月潟。異性にこうして長く触れている感覚はいつ以来だろう。それこそあの樹海で、かみさまとキスを……。

 それを思い出した途端、僕は自分の頬が紅潮する感覚を覚えた。途端に後ろに背負った少女を意識してしまう。意識するな、こいつはかみさまであってかみさまではない。だからあの時キスしたのはこいつじゃなくて……ああでもガワはこいつな訳で……がああああ。


「ほの囮くん?」

「はっ! わ、悪い。ぼーっとしてた」

「もー、ちゃんと働いてよねトランプ兵」

「へいへいハートの女王様。頑張って働かせてもらいますよ」


 くすくすと笑って月潟は楽しそうに指示を出す。あまり嫌味ではない女王様気取りなので、嫌な気分ではない。


「私を落としたりなんてしたらそれこそ沢山たくさん働いてもらうからね? 産業革命時の未成年くらい働いてもらうから」

「ぶ、ブリティッシュブラックじょーく……」


 それ僕死んじゃうだろ。休憩時間ある? というか睡眠時間ある?

 さて、ようやく前の方の連中に追いつくと、月潟は「ここでいいから」と言って僕から降りた。そのままゆっくりと彼らの元に歩いていく。まぁ連中の前で僕の背中に乗ったままなのは流石に恥ずかしいのだろうか。僕も恥ずかしかったのでちょうどよかった。


 さてこの後は夕食と観望会、そして……風呂か。

 悪くない気分が落ち込みそうなので、ひとまず体を動かそうと僕は月潟の後を追いかけた。

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