3章8話:林間学校1日目①
「お、おはようほの囮! それに、琵樹も。今日は早いんだな!」
「昨日はぐっすりだったからね〜」
「琵樹が早いのなんて初めてじゃない? ほの囮と何話してたの?」
夏葉が何か疑わしそうな目でこちらを見てくる。特に面白い話はしてないぞ。
いつも通り月潟は起きてこなかったので境内でダラダラと待っていたら、それを見かねた有栖さんが叩き起こしてくれた。逆に言えばあの人がいるのになんで毎回寝坊するんだ? とは思うが。
そんなわけで未だにお眠な月潟に袖を掴まれつつ、なんとか犀潟邸まで来て彼らを待ったわけだが、いつもより早く起きたことが幸いして海知たちの到着時刻には目がぱっちり冴え渡ることとなったのだった。
「別に何も」
「そうだね、寝てただけだね〜」
「そう……?」
夏葉が未だに疑惑の目を向けてくる。月潟との同盟関係もとい友人関係がバレたところでさして問題はないのだが、僕の人間関係における急激な変化を嫌う彼女たちを刺激するのは面倒なので、基本的には双方否定するスタイルだ。
さて既に学校の駐車場には大型バスが停車しており、先生方含め生徒たちも集合していた。
このバス移動、これもポジション取りの為に壮絶な争いが繰り広げられがちである。具体的にはみんな後ろに行きたがる。その理由は単純で先生方が前の方だから、これに尽きる。その結果後ろの方が楽しくワイワイ出来てしまうので、クラスで地位を持ってる人間は軒並み後ろに行きたがる。
「ほの囮、どうする? 前にするか?」
「……そう、だな。え、隣座んの?」
「当たり前だろ?」
海知が気遣うように笑顔をみせた。
そう、僕は乗り物酔いの癖がある。なのでクラス仲云々以前に、そもそも後ろが無理なのである。酔い止めは飲んだが、念には念をだ。出来れば前の方で1人静かに目を瞑って過ごしたい。
「いいよ、いつも通り1番前の席で1人で寝てる。他のみんなにもくれぐれも話しかけないように言っておいて。特にニコラ」
「で、でも」
「お前のことを待ってるクラスメイトもいるぞ。僕は事前に先生に前に行かせてくれってお願いしてあるから、お前は後ろで盛り上がってこい」
「いいや、それなら通路向かいの席に座る! ほの囮が心配なんだ!」
勘弁してくれよ……。お前に見られながら過ごすバスの方が酔いそうだよ。そう思っていたら夏葉がやってきて「じゃあ私は海知の隣に座るわ!」となり、ニコラがそれを阻止しようとしてもう収拾がつかなくなってしまった。
「おいニコラ」
「ん? なにかなぁほの囮あ」
「流石にこればっかりは気分悪いから海知を遠ざけてくれない? ここで具合悪いと林間学校多分なんにも出来ない」
「んー……ほの囮の乗り物酔いは昔から筋金入りだもんなー。ぬふふっ、いいよ。今回は見逃してあげるさ」
ニコラは意外とこういう時融通聞いたりする。本人のメインとしては林間学校なのだろうから、ここで僕に倒れられると困るのだろう。看病イベントぐへへとか言い出されたらどうしようかと思ってた。
「ぐ〜zzz〜す〜zzz」
「……………お前も後ろ行けよ」
「やだよ後ろうるさいんだもの。私は前でぐっすり寝る〜」
しぶしぶという顔で立ち去る海知の代わりに、月潟が通路向かいの席に座る。他の生徒たちも皆思い思いに後ろの席に座って行き、最後に先生方が座る。ひとクラス1台のバスが出るので、普通は担任が乗車することとなっているのだが、このクラスは主に海知のせいで何かと目立つので、1人追加で乗ることとなった。
頚城教頭。
温和な社会科教師で、正直生徒からは侮られている。そもそも教頭先生という立場上、生徒たちからはその実態が把握しづらいのだ。僕も正直よくは知らない。
そんな頚城先生は僕の前の席によっこいしょと言いながら座った。なんというか、見た目は本当に気のいいおじちゃんという感じだ。高校教師というより大学教師という方がしっかりくる。年は50代後半だろうか。顔からは疲れが滲み出ており、その業務量の多さを窺い知ることができる。
「はいセンセ、食べる?」
「おや、月潟さん。どうもどうも」
「はい、ほの囮くんも」
「……なんだこれ」
「梅昆布」
月潟から渡されたのは、梅昆布。相変わらずなんでこんなもの持ってきてるんだと言いたくなるチョイスだ。だが頚城先生はどうやら気に入ってるらしく美味しそうに口に運んでいた。
バスが出発すると、後ろの方が随分と騒がしくなりはじめる。誰も幸せにならない全員参加タイプのマジカルバナナが始まったらしい。全員参加とはいえ、隔絶された前の席にまで順番が回ってくることはないので好きにやっててほしい。ちなみに我らが担任:江南先生は生徒たちに混じって楽しそうに「ゴスペラーズ!」と叫んでいた。お題は男性アイドルグループなんですが……。
「ははは、賑やかですな。月潟さんや犀潟くんは混ざってこないのかい?」
「私眠いからいいや〜」
「僕は乗り物酔いなのでパスです」
「ははは。それは私も同じだよ。例年生徒たちに付き添ってこういうところに行くといつも気分が悪くなってしまう。年寄りにはきついイベントさね」
そんなに年寄りってほどではないけどな。
「頚城センセってなんで毎年林間学校来てくれるの〜? 奴奈市が好きとか?」
「どうなのだろうねぇ。私はこの街をそこまで気に入ってるわけではないが、どうしても林間学校には来てしまう。これでも結構無理を言って毎年来させてもらってるんだよ」
「ふーん。社会科の先生だからかな?」
「それもある。が、ふむ、そうだね。月潟さんは、幽霊を信じるかい?」
唐突に切り替わる会話。僕は目を瞑りながら頚城先生と月潟の会話に耳を傾ける。
「信じるよ」
「言い切ったねえ」
「幽霊は『居る』、からね。別に生者に悪さをするためとかじゃなく、ただ『居る』から」
「……君も、色々と持っていそうだねぇ」
「頚城センセも信じてるんだよね? だから私にそんな聞き方をした」
相変わらずの洞察力とズバズバ切り込んでいく姿勢だった。この話、僕が聞いていいのか?
「私は居て欲しいと思っているだけさ。同時に成仏という概念も信じているからこそ、私の行動は矛盾しているのだろうね」
「奴奈にいるんだ。頚城センセの会いたい人が」
「成仏していて欲しいとは思う。だが同時に、成仏していないだろうなとも思うのだよ。とはいえ本当にその人の幸せを願うのであれば、成仏していてほしいと願うだろう?」
「そうだね、そうかも」
頚城先生は昔話をするかのように、月潟はお菓子を食べる傍らそんな話をする。なんというか、まるで授業を聞いているようだった。
「奴奈という地域は面白い地域だ。神話の時代から脈々と『とある信仰』がある。そういう特別な地だからこそ、死者の魂もまたどこか特別な扱いを受けているのではないかという考えに至ってしまう。私の考え方は一笑にふされるものだろう?」
「ううん、面白いと思うよ。頚城センセは会いたいその人がただの幽霊じゃなくて、信仰によって守られたナニカに変わっていると思ってるんだ? 私もそういう話知ってるからそっち派だなあ〜」
月潟の話は間違いなく山の神の話だ。ただの幽霊とかみさまのような『神』の違い。いずれも彼岸の存在であることに変わりはない。かつてかみさまは幽霊についてこう言ったことがあったな。
「あれは幽霊。生者には何も出来ない、魂の残り香」
幽霊は魂の残り香。だとしたらかみさまはその残り香を入れておく箱がある。『信仰』という名の箱が。
山の神という存在は、信仰という箱にいくつもの少女たちの魂の残り香が入っている。だとすれば今の話は聞き捨てならない。僕は口を開いた。
「奴奈には、現代でも神がいるってことですか?」
「およ、起きてたんだ?」
「そんな話してたら眠れないだろ」
「ご無礼、配慮に欠けてたよ〜」
「ははは、君たちは仲がいいんだねえ。それで犀潟くんは何か気になることでもあるのかね?」
質問をする生徒に接するように頚城先生は尋ねてきた。
「奴奈地域については少しだけ調べました。
『奴奈川姫』、古事記に登場する高志の国の姫で、大国主命の配偶者。奴奈地域にはこの姫を祀った神社が多く、その伝承もまた多い。つまり地域に信仰が根付いている。と、なれば」
「神様に準ずる存在が闊歩していてもおかしくない、ね。どうだろ。神話の時代の神様がこの時代にいるというのも突飛すぎるな〜」
山の神が何年を生きた神なのかはわからない。だが、かみさまは1000年以上の年月で北湊に闇が紡がれたと言っていた。ならば2000年以上前の神が山の神と同じように、つまり『代替わり制』で存在していたとしても不思議ではない。
そしてもし神が存在しているのであれば、僕はその神に会ってみたかった。それが林間学校に来た目的の1つと言ってもいい。北湊の外に出れば、他の神に会えるかもしれない。神という存在がどれほどこの世界に存在しているのかを知るチャンスだと思ったのだ。
「はははは、君たちは面白いことを考えるな。まるで神の存在を知っているような言い方だ。さぁて、神などいるのだろうかね。いたら面白いだろう。そしてそれが『娘』の姿で出てきてくれるのなら、なお良いのだがね」
「むす、め……」
「こっちの話だよ、忘れてくれ。さて、ここからの景色は実に面白い。ぜひ見ておくといいよ」
頚城先生は話を切り上げ、窓の外を向いた。僕と月潟も窓をちらりとみると、そこは大きな崖であった。樹海の翠に囲まれて突き出す崖は、道路を覆う傘のように海に向かって広がっている。
ここから奴奈市に入ることがすぐにわかる光景。まさしく絶景であった。月潟は目を輝かせ、僕もしばらく開いた口が塞がらなかった。
林間学校が、はじまる。




