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3章2話:最大の難敵

「わっ!? ほの囮がイケおじに絡まれてる!?」

「ぬふふふ! キタコレ! おじ枠! 警察おじとちょいワル男の娘! これは萌える!」

「な、お、お前誰だ! ほの囮から離れろ!」

「けけっ、恋のライバルかー?」

「おぉ、なんだなんだ騒がしいな高校生!」


 登場しただけでこの扱い、可哀想に……。

 中之島警部は周囲の警官に指揮をしたのち、缶コーヒー片手に僕の頭に手を置いた。


「なんだ嬢ちゃん友達沢山じゃねえか! 心配して損したぜ。俺は中之島、見ての通り警察官だが、心は高校生くらいだな。おめぇらみたいな青臭い餓鬼が大好きだぜ!」

「……頭に手を置くな。なんでここにいんだよ警部って暇なのかよ」

「いやいや、北湊高校に行くって言うからついでに嬢ちゃんたちの様子でも見に行こうと思ってな」


 海知やニコラ、夏葉は「……嬢ちゃん?」と首を傾げていた。まぁそりゃそうなる。


「じゃもういいだろ早く帰れ」

「そう言う訳にもいかねえんだなこれが。こんだけ押収品があるんだ、今夜は朝帰りかねぇ。GW前日だってのにツイてねえ」


 段ボール箱に押収品が次々と詰められていく。その様子をぼーっと見ていた僕だったが、一点気になったものがあった。

 JOINTの部室に入った時に見たあの祭壇だ。きのこのような石が鎮座し、よくわからない装飾物によって飾り付けられている。


「あぁ、やっぱりな。何となくそんな気はしてたんだよなあ」


 中之島警部の独り言に、僕は思わず反応する。


「アレ何?」

「……ま、宗教みたいなもんだよ。北湊に住んでたら一度は聞いたことがあるだろ? 『男根(だんこん)さま詣り』について」

「…………名前くらいなら」


 北湊の噂話の一つだ。系統で言えば『街の花嫁』タイプの話だった覚えがある。確か……。


「あの石は男根……まぁつまり男性器を模った像ってわけだな。それを崇拝すること自体は日本全国どこにでもある信仰なんだけどなあ」

「いわゆる、生殖器崇拝ってやつだね〜。生殖、開運、豊穣を願って、人々があの像に祈りを捧げるんだよ」

 

 月潟が自慢げに補足する。

 割と一般的な信仰なのか。それだけ聞くと特段問題なさそうだけど。


「けけっ。北湊の男根さま詣りといえば、まぁ街の花嫁の補助制度みたいなもんだべな。花嫁を出した家にはあの木像が贈られる。ふるさと納税ってやつだべな!」

「ぜってぇ違えよ」


 こんな悍ましい制度が国主導であってたまるか。


「んと、話がみえないんだけだけど、結局アレはなんなのかな〜?」


 月潟が続きを促す。中之島警部は少し嫌そうな顔をしたものの答えてくれた。


「だからよぉ、ある種のシンボルなんだよあれ。『男根さま』を持ってる組織には権威がある。ある種の特権階級だ。それを持ってる家には人が詣でるために集うんだ。

 必然、人の出入りは多くなり、よからぬ連中も増える」

「……なんか嫌な予感するぞ」

「最近増えてんだよ、男根さま詣りのあった家に連れ込まれて集団に性的暴行されるって事件が。しかもこれを持ってる連中は謎の横コミュニティがあるから発覚もしづれえ。おそらくこの部活にもどこかから多額の援助があったはずだぜ?」


 JOINT副部長はヤクザと繋がりのある人物だった。つまり彼らは、女子生徒に薬物を売りつけるだけではなく、ヤクザと組んで特権階級になっていたということか。

 しかもこれがあるってことは、かつてこの組織から『街の花嫁』を選出したということだ。どのような手段で選出したかと問われれば、まず間違いなく今回使った手段を使ったのだろう。……薬物という強引な手段を。


 ハラワタが煮え繰り返りそうだった。この街の連中は、人間の命をなんだと思ってるんだ。僕の目に見える所ですらこれなのだ、果たしてこの街の奥底には何が眠っていると言うのだろうか。


「警察の方の言う通りだ。JOINTには謎の資金が流入していた。私としては証拠がなかったので何も出来ずに歯痒い思いをしていた……痛恨の極みだ」

「会長! 自分を責めないでください! 俺は、会長がよくやってくれていたことを知ってます!」

「……君はいつも優しいんだな、海知。うむ、決めたぞ。これから少し話があるのだが、良いか?」


 それを聞いた海知はコクリと頷き、振り向いた。

 

「みんなも行こう!」

「僕はパス」「私今日バイト〜」


 月潟と被ってしまった。そういえば今日は月潟がシフトに入っていたな。


「ほ、ほの囮もなのか……?」

「病院。色々あるんだよ、ウチも。一回お見舞いに来てくれ。そしたら叔母がどんだけヤバいかわかるから」

「……まぁ、仕方ないか。じゃあまたな2人とも!」


 GW終わるまではこの言い訳で乗り切らせてもらおう。

 さて、これからのことだが。


「おっ、嬢ちゃん。車で送ってってやろうか? 帰るんだろ?」

「結構です! 仕事しろ仕事!」

「おー、思春期こわこわっ。ほれ、これココア。またな、嬢ちゃん、今度は飯でも奢ってやるよ」

「要るか!」


 中之島警部はかかか! と快活に笑い、手を振って教室の方へと戻っていった。このあとも捜査を続けるのだろう。

 一見なんも考えてなさそうな男だが、僕の犯行を疑ってた唯一の警官だ。県警本部から来ているというだけあって、洞察力は鋭いのだろう。出来れば近づきたくない相手である。

 さて、今度こそ……。


「つんつん、つんつん、つつんつん」

「…………」


 月潟が僕の背中を指で突いた。無視しよう。


「つん、つん」

「…………」

「つーつー、とん、つーつー。つーつーつーとん。つーとんとん。とんとん」

「……僕はモールス信号がわからないんだが」

「あ・そ・ぼ」

「またIQの無駄遣いを……」


 合ってるのかどうかはともかく、こいつはこういうやり取りを好む。知能指数の高い馬鹿の考えることはやはり摩訶不思議である。


「まぁまぁ、少し外にでも行こうよ。山の神事件の事後処理で少し話したいことがあるからさ」

「………………わかった」

「はい、ココア。あったまるぜ?」

「嫌がらせか……」


 中之島警部とまるっきり同じココアの缶を手渡してくる月潟。僕のぼやきに、「およ、すごい偶然」などといつものように萌え袖で口元を隠してくすくすと笑っていた。

 結局のところ、朝から一切躊躇せずに僕に絡んできてたコイツは折れることはなさそうである。流石に僕が折れてやろう。コイツが今後どうするのかも気になるし。


「鍵、空いてないけど」

「ああ〜。こういう南京錠は開け方に法則性があるんよ」


 アニメなんかでは開放され放題な屋上だが、リアルの学校では大抵鍵が掛けられている。この学校も例に漏れず鍵がかかってるのだが、予算がないため南京錠だ。そういうことするから、こういう手癖の悪い奴に出し抜かれるんだぞ……。

 1分とかからず月潟は南京錠を開けると、屋上への扉が開け放たれた。桜の香りが鼻腔をくすぐる。いくら春が遅い北湊とはいえ、桜の花はもうほぼ散ってしまい、葉桜が咲く季節へと移行しつつある。それでも桜だとはわかってしまうのは、日本人としての本能か何かなのだろう。


「イネ科花粉の時期だね〜」

「だいっなし!」

 

 僕のツッコミに対し、琵樹はいつものようにくすくすと笑うと、屋上の手すりにもたれかかるように肘を置いてそこに頬をつけた。


「JOINTの壊滅っぷりは気持ち良かったな〜。ご苦労だったね、ワトソン君。君が私に合わせてくれたから、女子生徒があの場で薬物を盗んだ時点で私たちの勝ちは確定していた」

「どうせ釣るなら海老じゃなく鯛を釣ろうって言われた時は、まぁ心底同意したよ。僕の周りであんなものが流行るのはごめんだからな」


 と言うわけで、見事に海老で鯛を釣ったわけだ。その点は月潟に感謝してる。


「だからこそ、もう僕とお前の協力関係は終わりだ。お前の推理ごっこに付き合うつもりは」

「終わり? 本当にこれで終わりだと思ってるの?」

「……何が言いたい」


 月潟は真剣な表情で僕を見た。


「君たちはこの街を滅ぼしたい。私は君を救いたい。この関係は対立関係と呼んでいい。けど、それ以外は?」

「……それ、以外?」

「私はね、ほの囮くん。君と組みたいって気持ちは変わってないよ。ほの囮くんの目的は、一部分では私の目的でもあるから」


 月潟は、自分の目的のために山の神の力が必要だと言っていた。だとしたら彼女の願いというのは、一体何なのだろう。


「お前の願いは、なんだ」

「君を救うこと。でもその前に先に願うことは……」


 僕が否定すべき彼女は、自身の願望を僕と共存させようとしている。だとしたら僕はその願い事否定するべきなのではないだろうか。

 いつものように飄々と流されるかと思えた質問は、あっさりと月潟の口から回答される。





「『北湊の闇』を滅ぼすこと」





 月潟の言葉に息を呑む。それはまるであの時の、あのピアノ椅子の夜に語ったかみさまの言葉と同じ。


 ーー「私は、私をーー『私たち』を殺したこの街の闇を全部暴き出す」


 あの時のかみさまの一部が月潟だったことを考えると、この願いは至極自然なものだ。月潟は山の神についてよく知っている。そして、おそらくこの街の闇についても一部分を知っている。


「それは、君たちの願いとは似て非なるものであり、大同小異なものでもある。私たちの願いは共存できるよ。

 だから組もう、ほの囮くん。この街の闇はあまりにも大きい。私だけでも、ほの囮くんだけでも多分勝てない」

「…………」

「いずれ敵対するとしても、私は君を知りたいよ。私は君を救うために、君は私から情報を得るために、それなら協力できるでしょう?」


 ここ数日で何度も繰り返された提案、それは今1番現実的なラインで僕の中に落とし込まれている。

 僕の逃げ道を残しつつ、僕に協力を迫る。これが、僕の最大の難敵なのだ。

 そして同時に……最大の理解者であることもわかる。


「あの日、お前に2つ条件を出した。僕を捕まえない理由、そしてお前の目的を話すこと。その2つとも答えてくれた以上、僕がこの提案を蹴るのはフェアじゃない」

「……それじゃ」

「勘違いするな月潟琵樹。僕はお前を最大の敵だと思ってる。それでも、お前の言葉には一考の余地がある。だから……一時的によろしく、名探偵」


 僕は最後の最後の彼女の顔を見ることが出来なかった。色々言い訳を述べたところで、彼女はきっとその辺全部すっ飛ばして善意だけを拾い上げてきてしまうのだから。


「ーーーッ! よろしくね! 相棒! 私たちが組めば最強! 無敵艦隊も焼き払える!」

「ブリティッシュジョークやめろ……」

「それが分かる相棒大好きだぜっ!」


 月潟が手を握ってくるので、思わず後ろに仰け反る。だが月潟はその手を離さず、心底嬉しそうににこにこと笑った。

 今ならきっと、僕の顔の色は夕日の色だと誤魔化せる。いいや、それともこの名探偵はその誤魔化しさえ見抜いてしまうのだろうか。

 


 だとしたら、やはり彼女は最大の難敵だ。

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