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2章30話:月がとても綺麗

「おや、やっと起きてきたのかい。その服、よく似合ってるじゃないか幽々火ちゃん。琵樹、あんたこんな子を落とすなんてやるねぇ」

「ち、ちがっ」

「そーだよ、可愛いでしょ私の彼女。反応も可愛いんだよ」

「ひぃうっ!? おま、お前ほんとに!」

「え、何今の可愛い声……理性溶けるんだけど」


 月潟に胸の部分をくすぐられ、思わず変な声が漏れる。月潟を押し戻し、咳払いをして改めて有栖さんに尋ねた。


「こほん。いくつか聞きたいことがあります」


 僕の表情を見て、有栖さんは何かを悟ったような顔をすると、極めて真剣な表情で僕を見つめ返した。おそらく、何を聞きたいのか悟ったのだろう。


「……答えられる範囲で、答えるとしようかね」


 重々しく返す。僕はそのピリピリした空気に押されそうになりながらも、聞きたいことを聞くために尋ねることとする。


「山の神について、その成り立ちと、正体を……有栖さんは知ってるんですか?」

「その前に聞きたい。幽々火ちゃん、お前さんはどうしてそれを知りたいんだい?」


 僕が山の神で、その記憶について一切を持ち合わせていないから。なんて、素直に話してしまっていいはずがない。

 僕から言えることはただひとつだ。


「それは……私が笹神家の人間だから、それじゃダメですか?」


 僕にとって山の神を調べる動機、それは自身が山の神であるから故に相違ないが、月潟有栖からみた笹神幽々火は、ただの笹神家の人間と推測される。山の神となにやら因縁のありそうな笹神家の人間が、山の神について知りたいと願うのは自然なことなのではなかろうか。


「…………笹神家、ね。その名前を聞くのは随分と久しい。ろ()様が亡くなられてから、あの家とはめっきり縁が切れちまった。今は確か別の街に住んでいるんだったか。ああ、近頃物覚えも悪いときた」

「ろ火、さま」

「そう、笹神ろ火様。笹神家の人間でありながら街の人間と対峙した彼女は、アタシにとっては姉にも等しい存在さ。お前さんはまるで70年前のろ火様そのものだよ。

 だからこそ、アタシはこう言わねばならない。


 ーー山の神について話すことは何一つないよ」


 息を呑む。

 それほどまでに、有栖さんの迫力は凄まじかった。明確な拒絶、それは単なる意地悪ではなく、この人の根底にある信念に基づいた拒絶なのだと悟る。

 故に、僕はこの人から全てを聞き出すのは不可能だと判断した。ここからは必要な情報を聞き出す為だけの席となる。


「おばーちゃん。どうしてもダメなの? 私も知りたいんだけど」

「お前も、勝手に書物を持ち出したね? アレに書かれている内容は話したのかい?」

「まだだよ〜。大学生の研究で手に入る程度の知識しかなかったからね」


 月潟は悪びれる様子もなく、舌を出してそう言った。


「そうかい。なら、それ以上のことは話せない。それに、アタシには、『山の神の記憶』はない」

「『山の神の記憶』……?」

「山の神の歴史は、いわばこの街が築き上げてきたすべての歴史だ。それはアタシの持つ上辺だけの歴史じゃなく、彼女たち一人一人が持つ真実の歴史。

 それらは今、完全に失われてしまっている」

「ーーーーーッ!? それ、は……」


 かみさまは言っていた。

 山の神はどこにでもいる女の子で、彼女らが人身御供として捧げられ、山の神は造られてきた。僕の中にも、『私たち』の微かな残滓が残っており、それらが憎悪に直結している。

 多くの少女が山の神となり、そしてその延長線上に僕が立っている。ならば彼女たち一人一人にもその人生や記憶があったはずで、そしてそれらは『記録』として存在していないのだ。

 

「それを理解していないアタシには彼女らについて語る権利がない。アタシはね、結局のところただの管理者に過ぎないのさ。既に何を信仰しているのかもわからなくなったこの神社を管理している神主。それがアタシだ。

 お前さん、北湊の歴史書を読んだことはあるかね?」

「はい、何冊か。けれど山の神については何もわかりませんでした」


 時間遡行後、僕は山の神について調べる為に幾つかの書物を読んだ。だがそこには山の神という文字は一文字も出てこない。

 そのことを告げると、有栖さんは少し自嘲気味に笑って言った。


「そりゃそうさ。山の神なんてものは公式的に歴史に存在していない。今ある『山の神講』だって、結局は上辺だけの歴史をもとに勝手に信仰を想像して作られた組織だ。既に正しい信仰はなく、正しい歴史も失われている」

「……では貴方は、何を知ってるというのですか。既に正しい歴史も正しい信仰も存在しないのであれば、貴方はどんな理由で何を守ろうとしているのですか」


 月潟有栖は山の神を知らない。だというのに彼女は僕に、山の神について『話せることは何もない』ではなく、『話すことは何もない』と言った。

 それはつまり、『話せない』のではなく『話したくない』のだ。

 そこには明確な違いがある。

 なんとなく読めてきた。月潟有栖が何を話せないのか、何を話したくないのか。彼女の知識量について。


「私の推測で話してもいいですか」

「ああ、いいよ」


 有栖さんはどこか試すような口調で答えた。僕はそれに応える形で深呼吸をし、仮説を話し始める。


「貴方は山の神の歴史を知ってる。だけど山の神の本当の歴史を一部しか知らない。そして、その一部というのは……『貴方が目撃した山の神のみ』……そういうことですか?」


 僕の仮説を聞いた有栖さんは驚いたように目を見開く。そしてそのまま目を細め、その鋭い視線を向けてきた。


「…………お前さんは、思った以上に山の神を知っているのだね。よろしい。琵樹、お前が読んだ山の神についての記述、簡潔に述べな」


 有栖さんは、少なからず僕のことを認めてくれたらしい。

 おそらく僕の予想が正しければ、有栖さんはどこかの段階での山の神と出会っているのだろう。そしてその山の神に関する知識の一部を保有しており、その部分こそ有栖さんが話せないと言った部分なのだ。


「は〜い、琵樹GPTの出番だね。はいでました。


 山の神。

 禁足地に住まう土着の神で、古くは北湊地域にて勢力圏を持っていたものされる。

 北湊の歴史の中で大きな災害があった際に人々の前に現れ、その厄災を退けていったことで信仰を得た。

 いつしか山の神はこの翠ヶ淵神社で祀られるようになり、人々は神をこぞって信仰した」


 その後は以下の通りだ。

 山の神は女性とされており、山に入った猟師の男などを気に入り連れ去ってしまう。大層嫉妬深かったため、逆に女性が入ることを極端に嫌がり、神の怒りを買った女性は山に住む獣畜生に命を奪われてしまうこともあるという。(以下、実際の被害事例として多くの事例が紹介された)。

 この書物では、実際の被害の伝承などが多く語られているが、ここは重要ではない。

 僕が気になったのは、伝承の一部分である。


「………厄災」

「ああ。北湊で起こる大きな厄災、その度に山の神が現れて街を救う。だからこそ今でもこの神社は『山の神講』をはじめとした多くの人々の信仰を受けているのさ。それがどうかしたかい?」



 ああ、わかった。わかってしまった。



 なんとなくそうだとは思っていたけれど、確証はなかった。

 だけど、僕の中に渦巻く様々な叫びが、この伝承に充分すぎるほどの解答を与えてくれる。

 有栖さんは何かまだ続けているようだったけれど、僕の耳にはもう何も入ってこなかった。

 僕の中で何かが蠢く。


「これで、全部ですか?」


 掠れる声で、僕は問う。月潟が不審げにこちらをチラリと見たのは気のせいではあるまい。


「そう、そして恐らく、そこに書かれている以上のことはこの世にはもう残されていない。だというのにこれ以上、お前さんは何を欲するんだね」

「肝心の内容が書かれてない、ですよね」


 僕はここで再度有栖さんの発言を確認する。彼女の保有する真実は、この文献にはない。意図的に隠されている。それに気づいてしまったら、有栖さんの隠したかった真実にもなんとなく見当が付く。


「彼女たち一人一人の歴史、そう言いましたね。それは、山の神が代替わり制であることを知ってるが故の発言です。だからさっき、私の仮説に反応してくれたんでしょう?」

「…………"目撃した山の神のみ"、か。それは山の神の人格が1人じゃないことを知ってる人間の発言だ。なぁ、幽々火ちゃん。


 お前さん、何者だい?」


 そうだ、山の神は1人じゃない。数多くの少女たちが山の神を名乗ってきたその先に今の僕がある。けれどそれは伝承として伝わっていなかった。

 だとすれば、彼女たちが語られなかった理由は……その歴史の表舞台から姿を消していった理由は……。


 ーー自ずと答えは出た。


 吐き気を催すような、残酷で度し難い答えが。


◇◆◇


「………ぅ、ぁ」

「幽々火ちゃん?」


 その瞬間、凄まじい吐き気が僕を襲い、僕は平衡感覚を保てなくなった。頭の中でガンガンと呪いのような声が響く。

 僕には前にもこの感覚を味わったことがある。あれは山の神になったばかりの頃、まだ山の神について知ったばかりの頃、彼女たちの怨嗟の声を受け止めたばかりの頃だ。

 今までち囮を救うという目的のもと無意識的に封じ込めていたこの声は、今僕自身が山の神の真実の一端に触れたことによって再び活性化されていく。


「いた、い。いたい、いたい、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」

「幽々火ちゃん!?」

「滅ぼすほろぼすほろぼすほろぼすほろぼすほろぼすほろぼすほろぼす」


 既に意識がほぼなくなった状態で、かろうじて僕は自分が立ち上がって歩き出したことに気付いた。

 止めようとする月潟を振り払い、僕は外に出た。まだ昼間のはずなのに、あたりは雲が覆い暗くなっていく。雨は嫌だから降らせないでおこう。

 そのまま僕は境内からまっすぐ、樹海に向かって歩き出した。既にあたりは暗く、月潟たちは追ってこられまい。


 僕の歩く先を篝火が先導する。いつのまにか服装は白装束に変わっており、呪詛の書き込まれた包帯が身体中を覆う。

 怨嗟の声に導かれて、僕は虚ろなまま歩き続ける。


 ーー知れ。お前は知る義務がある。


 そんな声に導かれて、僕は樹海を歩く。その度に嫌な声が聞こえてくるのだ。


「私はここで殺された」

「私はここで」

「妾はこの地で」

「我の無念はこの地でもって」


 影のようなものが風景として浮かび上がってくる。誰かの怨嗟の声に合わせて、真っ黒い影が大勢の人間に囲まれて殺害される姿が映し出される。

 彼女らの呪いが

 彼女らの慟哭が

 彼女らの叫びが

 彼女らの怒りが

 彼女らの怨嗟が

 彼女らの悔恨が

 彼女らの渇望が

 彼女らの絶望が


 僕を濁流の渦へと引き摺り込んでいく。それでも重い足を引きずって歩き続けた。

 目の前に出来上がる真っ赤な鳥居の数々は、処刑台に向かう僕を案内しているかのよう。

 無数の卒塔婆は、僕の痕跡を書き記すかのよう。

 伸びてくる影たちは、僕を祝福するかのよう。

 

「あは、はは、ははは」


 なんてことはない。彼女らは僕が成し遂げるまで待っててくれていたのだ。僕の心残りが解放された時、彼女たちは改めて僕を後継者だと認めてくれたのだ。

 幽霊たちは僕を神と認めた。そしてその次に過去の山の神たちは、真実を知った僕を後継者と認めた。ならばあとは、『かみさま』の承認を得るだけだろう。

 そしてその時こそ、僕はかみさまに会える。

 喜びが込み上げてくる。足取りも少し軽やかになっていく。


「ここ……は」


 そうして僕が辿り着いたのは、小さな沼だった。小さなと言っても北湊の奥に結構ある湿地帯と比べるとという意味で、しっかりとした沼ではあった。

 睡蓮が咲くにはまだ早いというのに、水面には蓮の葉と共に桃色の花が咲いており、さながら『モネの睡蓮』を彷彿とさせる幻想的な景色である。


 僕はしゃがみこんで水を掬い上げる。ここを見ていると心がざわつくのだ。そのざわつきを掻き消すために、水面をいじる。

 水面には僕の顔が映し出された。到底この世のものとは思えない姿をした山の神モードの僕。山の神事件で証明されたように、誰がこの姿を見たとしてもそのあまりの悍ましさから逃げ出すことだろう。



 ……いいや、1人だけ僕のこの姿を美しいと言った少女がいた。

 そいつはとても変な女の子で、破天荒で摩訶不思議、奇想天外だけど、水面に咲く睡蓮のような、雲から差し込む月光のようなどこか儚く透明感のある少女……。


 そんな少女は、月光に照らされて僕の前に立っていた。



「月がとても綺麗。ねぇ、そう思わない?」



 いつだってかみさまと初めて出会った時の言葉をそのままそっくり繰り返し、彼女は咲う。

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