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2章29話:着せ替え人形

 食事を終えると、有栖さんは部屋を1つ貸してくれた。なんでも有栖さんのお孫さんたちの部屋だったらしいが、特に物のない殺風景な部屋であった。


「もう夜も遅い。事情は警察から聞いとるから、あんたらは早く休みんさい。琵樹、学校はどうするね?」

「幽々火ちゃん次第かな。私は多分行ける」

「じゃあ行きなね。行ける時に行っとくのが1番いいことさね」

「わかってる。おやすみおばーちゃん」


 有栖さんはそのまま襖を閉めて部屋へと戻っていく。僕はひとまずベッドに腰掛け、月潟を睨んだ。


「なんで残ってるんだよ」

「なんで出ていかなくちゃあいけないのかな?」

「………正直眠い。色々と調べるのは明日からだからゆっくり寝かせてくれ」

「今夜は寝かさないんだぜ」


 月潟もベッドに座る。


「少しお話ししようよ。私さ、今日結構興奮することが多くて眠くないんだよね」

「なんで眠い僕が眠くないお前に付き合わなくちゃいけないんだよ……メリットないだろ」

「美少女とベッドでお喋りできること?」

「寝るわ」

「わー! たんまたんまごめん! いいでしょ? ほら、これからのこととか話そうよ〜」


 なんだコレからのことって。月潟は水色のカーディガンタイプのルームウェアを萌え袖にして、あざと可愛くポーズを取った。


「女子会だよ女子会っ。ほら、おそろだよパジャマ」

「………そーだな」

「あ、アンダーウェアもおそろだよ?」

「ーーーーッ!!! そういうのいいからっ!」


 ブラキャミの襟をちらちらさせ、月潟が煽るような表情で言った。僕は思わず顔を逸らし、なおかつ月潟から距離を取る。

 月潟はその反応を面白がったのか、距離を詰めてきた。そのおかげで僕はベッドの端に追いやられていく。


「ん〜、これは海知くんが目覚めた理由わかるな。こんな幼馴染いたら狂っちゃうよ、うん。益々渡したくなくなったな」

「海知を擁護したら敵認定だからな」

「そしてウザがられているとわかっていても構いたくなる、これはあれだね、ねこだ。にゃーん♪」

「うっぜぇ……」


 両手を丸めて猫のポーズ、月潟のいちいちあざとい反応に、僕は憎まれ口を叩くことしか出来なかった。ここで何も言わなかったらただ照れて言葉を詰まらせてそのまま何も出来なくなるのが目に見えている。

 それくらい、月潟は美少女だ。本来の僕なら照れたままそれこそ固まってしまうほどには。


「で、何を話すんだ」

「およ、話してくれるの?」

「このままだとお前帰らないじゃん」

「ふーん、まぁ、そだね。うん、そうだ。えっとそれじゃ、明日は学校行く?」

「行くだろ。……服が乾いていたら」


 ワイシャツとスラックス早く乾け。


「私の制服貸してあげよっか? 女子制服なら余ってるんよ」

「なんで余ってんの……」

「私の彼女を自慢する為にっ!」

「彼女じゃねえ」


 ちょっと? 確定事項みたいなのやめてくれますかね。

 月潟はそれを聞いて少しだけ真剣な顔をした。


「んー、でもこれは決まってるから。君は絶対私の彼女にする。これも私の運命、VIVA運命!」

「何言ってんだコイツ……」

「海知くんなんかに奪わせないよ。私さ、本気だよ? 今とても幸せだし、もっと幸せになりたいなって思ったの。私はちゃんと今を生きているから」

「…………?」

「だから君も幸せにしたい。君を助けたいのも本当。信じてくれないかな?」


 どこまでも優しい瞳を向けてくる月潟。その雰囲気に、NOと言える人間が果たしているのだろうか。

 僕は誰も信じない。けれど、今のコイツを疑い続けることも、それはとてもとても困難な話である。

 結局いつだって視線を逸らすのは僕だ。


「……それ、は」

「ねぇ、ほの囮くん、改めて聞くね?

 私と組もうよ。

 私と君なら、きっとなんだって出来る。君の願いも、私の願いも叶えることが出来るよ」


 月潟は至って真剣だった。そして困ったことに、僕もその意見は同意だ。僕と月潟が組めば、きっと世界だって滅ぼせる。

 だけど、僕が腹の中で抱える山の神の憎しみ、これを月潟に押し付けるつもりは毛頭ない。それをわかった上で、合理的に判断するのであれば……。


 僕はこいつと組むべきだ。


 今回の件でよくわかった。1人での行動には限界がある。僕はかみさまのように天才でもなんでもなく、むしろ駄目な方の部類だ。

 正直、月潟琵樹の目的はよくわからない。でも僕を本気で害そうとは思っていない気がする。それならば協力できる余地はある。


「ふたつ、聞かせろ」

「なんなりと〜」

「ひとつ。どうして僕を告発しない。探偵を自称するのであれば、お前は犯罪が嫌いで、それをした僕を中之島警部に告発できるはずだ」

「真実が人を救うとは限らない。私のくだらない自己陶酔的な正義によって、私の大好きな人を殺してしまうような真似はしたくないからね」


 やはり、月潟は合理的な性格の中に、どこか感情めいた……いってしまえば人の心を持っている。

 だからこそ、彼女には山の神と関係ない部分のみで協力できる。


「………ふたつ、お前の目的を教えろ」

「私の目的?」

「ああ。お前は山の神を知ってると言った。そんなお前が、山の神を名乗る僕に接触したがっていた。お前は……何がしたい?」

「うーん。答えはCMの後で、かな」

「は?」


 月潟はあざとらしく、頬に人差し指を当てて言った。


「明日、ほの囮くんが欲してるものを見せてあげるよ。それで改めて聞かせて? ね?」


 にこりと笑みを浮かべる月潟に、僕は何も言えなかった。つくづく僕はこの顔に弱いのだな、と自覚する。


「よしっ。そろそろ寝よっか。あ、私壁側がいい」

「待て待て待て、出てけよ。一睡もできないのは嫌だわ」

「……? ああ、もしかして私と一緒だと眠れない? そっか〜私美少女だもんな〜、恥ずかしいか〜そっか〜」

「……………………」


 すごいうざったいが図星である。

 気恥ずかしさからか、僕はさっさと布団を被って横になる。月潟はくすりと笑うと、そのままベッドから立ち上がって部屋を出ていった。

 彼女がいなくなった後の部屋には、少し埃っぽい匂いと、僅かに月潟のシャンプーの匂いだけが残っていた。


◇◆◇


 目が覚めた時、僕は頭がぼんやりとしていた。ずっと張り詰めていたからか、通帳を奪還してから2日連続で寝坊である。

 しゃっきりしない頭を起こし、くああと欠伸をした。布団から出て、月潟をどかし……は?


「なんでいんの!?」

「あ、おはよ〜。寝顔超可愛かったよ〜。流石私のお嫁さん」

「勝手に結婚してんじゃねえ。……いつからだよ」

「安心して、朝起こしに来た時だから、まだ2時間しか経ってないよ」

「てことは遅刻確定か……」


 月潟が起こしに来るレベルの時間からさらに2時間となれば、既に時刻は……うん、10時だ。既に2限が始まっている。

 洗面所で顔を洗い、朝の保湿を行って髪を梳かした。いつものように髪をまとめ、ヘアメイクでうまく誤魔化す。前髪を上手く垂らし、さらに眼鏡をかけて顔がわかりづらくなるように工夫。

 これでいつもの犀潟ほの囮だ。


「わっ、凄いすごい、ほの囮くんになってる。でも下が女の子のパジャマだ〜」

「早く着替えさせろ!!」


 有栖さんが干してくれたのか、物干し竿とハンガーに吊るされた下着とシャツに触れるが、まだ若干湿っていた。……終わった。


「あ〜、湿気の多い北湊の天気で洗濯物が1日で乾くわけないじゃーん。ほら、諦めてセーラー服着よ?」


 後ろでセーラー服片手に待機する月潟。昨日今日とデジャブ祭りである。

 

「お前それで学校行ったら海知がキモいことなるだろうが!」

「あ〜……それもそっか。んー、お家で楽しむしかないか〜。あ、もうどうせ学校行かないなら、『BAR 樹海』行かない?」

「僕は18歳の大学生ってことになってるから、マスターの前でそれ着ると給料が高校生レベルに下がるんだが……」

「え、私より給料いいってこと? うわぁ、ますますセーラー服着せて連れて行きたくなったよ〜……」

「キッチンは重労働なんだからそれくらいいいだろ」


 それに、僕は今日出来ればこの家で調べたいことがある。文献があるなら読ませて欲しいし、なにより有栖さんとは話したいこともある。

 そして、尚且つ……。


「山の神について、教えてくれるんだったよな」

「そうだね、そうだった。それじゃあ私の部屋で話そっか」


 月潟について行き、その部屋に踏み入れる。

 するとどうだろう、部屋の内装はなんだかとってもメルヘンだった。女の子らしい水色のレースカーテンやカーペット、ベッドの色も水色。そして部屋には沢山の絵のポストカードが飾ってあり、同時に可愛らしいお洋服なんかも飾ってあった。

 ルームフレグランスから香るベルガモットの香りが部屋中を漂い、全体的に女の子の部屋という感じだ。恋愛漫画まみれの夏葉の部屋と双璧をなすレベルで女子の部屋だ。その点月潟の部屋の本棚は、英文学とミステリー小説、音楽の本など多種多様で豊富な種類の書物が納められている。


「さてと、ほの囮くん、今日お外出る予定ある?」

「制服が乾いたら普通に帰るが」

「はい、じゃ制服が乾くまでこちらをどうぞ」


 手渡されたのはレースリボンタイ付きのワンピース、色もブルーグレーでお洒落な……うん。

 

「制服じゃないからいっか! とはならないからな?」

「ずーっとパジャマでいるつもり? 私は着替えるのに? あ、もしかしてその肌触り気に入ってきた感じ?」

「んなわけっ! ……ない」


 実は少しだけ良い肌感だなとか思ってないから。思ってない、よな?

 これ以上罪を(女装)を重ねるのはなんとなく戻れなくなりそうで嫌なのである。しかも僕が笹神幽々火として築いてきたカッコいい系女装ではなく、普通に女の子としての女装ゆえに余計そう感じるのだ。


「ふーん、資料みせてあげないよ〜?」

「くっ、お前それ使えばなんでも要求できると思ってるんだろ……」

「かなりほの囮くんに配慮している方なんよ? ほら、こっちがいい?」


 そこに用意されていたのは『love balloon』というピンクの文字がデカデカとプリントされたピンク色のトップスと、カラフルなポッピンカラーのミニスカートだった。これはいわゆる女児服ってヤツだな……なんで持ってるんだ。


「……パジャマのままでいい」

「そ、残念。それで、まず聞きたいんだけどさ、ほの囮くんが今調べたがってるのって、『山の神』について?」

「………そうだな」

「君が山の神なのに?」


 月潟は特段疑問でもなんでもなく、挑発するように尋ねる。それがどうにも気に食わない。


「そーだが」

「ふーん。まぁいいや。はい、これが山の神の書物」


 月潟が手渡してきたのは、一冊の古びた冊子だった。胡散臭そうなものを見る目で僕は月潟を睨むと、ぺらぺらと中身を確認する。が。


「………読めない」


 古語で書かれた薄汚れた書物、一文字解読するだけでも手間がかかりそうなものだが、月潟は得意げな顔で説明してくれた。


「端的に言うと、翠ヶ淵神社の成り立ちについて、かな」

「なんでお前は読めるんだよ……」

「天才だからねっ。それで、私から読み聞かせてあげようか?」


 逆に言えば、こいつの情報源は所詮その書物ということになる。それなら初めから聞く相手を間違えている。


「じゃ、有栖さんに教えてもらうわ」

「んー、それが無理だからわたしの部屋にきてもらったんだよね」

「……どういう意味だよ」

「おばーちゃん、とても厳しい人なんだ」

「はぁ」

「まぁその、つまりパジャマ姿でお話聞きに行くと、100%着替えてこいって言うと思うんだよね〜」

「…………………ズボンはあるか?」

「ないよ♪」


 月潟が部屋にこさせて理由がわかった。つまり、ここでさっさと着替えてから有栖さんと話をしよう、ということか。

 僕は改めて渡された衣服を手に取ると、すごく嫌な顔をしてみせた。


「お前……実は普通の服もあるのにわざと可愛らしい服を渡してたりしてないか? 確認させろ」

「わぁ、ほの囮くんは男の子なのに、女の子のタンスを漁ろうとしてるの? 発想がえっちー」

「くぅっっ!」


 結局、僕は月潟の望む服に着替え、そして月潟に大量の写真を撮られることとなった。その後ヘアメイクを解き、多少の化粧をした僕の姿は月潟の着せ替え人形と言って差し支えないだろう。

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