2章27話:好奇心は猫を殺す
石段を登ると、そこは見慣れた境内。翠ヶ淵神社は山奥の社の経由地点でしかない為、あまりよく調べていなかった。だから気づかなかったのだ、月潟琵樹がここに住んでいると。
月潟は自宅の庭の如く歩みを進め、そして境内の柵まで辿り着いた。ここの眺望は素晴らしい。北湊の街がよく見える。だが今回はそんなことを考えている余裕もない。
「眼鏡、外してよ幽々火ちゃん。こんな綺麗な場所で、素顔を隠してしまってるのは無粋じゃないかな?」
「…………」
僕はこの時点で誤魔化すことを諦めた。月潟琵樹という少女の推察眼はホンモノである。そんな彼女を相手に別人を装うことなど土台不可能な話だったのだろう。
「……いつからだ」
「確信したのはさっきだよ? 白い着物、とても似合ってたね〜」
「…………」
「でもちょっと前からそうなんじゃないかな? って思ってた。見た目はともかく、身長や体型はそう簡単に変えられるものじゃない。ブラをしてないのはホントでしょ? 胸部の体型がほの囮くんと瓜二つだった」
あの時の揶揄いには意味があったのか。苦虫を噛み潰すかのように、僕は視線を逸らした。
身長を誤魔化すために厚底を履いていたが、それでもある程度の身長は推察されていたのだろう。体型に関しては……僕のプライドの高さが招いた失態だ。
「極め付けは卵焼きの味かな。店のレシピとまんま同じだった。アレは不用心だと思うよ〜」
「……得意料理だからな」
「染みついた癖を変えるのは難しいからね。でも誇っていいよ。初対面では一切わからなかった。恐ろしいほど他人に擬態できていた。君、演技の才能あると思う」
「どーも」
僕はそう言うと眼鏡を外し、髪を解いて長い髪を垂らす。前髪をピンで留め、声を少し高めに変えた。
「それで、私の正体を暴いて、何をしようって言うんですか? 琵樹さん」
僕はこんな状況なのに少し昂っていた。僕の正体が暴かれた、だが同時にそれは、月潟の正体に迫る絶好の機会でもある。
僕は満を持して正体を見せた。さぁ、お前も……!
その直後、月潟は僕の手を掴んだ。え、ちょっ、何掴んで……。
「はーーーーーーー、顔つよーーーーー!」
………お前、ほんとブレねぇな。
「おい、今そういう感じじゃなかっただろ」
「これで男の子ってマジ? 無理でしょ無理無理、だってメスの体つきしてるもん。メスだよメス」
「メスメス言うな! え、なんなのマジで……」
椎茸目で瞳を輝かせ、顔を近づけてくる月潟。近い近い近い!
「ひゃあああ! 可愛いって言われたくなくて、ちょっと悪ぶって見せてる妹感めちゃきゃわ〜〜〜! 推せるきゃわわわわ〜!」
「勝手に人を分析すんな!!!」
「力弱っ、可愛い〜!」
「力強っ!? 何コイツ!?」
そこそこ本気で押し返してるのに全然離れない!
「幽々火ちゃん、諦めよ? 君は可愛いんよ。その悪い子キャラ向いてないんよ」
「やめろその同情の目! ていうか私が何したって言うんですか! 特に悪い子ぶってなんて」
「山の神事件」
ピタリと動きが止まる。月潟の目はもう笑っていなかった。
僕はというと、もう目の前の少女を脅威としか捉えていなかった。月光色の瞳が、月夜に照らされて鋭く光り、僕はその光に当てられて思わず顔を歪めてしまう。
「警察は全部の事件をJOINTのメンバーがやったと断定するよ、これは絶対。それが警察って組織だもん。
でも私は違う。私は、副部長たちの山の神が偽物だって知ってる。私はね、最初からあんな小物じゃなくて山の神を追っていたんだよ」
僕は月潟から離れる。月潟は少し困ったように眉を曲げると、そのまま境内の柵に寄りかかった。
「あの日、君を追いかけなかったことを少し後悔したんだよね。綺麗すぎて思わず見惚れちゃったんだ。探偵失格なんだぜ〜」
「……あの日?」
「花嫁屋敷襲撃の日だよ」
あの日、帰り際に月潟に姿を見られてしまったことを思い出す。あの時の化け物みたいな姿を見て彼女は、『綺麗だ』とつぶやいた。
そして再び彼女は僕を綺麗だと言う。
「運命だって思った。本当に綺麗だったから。多分私以外誰も気づけないよ。それくらい君の3重の変装は完璧だった。でも私にとっては、君は『運命』だから」
「なに、を……」
「私がこの街に来てから興味を惹かれた3人の人物が、同一人物だったなんて、とても運命チックだと思わない?」
月潟は胸に手を当て、微かに微笑む。
「……何も証拠がないでしょう。私が、山の神だという証拠が!」
「運命だから」
「………は、はは、はぁ? 自分で何言ってるのかわかって……」
思わず笑ってしまった。
馬鹿げてる。非論理的だ。
今まで理詰めで探偵をやってきた人間が、運命だと? そんな理由で、僕は……。
だがそんな僕の動揺を包み込むかのように、彼女は穏やかに告げた。
「それだけで私には充分だよ。むしろ幽々火ちゃんだったらいいなとすら思ってた。だから驚いたよ、犀潟家襲撃の時は」
「驚いた……?」
「ABC殺人事件」
「ーーーーッ!?」
月潟からその単語が出てくるとは思わなかった。僕は思わず目を見開き、動揺を隠せずにいる。
「これが本命だったんだね。アレだけ宅内に人がいる時点で外部犯はまずあり得ない。事件当時に人と居たお姉さんと弟くん、その連れは論外だ」
「グルの可能性だってあるでしょう!」
「ならわざわざ携帯電話を盗んだりしない。1人が外部から電話をかければいいんだから。それなのに犯人はわざわざお婆さんから携帯を盗んで家電した。人が死ぬほどの大きな事件じゃないからそんなもの警察も調べないけど、私は調べたよ」
コイツ……。いつの間にそんなことを……。
「携帯を盗んだ理由は2つ考えられる。1つはおばあさんに濡れ衣を着せるため。でもこれは違うよね。犯人は外部犯に見せかけたかったんだから」
「……………」
「もう1つは……他の携帯を用意できなかったため。だから仕方なく家の人間から携帯を盗んだ。そしてそれを使って夫婦を誘き出し、気絶させる」
月潟は事実を見てきたかのように淡々と述べる。まるで歌でも歌うかのように、少し楽しそうに。
「祖父祖母が犯人の可能性は!」
「考えたけど、無理だよ。犯人は外に向かって逃走し、塀を乗り越えて逃げたことが足跡から分かってる。あの2人はその前日の登山で足を痛めてるんよ」
「……は?」
月潟は言った。
「診断書もあるよ。君は……家族に興味なかったから知らなかったと思うけど」
「………………」
「だから残る犯人はただ1人、犯行当時家にいて、恐らく他に頼れる人がおらず、尚且つ塀を超えて木登りできるだけの足を持った人物」
月潟は僕の顔を指さして、告げた。
「犯人は君だよ、幽々火ちゃん……ううん、犀潟ほの囮くん」
◇◆◇
静かな時間が流れる。
僕は冷たい瞳で彼女を見ていた。
確かにあの計画は杜撰だった。ち囮を救おうとするあまり、僕は月潟の存在を無意識的に侮っていたのかもしれない。
「あ〜これ、中ちゃんの協力があったから分かったことなんだけどね。お爺さんお婆さんにお話聞いたのとか中ちゃんだし」
「………………」
「確定的な証拠はないよ。私はただ、1番可能性の高い予想を提示しただけ。実際君の策はちゃんと機能して、私と中ちゃん以外は君を疑いもしなかったよ」
「………………何が、目的なんですか」
やはり中之島警部は僕を疑っていたのだ。確定的な証拠はない。警察の捜査はこのまま外部犯として、ひいてはJOINTメンバーを中心に進められ、次第に事件は風化していくだろう。
だがそれでも……。
「それを暴いて、貴方は何がしたいのですか?」
「勘違いしないでね? 私別に幽々火ちゃんを警察に突き出そうとか、そんなつもりは毛頭ないよ。物的証拠がない以上、私も中ちゃんももはや打つ手はないし、打つ気もない」
「だったら何を……!」
「君を助けたいって言ったら、信じる?」
月潟の発言に、僕の思考は止まった。そして反芻する。
何を、言っている? 助けたい? 誰を? 僕を……?
僕は……お前に同情されたのか?
沸々と怒りが込み上げてくる。拳を握りしめ、怒りを抑えつつ僕は返した。
「貴方に何がわかるんです? 私のことを何も知らない貴方が」
「そだね。うん、そうだ。私は君のことを知らない。なんのためにこんなことをしたのか、これから何を成そうとしているのか」
月潟は視線を動かさない。無機質な西洋人形のように、その双眸が僕を捉え続ける。
ーー僕にはコイツがわからない。
月潟琵樹は何者で、何がしたくて、僕に何を求めているのか。
同情したいのか、本心から助けたいと願うのか、それすらももう判断がつかない。本心から助けたいのだとすればその理由はなんだ? 僕はコイツに何をした?
考えれば考えるほど思考は泥のように重く沈み込み、鈍化する。あまりにも判断材料が少なすぎるのだ。端的に言えば、僕はあまりにも月潟琵樹という少女のことを知らなすぎる。
「だからね! お泊まり会しようと思って!」
……この突拍子のなさもまた、彼女のパーソナリティを測る上では相当邪魔な要素でもある。お泊まり会? 何言ってるんだお前……。
「は、はぁ? 今、一応貴方と私は険悪な感じなんですけど、何寝ぼけたこと言ってるんですか?」
「むっ、寝ぼけてるのは幽々火ちゃんの方だよ。私は全然険悪だと思ってないし、これ結構合理的な案だと思うんだよね。私は君を知りたい、君は私を知りたい。お互いの利害は一致しているでしょう?」
「何勝手に貴方を知りたいと決めつけてるんですか。私は貴方なんて興味もないですよ」
本当は知りたい事だらけなのだが、このままコイツのペースに飲まれ続けるのは癪でしかない。故にこの要求を突っぱねようとも思ったのだが、彼女は「そう」とだけ呟き、続けてこう言った。
「それじゃ……私は、山の神について知ってる。そう言ったら君は私に興味を持ってくれる?」
僕には、彼女という激物を拒み続けるだけの意思はないのだろう。好奇心は猫を殺すというけれど、それは僕にとって殺されてでも必要な真実なのだから。
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