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2章20話:初出勤

 イベサー:JOINTは基本的にパリピの集まりだ。酒のない飲みサーという表現が合っていると思う。

 ほどほどに授業を受け、放課後は部活はせずにみんなでお喋り、そのあと街に出てパトロール(笑)をしたのち、週に2〜3回は食事会をする。生徒会から降りてくる仕事は上のやる気ある人間たちがやって、下の人間はそれをテキトーなレベルで支えつつ遊ぶ。これほど北湊の高校生を象徴したサークルはないだろう。

 とはいえ仕事が降りてくるだけマシな方で、この高校には似た感じの下位互換サークルが山ほどある。脅威の自称youtuber率に先生たちは匙を投げたレベルだ。YouTube活動してるならまだマシな方で、毎日家で寝てる奴もいればそもそも高校に来ない奴も相当数いるけど。

 

 さて、そんな自堕落な北湊高校生たちにとって、噂話と恋愛話は何よりの大好物といえる。特に今回の『山の神』みたいな事件は、なんかいかにもライトノベルとか推理小説とかでありそうな街の怪奇って感じなので、その調査を割り振られた生徒たちはやる気満々であった。

 4/21(火)、放課後。彼らにとっての調査開始日だ。さてそんな彼らがまず始めたことといえば……。


「うう、ぐすっ、それでね、それでね、ヨハンほんとに怖かったのぉ、ふみゅう……」

「そ、そうか。えっと、ヨハン……なんか近くないか?」

「えー、だってだってぇ、海知お兄さんに抱きついてると安心するんだもーん、えへへへ」


 猫撫で声で泣いたり甘えたりしてるこの自称弟:犀潟ヨハンへの聞き取りだった。海知は困り顔になりつつもあまり逃げようとはしていない。そこを犀潟ヨハンにつけ込まれてグイグイ来られている。そんな犀潟ヨハンと海知のやりとりによって、サークルの女子たちは彼に敵愾心を向けていた。


「何よあのオカマ……海知くんを独り占めしやがって」

「引っ付きすぎなのよ、ほんとオスってそういうとこ拙僧ないわー」


 中々エグいことを溢すので、犀潟ヨハンはふみゅうとか鳴きながら泣き始めた。コイツ友達に泣き落としでチヤホヤされてるせいで軌道修正が効かなくなってるな……。


「お兄ちゃんたちはぁ、なんでそんな怖い人のこと探してるのぉ? ヨハン、海知お兄さんやお兄ちゃんに危険なことしてほしくないよぉ」

「君みたいな被害者を出さないようにするためだよ。大丈夫、俺たちは負けないさ。必ずみんなでこの事件を解決してみせる!」

「海知お兄さん……ヨハンの為にそこまで……だいすき、好き好き好きー! 結婚しよ!」

「へ!? け、結婚!?」


 犀潟ヨハンの発言で、またも女子たちがヒートアップしている。ていうか男子たちも海知に恋しちゃってる人も沢山いるのでヒートアップしてる。つくづくお前は敵を作るのが上手いなクソ従兄弟よ。


「さて、大体聞きたいことは聞けたな。ヨハンを引っ張り出してきてくれてありがとな、ほの囮」

「んー、海知相手なら僕が呼ばなくても来ただろうけどね。それで? 次は何するって?」

「次は街で聞き取り調査だな」

「そか。がんばえー」

「ほの囮はその……来ないのか?」

「だって家ついたし……。流石に2度家に戻るのも面倒だから今日はパス。また明日ね」


 ここで海知と別行動を取る大義名分も出来たしな。

 残念がる海知を夏葉が慰めつつ、彼らの姿は遠ざかる。

 ちなみに、ニコラは総じてやる気なさげだった。彼女にとってはこんな恋愛のレの字もなさそうなイベントに興味はないだろう。肝心の僕への攻撃も進んでいない、というか月潟のせいでそれどころじゃないので、彼女にとっては色々と想定外な展開なのだと思う。


 さて、奴らを見送ったしバイトに行くとするか。一応今日が正式な初出勤日である。

 樹海までチャリを漕ぎ、いつもの神社で早着替えをする。髪を下ろして整えて、メガネを外し、化粧をして、香水をかけ、イヤーカフをつけたらもう別人。紫のインナーカラーを施したハーフツインがよく似合う。

 

「あら、早かったわね。って、いつものバンギャスタイルじゃない……はやく裏で着替えてらっしゃい!」

「おっと残念、このパーカーの下は制服ですよ」

「あらぁ! 似合ってるじゃない! ほら琵樹、あんたの推しが初出勤よ!」


 店の奥からカップが割れる音がした。可哀想なマスター……。

 どてどてと走る音と同時に、すごい勢いで扉が開け放たれる。そこにはぜぇ、はぁといいながら少し恥ずかしそうにこちらをみている月潟の姿があった。


「あ、その……えと……」

「こんばんは、琵樹さん。カップ割れる音聞こえたけど、怪我してないですか?」

「だ、だいじょぶ! ありがとね、幽々火さん」


 相変わらずここに来るとドジっ子属性の付与される奴だな。

 そう言えば僕は白シャツにネクタイ、黒パンツとサロンという出立ちのカフェスタイルだけど、月潟は下がスカートで少しガーリーな雰囲気がある。


「ふーん、幽々火さんはスカートじゃないんだ……。絶対可愛いのに」

「あはは、私スカート苦手なんです。ていうかその、女の子って感じの格好がその、はい」


 スカートが常態化するとなんかどんどん女の子に近づいてる感じがするので、ひとまずパンツタイプを希望していた。何ヶ月も巫女服着てたんだから今更なんだって思うじゃん? なんかアレは女装感なかったから!


「んー、マスター権限で幽々火さんメイド服着せてよ〜!」

「ウチはコンカフェじゃないのよ! うちのウリは寛容さ、幽々火が好きな格好するのが1番良いわ。さ、仕事するわよ仕事」

「でもマスター、幽々火さんと私で客引きしたら多分売り上げえぐいことになるよ」

「……………………幽々火、このチラシを配ってきなさい。メイド服で」

「クラシカルなバーのプライドはいずこへ……?」


 雰囲気大事にすべきだと思うんだよなこういうところは。


「は〜〜〜〜〜、顔良い……。私このバイト入ってよかった〜〜〜」

「歌という素晴らしい動機が不純な動機に塗り潰されていく……」


 僕が料理を作っている間、月潟はカウンターで破顔させながら烏龍茶を飲んでいた。働け。


「あの、お姉さん……シャンパンありますか?」

「マスター、この子を呼び込みに使ってあげてくださいな」

「よっしゃ琵樹行くわよ」

「やだあああ、マスターのいけずー!!」


 オープンの時間はあまりお客も来ない為、こうしておふざけタイムもできる。とはいえ実はそんなに暇な仕事ではない。無駄にメニューが凝ってる為、食材の仕込みに時間を使わなくてはならないし、飲食業は清潔感が命だ。常に掃除を欠かしてはならない。


「マスター、3人、いいかい?」

「あら源ちゃんいらっしゃぁい! ほら琵樹、ご案内して」

「おや琵樹ちゃん! 今日も美人だねぇ」

「あはは! 源蔵さんストレートに褒めるから好きー!」


 こうして8時頃からポツポツとお客が増え始めた。料理が頼まれ始めるといよいよ僕もホールに顔を見せたりすることになる。


「お、こないだの別嬪さんじゃないか。今日から出勤かい?」

「ええ、笹神幽々火です。どうぞよしなに」

「これもしかして幽々火ちゃんがつくったのかい? おっ! 美味い! というかお洒落なもん作るねぇ。流石若い子はこういうのに機微でいいねぇ。感心感心」

「あらぁ、それ若くないアタシをディスってるんわけぇ?」

「いやいや、マスターの料理も美味いさ。ありゃ家庭の味だ。第二の我が家って気分になるね」


 料理の腕を褒められるのは素直に嬉しい。少しむず痒い気持ちのまま、キッチンに戻る。次はムール貝を準備しなければ。


「いいなぁ、いいなぁ」

「お、琵樹ちゃん、この料理食いたいかい?」

「違うよ。宮さん、幽々火さんのこと幽々火ちゃんって呼んでた。私ももっと仲良い感じ出したい……」

「呼べばいいじゃあないか。女の子同士だろう? そんな恋する乙女みたいな顔しちゃってどうしたんだい」

「宮さん、そいつぁ野暮って奴さぁ。乙女心っつーもんがわかっちゃいねぇ」

「わあああああ! 源蔵さんストップよくない! それ以上言ったら首刎ねるよ!」

「おっ、いつものブリティッシュジョークだねぇ」


 え、このクソ物騒なブリティッシュジョーク浸透してるの……? 怖いんだけど。ん? ああ、もしかして……。


「……ああ、赤の女王」


 プレートを運びながらぼそっと呟くと、ぴくんと月潟が反応した。そしてそのまま僕に向き直り、キラキラと瞳を輝かせる。


「わかるの!?」

「あぶな!? 火傷したらどうするんですか! はいお待たせムール貝です。……首を刎ねろでブリティッシュジョークといえば真っ先に『赤の女王』が出てくるでしょう? そんな驚くことですか……?」

「もしかして幽々火さんって英文学すき?」

「ひとまず落ち着いて我が女王、貴方の為に代わりのタルトでも焼いて差し上げましょう」


 ルイス・キャロル著:不思議の国のアリスの一節に、自分のタルトを食べてしまったカエルに対して首を刎ねるように『赤の女王』が命じたシーンがある。これはそれを使ったジョークみたいなものだ。

 だがこれが月潟にはめちゃウケであった。


「ひゃ、ひゃい……」

「わぁ、これはまた真っ赤な女王陛下」


 ワザと気障っぽく胸に手を当て一礼したところ、月潟は真っ赤になって目を逸らしていた。

 この感じは……忘れもしないかみさまとの時間によく似ていた。かみさまは英文学が好きだった。だから僕も読んでいたわけで。

 でも目の前のかみさまの顔をした少女は、そのかみさまとは似ても似つかない反応をしてくれた。これはこれで面白い。じゃなくて……。


 やはり、月潟琵樹はかみさまなのか……?


 そんな疑念が頭をよぎる。

 だとすれば、少しだけ受け入れ難い。

 何をだろう。何においても余裕を崩さなかったかみさまがこんな顔をしていることを? いいや、このモヤモヤはなんだ。

 やはりどうしても、僕には彼女がかみさまだとは思えなかった。何かが違う。その何かはわからないけれど、僕の本能が違うと告げている。


「幽々火さん?」

「へ? ひゃっ!?」


 ぼーっとしていると、頬に冷たい感触がした。月潟の人形のような白い指先、そこに氷が摘まれていた。どうやら製氷室から一つ拝借したらしい。いや、そんなことはどうでもよくて……。


「え、今の可愛い声、だれ……?」

「お、俺じゃあねぇぞ」

「源さん、そりゃあわかってますよ……」


 思わず……声に出ちゃってた……。


「……………幽々火さん」

「は、はい」

「幽々火ちゃんって呼んでもいい……?」

「嫌です!!!」


 目を輝かせて指をわきわきと動かす月潟は、獲物を見つけた肉食獣の表情をしていた。女の子好きを宣言している月潟の前で、女の子って感じの言動はしたくなかったのに!


「今の萌え声ならいける、幽々火ちゃん、私とアイドルやろ!」

「やりません! これ以上北湊に底辺YouTuberを増やさないでください!」

「幽々火ちゃんがメイド服着れば売れる!」

「話が巡ってる!? ていうかしれっと呼び方変えないでください!」


 結局幽々火ちゃんって呼ばれることになったし、お客さんには弄られ続けた。22時になり、月潟を近くまで送って行った時にはなんかもう年上っぽい威厳とか消え去ってた気がする……年上じゃないけどさ。

 さて僕は大学生と偽って働いているため、深夜までバイトが可能である。BARに戻ってきてからも少しだけ常連さんとお話しして、仲良くはなった。


 時刻は午前3時。そろそろ寝なさい大学生、とのことで一応あがりである。

 とは言え最近どうも眠くならないので、多分ラストまでいける。一度眠ると起きる時眠くなるのに、寝ようとすると一切眠くならないのなんなんだろうな。


「樹海で仮眠でもとるか」


 そう思って大通りを歩いていると、遠くで音がした。


「ぁ、ぁ、ーーーぁ、ぁ!!!」


 何かが叩きつけられる音と、誰かの呻き声みたいなもの。まぁ北湊だと日常茶飯事なので特段何とも思わない。なんとなく早く温泉に浸かりたかったので早足で樹海へと帰宅した。

 さて、山の神による殺人未遂事件が起こったという噂が広まったのは、その翌日のことであった。

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