2章15話:推理
土曜日、することもないので昼からあのBARにいって手続きをすることにした。途中、圏外エリアを抜けるとあらびっくり。不在着信が105件。怖えよ。
内訳は犀潟家が12件、柏崎海知15件、村上ニコラ13件、赤泊夏葉20件、情報屋40件。情報屋きっも。ていうかお前にLINEをやった覚えはないんだけど。
「ニコラめ……」
アイツにLINEを教えるなんて嫌がらせにも程がある。取り敢えずお前はブロックだ、僕の前に2度とそのクソみたいな自撮りアイコンを見せるな。
3バカはブロックする=ニコラに敵対ということになってしまうので流石にブロックは出来ないが、煩いのでミュートにはしておく。
そんなこんなで昼からBARにやってきた僕は、ドアの前で思わず呟いた。
「だれ?」
「あたしよあたし!」
目つきの悪い黒髪のイケメンがオネエ言葉で何やら騒いでいる。はて、こんな奴知らんな。
「ああ、マスター?」
「あぁもう来るなら来るって言いなさいよねぇ! 今日珍しくお昼の仕事ないんだからゆっくりしようと思ってたのにぃ!」
「お昼の、仕事?」
「ここ、お昼はカフェになってんのよ。といっても土日だけだけどねん!」
成る程? BARだけでなくカフェとしても活用か。にしても、土日だけとは?
「平日は?」
「平日は自営業で別の仕事してるわよ。で、どうしたの? 琵樹なら今日はいないわよ」
「マスターじゃあるまいし、女の子をナンパする趣味はないですよ」
「あたしもナンパはしてないわよ!」
にしても自営業で夜はBAR、土日の昼はカフェか。かなりのワーカーというか、過労死しない?
見た目はかなりイケメンのお兄さんって感じのマスター。自営業とやらが何をしているのかは不明だが、顔だけでも食っていけそうな感じはある。オネエ口調はキャラ付けか何かか?
「や、書類書いたから持って行こうと思って。すぐ帰るからゆっくり休んでください」
「いーわよ別に。目が覚めちゃったわ。取り敢えず、書類預かるわね」
僕の持ってきた履歴書擬きをふむふむと眺めるマスター。全て読み終わると、呆れた様子で履歴書をテーブルの上にパサリと置いて言った。
「あんた、これ他のバイト先じゃ絶対受かんないわよ」
「知ってます」
「笹神幽々火、18歳、女性、北湊大学文学部1年、住所はニュータウンの郊外、運転免許なし。はぁ、これ、殆ど偽の情報でしょう?」
「おろ、バレましたか」
僕の見た目なら18歳もいけるかとは思ったけどな。
「ま、公的にはこれで通しておくけど、実際のところあんた何歳なの? 琵樹には言わないでおいてあげるわよ」
「85歳」
「はぁ。ま、18歳ってことにしておくわ。そんで? 昨日なんとなく聞いたけど、親に相談はしなくていいのね?」
「そこは察してもらえるとありがたいですね」
多分アイツらから許可は出ないだろうし。
「はい、そんじゃこれからよろしくぅ!」
「ありがとうございます。お昼のバイトも入れてくれたりします?」
「そこまで混まないのよウチのカフェ。だから、取り敢えずはBARだけでよろしくねん。もしかしたら自営業の方は手伝ってもらうかもだけど」
「…………?」
本当に何をやってるんだこいつ。闇営業とかだったらボコボコにするぞ。
「怪しいバイトとかじゃないから安心なさい。取り敢えずこれマニュアル、次の出勤日までに少し覚えてきてもらえると助かるわぁ。何か質問ある?」
「それじゃ1つ」
「どうぞ」
「山の神講、いつやってるんです?」
僕の発言を聞いた時、マスターは目を見開いて驚いていた。
「あら、興味あるの? 意外ねえ、若い子はこういうの嫌がると思ってた」
「私、文学部の民俗学専攻なんです」
「変な嘘つかない方がいいわよ、あたしそこの学科出身だから♡」
やはりドンピシャか。
北湊大学には民俗学専攻がある。若い人が居ないとは思わないが、山の神講などという講組織に好んで入ってる若者はそうそういまい。マスターも年齢的には若いの部類に入るし。
「BARのバイトも興味ありますけど、講についても興味があります。参加させてもらう事はできませんか?」
「ふぅん。面白いもんでもないわよ? 講演会やったり、史跡の保護とか、ちょっとした研究のお手伝いとか」
え、なにその楽しそうな要素満載の集まり。
「なぁんてのはごく一部。普段は飲んだくれたり麻雀大会やったり、老人たちのお茶のみ場になってるんだから」
「あ、大体想像通りです」
「それでも入りたかったらあたしから話通しておくわ。来週にでもいらっしゃいな」
よし、これでまずは山の神講に入ることが出来た。ここから山の神の情報を引っ張り出すことさえ出来れば……。
「山の神、お好きなんですか?」
「昔ちょっと研究してたのよ。ま、その辺は講に入った時にでも教えてあげるわ。でも爺さん頑固だから、もしかしたらすんなりとは行かないかも」
年長者が余所者を入れたがらないのはどこの組織でもありがちだけど、ここもそうなのだろうか。
「へぇ。じゃあ、最近山の神を名乗る化け物が街に出没することも知ってます?」
「ええ、まぁ。講でもちょっと話題にのぼったのよ。山の神を騙る不届きものめ! って声もあれば、いや山の神は復活した! って騒いでるご年配の方もいたわねぇ。あんた、そういう噂話好きなの?」
「いえいえ、少し気になったので」
「ふぅん。でも気をつけなさいね、そいつの被害者結構多いらしいわ。特に昨日なんか警察来てたわよ。サイレンうるさくて眠れなかったわぁ、ふわあぁ」
ああ、それアレだな。気絶したあいつらの手の中に薬を握らせといたから、助け出した人が警察に通報したんだろう。多分明後日には北湊高校の生徒が薬物で捕まったみたいなニュースが出る。
「私ピアノ弾いてますから、少し眠ったらどうです?」
「あら、それなら寝付けに一曲弾いてくれる? なんか眠れそうなやつ」
「承知です」
ピアノ椅子に座り、鍵盤に手を置く。曲目は、ドビュッシーの『アラベスク第1番』。マスターの信頼を得ることは、それ即ち山の神講への入信への近道だ。そう思いながら、僕は曲を弾き終えた。
◇◆◇
『山の神』の怪談は順調な広まりをみせていた。
「やぁね、もうこれで9件目ですって」
「物騒ねぇ……」
「彼岸花が頭に被せられるんだとか」
「警察も傷害事件として動き始めてるそうよ」
日曜の主婦たちの話題も事欠かずである。一昨日に引き続いて昨日も再度売人を襲撃した。因みに完全な八つ当たりであるし、その自覚もある。
警察が動き出したというけど、恐らくは薬物関連の取り締まりだろう。いい気味だが、こっちもやりすぎは注意だ。藪を突いて蛇を出したくはない。売人の背後にどんな連中がいるかなんて想像もしたくないものである。
「けど、タイムリミットが近いんだよ」
犀潟家に帰ると、運悪く自称父が玄関に居た。
「貴様、最近どこをほっつき歩いてる! 犀潟家の人間しての自覚が足りないぞ!」
いつものように平手打ちが飛んでくるが、それを避けてから、僕は謝ることにした。
「すみません、ヨハンへのお土産を選んでいました。それよりいいんですか? ヨハンのいるこの家の中で大声なんて出して」
「……くっ。今日は勘弁してやる。貴様も花嫁候補としての自覚をもって、過ごせ」
今、ヨハンは仮病を悪化させまくったことで、少しの音にでもビビる可哀想な子供扱いになっている。家族みんなに心配されてそれはそれはご満悦なことだろう。故にこの家で大きな音を出すことはそれだけで御法度、と奴らは勝手に思い込んでいる。
ついでに言えば最近ヨハンの部屋に友達(?)が出入りするようになり、それもあってか世間体的に僕への暴力がなかったのだろう。まぁその友達とヨハンが部屋でナニをしているのかは推して知るべからず。
だがそれも長くは続くまい。いつかは正常に戻るこの異常を、僕はなんとか繋ぎ止めておかなくてはならない。
焦る気持ちはあるが、それでも僕は慎重になるべきだ。ち囮の命を投げ捨てるかもしれない博打は打てない。
僕は、自分が虐めの対象となっていることで少し焦っているのかもしれないな。
「もう朝かよ……。はぁ、朝から憂鬱だ」
昨日もどうやら海知が家に来ていたらしいが、夜まで樹海にいたため全く会うことはなかった。休日に上司に付き合わされる部下の気持ちが少しだけわかった気がする。
「おはようほの囮! いい朝だな! えっと、今日もその……かわ、かわいいぞ!」
「お前はいつからそんなNPCみたいな挨拶をするように……あぁいや、いいや。おはよ海知」
話題に困って天気の話する奴みたいになってる。かと思えばかわいいと囁いてきたりと、こいつの思考回路はよくわからない。
僕に好意を抱いている……と思わせられている海知は哀れでしかない。だが彼の行動全てが洗脳によるものではないだろう。詰まるところ金曜日の虐めすらも、仮にニコラが居なかったとていつかは起きていた。そんな確信がある。
「〜〜zzz」
「おいおい、琵樹は今日もお眠かよー。ちゃんと前見ないと危ないぞ?」
「んーzzz」
海知のゆすりをすり抜けて、月潟は僕の肩に寄りかかる。おいやめろ……お前なんでこっち来るんだよ……。
「あ、あはは……琵樹はおっちょこちょいだなぁ。そこはほの囮の肩だぞ?」
「ん〜……ママァ」
海知が何やら焦った声を出している。そんな海知を引っ張る柏崎ハーレム。ニコラは月潟のことになると一切口出ししてこないので、こいつのお守りをだーれもしてくれない。誰がママだ。
ていうかお前……木曜の時点であんな酷いこと言ったんだから普通近寄ってこないだろ……。なんて思ってたら、
「へ……? は、あれ、え? ごめ、ごめん……」
起きた瞬間、少し申し訳なさそうに距離を取った。やはりわからない。
「うっすー! ほの囮っち金曜はよくも逃げてくれたじゃん? 俺っち悲しいっしょ!」
「うわでた」
後ろからさらに余計なのがひっついてきた。
僕の眼鏡に触れようとしたので無理やりにでも情報屋を押しのける。
「こ、こら! 小滝! ほの囮に触るな!」
「けけっ。いーじゃねーか。それに、こーんな野暮ったい眼鏡かけて、美人が台無しだべ?」
「え? ほの囮くんって普段眼鏡かけてないの?」
あ、バカ余計なことを月潟に吹き込むな。
先週月曜からやってるイメチェンは女顔を隠す為ではあるが、それよりなによりこれを取ったら月潟にバレてしまう、笹神幽々火=犀潟ほの囮だということが。
「まぁ、確かに……ほの囮、なんで眼鏡かけたり前髪を伸ばしたりしてるんだ? これじゃあお前の顔が見えない」
ま、この辺は芝居のみせどころか。
「最近こういう変な奴が近寄ってきてさ……。こうしてれば顔も見えずらいし絡まれなくて済む。海知は僕の顔をちゃんとわかってるから、それで充分だよね?」
「え、あ、ああ……確かに……ほの囮の顔が見られてしまったら、男子たちが……それだけは避けないと……」
まぁそういうことだ主人公。お前の独占欲、利用させてもらうぞ。
さて、クラスはさぞ酷いことになってるだろうな。そう思って教室のドアを開けると、案の定、僕の机には落書きやら下品な物品やらが置かれていた。
ため息もつきたくなる。
「お、おい! 誰がこんな酷いことを!」
海知がそう叫び、金曜日と同じように茶番が始まろうとしていた。ニコラをチラリと見ると、ニヤニヤとした笑みを隠せていなかった。クラスの何人かを使って行った犯行、それ故に犯人の特定がしづらいし、したところで僕にはどうすることも出来ない。
ひとまず机を片付けよう。そう思って歩き出すと、机の前で立ち止まる月潟にぶつかってしまった。
「あ、ごめん……」
「………………」
「月潟?」
「彫刻刀」
「は?」
月潟は無表情で何かを思案していた。そして、
「彫刻刀で机の上が刻まれてる。大きさからみて最小サイズ、さらに少し血の跡もあるから、犯人は手を怪我してる。彫刻刀で切ったと思われる。安全カバーがないものを使用したんだね。
それから、この絵の具の量から察するに相当数の白の絵の具が使用されてるから、使った本人の絵の具はかなり減ってるはず。しかもここに擦った跡があるから犯人の身体もしくは衣服に付着してる可能性大。
撒かれたチョークの粉も同様に擦った跡、おそらく犯人の右肘あたりに付着。
机の中に入ってる体液のような液体は、おそらく瓶などに入れて撒かれたもの。この手の犯人の性格上、極めて鑑賞型犯罪思考の持ち主の可能性が高い。瓶は持ち歩いてるはず」
淡々と喋り続ける月潟に、クラスの誰も声を上げることができない。それくらい異様な光景だった。
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