2章14話:前世、みたいな?
「ほ、ほぉおぉおお!?」
「あらら……これはこれは……」
スモークサーモンと玉ねぎのマリネサラダや、刺身の盛り合わせなど、取り敢えず有り合わせで出せそうなものを作った。これで枝豆の分は凌げ……おい摘み食いをするな!
「へ? ほひひひひょ」
「月潟さんのやらかし分を補填したんだから、貴方が食べちゃダメでしょ……」
「おっとご無礼」
月潟はクラッカーを摘んだ指をぺろりと舐め、悪戯っぽく笑った。
「でも美味しいね、ほんとに。美少女でお料理できてピアノ弾ける……幽々火さん!」
「へ?」
「私のお嫁さんにならない〜?」
「……早くテーブル拭いてきてくださいね」
「あれ? あれれ? 照れてる?」
やはりチラつく。あの時僕に巫女にならないかと誘ったかみさまの姿が。
なんともいえない気持ちのまま彼女を遠ざけると、マスターがニヤニヤと笑っていた。なんだお前……。
「んですか」
「やーねぇ怖い顔しちゃって。琵樹と喋ってる時のアンタの顔、少しほぐれてたわよ。その仮面、いつまでつけてられるかしらねぇ」
「………………」
その時BARのドアの鈴が鳴った。どうやらお客さんが来たようだ。
「やってるマスター?」
「あら早いのね、ほら座って座って」
「おや、また可愛い子雇ったのかい!? ものすっごい別嬪さんじゃあないか! 東京のアイドルかなんか?」
「ちぃがぁうわよぉ。この子まだウチの子じゃないの。ピアニストよ、ピアニスト」
「ピアニスト名乗れるほどピアノうまくないですよ」
僕はただ、かみさまをトレースして演奏しているだけだ。だとしたら上手いのはかみさまなのだ。僕ではない。
「へぇ、どれ別嬪さん、お一つ弾いてくれよ」
常連客らしい中年の男性が上機嫌そうに言った。既に一軒目でしこたま飲んでいそうである。
「えっと、幽々火。この通りなんだけど、弾いてくれない?」
「いーですけど、私別にそんな上手くはないですからね? もし他に専属ピアニストが居たらそっちに頼んでください。私恥はかきたくないので」
「あ、あんたそれ本気で言ってんの……? ていうか専属なんて居ないわよ!」
へーへー、と呟きながら、僕は再びピアノ椅子に座った。なんでこんなことになってんだよ。
すると、僕の隣には月潟がやってきて、楽器ケースを準備し始めた。どうやら一緒に演ってくれるらしいが、何故楽器?
と思ったらなんと取り出したのはヴァイオリンだった。え、嘘でしょ。歌もピアノもバイオリンも弾けるのかこいつ……。
「幽々火さんの音、近くで聴きたいなって。だめ?」
「…………曲目は?」
「幽々火さんの好きなので良いよ〜」
「じゃあ……G線上のアリア」
「わっ、いいねいいね、演ろう」
楽しそうに月潟はヴァイオリンを構えた。
「メロディーラインとベースラインは基礎オブ基礎、変なアレンジとか出来ないですけど、いいですか?」
「いいよ、合わせる」
そう微笑む彼女は、やはりどこの誰よりも美しい。生者ではないと錯覚してしまうほどには。
僕の伴奏が始まる。特に辺な癖はつけない。何故ならその方が彼女の魅力が引き立つからだ。
バッハ作曲の『管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068』をピアノ伴奏付きのヴァイオリン演奏用に編曲し直したのが、この『G線上のアリア』である。ヴァイオリンの4本ある弦のうち、最低音のG線のみで演奏できるこの曲は、如実に月潟の演奏力の高さを表していた。
楽しい。
とにかく楽しい。
彼女の演奏に合わせることが、彼女の演奏と共に在れることが、とても楽しい。
演奏が終わると、月潟と目が合った。
「はぁ、はぁ……あははは! 途中早かったよ〜!」」
「月潟さんこそ、ちょっとミスってましたよ。でも、いい演奏でした」
「だよねだよね、ってうわぁ!? なんかお客さんいっぱいいるね」
気づけばBARには15人ほどの人が集っており、僕たちの演奏を聴いてか拍手が響いていた。
照れ隠しの意味もあってか、僕は上を向く。月潟の方も、客の方も直視できない。
「…………え?」
ふと、僕の目に飛び込んできたのは、木の鳥居だった。薄暗いので気づかなかったが、神棚のように見える。BARに神棚など珍しいが、何より僕を驚愕させたのはその中身だった。
ーー山の神
くっきりと見える文字。紙に筆で描かれた文字は、僕にとって見逃せないものだった。
「ほら幽々火さん、カーテンコールしよっ?」
「え、ええ」
拍手する客に対して僕は頭を下げる。その心の動揺を、誰にも悟られないために。
「君たち凄いね! いやぁ聞き惚れたよ! プロか何か?」
「違うよ〜?」 私たち相棒! ね?」
「違います」
「照れ屋さんなの」
「はっはー! 可愛い女の子の絡みはいいもんだなぁ」
「鶴さん、おじさん臭いよ〜」
常連に絡まれる月潟。取り敢えずこの場は月潟に任せる。僕はマスターに用があるのだ。
「あら幽々火! アンタやっぱ上手いわね! 聞き惚れたわよ!」
「マスター。アレ、なに?」
興奮冷めやまぬマスターに対して、僕の心にはあの鳥居のことしかなかった。何故かあの鳥居を見ると心がざわざわする。
「へ? あ、ああ! 珍しいわよね、BARに鳥居なんて。でもウチは『山の神講』に入ってるから、アレを置けって父さんがうるさくって」
いま、なんと言った? 『山の神講』?
「やまの、かみ」
「ほら樹海にいるっていうお話くらいは聞いたことあるでしょう? その山の神様を講組織として祀ってるのが山の神講よ。ここの常連はみんな山の神講のメンバーなんだから!」
「みんな……」
見渡すと皆一様に月潟に群がり、褒めちぎっていた。褒められてデレデレな月潟は置いておいて、やはり年齢層が高い。彼らが昔話に精通し、山の神を祀ってきた組織なのだとしたら……。
彼らは……使える。僕にとっての、私にとっての駒として。
「マスター」
「ん? どぉしたの?」
「バイト、やります。ここで働かせてください」
「どうしたのよ突然? そりゃアタシは大歓迎だけど。琵樹ー、幽々火バイトやってくれるってさー!」
「え、ほんと!?」
月潟はすごい勢いでこっちに走ってきて、僕の手を取った。
「ここでバイトするの!?」
「ええ」
「そっか! よろしくね、相棒!」
「よろ、しく……月潟さん」
彼女の目はキラキラに輝いていた。だからこそ余計に思う。
街の人に囲まれる輝かしい少女こそ、山の神の後継者に見えてくるのだ。
それでも僕は、かみさまの意思を継がなければならない。それにはまず、山の神とは何なのか知る必要がある。そしてそれに付随して、月潟琵樹のことをもっと知りたいと思った。
「嬉しいなぁ、好みの美少女とお友達になっちゃったぜ〜」
楽器をケースにしまいながら月潟は微笑んだ。こいつ、学校にいる時より明らかに笑うようになったな。
興奮冷めやまぬ観客たちが絶え間なく注文し、月潟に話しかけている間、僕はキッチンで料理を作り続けた。あの酔っ払いどもの相手をするのは初日じゃ厳しい。
『山の神講』。
講とは民俗宗教における宗教行事を行う集団、その行事や会合を示す用語だ。この場合、彼らは『山の神』を信仰する宗教団体ということになるが、現代における講の雰囲気はその辺の○○サークルと同等程度の意味を持つ。講メンバーが集まって旅行! くらいの組織である。
形骸化しつつある団体とはいえ、そのルーツを知る人が存在する可能性は高い。ならばやはりここで情報を集めるのが良い。
「ほいおつかれ! 琵樹は給料日に、アンタはどうする?」
「私も給料日でいいですよ。でも……」
「ああ、通帳ないのね。それなら現金でいいかしら?」
時刻は夜の22時。
夜はここからなのだろうけど、高校生の22時以降の労働は法律で禁止されている。高校生とは言ってないけど、初日はこんなものだろう。まぁ明日の仕込みはしてやったし、給料分の働きはしたと言える。
そんなこんなでマスターはニカっと笑って封筒を差し出してきた。中には何枚か野口様がお入りになられている。
「嫌に話がわかりますね」
「アンタみたいな人間を何人見てきたと思ってんのよ。それじゃ、シフトとか契約とか諸々はLINEで送るから今日は琵樹を送って家に帰んなさい。仕込み、本気で助かったわよ」
「…………………つぶ貝が割と美味かった」
「アンタも摘み食いしやがったわね!!! 照れ隠しにしてももっと可愛げがある照れ隠しを……ちょ! 待ちなさい!」
マスターの言葉を最後まで聞かずして外に出ると、まだまだ向こうの通りからは喧騒が聞こえてくる。
さて帰るかと言いたいところだが、隣にいる美少女をこんな中に置いて帰るわけにはいかなかった。
ちらりと横目に見ると、なんだか少し緊張気味な月潟がいた。
「家、どっちですか? 送りますよ」
「へ? あ、えと……送ってくれるの? ありがとう!」
そう言って月潟は僕の手をとってはにかむ。おい、なんだこの距離感。
「えっと……」
「あぁ……うー、いいじゃん手くらい。はぁー、幽々火さんの手すべすべ〜!」
「ほらさっさと帰りますよ」
「うわぁんいけずぅ、幽々火さんが私を虐めるぅ」
嘘泣きをする月潟を置いて歩き出した。その後ろから「よよよ」と声を出して歩く少女が1人。
取り敢えず早歩きで置いてく構えを見せたら向こうも少し早歩きしはじめたし、なんなら袖を掴まれた。
「……はやい」
「あ、すみません」
頬を膨らませ、少し不満げにこちらを睨む少女。駄目だ、ちょっと懐かれすぎだ。
「月潟さん、フラフラしてると危ないですよ」
「あの、さ……私のこと、名前で呼んで欲しい、かも……」
「へ?」
「だめ、かな?」
上目遣い、キラキラおめめ、まつげ長い、色々とあざとい狡い! なにこの子怖い。
「いいですけど、えっと、琵樹さん?」
「っっっ! うん!」
返事がでかい、うるさい。
なんか今日1日で月潟琵樹という女の子がよくわからなくなってしまった。ただの不思議ちゃんだと思えば北湊の風習に取り乱したり、BARで歌姫やってたり、人懐っこかったり。色んな顔が見れて飽きない少女である。
「ふふ、私、幽々火さんとは会ったことある気がするんだ」
「え……」
まぁ確かに月曜から何度か僕とは会ってるけど、もしかして感じ取るものはあったりするのか?
「それは、最近ってことですか?」
「ううん。多分もっと昔?」
「なぜ疑問系」
ほっぺに人差し指を当てて考え込む仕草をする月潟。やはりあざとい。
「なんか前世、みたいな?」
回答がもっとふわっとしてるな。
「へぇ、まさしく運命じゃあないですか」
「そう運命。なんとなく、幽々火さんを見た時、他人とは思えなかったの。はっ! 私たち、前世で恋人だったとか……?」
前世、ね。
月潟が何者かは知らない。だが、やはり山の神に関係する人物だとは思う。そうでなくてはかみさまと顔が同じである理由がわからない。
かみさまの生まれ変わり、とかではないだろうか? もしそうなら、かみさまの前で山の神のフリをする僕は滑稽以外の何者でもないが。
ひとまずは笹神幽々火として、彼女に接することにしよう。犀潟ほの囮の姿では月潟を傷つけかねない。……笹神幽々火の正体を知られた時が怖いけどな。
「琵樹さん」
「ひゃ、ひゃい!?」
「え、何その反応……」
「あっ、えと、ごめん」
うん、重症だ。
一応今僕の見た目はダークな地雷少女って感じだし、こいつこういうのが好きなのかもしれない。マスターもそんな感じのこと言ってたし。
「あんまり運命とか言うと勘違いする人いるから気をつけた方がいいよ」
「私、知らない人にはそんなこと言わないよ。幽々火さんだから言うの。顔めっちゃ好き〜♪」
「あはは……」
月潟の言動がガチなのかフリなのかはともかく、この子といるとやはり調子が狂う。
「私ね、この街のことは嫌いなんだけど、時々良いなって思う人もいて、今少し楽しい。幽々火さんとか、それに……」
「………? それに?」
「あ、えと、なんでもない! えっと、私帰るね! またBARで!」
「え、は、ちょ!?」
ものすごい速度で走り去り、視界から消えていった月潟。いや、あの、そっちは樹海の方面なんだけど……。
しかしながら、少し気分転換になったとは思う。あの薬物を見た時より精神は安定してる自覚がある。これでまた、明日から山の神の使命を全うできるだろう。
こうして僕は、少しだけ気分がいいまま樹海へと帰るのだった。
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