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2章12話:闇の中の光

 中学時代、僕は虐めを受けていた。

 それは僕をナヨナヨオカマと罵った上で性的な目で見てくる男子と、海知のことが好きゆえにその海知の側にいつもいる僕へ嫉妬した女子という2パターンに分けられる。

 さて今回はというと、カラオケでの場をしらけさせるような態度から端を発し、僕のことを気に食わないと思った連中が増えたことが原因だ。その感情を悪意の方面で増幅させやがったり、デマを流したりしたのがニコラだろう。火曜の時点で男子と何か相談事があるみたいなことを夏葉が言っていたから、恐らくその時点で仕組んでいたのだとは思う。


 更にもう一つ、ニコラが打った手は監視の存在だ。

 家族、地域住民、学校、そのすべてで環境的な監視網は作っていたとは思う。けれど、直接マークしてくるやつは居なかった。それはつまり、1人の人間の時間をストーカー行為で占めてしまうという鬼畜行為だからだ。口先だけでそうしてくれなんて頼めるものじゃない。

 だができる。このニコラのゲーム盤なら出来てしまう。1人の人間の思考を歪め、時間を奪ってしまうような行為がいとも簡単に。

 このままだと僕はコイツらから逃げられず、抵抗もできないまま攻撃やストーキングを受けて神経をすり減らす。

 ならばやるべき事は、計画の進行だ。


「けけけっ」

「ねぇ、何でついてくんの」

「海知が一緒に帰りたがってたぜ? 俺っちも犀潟っちと帰りてえなって思って。3人で、とかどうだべ?」


 まずはこのクソキモストーカーを撒かなければ。


「はは、僕と帰ったら虐められるかもだぞ」

「俺っちが思うに、犀潟っちが海知とくっつけば解決すると思うんだべ。そしたら海知が守ってくれるし、みんな諦めてくれるしでWin-Win!」


 2回あるWinを両方お前ら側でカウントするな。こっちにはLoseが残るだけなんだよ。

 まぁいい、取り敢えず準備運動をしておこう。体を動かす僕を見て情報屋は怪訝そうな顔をしたが気にすまい。


「時に情報屋、お前シャトルランは何回だ?」

「ん? 110くらいだぜ? それがどしたべ?」

「ふむ、平均くらいか。


 なら余裕だな」


 即座に駆け出す。

 慌てたように追いかけてくる情報屋だったが、みるみるうちに引き離していく。樹海で鍛えた僕の体力を舐めるな。無駄に直線が長いこの田舎で必要なのは短距離的な瞬発力ではなく、長距離的な持久力だ。

 あっという間に引き離し、旧市街地を超えて街頭の少ない山の方まで走り、そして翠ヶ淵山の麓まで到達した。後ろを確認すると流石にもう追ってきてはいないようだったので、そのまま神社まで戻る。

 

「よし、今日はアイツらでいいか。いや、流石に身近すぎるか?」


 犀潟ほの囮に近いところを狙えば最終的な目的の際の容疑者候補に挙げられかねない。では妥協点を見出すとしよう。

 今日もメイクを施し、僕は私になる。メガネを外し、髪を下ろし、前髪をピンで留め、鏡を見た。


「我ながら強いビジュアルしてるよなぁ。ん、んん! うん、私可愛い!」


 鏡の前で人差し指をほっぺに当てるポーズを取り、ターンをする。何故か幽霊達から拍手が起こったので、笑顔でカーテシーをしておいた。

 

「ほの囮はきっと嫌がるだろうけど、今日は少しおめかしもしちゃおうかなっ」


 火曜日に月潟に見られたように、下手に姿を見られるのは困る。山の神としての姿を解除しても僕だとバレないような工夫が必要だった。

 僕には3段階の姿がある。……ポケモ○みたいだけどまぁその通りなので仕方ない。


 学校に通う犀潟ほの囮としての姿。

 暗躍をする笹神幽々火としての姿。

 そして、幽々火を化け物にした山の神としての姿。

 今までは犀潟ほの囮の姿で山の神に変化していたけど、それは火曜日の一件、追加で水曜日にも人に見られそうになった為、やめた方がいいと判断した。

 ということでまぁ本日から、変身解除しても『笹神幽々火』の姿でいるということに決定したわけで……まぁ、すなわち、女装である。

 こんな時かみさまなら嬉々として僕の姿のまま女モノの服を着るだろう。少し躊躇ったが、既に用意していた衣装に着替える。あまり女の子女の子した衣装は僕が嫌なので、少しカッコいい路線で行くことにした。


「ぉ、おおお……地雷女だ、地雷女がいる」


 赤い彼岸花の刺繍が施されたハイネックの黒いワンピースパーカー、その下にはシルバーアクセサリーが施された黒いキュロットといういでたち。黒いチョーカー、黒いレッグウォーマー、厚底の地雷ブーツ。

 鏡の前にはパンクロック系というか、地雷女みたいなのが映っていた。紫のインナーカラーをハーフツインにし、幽霊メイクみたいなのを施した結果はどう見てもバンギャですありがとうございました。……実はバンギャのカッコいい感じに少しだけ憧れていたのです。うっ、断じて女装したかったとじゃないから。


「これ良い、私最高に可愛い、つおい!」


 テンションがあがってきた。これなら今日の襲撃も余裕だろう。

 

 ということでやってきました繁華街! 新市街地ではまだ襲撃事件は起こしていない。だからこそ、起こす価値がある。

 ここには北湊高校の生徒が多い。噂話の出所は、主婦と学生だと相場が決まっている。主婦には花嫁屋敷襲撃で存分に広まってくれたし、次は派手に学生を怖がらせよう。具体的には、そうだね、これでいこうか。

 神社の部屋から引っ張り出してきた模造刀。恐らく式典用の宝剣か何かなのだろう。それに赤い血糊をベッタリつけて、今回はもっと直接的に脅しかけてみる。


「今日は彼岸花をいーっぱい持ってきて良かったですね! あははは!」


◇◆◇


 襲撃の過程は省こう。大事なのは何人怖がらせたかだ。

 結論から言えば、裏路地に居た学生たちを7人、何やら怪しげな人物を1名失神させ、頭に彼岸花を被せることに成功した。大戦果だねやったぁ!

 しかし何故こんな裏路地に人がたまってたんだ? 動きもノロかったし、なんか最初から幻覚見てるっぽい感じで怯えてたし。お陰で今回は余裕だったな。奴らも袖を引っ張る大量の腕に怯えてたから、結構山の神としての信仰は集まりつつあるらしい。

 学生はともかく問題はコイツだ。泡を吹いて倒れている小汚い男を持っていた卒塔婆でツンツンと突いた。コイツに至ってはなんとナイフを取り出しやがったので、即座に卒塔婆でぶん殴ってしまった。まぁアングラの喧嘩的な感じで多めに見てくれ国家権力サマ。


「ん? なにこれ?」


 倒れた男のそばに、小さな紙の袋が落ちていた。丁寧に折り畳まれたそれは、ポツポツとその辺に散らばっている。

 ひょいと拾い上げて中身を見ようとすると、




「……………ぁ、これ」




 中には白い粉が入っていた。

 同時に理解する。この男は……ヤクのバイヤーだ。

 学生達がこんな裏路地に居た理由は至極単純、コイツから薬物を買い取っていたから。やけに動きが鈍く、幻覚を見ているような状態だったのは既に薬物摂取を行なっていたから。


「ほんっと、碌でもない街ですね、うっ……」


 頭が痛い。気持ちが悪い、吐き気がする。

 その理由はわかっている。山の神としての本能だ。

 街への憎しみ、怒り、恨み、心に渦巻くドス黒い感情がドッと押し寄せてきて思わず膝をつく。

 元より山の神になった時から、北湊への憎悪が溢れて止まらなかった。だが僕はうまくそれを押さえ込んでいたし、取り敢えず平静は保つことができた。こうして今再燃した理由もまた、自分で理解できている。


「こんなもの!」


 ビリビリに破いてぶちまけ、中身をぐちゃぐちゃに踏みつけた。

 母さんを破滅させた『薬物』という凶器は僕にとって唾棄すべき存在だ。母さんの心が弱かったと言ってしまえばそれまでかもしれない。けれどそこに至るまでに様々なことがあって、最後の最後が薬物だった。この独特の匂いがまた、僕の憎悪を掻き立てる。


「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!」


 散々踏みつけて、ふと正気に戻った。

 一体僕はどれくらいここにいた? 目撃者は居なかったか? いや居たら流石に対処する、それくらいの理性は残っている。

 早くここを離れよう。じきに見つかってしまうかもしれない。


 裏路地伝いに歓楽街の裏側を抜け、静かな通りに出る。山の神状態から元に戻ってはいたものの、やはり吐き気は治まりそうになかった。

 全てが憎い、この街の全てが憎い、今すぐ全て滅ぼしてしまいたい。それをまだ成すことができない自分にも腹が立つ。


「ぉえっ、ぇぇえっ、うげっぇ!」


 側溝に向かって吐き出してしまう。最近あまり食べていないせいか、胃の内容物が少なかったけどそれでも何か吐き出さないと気が済まなかった。

 クラクラする頭の中でぼんやりと考える。

 何か楽しいことがしたい。

 何でも良い。心が休まること。また人を脅かしに行くか? いや、こんな気持ちで行ってもうまくいかない気がする。全てを忘れて何か楽しめるようなことを。



「ちょ、ちょっとアンタ大丈夫ッ!? 飲み過ぎだからってこんなところで吐かないでよもぉお!」

 


 なんだよ。

 今最悪に気分が悪いんだ、話しかけるなよ。

 ゆっくりと顔をあげ、失せろと二の句を継ごうとした時、

 不健康そうな隈のある、ギョロリとした目がこっちを見下ろしているのが見えた。薄紫色の唇と、アイシャドウ、ボロボロの服を着た長身の男……。男? え、オネエ?

 一瞬思考が止まり、全然関係ないのにさっきの吐き気がまた込み上げてきた。


「うぼっ、おげろろっ」

「ちょぉ!? 人の顔見て吐き出すとかどんだけ失礼なのよこの子!?」


 すいません悪気はないんです……。


「って何この子可愛い!? この街にこんな美少女いたの!? なら尚更吐いてんじゃないわよ! 人生イージーモードでしょうがその顔なら」

「煩い、だまれ、ゲロはくぞ、うう……」

「口も悪い目つきも悪い、やぁねぇ最近の子は。アタシみたいにもっと優雅で美しく……ぎゃあああ、何アタシの靴に吐こうとしてんのよもぉぉお!」


 なんだこのオネェ、オーバーリアクションだな。……いや、普通に目の前のやつに吐き出されたら僕でもオーバーになりそうだけど。


「取り敢えずウチ来なさいアンタ、その可愛い服がゲロまみれになるところなんて見たくもないわ!」

「……ウチってなんだよ」


 こいつもこの街の大人だ。親切心なのか知らないがそんなモノ一切信用できない。だがそんな僕の腕を引っ張り上げ、オネエは何やらキレ気味に言った。


「うるっさいわね! ウチはウチ! 従業員募集中のしがないピアノBARよ! ウチの店の前でゲロ吐くなんてお客の迷惑でしょうがああぁ!」


 顔を上げてキョロキョロ見渡すと、確かに近くの看板には『BAR 樹海』とあった。

 あ、店の前……それは、はい、全面的に僕が悪いですね。


「あー……すみません、普通に営業妨害でした……」

「ふん、わかれば良いのよ! ほら早く入んなさい。今せっかく新進気鋭の歌姫ちゃんが歌ってるんだから、お客がいないなんて勿体無いでしょうが!」

「どんなBARだよ……」


 まぁ迷惑かけたのは僕だし、少しくらい金を落としてやらないと申し訳が立たない。だがぼったくりBARだったら店を粉々に破壊してやる、覚悟しろよ。

 などと思っていたのも束の間、BARの中に踏み入れるとそこには、




「は? なん、で?」

「〜〜〜〜♪」




 薄暗いスポットライトに照らされて、月光色の髪が輝いている。この1週間で何度も見たその光景に、思わず間抜けな声が漏れた。

 何故、僕のいるところに悉く現れるんだ。その疑問すら目の前の美しい姿に圧倒されて口から出てくることはなかった。


「あ、マスター、お客さんきたんだ?」


 歌い終えた月潟のあどけない笑顔から、僕は目を離すことができなかった。

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