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2章11話:監視網の正体

 1週間の疲れが溜まりに溜まった金曜日。僕は寝坊した。朝ごはんは何も胃に入らず、湯船に浸かったのち支度をして樹海を出た。

 憂鬱だ。

 昨日の最悪な気分は現在絶賛継続中だ。朝からとても気分が悪かった。

 それでもって下駄箱の中を見てさらに気分が悪くなる。


「うっわ……」


 靴の中に白い片栗粉の塊が捩じ込まれていた。中学生以下の発想だ。お前らは性に目覚めたばかりの馬鹿餓鬼か?

 いや、靴箱に鍵をかけなかった自分も悪いんだけどね。全く、靴だって高いんだぞ。

 スリッパに履き替え教室を目指す。足取りは少しだけ重かった。


「うわ、来たよ」

「気持ち悪い」


 教室に入ると空気が変わった。ヒソヒソ声が強くなる。明らかに聞こえるように言ってくるやつもいた。


「おはようほの囮! ぬふふ、遅刻だなんて珍しいねぇ!」

「おはようニコラ。なんかあったの?」

「いいやぁ? 早く座りなよ!」


 ニコラを訝しみつつ席に向かうと、椅子の上に画鋲が置かれていた。古典的過ぎる。

 画鋲を一つ一つ回収して袋に入れ、取り敢えず机の中に放り込もうとしたら、机の中には虫を入れられていた。……机ごと替えなきゃダメかこれ。

 別にこっちに関してはそこまでダメージではないんだけど、問題は……。

 教室を見渡すが、月潟は今日はいないらしい。あいつも今週から登校なのに2日も欠席か、不良め。

 顔を合わせなくて済むことに少しだけ安堵している自分に驚く。あいつに何を配慮しているんだ僕は……。


「あれ、どうしたんだ、ほの囮ー?」

「トイレ」

「そ、そうか。その、俺も行く」

「は? いや、いいよ」

「いいやついてく! 我慢してたんだ」

「はぁ」


 海知が何やら動揺していた。なんだ、どういう意味だ?

 まぁいい。ニコラの魂胆は読めた。というかニコラにしては結構直接的な手を使ってきたものである。クラスの人間を使って僕を攻撃し、心を折ろうというのか。はたまたイジメの環境を作ってそれを海知に解決させようというのか。


「2人でトイレとかナニしちゃうんですかー? 」

「ぎゃはははははははは!」


 気持ちの悪いいじりが起こり、それを海知は止めることなく気まずそうにしている。

 これをみて言えることは、少なくともこの雰囲気を放置すれば僕を取り巻く『弄り』の環境は『虐め』へと発展するということ。ある意味では警告みたいなものだろう。これ以上物語を乱すようなら、徹底的に壊してやる、と。


「わかりやすいなぁ」


 少しでも気に入らない展開ならバグを疑う。ゲームをした人間なら一度は思ったことがあるだろう。だがそれを現実の世界に持ち込むのは悍ましいとしか言いようがない。

 それだけ色恋の神の力は強大なのだろう。僕の状態がイレギュラーなのだとニコラに思わせるくらいには順調にことを運んでいたに違いない。


「ほ、ほの囮! 良い天気だな!」

「………………」


 トイレ中も煩いのなんとかならんのかね……。

 多目的教室から机を一つ拝借し、持とうか? とか声をかけてくる海知をあしらいつつ、教室に戻ってきてみればさてこの有様である。


「……………」

「お、おい! 誰だよほの囮の机にこんなのおいたのは!」

「うわエロっ」

「やっぱ男好きのビッチじゃん」

「ああいう色の履いてんのかなぁ」


 サテン生地のテカテカしたピンク色のショーツが、僕の机の上に置かれていた。ご丁寧に白い絵の具まで塗りつけられている。

 幼稚にも程がある。だがまだ直接的な暴力に打って出てこないだけマシと言える。それもいつまで抑えられるか分からないけど。

 取り敢えずこの机は廊下に放置して今持ってきた机と入れ替えるか。


「俺はほの囮の味方だからな! その、辛かったら俺の胸で泣いていいし、俺もお前のことちゃんと受け止めるから!」


 だからお前、なんでクラスメイトの前でそれを言うんだよ。これによって海知のことを好きな女子は更に僕への攻撃を激しくさせるだろうが。


「ちっ、あいつ海知くんに好かれようと必死じゃんwww男の癖に海知くんを誘惑してさ」

「あいつ学校の掲示板で援○募集かけてるらしいよー。噂通りの変態だわー」

「1回3000円らしいぜ?」

「はっ、やっす、今度頼んでくるわ」


 ああ、うるさいうるさい。

 こんなのは今更だ。この程度中学の時、いや、もっと前、"母さんの件"からずっと受けてきた。本当に今更だ。


◇◆◇


「けけ、犀潟っち、どこ行くんだ? 海知、探してたぜ?」

「…………」


 お昼休み。

 なんと昨日柏崎ハーレムと顔合わせしたことによって「お昼一緒に食べよう」イベントが発生した。当然嫌である。

 それ故速攻で教室から飛び出して身を隠したのは、屋上に繋がる4階の廊下であった。そこには人が来ないこともあって一度荷物を全て退避させてある。

 で、1人昼食をとり(といってもほぼ喉を通ってはいないが)、ぶらぶら歩いていたところで声をかけられた。

 髪の毛ツンツンのお調子者親友ポジ、情報屋である。


「なんか用?」

「入学式初日に学校中の噂になった美少女男の娘、犀潟ほの囮の秘密に迫る! ってね」

「下世話なことで」

「そうそれだべ。入学当初と性格が全然違う。その理由は気になるぜ」


 情報屋やってるだけあって観察眼は凄い。


「好奇心猫を殺すって言うけど」

「ただの好奇心だけじゃねぇ。俺っち結構海知のこと気に入ってんだ、けけっ」

「はぁ。恋のライバル宣言的な?」


 おちょくってみるけど反応は微妙だった。


「いんや。犀潟っちには海知とくっついて貰いてぇなって」


 ……ニコラの手に落ちてたか。

 コイツとは柏崎ハーレムの中でも当分顔を合わせる羽目になる。外堀からガッチリ固めていこうという寸法だろう。


「親友が想い人とくっ付くのを応援するのもまた、親友の役目ってもんだべ!」

「…………そ」


 また僕の意思は無視か。イライラが溜まっていく。


「でも犀潟っち、好きな人いんだろ?」

「あー、そそ、夏葉ね。お陰で面倒な四角関係に」

「いや夏葉ちゃんじゃないっしょ」

「……………………」


 やはり、よく見ている。

 コイツとあまり関わるべきじゃないな。


「海知も、夏葉ちゃんでさえ薄々気づいてると思うぜ? けけっ。犀潟っちが夏葉ちゃんじゃない誰かにご執心だってことを」

「で、それを突き止めるためにストーカー? 人が変わる時イコール恋する時って考えは短絡的過ぎると思うけどね」

「やっぱ犀潟っちって頭良いな。ますます興味湧いたわ」


 何言ってもマイナスにしかならない。ここは撤退だな。

 しかし情報屋はどこまでもついてくる。ストーカーが海知1人からコイツ含めて2人に増えたのはいただけないな。


「ねぇ、なんでついてくるの?」

「だから、海知が探してるって言ったべ? 一緒に飯食いてぇんじゃねぇかな? 俺っちも一緒に食いてえ!」

「断る。そっちはそっちで仲良くやってろ」

「けけっ、ほんと犀潟っちって面白いな! でもそんなんじゃこの学校で上手くやってけねーぜ?」

「やってく必要がない。なんなの、お前僕の監視役か何か?」


 軽口を叩いたつもりだったけど、情報屋は真面目な顔で言った。




「そうだと言ったら?」




 なる、ほど。最悪だ。こいつの役割が見えた。


 ーー監視網。


 情報屋の名の通り、こいつはゲーム盤における主人公の情報獲得源になっている。本来なら親友ポジというのはそれだけの存在なのだが、ニコラのゲーム盤ではその立ち位置は柔軟に変化するらしい。


 ヒロインの情報を教えてくれるキャラ。それが転じてヒロインの動向を把握するキャラになった。ヒロイン特化型の情報収集スペシャリストと言ったところか。

 『ヒロイン』は、僕も当然含まれる。

 つまり、あの時、時間遡行前。

 かみさまとデートした日に、情報網を駆使してニコラに僕の情報を流したやつは……。


「おまえか」

「へ?」


 許さない。

 絶対に許さない。

 お前のその情報網のせいでニコラは増長した。その結果ち囮はニコラによって殺された。

 ただこのゲーム盤において情報屋という役割をニコラによって与えられているだけなのかも知れない。その情報を使ってニコラが何をするのか知らなかったのかもしれない。「行方不明になってたほの囮を喫茶店で見たって○○が言ってたぜ、けけっ」くらいの感覚だったのかもしれない。

 けど、心情的に僕はお前を絶対に許さない。ニコラと同罪のゴミクズ。今すぐにでも殺してやりたい。


「すげー殺気。俺っちなんかしたか?」

「……………」

「まぁ仲良くやろーぜ? 親友の想い人とは仲良くしておきてーじゃん?」

「……………」


 コイツと居ると腑が煮え繰り返りそうだ。そうでなくともずっとついてくるのは気分もよくない。


「え、小滝くんとほの囮が一緒にいる!?」

「お、おい小滝! お前ほの囮に!」

「ぬふふふ!! 想い人を親友と取り合う海知! 激ってきたわぁああ!」


 教室に戻ると、なんか酷い妄想を始めていた。

 もうだめだこいつら。脳内が真っピンク過ぎて正常な思考判断が出来なくなっている。

 だがその反応は海知たちだけではなかった。クラスメイトの大半がやはりヒソヒソとナイショ話を始めたのである。


「うわ、もう色んな男に手ェ出してるとかビッチじゃん」

「男子トイレは用を足す場ですよー、きゃはは!」

「お、おれも頼んだらヤらせてくれるかな……」


 クラスの女子は僕のことを男漁り大好きのビッチと見てて、男子も同様の目線。

 明らかに仕組まれた悪意。

 ニコラを睨みつけると、やはりと言うべきか、奴はニヤニヤとこちらを見て笑っていた。

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