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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

公園で

作者: 工藤悟

どうしてこんなことになってしまったのか、自分でも良く分からなかった。ただその場の流れで啓介に逆らえず、特に欲しくもないおつまみだのドライフルーツだのを服の中に入れた途端、やたらと目力のある店員が近寄って来て、そのまま店の二階の部屋に連れて行かれたのだ。もちろん啓介も創太も一緒に。


ちょっとやってみたら面白いかなあと思ったなんて、目の前にいるガタイの良い中年の警官に言えるわけがなかった。店の人は、こりゃあ初犯だから、親呼ぶだけでいいですよ、と言ってくれたが、警官は本来ならああなるはずだった、こうなるはずだったとグチグチうるさい。親が引き取りに来るまで説教タイムのつもりなんだろう。


啓介の親は、両親揃ってすぐに現れた。店の人と警官に上品に頭を下げ、お礼を言って、ふてくされた啓介を連行していった。俺の母さんはあんなに上品じゃない。帰ったら、延々と嫌味混じりの説教を聞かされ、一週間は機嫌が悪いかと思うと、今からウンザリだ。自分のしたことは棚に上げ、その時の俺はそんなことを考えて苛ついていた。


パイプ机と椅子、ポットぐらいしかない細長い小部屋で、さらにしばらく待たされ、やっと入り口に姿を現したのは、だが母ではなく、親父だった。小柄でがっちり、というか中年太り気味の親父は、いつも同じグレーの作業服姿で、入ってくるなり店員と警官に土下座せんばかりに腰を折り、申し訳ありませんと繰り返した。


そういえば親父の工場は、この店から近い。母さんから連絡が行ったのだろう。普段から口数が少なく、家でも用事以外は口を開かない親父は、常にベラベラ喋ってる母さんとは対称的だ。小言を言わない訳じゃないが、今まで強く叱られた覚えはなかったから、有り体に言うと俺は少しほっとしていた。


店員と警官に一応頭を下げ、創太に目で合図を送って、俺は親父の後について部屋を出た。7時は過ぎていたと思う。もう薄暗かった。裏口から店を出ると、細い通りの向こう側には公園があった。ブランコと滑り台、砂場だけの小さな児童公園で、街灯が一本とその足元に石のベンチ。親父は突然振り返ると、俺の腕を取り、公園の中に入って行った。


親父はベンチに座ったので、ここで説教でもするのかと、俺も隣に座った。と思ったら、突然世界がグルッと回り、目の前に地面が現れた。土の匂いがする。身体がぐらつき、慌てて手を地面について支えると、バン、バンと軽い音がして、尻を叩かれていることに気づいた。


親父は全くの無言だった。子供のように膝の上に載せられ、強制的に尻を突き出した格好にさせられているのが恥ずかしいが、それほど痛くはない。薄暗い街灯に照らされた公園に響くバン、バン、バンという規則的な音は、妙に間抜けだった。


しばらくすると肩を掴まれ、俺は起き上がらされた。今のは何だったんだ、と思いながら立ち上がると、あっという間に履いていたハーフパンツを下ろされ、また元の格好に逆戻りした。今度はさらに深く頭が下げられ、トランクスを履いた尻は親父の膝の真ん中だ。


するとパンパンパンパンという、物凄く速いペースの連続音が響き渡った。親父はそれはもう凄い勢いで俺の尻をひっぱたいていた。俺は突然始まったヒリヒリする痛みと熱さにしばし呆然としていたが、そのうちそんな呑気でいられる状況ではないことに気づいた。


親父は本気で叩いていて、その勢いは全く衰えない。右、左、真ん中、太腿と満遍なく固い手が飛び、俺は痛みに身体をよじった。高校生にもなって、親父に尻を叩かれたくらいでそんなに痛い訳ないじゃないかと思う人もいるだろう。そういう人は叩かれてみるがいい。正直言って、俺も最初は甘くみていた。親父がどうやら尻を叩くつもりらしいと分かってからも、足首の回りに脱がされたハーフパンツをまとわりつかせ、剥かれた尻をひっぱたかれてるこの図は恥ずかしすぎると、羞恥心が先に立ったくらいだ。


ところが、親父の手はとんでもなく痛かった。思わず父さんやめて、と哀願するほどに。それでも大きな声を上げなかったのは、その場が道のすぐそばで、いつ誰が通りかかっても不思議はないところだったからだ。痛みを少しでもやわらげようと、俺は膝を曲げ伸ばしして尻を動かそうとした。


その時の俺はもう親父より背が高かったが、高校生の体格では、普段力仕事をしている親父に勝てるはずもなかった。親父は俺のバタつく足の間に自分の足をこじいれて押さえつけ、仕事でいつも黒い筋が入っている固い手の平は俺の尻に飛び続けた。


どれぐらい叩かれたのだろう。ふと連打が止んで、やっと終わったかと、俺は一息ついた。ひどい目にあった。そりゃ万引きは悪いことだけど、小学生じゃあるまいし、尻叩きなんて、と思った瞬間、親父の指がトランクスの腰にかかったのを感じ、嫌な予感がした。


あっと思う間もなく、俺は公園のベンチで、親父の膝の上で、生尻をひん剥かれていた。もうその時にはおサルのように真っ赤っ赤だったろう。その尻にまた親父は容赦なく手を飛ばした。


ただ叩くではなく、引っ叩くという言い方がふさわしいような、ペースの速いその叩き方は、トランクスの上からとは比べ物にならないくらい痛かった。特に同じ場所を連続して叩かれると、その痛さたるや声をあげずにはいられないくらい。おまけに、いくら薄暗いとはいえ、衆人環視の場所で剥き出しの尻をさらけ出し、太腿に中途半端にトランクスがかかっている状態がどれほど恥ずかしいか、想像できるだろうか。どうか誰も通りかからないでくれ、と祈らずにはいられなかった。


俺は地面についた両拳を握りしめ、目をギュッとつぶって痛みを堪えたが、結局連打に耐えられなくなり、ごめんなさい、と情けない声をあげた。もうしません、もうやめて。痛い!痛い!それでも手は全く止まらなかった。ペースはゆっくりにはなったが、その分一回一回に重みが加わったようで、うっと痛みを堪え、その痛みが尻全体に広がったと思ったら、おさまる間も無く次が来る。とうとう俺は泣き声をあげ、一発ごとにごめんなさい、許して、と繰り返した。人目を気にする余裕もなくなっていた。


どんなに謝っても、全く聞いている様子も返事もなく、容赦なく飛んで来る手の平に心が折れそうだった。確かに悪いことはしたが、こんな理不尽な目に合わされるほどの事だろうか。唇が震え、目に涙が溢れてくるのを感じた。


ふと気づくと、音が止んでいた。後から考えると、さしもの親父も手が疲れたのだろう。親父はポツリと「泥棒は絶対ダメだ」と言った。そして、手を組んでほぐし、俺の腰を抱え直すと、また音が響き渡りはじめた。


ペースは元に戻り、俺はしばらく耐えていたが、結局はまた泣きわめきながら、ごめんなさいを繰り返し、何とか痛みから逃れようと身体をくねらせることになった。その時、通りの向こう側の建物の二階の窓が開き、誰かが顔を出した気配がした。しかし、親父はそんなことは斟酌しなかった。バンッ、バンッ、ごめんなさい、バンッ、もうしません、バンッ、許して、バンッ、バンッ。そのうち言葉にならない泣き声しか出なくなり、俺の嗚咽と尻を叩く音だけが公園内に響いた。


痛みは耐えられない程強くなったり、少しマシになったり、その時の俺には永遠に続くように思えたが、実際は20分も経っていなかっただろう。お仕置きは始まった時と同様、唐突に終わった。俺は解放され、慌てて立ち上がると、腫れ上がった尻に触らないように、そっと下着とズボンを引き上げ、手の甲で顔を拭った。


親父は何事もなかったかのように公園を出て家に向かい、俺も黙って後ろに従った。今起こったことがとても現実とは思えなかったが、一歩歩く度に熱い尻がそれを否定する。家に入ると、玄関に出てきた母が食い気味に尋ねた。「アンタ、本当に万引きしたの?」横の親父が「ああ」と言った瞬間、たたきに立ったままの俺の顔に母がビンタを食らわせた。


それほど強くはなかったが、衝撃と熱さが走った瞬間、ズキズキする尻の痛みと、公園での恥ずかしさがよみがえり、俺は思わず泣き声をもらした。予想外の俺の反応に、母は「どうしたの」と驚きの声をあげた。玄関から上がった親父は、洗面所に向かいながら「俺がケツひっぱたいた」と言った。母はそれ以上何も言わず、ただ俺の部屋を指さしたので、俺は涙を隠しながら自分の部屋に逃げ込んだ。そしてそっと服を脱ぎ、赤黒く変色した尻に布団が触れないように持ち上げると、ベッドにもぐり込んだ。


翌日俺は、両親と顔を合わせないようにそそくさと用意をして、逃げるように学校に行った。授業中は座っているのが痛くてたまらず、しきりに身体の位置を変えたが、大して痛みは良くならなかった。休み時間になると、創太がニヤニヤしながら近寄ってきた。「お前、昨日公園で尻ぶたれてただろ。大丈夫か」


ニヤケ顔に腹が立ったが、否定してもはじまらない。「なんで知ってるんだ」「お前が帰った後、警官が窓の外を見て、言ってたんだ。お前の友達、そこの公園で親父にお仕置きされてるぞ。尻叩かれてビービー泣いてる、って」顔が熱くなるのが分かった。それはさぞや見物だっただろう。俺はお返しに尋ねた。「お前は誰が迎えに来たんだ」創太の家が普通の環境ではないことは知っていた。「…警官が送ってくれた」創太は踵を返して逃げて行った。


今から考えると、盗みを遊びだと思っているようなガキには、ダメなことはダメで、許してはもらえないのだということを、骨身に沁みるように分からせてやることが必要だ、と親父が思ったのもよく分かる。その後、俺は二度と悪さをすることはなかったし、もちろん親父に尻を叩かれることもなかった。

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