5 その海岸に馬鹿一人、そして夢に溺れて
赤崎は脚本家志望である。
彼は本当は大学に入るつもりなど無く、専門学校に入学して話の作り方を学びたかったのだと、彼とのミーティングを重ねる内に私は知った。
「だって、もし僕が脚本家として成功しなければどうなってしまう? 稼ぐ手段がバイトくらいしかないんだ……この時代、それは避けたい。親に迷惑は、かけられない」
一年前の夏、複数のサークル合同でのバーベキュー大会が隣県の海岸で開催されたことがあった。それに来ていた赤崎と偶然出くわした時、彼は凍えているような、掠れた声で波打つ崖に言葉を落とした。言葉は海面をゆらゆら漂った後、暗礁にまみれて消えた。
「こんな人生、僕は望んでいなかった。……でも、まあ、仕方がなかったんだよ。君のような素晴らしい友人が出来たことが唯一、不幸中の幸いといったところかな。それ以外は、地獄だ」
赤崎は続ける。
極端に声の調子を上げて、続ける。
「僕はね、春が好きなんだ!」
「……どうして?」
「春は暖かいだろう? 冬の厳しい寒さを乗り越えて、やっと手に入れた暖かさが、とても良いんだ。ストーリーを考えるのは、春が丁度良いんだよ!」
赤崎は私を背にして、尚も唸り猛り狂う夏の海に向かって、熱の篭る声を張り上げ続ける。
「暖かさは余裕とイコールだと思うんだ! 余裕があれば、馬鹿なことを考える隙が生まれやすいのは中島くんにも解るだろう!? 僕は余裕のある人間でいたいんだ!」
「俺には、赤崎が馬鹿だとは思えんが」
「馬鹿だよ、僕は馬鹿だ! 馬鹿でないと話なんて創れないとすら思う! 僕はね、究極にリアルなストーリーを作りたいのさ! 人と人とが出会って、関係を練り上げて、人生ががらりと変わるような! そんな話を、リアルを、創りたいんだぁ――!!」
話している途中で感情が込み上げて来たのか、それだけ叫び終えると、彼は荒い息を拭い、くるりと振り返って私を見た。
橙の夕日が赤崎を背中から照らして、私は思わず目を細めた――ぼんやりとした視界の真ん中に彼がいる。
赤崎の顔は赤く火照り、汗が頬に流れていた。
あの時は熱中症を心配した台詞を投げ掛けた気がするが、今思えばどうであろう。熱中症ではなかったのかもしれない。的外れな指摘だったのかもしれない。しかし、全てはあの夏の海辺に置き去りにしてきてしまった。
私は彼のあの表情を、未だ思い出せずにいる。