4 冷えた麦酒にしょっぱい涙をぶっかけろ
「――なるほど。君はまた、素晴らしき友人を増やした。今まで決して理性を曲げず、線引きは確実にしていた君が、いよいよ女子高生に手を出したということだね。興味深い」
「いよいよ手を出したのはお前だろう……またしらばっくれる気か?」
「さあ? 何のことだか、わからないな」
もうこれで何度目になるかも分からない詰問を赤崎に受け流され、私は億劫な気持ちを溜息に乗せて吐き出した。溜息はすればするほど幸福が逃げると言うが、これは仕方がないものだと思う。食事や睡眠といった、人間を形成する上で欠かせない生理現象と同じで――不可避、不可欠である。幸せなどという空想産物はとっくに手元には残っていないので、私はいつだって躊躇無く赤崎に対し呆れを帯びた感情をぶつけていた。
水本さんと喫茶店で友人になってから数日経つ――あの日は自らの決定通り大学を休み、水本さんと別れた後は店に残ってひたすら店主と話をして、割かし穏やかな気持ちをぶら下げて帰路に着いた。三時頃帰宅し三十分も経たぬ間に就寝。そのまま夕方まで惰眠を貪り、後は沸々とカムバックしてきた赤崎への怒りを紛らわせるべくゲームに没頭した。そしてまた眠る。酒が入っていたせいで、翌朝は二日酔いが酷かったことが記憶に新しかった。
「その水本さんって人、どんな人だったんだい?」
「……かなり変わっていた。べっぴん女子高生を自負してるだの、私の可愛いに免じて許すだの。まあ、悪いヤツじゃないとは思うが」
「可愛かったの?」
赤崎はハンバーグステーキをフォークで口に運びつつ、からかうように聞いてきた。私は赤崎の紹介する人間と友人になったその数日以内に彼を大学近辺の飲食店に呼び出し、彼ら彼女らを知っているだろうと尋問することをここ数年の恒例としていた。その正確な回数は覚えていない――恐らく三桁は下らないかと思われる。
数百回に及ぶこの二人きりでの会合(赤崎は『ミーティング』と呼んでいる)は全て私が主催したものだ。日時や場所の指定も当然私が行っているが、如何に暇な時間を持て余す大学生であれどそれなりに忙しい時もあるはずの赤崎は毎回、私の指示通りの時間と場所に現れる。予定を改めろと言われたことは一度たりともなかった。赤崎は生活の全てにおいて私とのミーティングに主軸を置いている――なんて嫌な想像もしたことがある。
「そうだな。はっきり言って俺のタイプだ。小さめの顔と身長、制服や頭髪、上から下までど真ん中ストレートだね」
どうせ赤崎は私の焦った反応を観察してお楽しみになりたいだけだとわかっていたので、私は敢えて正々堂々と、水本さんと初めて会ったときと同じ、有りのままの感想を述べた。述べて、述べた傍から、堪えがたい、何とも言えない羞恥に襲われたので麦酒を勢いのままに飲み干した。続けて店員さんに間髪無く「生おかわり!」と叫び、私は赤崎から目を背けた。ちらと赤崎を盗み見ると、やはり彼はニマニマと気味の悪い笑みを浮かべていた。彼は串に刺されたハツを一切れ食べ、咀嚼する。
「良いことだ。恋をすると人生が変わるというよ?」
「恋なんかじゃない。断じて恋などではない」
「まあ、ガールフレンドを激怒させて捨てられた君がマトモな恋を成就させられるわけなんてないからね。これは杞憂だったよ。ああ、杞憂だった」
「その一言は蛇足! 蛇足だ! 撤回しろ!」
「僕は恋なんてする柄じゃないからね……君の抱える気持ちはきっとわかってあげられない。でも、わかってやりたいとは思うのさ。ほら、僕は君の友達だから」
「俺は認めていないぞ。お前を友達だなんて、これからも金輪際認めてやるもんか!」
「そう言いつつも」
君は百回も僕を夕飯に誘った。
百回も僕と君は言葉を交わした。
毎回割り勘で、時折君は奢ってさえくれる。
そんな君を僕は大切な友人だと思っているんだ。
だから。
「――――」
「だから――そんなに悲しいことを言わないでおくれよ。泣いてしまうぞ?」
赤崎は不敵な、此方の身も心も凍ってカチコチになってしまいそうな冬の笑顔を浮かべたまま、私にそう言った。