二種類の金魚鉢#1
「姉さーん!」
フロアを巡回していると声をかけられた。
「ンだようるせぇな」
気だるく返事をして振り返ると、ガキと従業員の夜吊がいた。
「今日は雅ちゃんの髪を切りに行ってください!」
あ?これから今月の報告書を出さなきゃならないってのに、ガキの美容室に付き合ってる暇はない。
「夜吊、お前が連れて行けよ」
「駄目ですよ!幹部命令なんですから、文句があるなら自分で言ってくださいよー」
アタシもその幹部の端くれなんだぞと喉まで出たけど飲み込んだ。
命令なら仕方ない。
報告書の前にさっさと済ませておくか。
「おいクソガキ」
「は、はい…」
ボサボサに伸びた髪、ダボダボのYシャツにショートパンツ。
アタシと同等のレベルにするということは、0から100を生み出すようなもんだ。
幹部は伊達じゃない、正直コイツをみてると反吐が出る。
何の抵抗もせず、ただ、連れてこられたままそこにいる。
この世界は、喰うか、喰われるかの世界で、一度噛みつかれたら二度噛みつかなければならない。
そんな世界に貧弱な16歳のガキが放り込まれたなら、闇風俗に、拉致されて娼婦として奴隷のごとく働かされる。
そして使えなくなったら処分される。
まあ、中にはガキを調理してワインを嗜む変態どももいるが。
「5分で支度しろ」
「い、いつでも大丈夫です…」
「テメエ、そんな身なりで歩くんじゃねェよ。お前は娼婦じゃなく白鯨会を支える柱になってもらわねェとなんねェんだよ」
「わ、私まだ頭の整理が出来てなくて…」
無理もない。
一般社会で育って来た人間が、いきなり地獄みたいな場所へ引きずり下ろされたんだからな。
でも、甘やかせる余地なんてない。
ましてや、幹部になって島を持てるように育てるなら尚更だ。
背中から拳銃を抜いた。
パァーッン
ガキの頬を弾丸がかすめる。
「今のでお前は死んだ。あっけない人生だな。でもな、これからはお前の意思で動きお前の考えをアタシに伝えろ」
「し、死んでませんッ!私は青芝雅です!お母さんからもらった大切な名前…死んでも青芝雅です」
「面白れェ、アタシにそんな口叩けるなら上等だ、2つ教えてやる、一度殴られたら二度殴れ、倒れた時は相手より早く立ち上がってトドメを刺せ」
「で、出来るんでしょうか…私小さいし弱いし…」
「出来なきゃ死ぬだけだ」
それ以上会話はなかった。
店を出てガキを車に放り投げて走り出した。
さっきのガキはちゃんと意思を持っていた。
久しぶりに生きた目をした人間を見た気がする。
アクセルを踏み込んで少し笑った。
アタシがこのガキを押し付けられたのには理由がある。
仕事でミスをしたのだ。
在席嬢の命であるハーフライフを仕入れてくる部署でのモメごとだった
「おい、5ケースつったよなァ、ここには3ケースしかねェ、どういうこった?」
「ハーフライフの入手が困難になりつつあるんです!」
「入手困難?そんな話は1ミリも聞いてねェぞ?」
シノギに困って裏で半グレでも率いて似た商売でもしてるのか?
この街では調べようと思えばどんなことだって金さえあれば調べられる。
この街で一番高いもんは女でも首でもなく情報だ。
とりあえず、一度こいつらの部署を洗う。
何か出てくりゃこいつらは終わりだ。
「たまァにいるんだよなァ…」
「え?」
腰から拳銃を抜いた。
「調べりゃわかんだが、お前ら裏でなんかやってんだろ?」
「いえ!とんでもございません!」
「内のルールは知ってるよなァ…」
「しっ、知りません!私は何も!」
パァーッン
銃弾が太ももをえぐる。
「こいつは足りない分の落とし前だ」
「ああぁぁっつ!いたぃ痛い痛いっ!」
「あともう一本行くぞ」
引き金に指をかけたときもう一人の男がジャケットの内から何かを取り出そうとした。
瞬間。
パァーッン
頭を打ちぬいていた。
「あぁあぁあぁ…」
とりあえず、掃除班と直属の上司の海夜さんに連絡をした。
物資班の洗い出しは任せろとのこと、あとは最高幹部からの連絡を待てと伝えられた。
結果、物資班、青木死亡、飯田左足負傷、残りのケースは1週間後に届くことになった。
そして、後日アタシは最高幹部に呼び出しをくらった。




