第2話 祖父の遺したもの
舞を救った翌朝、舞の父が帰宅。
納める予定だった、鞘に傷をおった『狛の太刀』(刀身は、全く刃こぼれしていなかった)を、正治に手渡す。
「スミマセン、昨日の出来事で、鞘が傷ついてしまいました。拵えなおしてきます」
「いや、空君。私は、舞を救ってくれた、君とこの太刀に感謝している。この太刀は、破邪の太刀だ。このまま、頂くとするよ。明さんには、私からも話しておくから、心配しなくても大丈夫だよ」
「そうですか、ありがとうございます。この太刀、自身作で、『狛格の太刀』なんですよ。」
「ほう!天の領分の太刀が打てるのか、明さんも形なしだな」
「ねえ、父さん。天の領分の太刀ってなに?」舞が、興味深々といった感じで割り込んできた。
「うん、父さんも、空君のお爺さん、鎮さんから聞いただけなんだけどね」
「神の血を継ぐ刀匠が魂を込めて打った太刀は、人の領分を超えて、天の領分の力を得る。人の領分は、稚、衆、導。天の領分は、狛、金、毘、不、地、月、日、薬、大に、格付けされているらし」
「狛格とはいえ、天の領分の太刀が打てる力は、隔世遺伝する血のなせる業かもしれないね。空君の父さん(あきら)は、人の領分の太刀しか打てないと嘆いていたよ」
「ふーん、よくわかんないけど、空が凄いってことだから、まあ、いっか。狛って、狛犬の狛なのかな?」
「ああ、そうかもしれないね。狛の云われは聞いていなかったよ。そうすると、金って、金太郎?」
「父さん、それないわ~。金、金、金?うーん、金太郎あめ?」
「舞、それじゃあ、おじさんといっしょだよ」
「あれ?、まあ、いっか。フフッ」
「アハハ、そういう事にしておこう。じゃ、今日は刀鍛冶も休みだから、これで帰るよ!」
「空、昼過ぎに連絡するね?」
「ああ、まってる!じゃあ!」
「気を付けて帰るんだよ!」
「はい!」
空は、首のペンダントの先に繋いである、大きな鍵を握り閉めていた。
空の師匠ともいうべき祖父 環 鎮は、刀匠としても、武術師範としても一流の人物だった。
なぜか、空につきっきりで、刀の打ち方、自らが師範を務める、戸隠流剣術を教え込んだ。
祖父 鎮が、空に遺したものが2つある。
1つは、『毘格の太刀』。刀鍛冶場の神棚に飾ってある業物の刀だ
もう1つは、隠し小屋。敷地裏山の中腹にある炭焼き小屋の地下に、祖父だけが入る事ができた秘密の部屋があり、その部屋の鍵を引き継いだ
そう、空が握りしめている、大きな鍵は、祖父の秘密の部屋の鍵だ。
「狛格の太刀だから、黒い刀を切り飛ばす事ができたかもしれない。天の領分の刀の秘密が、この鍵の先にあるかもしれない」
「うん、家に帰る前に、ちょっと見に行ってみるか」
家に帰った空は、そっと裏山の中腹にある炭焼き小屋に入る。炭焼き窯に蓋をする日干しレンガをどけると、重厚な扉と鍵穴が姿をあらわす。
鍵を差し込み、右に回す。『ガチャリ』と音がした。扉を引き上げると、「ギギギギ」と音がして、入り口らしき、地下へ続く階段が姿を現す。
ガラケーのライト機能で足元を照らしながら、ゆっくりと階段を下りていく空。
地下室らしき空間に辿りつくと、8畳ほどの部屋の壁面一面に明かに古い書籍がびっしり並んでいる。部屋の中心には、机があり、重しが乗った紙が置かれていた。手に取って読む。
「なになに、『天の領域の太刀には、神意が宿る。悪意を滅せよ。円空が末裔たる我らが宿命を果たせ。環 空へ、環 鎮より』。」
「な、な、な、何だ?この紙は?じいちゃんの遺言?円空が祖先だって?」
「円空って、仏師じゃなかったか?なんで、刀匠の家の祖先が円空なんだ?」
混乱する空
机には、錫杖が置かれている。『金剛力士の刀』と、木製の杖の形をした鞘に刻まれている。
「これ、杖じゃなくて、刀か?」
「もしかして、金って、金太郎あめじゃなくて、金剛力士って事か?狛は、狛犬じゃないかって、舞が言ってたな」
「鍛冶場の神棚にある、毘格の刀ってなんだ?」
目を戻すと、紙には、続きが書いてあった。
『悪意には、餓鬼、妖狐、童子あり。よいか、名を持つ童子は、毘の太刀でも切れぬ。不の太刀、童子切安綱を見よ』
「悪意?鬼か?昨日の奴は、餓鬼だった?」
「妖狐なら、『金剛力士の刀』で切れるが、童子を切るには、鍛冶場の神棚にある、『毘の太刀』がいる?」
「しかも、名を持つ童子は、『毘の太刀』でも切れねえ、か」
「童子切安綱って、国宝だよな。不の太刀を見に行けってか?いったい、どこのあんだよ?」
「毘の太刀の毘や、不の太刀の不ってなんなんだ?不って。ふじ〇ちゃんのふ?ふーじ〇ちゃん、ってか、アッハハハ」
「もういいや。腹減ったし、家帰って、毘の太刀見てみるか」
『金剛力士の刀』である木杖に、太刀打ちで使う長い手拭いを肩掛けとして縛り付け、肩に背負う
地下から炭焼き小屋に戻り、扉を施錠。日干しレンガで隠してから、鍛冶場へと向かう空
鍛冶場に入り、神棚の前で手を打つ『パンパン』一礼してから、毘の太刀を手に取り、『クン』と刀を抜く
「鍔元に銘がある。『毘沙門天』。毘は、毘沙門天か。狛が狛犬、金が金剛力士、毘が毘沙門天。」
「うーん、ふじこちゃんの太刀も見に行きたいな」
木杖を部屋に置き、キッチンへと向かう。ちょうど、父が食事中だった。
「空、帰ってきてたのか?」
「ああ、いま帰ったとこ」
「そうか」
「父さん、童子切安綱って、どんな太刀だっけ?どこかに行けば見えるのか?」
「なんだ、急に?まるで、じいちゃんみたいだな。じいちゃんも安綱好きだったからな」
「へえ、じいちゃんも安綱好きだったんだ」
「ああ、一緒に何度も見に行ったぞ。東京国立博物館で展示されてるはずだ」
「東京かよ、遠いな」
「ああ、機会があったら連れてってやるよ」
「サンキュ。そういえば、ちょっと前に、川下で、不良3人が通り魔にあったって事件があったよね?あれって、犯人は捕まったの?」
「いや、捕まったとは聞いてないな。」
「傷口を見て欲しいって、写真を持って家にも警察が来たんだけど、傷口は、刃こぼれした切れ味の悪い包丁で切ったって感じだったな。研いだ日本刀の傷じゃない」
「そうか」切れ味が悪そうな、あの黒い刀を思い出す。
「不良が通り魔にあったのって、どのあたり?」
「須原神社から、3km程下った、河原だったかな?」
「うん、舞が昨日襲われたって話しただろ?居なくなったけど、そいつが、黒い刀みたいなものを持ってたんだ。もしかしてと思って」
「同一犯って事か?何か。気付いた事があれば、警察に連絡した方が良いかもな。」
「うん、もう少し、調べてみるよ」
「危ない事をして、舞ちゃんを泣かすんじゃないぞ?」
「もう、ちゃかすなよ。じゃあ、ちょっと出かけてくる。ごっそさん」
木杖(金剛力士の刀)を背負って、家を出る空。不良が通り魔にあったという、河原に向かって走る。