第1話 狛(こま)の太刀(たち)
「ゴオッー、キン、カン、カン、キン、カン、カン・・・」
静かな森の中から、リズミカルな音が響いている。
ここは、岐阜県関市の山間にひっそりと佇む、古い刀鍛冶の家。
環 空(17歳、男)が、父親(明)と一緒に、日本刀を鍛えている。
「ジュジュウー」
緩く反った刀身を、明が見つめる。
「うむ、良い出来だ。空腕を上げたな」
「ふう、じいちゃんに鍛えられたからな。でも、じいちゃんに比べると、まだまだ、だな」
神棚に飾られている、祖父の写真を見る。
「フフ、まあ、そう謙遜するな。お前は、良い刀鍛冶になる。」
「いやー、実は、高校卒業したら起業して、IT企業の社長を狙ってるんだけどな」
「ハハハ、スマホもロクに扱えないメカ音痴が、IT企業の社長とは恐れ入った。ハハハ。」
「きっと、今日こそ、俺の新たな才能が目覚めるに違いない!」
「バカ言ってねえで、研ぎあがってきた太刀を須原神社に届けて来い。お前の初作品を舞ちゃんがまってるぞ、この色男」
「うっせー、この口の悪い親父め。もうすぐ時間か。舞を待たせる訳にゃいかねえし、ちょっと行ってくる」
手を洗い、上着を羽織ると、白い包みに入れられた太刀を掴み、駆けだす。
「空、転ぶんじゃねえぞ。」
「オウ、ガキじゃあるまいし、じゃな!」
「ふう、行ったか。まあ、あいつなら心配ねえと思うが、川の下じゃあ、町の不良が何人か通り魔にやられてるらしいからな。よっし、こっちも店じまいするか」
新しく打ち上げた刀を神棚に飾り、作業場の片づけを始める父。
「舞、こいつみたら驚くぞ。これって、ビギナーズラックってやつか?狛格の業物が打ちあがったんだよな。」
環家では、古くから研ぎあがった日本刀の刀身に浮き出る波紋の鮮やかさと、紋様の細かさから、刀の神格を判断するきまりがあり、
下から順に、稚、衆、導、狛、金、毘、不、地、月、日、薬、大 と、より鮮やかでより詳細な紋様の格が高いとされている。導以下が人、狛以上が天に分類される。
昨年亡くなった、空の師匠ともいうべき祖父は、毘格の業物の刀を打つことができた。
父は、導格までしか打つことができなかったが、空が槌を振るうと狛格の業物の刀が打ちあがった。
空の祖父 鎮は、「空は、良い目をしている。儂よりも優れた刀を打つに違いない」と、空が小さな頃からずっと刀打ちを教え込んできた。
狛の太刀を携え、舞の待つ須原神社に向けて駆けていく、空。鳥居が見えてきたと思った所で、
「キャアー」
悲鳴が聞こえる。
「舞!」
須原神社の鳥居の近くで、空を待っていた、須原 舞 が、何かから逃げようと走って、転んでしまった。白のスニーカー、短パン、Tシャツにパーカーをはおった、ポニーテールの美少女だ。
舞の後ろから、黒い棒のようなものを持った、ボロボロの衣服を身に纏った小柄な男が舞に棒を振り下ろそうとしている。
「させるか、ウオオオオ!」
舞まで10m以上の距離があったが、自分でも信じられない瞬発力で舞に駆け寄り、黒い棒を、鞘に収まったままの『狛の太刀』で受け止める。
『ガ、ギィィンッ!!』鈍い金属音がして、ズッシリとした重みが両手に加わる。
「こいつ、刀で舞に切りつけようとしていたのか?」
黒い刀身が、空の目に入る。
「舞、大丈夫か?」
「空、空」声が続かない。
「こいつ、何かヤバい。下がってろ、舞」ズルズルと、後ずさる舞
空は、両手に力を込め、相手の刀をはじき返す。
「舞を狙ったのか?ゆるさねえ」
白い包みから取り出した、『狛の太刀』を、鞘に納めたまま、腰を落とし、居合の形で構える。
相手のボロの男が、上段から無造作に、打ち込んでくる。まるで意思が感じられない、人形のような動きだ。
「ハア!」空が動く。
『ガッキィィンッ』
祖父から仕込まれた古流剣術、瞬息の居合抜き逆袈裟の形で、相手の刀を切り上げ、刀身を切り飛し、返す刀で正眼に構える。
「戸隠流、居合一の型」
「ウ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ」と、黒い刀を折られたボロの男が、喉を掻きむしりながら、崩れ落ちる。
『ドウッ』と倒れ込むと、折れた刀もろとも霧散してしまった。
「いったい、何が?いや、それよりも、舞」
ボンヤリと輝いているように見える、『狛の太刀』を鞘に納め、舞のもとへと急ぐ。
「舞、大丈夫か?ケガはないか?」
「あ、ありがとう。大丈夫、空が助けてくれたから、ケガはしてない。大丈夫」 右手を胸にあて、必死に落ち着こうとしている。
「あれ、消えちゃったの?」左手を、空に引き上げられ、ようやく立ち上がる。
「ああ、消えた。夢? いや、あの手ごたえと鞘の傷は夢じゃない。何だったんだ?」舞の手を握ったまま、刀傷のついた鞘を見つめる空
「わからない、鳥居で、空を待ってたら、突然襲われたの。」空にもたれかかり、「フウー」とため息をつく。
「突然?」
「うん、急に襲われて。それで、空が来る方に走ってきたら、転んじゃって、てへ」
「てへ、じゃないよ」
「もとはと言えば、空が遅いからいけないじゃん、プンプン!」
「えええ! いやいや、そうだね、ゴメン、ゴメン」
「もっと反省しなさい!」
「ゴメンね。でも、頑張って助けたような気がするんだけど?」
「あ、そっか。ありがと!」空に抱き着く。
照れて、頭を掻く、空
「家まで送ってくよ」
「うん、ありがと。今日は父さん出張で居ないんだよね、母さんと妹と3人だと心配だな。あ!明日は休みだから、泊っていってね。用心棒さん、頼りにしてる。」
鳥居をくぐると、淀んでいた気配が、急にすっきりした。ガラケーで、家に連絡を入れ、その日は、舞の家で、用心棒になった空
報酬は、夕食の焼肉だった。