心を許した人
七月二一日、多田親子は十時に迎えに来た高島明子に案内され、車で二十分ほどの松島邸へ向かった。
途中、連絡を受けた明子は、
「佐久間商事の方は、すべて順調に進んだようです。問題は何もありませんので、ご安心ください」
明子が助手席から振り向いて父親に説明した。
その傍らで奈々子はいつになく神妙な顔をして静かに坐っていた。
やがて車が松島邸に到着すると、まず二人はその屋敷の大きさに驚いた。入り口の門のところには警備員が常駐しており、まるで総理大臣官邸にでも入るような雰囲気であった。
玄関に入るとたか子が迎えに出てきたが、こんなことはほとんどないことであった。それだけ彼女がいかに二人を心待ちにしていたかということである。
「よくいらして下さいました。ほんとにうれしいです。どうぞお上がりください。奈々子さん、よく来てくれたわね、ほんとにうれしいわ、ありがとうね」
奈々子にはその微笑がとても眩しかった。
「はじめまして、多田秀樹と申します。これが娘の奈々子です。よろしくお願いします」二人がそろって頭を下げた。
最初に、二人はそれぞれの部屋に案内された。
奈々子の部屋はドアを開けると、右の奥には扉のないベッドのおかれた一室があり、左はクローゼットが解放された状態であったが、その中には新しいセーラー服と皮靴が用意されていた。
その隣には何枚かの洒落た外出着、また引き出しの中には部屋着が数セット、ジャージから下着に至るまで必要なものはほとんど整えられていた。
フリースペースは十二畳ほどあり、新しい勉強机の上には、最新型のパソコンとスマートフォンが置かれていた。
それを見た奈々子は夢を見ているようだった。
「これ全部使っていいんですか?」彼女は案内してくれたメイドに尋ねた。
「はい、全てお嬢さまのために用意したものでございます」
「お嬢さまだなんて…… 恥ずかしい、貧乏人の娘ですから……」彼女は照れ臭そうに答えた。
一方、秀樹の部屋へは明子が付き添った。
部屋は奈々子と同様であったが、彼女は研究室についても説明を始めた。
屋敷続きに、会長の父親が建設した研究棟があり、そこを使ってほしいとのことで、相当なものが整えられているようだったが、それでも不足なものがあればすぐにでも用意してくれるとのことで、そこにも寝室があり、バスも用意されているらしい。
いずれにしても昼食のあと案内をしてくれるようだった。
秀樹は、そのままの服装であったが、奈々子は大好きなジャージに着がえてリラックスしていた。
テーブルに着くと昼食の料理が次々と運ばれてきたが、メインは奈々子のことを考え、お昼ではあったがステーキが用意された。
奈々子はスープをさらっと啜ったあと、大きな瞳を輝かせて鉄板の上でジュージューといっているステーキから目が離せなかった。
それを見たたか子も、明子もうれしそうに微笑んでいた。
「お恥ずかしい次第です」秀樹は奈々子の様子に恥ずかしいという思いもあったが、現実を隠す必要はない、我々が貧しい生活をしてきたのは事実だ。
彼女たちもそのことはよく知っているはずだ、そう思っていた。
ライスが運ばれてくると奈々子は肉を薄く切りながら少しずつ口へ持っていった。
「ご飯はお変りしてもいいんですか?」奈々子が平気で尋ねる。
「大丈夫よ、いくらでもありますから、しっかり食べてね」たか子が優しく答えてくれる。
「ありがとうございます」彼女はそれだけ言うと無言のまま食べ続けた。
彼女はライスをたくさん食べては、肉を少し食べ、またライスをたくさん食べる、というように繰り返していた。
それを見たたか子が、
「奈々子さん、お肉のお代りもありますから、しっかり食べてね」とやさしく微笑むと、奈々子は彼女の優しい瞳に魅せられた。
「会長さん、ありがとうございます。でもこんなお肉、二枚も食べたら罰が当たります…… 」
「そんなことないわよ、今まで頑張ってきたんだもの、罰なんて充たるはずがないわ、だから遠慮はしないで……」
たか子の優しさが奈々子の心にずんずんと突き刺さってきて、彼女が自分のことをどれだけ気遣ってくれているかということがよく分かった。
明子がメイドに指示して、二枚目のステーキが運ばれてくると、にっこりと笑った奈々子のピッチは一段と速くなり、彼女は生まれてこのかた、こんな満足感に酔いしれたことはなかった。
三人は、ひたすら食べ続ける奈々子を満面の笑みを浮かべ見ていた。
「会長さんにそんなに見られたら緊張します」
ふと顔をあげた彼女は一言だけ呟くと再び食べ続けた。
ようやく奈々子が満たされた表情で
「ごちそうさまでした。ふうー」と言ったタイミングで
「その会長さんっていうの、何かおかしいですね……」明子が口を開いた。
「えっ!」満足そうな顔をしていた奈々子が一瞬驚いて、目を見開いた。
「でも、お姉さん、おばさん、たか子さん、松島さん、いろいろ考えてみたけど、どれもしっくりこなくて…… 」奈々子が困ったように答えると
「すごいわね、ちゃんと考えてくれたのね……」驚いたたか子が大きな瞳で奈々子に語りかけた。
「奈々子さん、会長はこれからあなたのお母さん代わりをして下さるの…… だから一緒にお買い物に行ったり、お食事に出かけたり、場合によっては学校へ行くことだってあると思うのよ。そんなところで会長をどう呼ぶのかって、考えてみたら、『ママ』とか『お母さん』て呼ぶのがすごく自然な気がするんだけど、あなたがいやでなければ……」
すかさず明子が口をはさんできたが、
「それはだめです、会長に失礼です」慌てて秀樹が遮った。
「いえいえ、私はむしろ嬉しいですよ。奈々子さんさえ厭でなければ……」
たか子の少し祈るような思いも籠っていた。
「えっー、いいんですか、ママって呼んでもいいんですか?」
突然、満面の笑みで奈々子が驚いたように声を張り上げた。
彼女には、与えられた部屋にしても、クローゼットに用意された衣類にしても、さらにパソコンやスマートフォンを見ても、たか子がどれほど自分のことを大事に思ってくれているのか、そしてこの昼食……
彼女はこの環境を提供してくれたたか子がどれほど信頼に値する人なのか、十分すぎるほどよくわかっていた。
何よりも、優しく穏やかなたか子の大きな瞳が、奈々子に訴えかけてくるものは、彼女が今までに経験したことのない強くまっすぐで一点の曇りもなく、彼女を優しく包み込もうとする翼のようで、それに魅入られた彼女は既に身も心もたか子に全幅の信頼を置いていた。
そんな素敵な人を『ママ』と呼ばせてもらえるのであれば、もっと彼女に近づくことができる…… そんな思いが奈々子の安心感をさらに増幅していった。
「そう呼んでくれるのなら、私はすごくうれしいわよ!」
たか子が微笑みながら語りかけると
「呼ぶ、ママって呼びます。うれしい、ママって呼べる人が出来てうれしい!」
奈々子の喜びようは尋常ではなかった。
「会長、そこまでしていただかなくても、この子は大丈夫です。こんなに万全の体制で迎えて頂いた上に、そこまでしていただくわけにはいきません…… 」
父親が申し訳なさそうに言うのを奈々子は不安そうに見つめていた。
「博士、決して気を使っているわけではありません。子供のいない私でもこんなかわいい娘がママって呼んでくれるのなら、私にだって母親の真似事ができそうな気がしてとてもうれしいです。もし博士がお嫌でなければ、お許しいただければありがたいのですが……」
誠意にあふれるたか子の言葉に、
「私の方には、そんな嫌などということは全くありませんが、正直、少し不安になってます。この娘は信頼した人が自分を受け入れてくれるとわかれば、とことん甘えていく人間なんです。めったなことではそんなことにはなりませんが、距離の取り方がうまくできない娘なので少し気になっています」
秀樹は不安そうに思いを伝えた。
「それでしたら、お気になさらなくても大丈夫です」
秀樹の不安が想像できないたか子は快くその思いを受け止めた。
「じゃ、ママって呼んでもいいですか?」奈々子がうれしそうに念を押した。
「いいわよ、ママって呼んでちょうだい」たか子は優しい微笑みを浮かべながらそう返した。
昼食がすむと明子は秀樹を研究棟へ案内し、一方奈々子はダイニングでたか子と二人、話し始めた。
「奈々子さん、奈々子さんじゃなくて奈々子ちゃんて呼んでもいいかしら?」
「いいです、いいです、その方が可愛く感じるしね」
「じゃ、奈々子ちゃん、そのうちにお洋服を買いに行かない?」
「えっ、服はたくさん買ってくれているじゃないですか。あれだけあったら、三年は大丈夫ですよ」
「でも奈々子ちゃんはかわいいから、もっといろんなお洋服を着て、女の子であることを楽しんだらいいと思うの…… 」
「かわいいだなんて照れるー、でもママはそんな女の子が好き?」
たか子は、初めてママと呼ばれてドキッとした。
この娘は何のためらいもなくさらっとママという言葉を口にした。その呼び方があまりにも自然で、そこに何の違和感もないことが彼女はとてもうれしかった。
「そういうわけじゃないけど、もう少しだけ気をつけたらとてもかわいい女性になるから、ママはそんな奈々子ちゃんも見てみたいような気がするの」
自分自身で、自然にママと口にしたことが信じられなかったが、心地よさはいつまでも消えそうになかった。
「じゃ、いきます。でも私、センス全くないですから…… だからママにお任せになっちゃいますよ」微笑んで奈々子が言うと
「ママもセンスないけど、明子さんがいるから大丈夫よ」
「そりゃ、安心だね、ところでママっていつもは何時ごろに寝るんですか? 」
「えっ、だいたい十一時ぐらいだけど、急にどうしたの? 」
たか子が不思議そうに尋ね返すと
「ううん、何でもないけど、この家の消灯は何時ぐらいかなって思って…… 」奈々子はにこにこしながら答えた。
夕食はお祝いを兼ねて、料亭吉川に出向いた。
料理は以前いただいた折を遥かに凌ぐ御馳走で、奈々子はただひたすら「おいしいね、おいしいね、幸せ」こんな言葉を繰り返しながら満面の笑みを浮かべ本当に幸せそうにただひたすら食べ続けた。
秀樹は恐縮がってあまり食が進まなかったが、それでも娘がこんなにうれしそうに食事をしている光景を見て
(松島へ来て良かった、本当に良かった……) ただそう思うのであった。
「博士、研究棟の方はどうですか、施設や機材はどうですか? 」
たか子が尋ねると
「いやもう十分です。お父様も化学者だったんですね、あの施設を見ただけでその才能が想像できます」
「そうだったんでしょうね、でも無理矢理会社を押し付けられて、あんな施設を作ってはみたものの、ただの道楽になってしまいましたね。でも博士があそこを使ってくださるのなら、亡くなった父も喜んでいると思います。必要なものがあれば遠慮せずにおっしゃってください 」
時折、目を細めて穏やかな表情で奈々子を見つめ、博士に話しかけるたか子はこの親子と食事ができることにこの上ない喜びを感じていた。
「実はお世話になった初日からこんなお願いをするのは心苦しいのですが……」秀樹が話しにくそうに切り出した時
「遠慮なさらずにおっしゃってください」明子が促した。
「実は薬を作らせて頂きたいのです……」
彼は、がんの特効薬サクマは、もともと自分が作り出したものなのだが、単価が高すぎることに懸念を抱いていて、サクマを作った時に三種類の特効薬を内々で作っていたのだが、佐久間商事を信用することができなかったので、そのうち製作に時間を最も要するもの、経費は最も高くつくものを佐久間商事に提供していた。
この度はナンバーワンを作りたいと思っていて、経費はサクマの約二割、制作時間は約三割でできると考えていた。
この薬は彼が信頼する後輩の会社で、既にひ臨床実験が完了しているのだが、企業が弱小で経済的信頼性がないということからなかなか臨床実験に移れていないのが現状であった。
このため彼は松島グループが表に出てくれれば、臨床実験への移行も速やかに進むと考えていた。
この件については、直ちに松島グループの製薬部門を担う博多の松島薬品(株)が博士の後輩の企業、中山製薬株式会社と調整に入ることになった。
食事を終えて帰宅した、その初めての夜、十一時前のことであった。
ドアをノックする音に、(誰だろう……) そう思ったたか子が
「どうぞ」と言うと、枕を抱えた奈々子が静かに部屋へ入ってきた。
「どうしたの、眠れないの?」たか子が優しく尋ねると
「ママ、一緒に寝てもいいですか?」
昼間は見せなかった不安そうな奈々子が小さく呟くように尋ねた。
「えっ、どうしたの、ベッドは一つしかないけど、一緒で大丈夫? 」
「大丈夫、絶対大丈夫だから、一緒に寝てもいい? 」
思いもよらない奈々子の行動に、たか子は少し驚いたが、それでも不安な初めての夜を自分に託してくれた彼女の思いがとてもうれしかった。
「じゃ、いらっしゃい」たか子は優しく布団の端を少し持ち上げて奈々子を招いた。
「ママ、ありがとう、大好き」
急に笑顔になった奈々子は急いでベッドの中に入ってきた。
「初めての家で不安になったのね」たか子はそう言いながら奈々子の髪を優しく撫でてやった。
「ママいい匂い」
こんなに安心したような奈々子は想像できなかった。目をつぶって眠ろうとしている彼女を見ていると、その安心感が伝わってくるようで、たか子は
(本当に良かった、本当に来てもらってよかった……)
そう思いながら彼女を軽く抱えるように自分も眠りにつこうとしていた。
しばらくすると奈々子は深い眠りに落ちていった。
翌朝七時半に洗面を終えたたか子が廊下に出てくると、明子が慌てた様子で彼女に近づいてきた。
「会長、大変です。奈々子さんがどこにもいないんです…… 」
そこへ父親も不安そうな顔をしてやってきた。
「えっ、奈々子ちゃんだったら私の部屋で寝てるわよ」
たか子が微笑ながら言うと
「ああ、良かった、驚きました」安心した明子がそう言った時
「えっ、何時からですか?」驚いた父親が尋ねる。
「昨夜の十一時からですよ」たか子が不思議そうに答えた。
「えっ、昨夜からずっと寝ているんですか? 」驚いた父親が目を大きく見開いて尋ねた。
「ええ、ずっと寝てますけど…… 何かあったんですか? 」
さらに不思議そうにたか子が尋ね返すと
「あの子がそんなに眠るなんて信じられません。元来あの子は眠れない子なんです。眠ろうとすれば数式が頭の中を駆けめぐるらしいです。頭の中でそれを追いかけ始めると目がますます冴えて眠れなくなるらしいです。どんなに長くても二時間も寝たことはないはずです…… 会長のおかげです。初めて安心したんでしょう。おそらくあの子にとっては初めての経験だと思います。本当にありがとうございます」
秀樹は目にうっすらと涙を浮かべながら何度も何度も頭を下げた。
彼の、言うに言われない奈々子に対するこれまでの思いは、到底想像できるものではなかったが、表には出さない彼の大きな苦悩のひとつが安らぎに変わろうとしていた。
「私は何もしてませんよ、ただ一緒に寝てあげただけですから…… でもその話が本当だったら私も嬉しいです。私のところであの子がそんなに安心してくれるのならこんな嬉しいことはないです。本当に来ていただいてよかったです。お礼を言いたいのはむしろこちらの方です。本当にありがとうございます」
そんな話をしているときに、奈々子が目をこすりながらたか子の部屋から出てきた。
「あっ、おはようございます、こんなに寝たの、生まれて初めて! 」
「それはよかったわ、昨夜ママの所へ来たときは心配したわ…… 」
「奈々子さん、早く洗面済ませてね、すぐに朝食になるから……」明子がそう言うと
「はーい、初めての朝、最高!」彼女は初めて清々しい朝を迎えた。
奈々子が洗面に向かうと秀樹が申しわけなさそうに話し始めた。
「会長、あの子は完全に会長のことを信頼してしまっています。申し訳ないのですが、おそらく会長が嫌になるぐらい、あの子は会長につきまとうかもしれません」
「大丈夫ですよ、あの子が安心して眠っているのを見ていたら、私もすごく安心しました。母親というものがどういうものかはわかりませんが、私にも覚悟はできています。それだけの思いを持って、あの子と向き合いたいと考えています」
「… 」秀樹はたか子が想像している以上のもっと激しいことになるのではないかと心配していた。
「博士、私にべったりになるってことですよね 」
博士の心配そうな様子を見たたか子が、そう付け加えた。
「はい…… そういうことなんです、私が心配しているのは…… 」
「博士、正直に言いますが、私は結婚するつもりはありません。でもその私が、奈々子ちゃんを相手に母親の真似事ができる、それは何にも勝る喜びなんです。だから私は、どこまでもあの子に付き合っていくつもりです」
たか子の決意を聞いて、秀樹は目頭が熱くなるもどうすることもできなかった。
「ありがとうございます。このオファーの話をいただいたとき、即答できなかった自分が恥ずかしいです。でも会長、何かあったり疲れたりしたら、遠慮なさらずにぜひ言ってください 」
会長に嫌な思いをさせるわけにはいかないという彼の懸命な想いであった。
それから三日後、奈々子はたか子と明子に連れられ、たか子が行きつけのブティックへ出かけ、その帰り道、三人を乗せた車がレストラン・マロンの前を通りかかった時、奈々子が、突然嬉しそうにたか子に向かって言った。
「ねえママ、あそこによって行こうよ。お願い!」
「何が食べたいの?」たか子は奈々子を覗き込むように優しく尋ねると、
「あそこのね。パフェがおいしいの。ずっと食べたかったんだけどお金がなくて我慢してたの。でも、今日はママと一緒だから食べれるでしょう。あそこのパフェを食べるのが夢だったの。だからお願い!」
奈々子の強い希望で、中に入った三人は一番奥の目立たないところに席をとった。
一方、友人の裕子と真紀はこの三日間というもの、奈々子の行方を捜し続けていた。
アパートが突然、空室になって誰も住んでないことを知った二人は慌てた。何の連絡もなく奈々子が突然に消えてしまった。
父親の勤めていた佐久間商事まで出かけて尋ねてみたが、教えてはもらえなかった。受け付けの人も何か知っているような感じではあったが、態度が悪くて長いはできない様子だった。
今日も心当たりを探した二人は疲れ果ててこのレストランにやってきた。
店に入った裕子が、ふと左奥を見た時、三人連れのゲストのうち、こちら側に、背を向けている女子が何となく奈々子の後ろ姿に似ているような感じがしたのだが、どうも服装が奈々子らしくなく、しかし、しばらく見つめていると笑いながら横顔を見せたその少女はまさに奈々子だった。
「真紀、あれ見て、奈々子でしょ。奈々子よ、間違いない!」
「そうねえ。確かに、似ているわね」
二人はしばらくの間、立ったまま彼女の方を見つめていた。
それに、気が付いた明子が、奈々子に呟いた。
「奈々子さん、お友達じゃないの?」そう言って目配せをした。
無意識に後ろを振り向いた彼女は、裕子と真紀を目にして、慌てて正面を向き直し、少し俯いてしまった。
「やばい背後霊…」奈々子はそう言うと俯いたまま後ろを見ようとはしなかった。
一方、裕子と真紀は、不安そうに奈々子を見つめながら一歩ずつ彼女に近づいてきた。
裕子が右から覗き込もうとすると、奈々子は左を向き、左から覗き込もうとすると右を向いた。
それを見ていたたか子か、ニコニコしながら、
「奈々子ちゃんどうしたの、お友達じゃないの?」
その時裕子が確信した。
「奈々子…… 奈々子何してたのよ! 」
裕子が驚いてそして微かに涙ぐみながら言った。
「テヘッ、ばれた、見つかっちゃった 」
その傍らでその様子を見ていた真紀は、高島明子を見て驚いた。
(松島グループの高島支配人に間違いない……)
涙ぐんでいた彼女は一瞬で固まってしまった。
「奈々子ちゃん紹介してちょうだい…… 」たか子が微笑みながら彼女に言った。
「あのねママ…… 」
「えっ、ママって!」裕子が驚いて少し声が大きくなった。
真紀も目を大きく見開き奈々子を見つめた。
「すいません、どういうことなんでしょうか?」裕子がたか子に尋ねた。
「えっ!」驚いたのはたか子の方だった。
「奈々子のパパと結婚されたんですか?」
「どうぞお座りになって……」たか子は椅子に座る裕子と真紀に向かって静かに話し始めた。
「実はね、奈々子ちゃんのお父さんにうちの会社に来ていただいたの、ご存知かもしれないけどお父様はとても優秀な博士で、研究に打ち込んでいただくために、これを機会に、私が彼女の母親代わりをすることになったのよ」
静かに説明をするたか子に向かって
「でも、ママって…… 」真紀が不思議そうに尋ねた。
「それはね、母親代わりなんだから、会長って呼ぶわけにもいかないし、ママって呼ぶことになったのよ」
明子が微笑ながら真紀に話すと
真紀は「やはり、松島グループの会長さんなんですね……」と確認するように言う。
「よくわかったわね」明子が感心したように微笑んだ。
「いえ、お見受けした事は無いのですが、あなたは支配人の高島さんですよね。高島さんは私の憧れなんです。私の目標としている人なんです。あなたのような仕事ができる人になりたい、私はそう思って頑張っています。握手してくださいますか? 」
真紀は訴えるような目で明子を見つめた。
明子が立って右手を差し出すと、真紀も立ち上がり両手でその手を握って「嬉しいです、本当に嬉しいです」微笑みながら握手の手をすぐには離そうとはしなかった。
「明子さんはファンが多いのね、いつだったかも、ブティックで同じようなことがあったわね 」たか子は優しく微笑みながら真紀を見つめた。
その間、奈々子と裕子は驚いたような表情で真剣な真紀に見入っていた。
「あなた方も、何でもお好きなものを召し上がって下さいな 」
たか子が微笑ながらそう言うと二人は喜んで「ありがとうございます」と頭を下げた。
「奈々子は何注文したの? 」裕子が尋ねると、
「例のやつ…… 」奈々子はにっこりと微笑んでそう答えた。
「やっぱり、あの念願のやつね…… 」裕子が笑いながら返すと、ちょうどその時、奈々子が注文したジャンボスペシャルマロンパフェが運ばれてきた。
奈々子の顔よりも大きいのではないかと思われるようなそのパフェに、周囲のテーブルにいる人たちも驚いてその行方を見守っていた。
周囲のその人達に奈々子は微笑みながら軽く頭を下げると、うれしそうに食べ始めた。
たか子と明子は、その大きさにただただ驚くばかりで、
「奈々子ちゃん、食べるのはいいんだけどお腹は大丈夫なの? 」
たか子が心配そうに尋ねると、
「大丈夫です、大丈夫です。この子は何をどれだけ食べても大丈夫です、全て脳に行きますから…… 」
裕子がニコニコしながらたか子に微笑んだ。
「じゃあ奈々子は、もう食べることの心配をしなくてもいいんですか? 」
真紀が思い出したように尋ねると、
「もちろんです、食べるものはすべて私どもで用意しますからいつもお腹いっぱい食べてもらってますよ 」たか子が笑顔で答えた。
「半端ないでしょ、この娘! 私たちも朝からおにぎりを持っていったり、お昼も別に作っていったり、結構大変だったんです……」
「そうだったの、ありがとうね、奈々子ちゃんはお二人の友情に支えられていたのね…… 」たか子は目を細め暖かく二人を見つめると、感謝の思いを語った。