食物恋鎖
雨が降っている。窓から見える景色はすべて灰色に染まり、自分の気持ちまで灰色に染まっている。
「僕は……雨なんて、嫌いだ」
窓から目を背けても、見えるのは白い壁ばかり。壁にかかった安物の時計が、静かな機械音を立てるだけ。灰色の景色、白い壁。規則正しい時計と、不規則な雨粒。
近づいてくる足音。
ドアが開き、一人の少女がこちらを見る。
≪まだ寝てなくていいの?≫微笑んだ紅い唇に、一瞬心を奪われそうになる。
≪無理はしないでね。貴方は私の大切な……≫白い歯をこちらに覗かせて言う。少女のそれは、芸術作品の一部にしか見えなかった。
「……大切な、食料、だろ?」
僕の声は、少女の声と驚くほど似ている。声だけではなく、見た目も、全て。
≪そんな言い方しないでよ。貴方だって、何も食べなければ生きていけないんだから。≫耳で聞くというよりも頭の中で響いているといった方があっているかもしれない。僕の声が、僕と同じ声が、何も考えられなくさせる。
「だからと言って、君の食料になった覚えはない。」
≪仕方ないでしょ。食べられる側に選ぶ権利なんてないんだから。貴方たちだって、わざわざ家畜とか植物に聞かないでしょ。「誰に食べてほしい?」なんて。自分から食べられたいって思ってる生き物なんて、いないに決まってるじゃない。だから……≫
「だから、運命だと思って諦めて、でしょ。」
≪そういうこと。これでも私、大分待ってあげてるんだからね。≫どこまでも深い二つの闇で、僕を見つめる。こんなこと、口に出すことはできないが、僕は少女に恋をしているのだろう。仕草に、声に、体に、全てに。本当は、君になら食べられてもいいと思ってる。でも、いざ口を開くと反抗の言葉しか出てこない。きっとそれは、恐怖が消え去っていないからだろう。
≪いつも言ってるけど、決心がついたら、私の部屋に来て。場所はもう言わなくていいでしょ。≫少女が背を向ける。その華奢な僕と同じ腕をつかんで振り向かせられたらどんなにいいだろうか。
でも僕には、そんなことはできない。
≪いい返事を期待しているわ。≫ドアの閉まる音。少女が歩いていく音。
窓の外の景色は相変わらず灰色のままで、僕の気持ちも灰色のままだった。
機械の音と雨の音だけが聞こえてくる。やけに早い僕の鼓動も。
なぜだかわからないが、急に時計を壊したくなった。壁を殴りたくなった。窓ガラスを割りたくなった。ベッドシーツを引き裂いて、椅子の足を折って、全てを壊したくなった。
☆
あれからどれだけ経ったのかわからない。時計はもう動かなくなってしまっている。手からは血が出ていた。もうすでに雨はやみ、月明かりだけが空っぽの窓から差し込んでくる。聞こえるのは、自分の鼓動と呼吸音のみ。白かった壁は所々赤く染まり、へこんだり、傷が出来ている。部屋の中で唯一原形をとどめているドアを開け、少女の部屋へと向かう。
「やっと、決心が出来たんだ」
こんな恋も、僕にとっては良いものだから。
タイトルは「昆布 海胆 & 皇 透」さんから頂きました。