チート・ザ・節分
「おにはーそと! ふくはーうち!」
今日は節分の日です。
そとに豆を撒き鬼を祓ってお家の中にも豆を撒いて幸せを入れましょう。
そして歳の数だけ豆を食べて元気を出すのです。
「おにはーそと! ふくはーうち!」
ぼくは、おじいちゃんおばあちゃんと一緒にお家の前で豆まきをします。
上手に撒けているのかな? おじいちゃんもおばあちゃんもぼくが豆を撒く様子をみてニコニコしています。
ぼくが撒いた豆はその一つ一つが音速を超え、必殺の弾丸となって鬼達に向かって飛んでいった。
手足が大木の幹のように巨大な鬼の身体。
しかしぼくの豆が当たった瞬間、その手足は弾けるように吹き飛んだ。
「【豆鉄砲】」
鬼達の絶叫がお家の前で響きわたる。
しかしそれで終わりではない。ぼくの力などまだまだおじいちゃんおばあちゃんの足元にも及ばないのだから。
今度は隣のおじいちゃんが前方に手をかざした。その瞬間に発射されるは星の数ほどありそうな無数の豆。
数だけでも圧倒的なおじいちゃんの豆撒き。
それでいてその一発辺りの威力さえもぼくの【豆鉄砲】を軽く超えているのだから敵わない。
おじいちゃんの豆が当たった鬼の身体は細切れのように粉砕されていく。
ぼくは鬼の絶叫が心地よく聞こえていた自分の心を恥じた。
真の強者は相手に声をあげさせる事すら許さないのだから。
「ホッホッホッ、我が【豆御飯】、まだまだ健在のようじゃの」
おじいちゃんの攻撃により家の前を埋め尽くさんばかりに立っていた鬼達は全て息絶えた。
おばあちゃんはその残骸一瞥すると、服の中から何かを取り出して放り投げた。
「【豆大福】」
おばあちゃんが放った【豆大福】が残骸の一つに着弾した時、ぼくの視界は凄まじい爆炎に埋めつくされた。
至近距離で発生する爆音に、耳がおかしくなりそうでついつい耳をふさいでしまう。
そしてその爆発がおさまった時、目の前には地平線まで続く荒野のみが広がっていた。
「さあお家に入ろうか」
「ええ、お昼にしましょう」
おじいちゃんとおばあちゃんがそう言いながら踵を反した時、空の上で悪曇が立ち込めた。
曇はすぐに人のような形を成していき、それが完全なる鬼の姿となった時、その瞬間に重量を持ったかのようにぼくらのお家の前に落下した。
ズシィン……! と大きな音と共に地響きが起こる。
先程の鬼達は精々がお家と同じ程度の高さしかなかったのに対して、コイツの大きさは鉄塔のように大きい。
そこでぼくは、まだ残っていた豆を数粒取り出した。
今日はぼくの誕生日。今日でぼくは3才になったんだ。だから、今年は豆を3つまで食べることが許される!
ぼくが豆を一粒口に含むと、全身から氣が噴き出される。
そしてそのまま開放した力を纏いながら、鬼の顔面に向かって跳んだ。
一瞬で距離を詰めた僕に対し、鬼は驚愕の表情を浮かべる。
そのまま全力を込めて鬼の頬を殴りつけると、鬼の身体は大きく吹き飛び無様に倒れた。
ぼくは更にもう1つの豆を口の中に放り投げ、更なる力を開放する。
起き上がろうとしている鬼の腹に、流星のごとき速度で飛来。
巨体の腹には大穴が空き、口からはゴボりと血が溢れた。
消し飛ばした鬼の腹の中心で、ぼくは3つ目の豆を歯に挟み砕きながら喉に通した。
初めて食べる3つ目の豆がぼくの身体を、いやぼくという存在を更なる上の次元に導いた事を実感する。
溢れだす内なる力と直感に従うまま、ぼくは右手の指を筒上にし、静かに唱える。
「【恵方巻】」
呪文と共に手の中に現れるは黒く輝く大いなる長剣。
それを振るう事で、鬼の巨体は豆腐のように簡単に切れていき、数回振るう事で四散した。
しかし、初めて使った力にぼくの身体は少しビックリしてしまったみたいだ。
身体から迸っていた氣は消えていき、思うように力が入らずその場で尻餅をついてしまう。ぼくもまだまだだなぁ。
────そしてそんな僕を嘲笑うかのように、先程と同じ悪雲が更に複数上空に立ち込めだした。
やられた! さっきの鬼なんて、奴らの力の一端に過ぎなかったという事か!
豆1つでも十分あの鬼は倒せたはずだ。でもぼくは調子に乗って3つも豆を食べてしまった。
足に力が入らず立つことが出来ない。
そんなぼくの周りに、先程と同じ鬼達が次々と落ちてくる。
「おじいちゃん……おばあちゃん……ごめんなさい……」
力を使い果たしたぼくに向かって鬼達が剛腕を降り降ろしてくる。
────これはもう、避けられない。
「いいんだよ、よく頑張ったじゃないか」
しかし、いつの間にそこにいたのかおじいちゃんがぼくの前に立ち、鬼の拳を全て受け止めていた。
「そうよ、あとはおじいちゃんとおばあちゃんにお任せ」
おばあちゃんも同じように気がつけばぼくの背後にまわっている。
二人は今年で97才。
たった1つでも爆発的な身体能力上昇と甚大な副作用を及ぼすその豆をおじいちゃんとおばあちゃんは歳の数だけ一気に口に投げ落とした。
そこから始まるのは一方的な蹂躙だった────と、思う。
なぜそんな曖昧な言い方をするかと言うと、単純にぼくの目では何が起こっているのかよくわからなかったのだ。
二人の身体が光ったかと思えば姿を消し、光が宙を走ったかと思えば鬼達が霧散していく。
地上の鬼達が瞬く間もなく殲滅されたかと思えば、光の筋はいまだに形成され続ける悪曇の元まで上がり、その悪曇をもかき消し、空に晴天をもたらした。
お日様が照らす心地よい青空に下で、いつの間にかぼくの隣にいたおじいちゃんが、ニコニコしながらぼくを優しく抱っこする。
「お前も強くなったなぁ」
こんな圧倒的力を見せつけたすぐあとに、よく言うよ。
でもぼくの顔は、褒められた事実が嬉しかったようで頬の肉がつり上がってしまっている。
「さぁさ、今度こそお昼にしましょう。今日はとっても美味しい豆腐ハンバーグだよ」
おばあちゃんも優しい笑顔でそう言った。
とっても優しい自慢のおじいちゃんとおばあちゃん。
この二人を守れるくらい強くなる事がぼくの夢なんだ!