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うっほほーい!!

「こちらになります」

「おう」


 小太りの男は、マティアスから手渡されたスクロールの性能表に目を通す。そこには印刻出来る術式のレベル、処理速度、展開速度、価格、大きさ、重量などの各種データが書かれている。


 ここは魔術具を商品として扱っているべオースという店だ。大通りにはなく、それでいて一見民家にしか見えない建物で、マティアスはこの場所を口コミで聞いたのだが、店先に看板があっても入るまでは店だという確信が持てなかったほどだ。

 店内には客の姿は二人しか見受けられない。商売繁盛はしていないように見えたが、その客たち一人一人がまとめ買いをしていき、それでいて店内に客がいない時間がないのではと思える程度には入れ替わるように人が入ってきていた。


 男は数値を一つ一つ確認すると、満足げに笑った。


「中々いい質じゃないか。これならうちでも扱ってもいい」

「本当ですか!」


 マティアスはほっと息をついた。他の店ではあまり色よい返事は貰えていないことで不安に感じていたのだ。


 そんなマティアスの様子を見て、男はにやりと口角を上げた。


「ははん? その様子だとオズワルド製の物にだいぶ苦しめられているようだな。ありゃあ確かにすごいし、うちでも扱っているが如何せん魔術発動までの展開速度や処理速度がまだまだだからな。それに比べておたくのスクロールはそのあたりがべらぼうにいい! まあレベルが高ければもっといいが、それを差し引いても性能がいいと思うぜ。レベルだけ見てるような低俗な所なんか気にするな」

「ありがとう、ございます」


 ついつい目頭が熱くなってしまう。


 マティアスは魔術師ではないので、開発に関わっていない。だからこのスクロール開発にどれだけの苦労があったかなんて想像することしかできない。だけどだからといって彼がスクロールに何の思いも抱いていないというのは話が別だ。

 彼らの開発が進まなければ一緒に頭を悩まし、壁を突破したら一緒に笑い喜び合う。彼らの努力も苦労も熱意も確かに感じていたのだ。


「本当にいいスクロールなんですよ! レベルだってオズワルドには敵わなくても、それ以外とはいい勝負をしている。特に処理速度を考えればトップクラスだと私は信じています」

「へぇ。あんた、いい人だな」


 マティアスの顔がぼっと赤くなった。


 それからしばらく話をし、より詳しい話は後日ということで、取り引きを切り上げたマティアスは、せっかくなので店の中を見て回った。扱っている商品の数々は質がよく、目立たない店でありながら商売が出来ている理由が垣間見える。


 店の扉からまた一人客が入店したことで外の風が当たる。その冷たさが店内にいて暖まっていたマティアスを撫でた。


(もうそろそろ出るか)


 マティアスは店を出るために商品棚から離れようとして、ある商品が目に入った。


 小さな手足の生えた丸まるな大福のようなキュートな黒いボディに、それとの間にギャップを生むダンディなサングラス。ニヒルな笑みを浮かべているその商品は、巷で人気のウィズニャンシリーズの『俺に惚れると火傷するぜ』だ。

 あまりの人気についに魔術具界にも進出したようだ。これは腕に抱えると仄かに熱を発し、温めてくれる暖房器具になるらしい。しかも売れているらしく、これが最後の一つだ。


 お試しで手に持ってもいいらしいので、マティアスはウィズニャンを手に持った。効果はすぐに出た。手の平に伝わる熱に自然と頬が緩む。

 ウィズニャンのニヒルな笑みが、いいだろう? と言っているようにも見えてきた。


「これ、いいな」


 これからますます寒くなる季節。気に入ったマティアスは、購入しようと思い、ふと視線を感じて顔を上げた。


 そこにはこの世の終わりを知ったかのように、絶望した顔をしたおじいさんがいた。頭にはウィズニャンを模して造られた帽子を被っており、艶のある着心地のよさそうなスーツを着ている。金色の装飾が施された黒い杖がぽとりと、おじいさんの手から零れ落ちた。


「……」

「……」


 黙り合う二人。だがおじいさんの視線はマティアスにではなく、その腕にあるウィズニャンに向いていた。


 試しにひょいっとウィズニャンを頭の上まで持ち上げると、おじいさんの目もそれに釣られて動く。ひょい、ひょいと動かすたびに、一心不乱に視線はウィズニャンを追いかけ続けていた。

 ウィズニャンを動かすのを止めると、ようやくおじいさんがマティアスを見た。


「き、君! それを、買うのかい?」


 酷くどもったしわがれ声だ。

 マティアスは何て答えるべきかしばらく悩むも、正直に言うことにした。


「……そのつもりですけど?」

「そ、そうか…………そうか」


 がっくしという表現がここまで似合うことはそうそうないだろうと思えるほどの落胆を示した。だがすぐにその瞳に力が宿ったかと思うと、外まで余裕で聞こえるほど大きな声で言った。


「頼む! そのウィズニャンをわしに譲ってくれ!」

「えぇ!?」

「お金なら三倍、いや五倍払おう! だから頼む! わしに、わしに譲ってくれぇ!! お願いだからぁ!!」


 あまりの気迫に、マティアスはたじろいだ。


(マニア怖っ!)


 ウィズニャンが人気なのは知っていた。だが正直に言えば舐めていたのだ。こんなパワフルおじいさんを生みだすほどだとは!

 もうなりふり構わず、頼むと大声で連呼するおじいさんに、先ほどマティアスと交渉した男が怒鳴った。


「うるせぇ! 静かにしろやコラァ!」

「だが、だが店主よ! このウィズニャンを逃したら、わしはどうやってこの冬を乗り越えればいいのだ!?」

「去年まで何の問題もなく過ごしてただろうが!? ニコラス、いい加減にしろよ!」


 ニコラスはだが、だが、とうわ言のように呟き続ける。

 マティアスは遠慮がちに男に聞いた。


「あのー、この商品、次の入荷は何時なんです?」

「何分人気爆発中だからな……一週間後くらいか? 製作しているのも一人って話だから、大量には作れないらしい。でもまあニコラス、あと一週間我慢しろ。まあ全く同じものじゃないが」

「馬鹿者! それでは意味がないではないか! 次のものは次のものとして買うのだ!」

「あの、どういうことなんです?」

「製作者の意向なんだが、ノーマルウィズニャンを除いて全く同じものは作らないんだ。今回のそれだって第二シーズンで、第一シーズンはサングラスじゃなくて羊みたいな毛皮だったな」


 つまりこのサングラス装備のウィズニャンはこれを逃したら手に入らないということらしい。

 一度マニアの心を掴めば、コレクター魂で買って貰える。大量生産されているわけではないので、競争も起きる。その結果がこのニコラスだ。


「そんなに欲しいならどうしてもっと早くに買わなかったんですか?」


 マティアスがこのウィズニャンを手に取るのに、並ぶ必要もなければ、何かの競争をしてもいない。


「わしだってすぐに買いに行きたかったもん!」

「もん!?」

「だけどわしにだって仕事くらいある! 仕事の忙しい時期と発売時期が被っておったら買いに行けないではないか!?」


 思いのほか分別があった。


「それでいざ買おうとしたら、どこの店にもないではないか!? ここに辿り着くまでに三軒は回ったぞ!」

「なら誰かに頼むとか、予約するとかあったのでは?」

「馬鹿者! そんなことすれば妻に怒られてしまうわ!」

「予約も一杯だろうしな」

「全くにわかどもめ! わしら古参勢をないがしろにしおって! おかげで中々手に入らん!

 ……それで、その、怒鳴って悪かったな。えーと、誰だったかな?」


 一通り文句を言って少し落ち着いたのか、ようやく目の前の人が初対面だということに気づいたようだ。


「マティアスです」

「マティアス! うむ。それでマティアスよ、この老いぼれに譲ってくれぬか? 決してタダとは言わぬ。何なら穴場のお店も教えよう。もしかすると残っておるやもしれん」

「ならお前が自分で行けよ」

「わしは足腰が悪いし、もう疲れた。仕事の合間に来ているから時間もない。老骨としては出来ればここで終わりにしたい」


 そんな弱気な声で言われるとマティアスとしてもここで突っぱねることは憚られた。


 即座に買うことを決めたくらいには気に入った商品だが、元々はたまたま目に入ったから手に取ったに過ぎない。どうしても諦められないようなら、穴場の店に行くなり、次のウィズニャンを買えばいい。

 そして何より、ニコラスに圧倒されたことで、渡すことを決めた。


「どうぞ」

「おぉ!」

「いいのか?」

「うっううう」

「えぇ。ニコラスさんの方が欲しそうですし」

「あんたがいいなら別に俺は構わないが」

「うっほほーい!!」

「はしゃぎ過ぎだじじぃ!」


 ニコラスの雄叫びに、マティアスはぶほっと噴き出した。


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