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転職時か

 一方、アーロンたちはその間研究をしていたかというとそうではなかった。工房にいないマティアスを除く全員揃ってオズワルドが入った部屋に続く扉を凝視していた。


 ザックが扉から目を離さず、


「なあ何の用だと思う?」

「決まってる。買収しかない」

「だな。今吸ってるこの煙草を賭けてもいい」


「おいグレン、お前が出たんだから何か変なとこに気づかなかったか?」

「いや全く気付かなかった。普通に訪ねて来て、普通に案内しただけ。話した内容だって最近の調子はどうかとかそういうのだし」

「……お前余計なこととか言ってないだろうな? 博士がいなくなって研究が進んでないとか、お金がないとか、先行き不安だとか」

「……へへへ痛ァ!? ザックお前足踏むなイタイイタイイタイぐりぐりしないでイタイイタイ!! ごめん、イタごめんてぃ!!」

「コイツどうしてやろうか……下手すりゃ全部げろってるぞ」

「放っとけ。どうせ少し考えればわかることばっかだろ」

「なんだとこの薬中がイタッ!」

「お前は黙ってろ」


 ザックが足を退けると、グレンは自分の足を抑えてうずくまる。しかし誰も心配しないし気にも留めない。確かに話したところでと思ってしまうようなことだが、話した時点でギルティである。


「情報は大事。あまり外に漏らさないで」

「伝通人に言われると重みが違うよ全く。でもちょいっと神経質過ぎね?」


 ヘラヘラ笑うグレンに対し、スピカの目が細くなる。


「……仕方ない。グレンには情報の重みを教える。具体的には秘密をばらす」

「……えっそれ洒落になるやつ?」


 無言でじっと見つめるスピカに、グレンは慌てて止めにかかる。


「いやいやわかったわかったからもう止めにしよう! 情報大事! 超わかった!」

「今更遅いだろ。スピカ、言っちまえ」

「アーロン!?」

「伝通人を敵に回すから……いやほんとマジで。うん、マジで」

「ザックは何勝手にブルーになってるの!? いやそれよりもスピカ、ストップ!」


 必死な形相に溜飲を下げたのか、スピカは興味を失ったかのようにグレンから目を背け、フィンとオズワルドが話している扉に目を向けた。

 面白くないのは外野二人だ。胸をほっと撫でおろす男を睨みつける。ザックが吐き捨てるように言った。


「くそ。あの自分のことを天才だと思い込んでる糞野郎の秘密が知れると思ったのに。つまんないなー」

「ああ全くだ。スピカも甘い。こいつは一度懲らしめてやったほうがこいつのためになるのに」

「聞こえてるぞそこの二人。それに俺は天才だ」

「聞こえるように言ってるんだこの馬鹿」

「いきなり罵倒かよこのヘビィスモーカー。あと馬鹿じゃねぇ」


 馬鹿と言われたことが気に食わないとばかりに睨むグレンを、アーロンは鼻で笑った。グレンが最近新調した指輪型魔術具を指さした。


「ハッ! 身の丈に合わない魔術具に手を出す奴は馬鹿に決まってるだろ?」


 その魔術具は魔術の規模を強化する強力な性能を持っているが、それが災いしてじゃじゃ馬になっていることは工房内では笑いの種だった。


「将来的には使いこなせるからいいんだよ! 俺は天才だからな、これくらい一ヶ月もあれば十分だ! いいか、一ヶ月後には俺はお前もスピカも超えてるからな!」

「む。聞き捨てならない。グレンがそれを使えても私は負けない」

「どうかな? いつまでも工房一番の座が安泰とか思うなよ」


 段々空気がピリピリとしてきた。いつ魔術が飛び交ってもおかしくないと感じだザックが、とにかく話を変えるために話題を振った。


「それにしてもフィンの奴、さすがにオズワルドだからといって売らないよな? 何なら博士が帰ってきて殴りかかってきてもおかしくないぞ」


 ザックの思惑通り、険悪な雰囲気は消えていく。


「だとしたら探す手間も省けるが……まあないだろ。売るならとっくに売ってる。それにあいつトップになったことを内心喜んでるからな。手放さないだろ」

「えっ、そうなの? 気づかなかった……」

「観察不足」

「グレンはもっと注意深く見るべきだぜ、まあ俺も気づかなかったけど」

「でも売らないのはそれはそれで問題じゃね。どうするんだ? はっきり言わせてもらうが、ここ今泥船だぜ」


 金・注目を集める技術・トップのネームバリューの全てがなく、対抗馬であるオズワルドは全てを持って独走中。果たしてここから巻き返せるというのだろうか。


 そんな中、ぽつりと、アーロンが呟いた。


「転職時か」


 全員に電撃が走る。


 確かに、ここが泥舟だというのなら、沈む前に乗り換えてしまえばいい。乗り換えのための駄賃である技術は全員持っている。乗り換え先は選り取り見取りだ。


 ではどこへ?


 決まっているもっといい船へ。ならもっといい船とは?

 それはわざわざ言わなくてもわかる。


 場が不自然に静まる。誰も扉から目を離さない。それでいて互いの様子を伺うように、物音の一つからでも考えを読み取ろうと浅はかな情報戦が繰り広げられる。

 と思っていたが、あっさりと天然女がぶち壊す。


「でもそれはフィンを裏切ることになる。出来ない」

「……ああ、そうだよその通りだよ! 何を言ってるんだよアーロン君はさぁ! ちょっとそういうの止めてくれる?」

「ヘヘ、動揺しすぎだろ」


 グレンが面白そうに笑いながら言った。それに続いてアーロンもツッコミをいれる。


「ザックお前テンションおかしいぞ。翼をバタバタさせるなうるさい。それに俺は別に転職時とは言ったがするとは言ってない」

「同じようなもんだろ!」

「違う、全然違う。火打石で火をつけるのと点火魔術で火をつけるのと同じくらい違う」

「違うのかそれ……」

「また微妙な例出すな」

「茶化すなグレン。俺が言いたかったのは沈んでからでも乗り換えられるっていうことだ。別にフィンを見捨てる必要はない。大体お前が泥舟とかいうから悪い。ここはまだ沈むほど酷くない。ただ負け組なだけだ」


 しばらく堅実に研究し、開発を続ければ評価はついてくる。しかしそれは一般的な優秀な研究者止まりだ。勝ち組であるオズワルドには敵わない。


「ちくしょー俺たち負け組かぁ」


 ザックが力なく笑ったその時、扉が開いた。瞬時に全員今まで研究を真面目にしてますよアピールを始める。しかし一人だけ出遅れた。扉を開けたオズワルドと笑っているザックの目が合う。すぐさま真面目な顔に戻すがもう遅い。


「……」

「……何かいいことでも?」

「……いーえ、別に。あっ! そうだいいものありますよこれなんですけどね」


 誤魔化すように取り出したのは大福のように丸っこくデフォルメされた黒猫のぬいぐるみ。最近子供たちがこぞって親にねだり、そして密かにマニアたちの間で人気爆発中のこのふてぶてしい顔のキャラクター。通称ウィズニャン。

 実はこれレオナルド博士の置き土産の一つなのだが、黙っていればばれないだろう。


「どうぞ持って行ってください」

「あー、そうか。じゃあ有難く貰うよ。えーと君は確か」

「ザックです」

「そう! ザック、ありがとう」

「いえいえ」


 突き刺さる三つの視線に怯えながらも、ザックは営業スマイルを浮かべる。でも怖くてつい汗が出てくる。

 視線は語っていた。何売り込んでるんだよ、と。


「ザック、見送って」

「……わかりました」


 ひょいっとオズワルドの後ろから顔を覗かしたフィンの言葉で、視線はさらに突き刺さる。疑いは深まるばかり。

 違う、違うんだと内心訴えるも、もちろん誰にも通じない。ザックは翼人であって伝通人ではないのだ。その翼はここでは掃除を大変にするだけの存在でしかない。

 転職希望被疑者(容疑を否認中)はオズワルドを見送るべく、死んだ目で前に出た。







「ああ、今戻った。悪いけどこれ持っといて」

「はい?」


 オズワルドから黒いぬいぐるみを手渡され、秘書は戸惑いの声を上げた。なぜ工房に買収の話をしに行ってぬいぐるみを持って帰るのだろうか。わけがわからない。

 ちらりとぬいぐるみを見れば、それは昨今流行りのウィズニャンであった。額に小さな一本の角があるから間違いない。しかし、


「これは?」

「ああザックとかいう男に貰った。なぜかは知らんが」

 貰った当人も首をかしげる。謎は深まるばかりだ。だが気まずくて咄嗟にあげてしまったとは気づきようはないだろう。

「ザック……ですか?」

「知っているのか?」


 ザックという名を聞き、秘書は顔を歪ませた。


「ええ。優秀な魔術師ですが、人としては最低です。女の敵として有名ですよ。あれはいつか背中を刺されるタイプですね。私も一度ナンパされたことが……こほん、失礼。

それはともかく、話はどうでしたか?」

「予想通り断られたが、無駄ではない。八方ふさがりではないことくらいは読みとれた。今後の動向もチェックしておけ。特に金回りや契約関係をな」

「かしこまりました。……嬉しそうですね?」

「ああ、レオナルドの代わりは見つかりそうだと思ってな。張り合いのある倒し甲斐のある相手になるといいが……」


 強敵であればあるほどいいとは、オズワルドの持論だ。


「ところでそれは何かわかるか?」

「これですか? これはウィズニャンですね。最近の子供たちの間では人気ですよ」

「そうか……」


 オズワルドは身をかがめ、じっくりとぬいぐるみを眺める。スーツ姿のおっさんはしばらくその無機質な瞳とにらめっこをすると、最後に満足げに呟いた。


「ふむ、悪くない」

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