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陰湿な手口だなぁ

 ぐがーという野太い音で、フィンは目を覚ました。


 沈み込んでいたソファから二日酔いで重い体を起こし、頭に響く音の正体を探すと、それはアーロンのいびきだった。寝る直前まで飲んでいたのだろうか、グラスを腹の上で握っており、零れた酒で汚れている。


 部屋を見回すと、辺り一面酷い惨状だ。息を吸い込むたびに、甘い果実のような匂いが未だに微かにする。

 床で大の字になってザックは眠っており、広げてある翼を枕にしてマティアスが寝ている。グレンは机に突っ伏すようにして意識を失っている。

 スピカは自分一人だけ毛布でくるまり、ソファをベッドにして眠っていた。その周囲には結界は張られている。見たところ、機能は防音だろう。


 唯一レオナルドの姿だけがこの場にはいない。彼だけは帰ったのだろう。


「えっと……駄目だ。記憶がない」


 頭で鐘が鳴り響いてるように痛い。

 それでも少しづつ記憶を掘り起こす。最後に覚えている光景は何だっただろうか。マティアスとザックは飲み比べを始めて、それをグレンが囃し立てていた。スピカはそれを眺めながら酒をちょびちょび飲んでいた。


 その隣でフィンは酒を飲んでいた。そこにレオナルドがやってきて、何故か工房を運営することの難しさについての愚痴を聞かされたのだ。一通り適当に聞くと、彼は満足したのかスピカに話しかけていた。内容はさすがに覚えていない。でもフィンと話した内容とは全然違った。


 アーロンはどうだったか。しばらく考えていると、徐々に思い出した。フィンがはやし立てることに飽きたグレンと簡単なゲームとしてじゃんけんをしたのだ。そして負けたら一杯飲むという遊びの結果、酔っ払い、口が軽くなったフィンがアーロンに技術力を信じろと言っていた件について突っ込んだのだ。そして……そう、確か彼は思いのほか素直に謝罪して、その証として酒を一気飲みしたのだ。

 その後、三人揃ってグイグイと飲み、そのまま酔いつぶれたのだろう。


 蘇った醜態の記憶に苦笑する。昨日はオズワルドにこっぴどく負け、空元気で始めた飲み会だったのに、気づけば酔いつぶれるほど楽しんでいたということか。

 しかしそれでもいいかもしれないとフィンは思った。いつまでも引きずるわけにはいかないのだ。レオナルドが言っていたように、技術力を信じ、次を頑張るしかないのだから。


 そこでふと、違和感を覚えた。


 どうしてだろうか。何かがおかしいと、変だと告げている。フィンは首を傾げ、部屋内をもう一度見渡す。一見するとただの飲み会後の光景。酔いつぶれた者共。そして……気づいた。


 この場に、レオナルド以外全員がいることがおかしいということに。


 別に今回が初めての飲み会というわけではない。過去に何度か仲間内で酒を飲み交わすことはあった。だからこそ知っているが、マティアスは酔いつぶれるまでは飲まない。そもそも彼は酒が好きなのではなく、付き合いとして飲む人間だ。


 次にスピカだ。彼女はどんなに忙しい時でも、家に帰ることを好む少女だ。それこそ徹夜で開発なんて滅多にしない。そんな彼女が帰宅することを放棄し、この場で寝ることを選んだという事実が不自然だ。


 マティアスだけならば、ザックに釣られてついつい自分の限界を見誤る可能性もある。しかしスピカは別だ。伝通人は各々が持つこだわりに関しては中々譲らないことで有名なのだ。


「……『チェック』」


 自分の体を魔術的に鑑定する。すると、僅かに魔術の痕跡が検出された。


 フィンは慌てて体中に魔力を流し、自身にかけられていた魔術を取り除く。魔力耐性を上げるための初歩的な方法だが、思いのほかあっさりと魔術は剥がれ落ちた。


 しかしそれで終わりではない。魔力耐性を上げたことで気づいたが、部屋を満たす空気中に、正確に言えばこの微かに漂っている果実のような甘い香りに魔力が込められている。酒の匂いに紛れていて気付かなかったが、紛れもなくそれは魔術の類だった。


 とにかく効果を弱めようと考えたフィンは腕を振るい、自身の魔力を霧状に撒き散らす。それだけで込められていた魔術は弱まるどころか消失していく。誰にも気づかずに術中にはめるほどに隠密性に長けている反動だろうか、あまりにも脆い魔術だった。


「起きろ!」


 フィンが叫ぶも、誰も起きない。机に俯せになっているグレンに近寄り、肩を揺さぶるも、呻くばかりで起きようともしない。


 自分にしたようにグレンに魔力を流し込む。他人の体であるために、魔力を流すというほどなめらかではない。どちらかというとぶつけると言った感覚の方が近いか。本当なら自分で自分に魔力を流すほうがいいのだが、意識のない彼には無理だろう。

 それでもこの魔術はあっさりと打ち消された。


 フィンはグレンの肩を乱暴に揺さぶる。


「起きろ! グレン、起きろ!」

「うーん……やったぞたいきんだぁ」

「……」


 寝言を言っているその能天気な姿に腹が立った。魔術のせいではなく、酒のせいで寝ているのではないだろうか。フィンはグレンの肩を思いっきり押し、床に落とした。グレンはぐぇと潰れたような声を出すも、すぐに寝息をたて始めた。


「こいつは駄目だ」


 さっさと見切りをつけたフィンは、ソファで眠るスピカに視線を向ける。フィンたちが自分の意思に反して意識を落としたのに対し、彼女はどういう考えのもとかは分からないが自分の意思で眠っている。でなければ毛布の件は説明がつかない。


 もしかしたらほとんど常にネットワークと繋がっている伝通人は、この程度の魔術なら無意識にレジスト出来るのかもしれない。それならそれでどうしてここで寝ているのかという疑問は残るが。


 フィンはスピカなら起きてくれるかもしれないと考え、一歩足を踏み出した。そしてそこで固まった。

 スピカの寝顔がよく見えることに気づいたのだ。


 無防備に横になっているその姿に、ゴクリと思わず唾を飲み込んだ。どこからともなく現れる背徳感というか、色っぽさに心臓が早鐘を打つように響く。

 フィンは一度深呼吸をすると、手をゆっくりと伸ばした。頭の中ではこれはいけないことをしているのではない、と自分でもよくわからずに言い訳をくり返す。


 伸ばした指先が結界に触れ、すり抜けた。見立て通りただの防音の結界だったのだろう。


 結界に腕まで入り、もうすぐスピカに指先が届く。


 その時だった。指先に、何かが触れた。それは水のように実体の薄いもので、フィンの指は勢いのままそれを突き破ってしまった。


 瞬間、防音の結界は消え、スピカがぱっちりと目を開けた。そしてじろりと二層目の警戒用結界に引っかかった間抜けに目を向ける。寝起きとは思えないほどはっきりとした眼差しである。


「何してるの?」


 スピカに手を伸ばした格好で固まったフィンは、スピカと目が合い、気が動転していた。傍から見ると眠っている女性に手を出すクズ。それが誤解であると伝えたかったが、何と言えばいいのか言葉が出ない。


 しかし悠長に考える時間はない。スピカの手がゆっくりとフィンに向けられる。手首に巻かれているリストバンド型の魔術具に光が宿る。


「ち、違う!」


 やっと出た言葉は、言い訳としては不十分だった。

 スピカの魔術で、フィンは壁に吹き飛ばされた。







「フィン、ごめん」

「いやいいんだ。こっちこそごめん」


 誤解が解け、しおらしくなったスピカをなだめる。


 それを壁にもたれかかりながら、先ほど目覚めたアーロンが眺めていた。アーロン以外の面々も意識を取り戻している。

 しかしスピカとフィンの二人以外は、ぐったりとしている。重度の二日酔いだ。フィンも同じくだるいが、まだマシだった。


「それにしても何が起きたんだ? 工房への攻撃か?」


 ザックが水を飲みながら言った。


「わからない。そもそも防犯用の工房の結界は働いている。誰かが侵入した形跡も今のところは見当たらない」

「フィンはそう言っているけど、スピカはどうだ? お前はレジストできてたらしいじゃないか。何か気づいたか?」


 アーロンの問いに、スピカは首を振った。


「何のためなのかはわからない。結界を張る時にレジスト出来てたと思うけど、既にだいぶ酔ってた。たぶん魔術の効果は認識力を下げること」

「だから酔いつぶれるまで飲んでたのか。オレらだけでなくマティアスもお前も」

「うん」


 つまり酩酊状態にすることで、正当な判断力を全員奪われていたのだ。もしかすると酒を飲むように催眠もかけられていた可能性もある。


 机に体重を預けているグレンが、そこで口を挟んだ。


「でも工房を狙う理由なんて開発情報以外にないでしょ? 本当に大丈夫だったのかよ」

「ああ、だからスピカと一緒に資料を確認しに行ったけど、特に盗まれてるわけではなかった」

「フィン、複写魔術はどうかな? 僕ならそうするけど」

「いや痕跡がなかった。そもそも資料にはその手の魔術への対策は施してる」


 マティアスの意見を否定すると、フィンは座っていたソファから立ち上がった。


「どうした?」


 パイプを取り出しながらアーロンが聞く。体調の悪さは煙草を吸わない言い訳にならないらしい。隠すことでもないので、フィンは正直に言った。


「レオナルド博士の所へ。このことを説明しないと」

「あーそういえば博士いないな、今まで気付かなかったわ」


 グレンが納得の声を上げる。

 ザックがフィンに提案した。


「俺が行こうか? 飛べばすぐだ」

「いやいい。まだ元気なボクが行く」


 ザックが本調子なら頼む所だが、顔が青い人には頼めない。最悪ゲロという名の空中テロが起きかねない。だからといって誰も行かないとはならない。レオナルドはこの工房の責任者だ。工房に問題が起きたならば伝えないわけにはいかない。


 マティアスが悔しそうに顔を歪めた。


「僕も行ければ良かったんだけど、ごめん。でも一人で大丈夫か? まだ襲撃犯が近くにいるかもしれないんだよ。博士だって今日も来るんだから、待つ方がいいと思うけど」

「大丈夫。さすがに昼間から襲って来ないよ」

「そうだぜ。それにマティアスが一番大丈夫じゃないんだから大人しく休んどけ」


 魔術師でないために、魔力耐性を上げられないマティアスは最も魔術による影響を受けていた。そのことをマティアス自身も理解しているのだろう。ぷいっと顔を背けて言った。


「……ザックに心配されるなんて一生の恥だ」

「なんだとこのやろ」

「でもまあそうだな。大人しくすることにする」

「マティアスも素直じゃないなー」

「うるさいぞグレン」


 睨むマティアスを笑顔で誤魔化したグレンが「それにしても」と話を変える。


「ここにいないってことは博士はラッキーだな」


 アーロンがぷはーと煙を吐き出し、その動きを眺めながら言った。


「つまり博士は魔術を受けなかったのか。じゃあ襲撃は博士が帰った後か?」

「だとしたら外で見張ってた可能性もある。博士がいたらここの防衛魔術ももう少し働いただろうからな」

「陰湿な手口だなぁ」


 襲撃犯についてアーロンとザック、そしてグレンが話しているのを尻目に、スピカがフィンに近づいた。コテンと首を傾げる。


「私も行く?」

「いや、スピカは一応工房の結界を確認しておいて。もしかしたら穴があるかも」


 魔術の腕において、この工房ではスピカは一番だ。フィンには見つけられないことも見つけられるかも知れない。二番目に魔術に優れているアーロンはしばらくは使い物になりそうにないので、彼女一人に頼むことになるが。


「了解」


 スピカは頷くと、早速結界を確認しに部屋の奥へと向かった。


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