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なら話さないと

 別室に移動したフィンは早速ザックに聞いた。


「話って何?」

「……言ったろ? 死ぬって」

「大袈裟だなぁ」


 深刻そうにザックは言うが、フィンにはそうは思えない。ロレインは良い子そうだし、ザックを半殺しにしたという彼女の父親が怖いとしても、彼女から追いかけて来たのだから父親とも話をする余地があるはずだ。

 ロレインとの関係をどうこうするとしても、それが生死に関わるというのだろうか。

 それとも、フィンの知らない何かがまだあるというのだろうか。


「大袈裟なんかじゃない。マジだ」


 周りを仕切りに気にする素振りを見せながらザックは真剣に語った。


「ロレインの父親に襲われた時、父親だけでなく何人もの伝通人に囲まれていたんだ。逃げれるわけない。だけど別に命の心配はしてなかった。互いにそこまでするつもりは……いやあの父親がどうだったかは怪しいけど。とにかく、だ。それなのに俺が逃げられたのは実はロレインのおかげだ。だけど同時に、俺が死にかけたのもロレインのせいだ……俺はあいつに殺されかけた」


 穏やかじゃない。


「どういうこと?」

「あの父親は魔術を使いながら罵倒していた。その罵倒が俺の女性関係について言った時、俺とあの父親をいきなり炎が襲い掛かった。まともに当たれば灰になること確実な炎だ」


 当時のことを思い出したザックは、額に汗をかき、手が小刻みに震えていた。


「最初はあの父親が読んだ伝通人の誰かだと思ったんだが、それはロレインが出した炎で、あいつ、あいつさ、“ザック様は私を愛していないのですか?”って言って、あの馬鹿みたいな炎をまき散らして」

「……魔力の暴走?」


 魔力の強い魔術師は、感情を乱した際に周囲を破壊することがある。ほとんどが魔力を上手く扱えない魔術師見習いが起こすことだが、極まれに一人前の魔術師でも起こす者がいる。

 見習いではない魔術師の魔力は見習いの比ではない。そのため、暴走した際の周囲への影響も大きくなるために注意が必要だ。


 ザックの女性関係を初めて知ったならば、ロレインは酷くショックを受けただろう。その結果魔力を暴走させてもおかしくない。

 ザックはフィンの疑いに頷いた。


「ロレインは伝通人の中でも魔力が強い魔術師だ。その魔力を殺意のままに振るえばどうなるかはわかるだろ? それで俺はあの地獄のような業火の中から命からがら逃げたってわけだ」


 つまりザックのトラウマはロレインの父親に命を狙われたことではなく、そのロレインに殺されかけたことだということか。

 だがそれだと疑問が一つ残る。


「ロレインはそのことについて何も言ってないぞ? それどころかお前にメロメロって感じだけど」

「それは……俺もよくわからない。だけど……きっと今は復讐の機会を窺ってるんだ。俺があいつのことを裏切ったから。はるばるこんなところまで来て!」

「……」


 怯えているザックに何と声をかければいいのかフィンにはわからなかった。

 元はと言えばザックの蒔いた種だ。自業自得と言える。


 だが、だからといって見捨てていいという話にはならない。

 どうするべきか、フィンが迷っていた時だ。


「それは……本当の話ですか?」


 扉が開き、ロレインがわなわなと震えながらザックを見つめていた。ロレインの後ろから遅れてスピカが入ってきた。


「フィン、ごめん。止められなかった」

「それはいいけど……何の話?」


 ロレインから目を逸らさずに、視界の端で確認するもザックは自身の魔術具を取ることなく、ぴしりと動きを止めていた。

 なるべくさりげない動きで杖に手を伸ばした。もしもザックが言う通り、ロレインがザックへの復讐を企てているなら、警戒しないわけにはいかない。

 だがロレインはそんな余裕はないような様子で、


「私が! ザック様を殺しかけたという話です!」


 ほとんど叫び声に近かった。


(聞かれた!? 何で?)


 動揺を隠せないでいる間に、今度は沈んだ声で言った。


「……どうしても気になったので、ザック様の服に盗聴用の魔術具を仕掛けさせてもらいました。ごめんなさい」


 ザックがゆっくりとした動きで自分の体を調べると、ピタリと動きを止め、腕から小さな魔術具を摘み取った。ロレインがしがみついていた方の腕だ。

 となると今更しらばっくれることは出来ない。フィンは沈黙しているザックに変わり、ロレインに疑問を投げかけた。


「それはロレインが一番知ってるんじゃないか? ロレイン自身の話だろ」

「……知らない」

「えっ?」


 思わず聞き返した。だがロレインは涙を浮かべてキッとフィンを睨んだ。


「知らないです、そんなこと! でも、でも私はあの時、確かに記憶が曖昧な部分があるのも確かなんです! お父様は私に何もなかったと言っていましたがあああ! あの腕の火傷は、そういう、ことだったんですか……」


 記憶がないのだろうか。それとも演技か。だが話しているうちに茫然と俯くその姿を見て、嘘だとは到底思えなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 何回もロレインは謝罪の言葉を繰り返した。


(魔力が暴走している間の記憶はない、か。そんなことないとは言い切れないよね)


 だとすればザックの推測も当てに出来なくなる。なのでフィンは単刀直入に聞くことにした。


「ザックに復讐しに来たわけじゃないの?」

「違います! 私はただ、ザック様を愛していて……確かに初めて、いえザック様がいなくなってから女性関係について聞いた時は悲しかったですが、でも私は思ったんです。ザック様は魅力的な方だから仕方ないって」


 ザックが目を見開いた。きっと初めてだったのだろう、そんな風に言われたのは。

 けれどもロレインが泣きそうな顔でザックに近づくと、それだけで顔を青くし逸らした。


「ザック様は私のことが嫌いなのですか?」

「……」

「ザック様は私のことが怖いのですか?」

「……あぁ」


 顔を逸らしたまま答えた震えている言葉に、ロレインは「そう、ですか」と呟き、涙を流した。


「……ザック様、ごめんなさい」


 そして踵を返すと、そのまま部屋を出て行った。


 しばらくの間、誰も何も言わなかった。凍り付いたかのような時間が動き出したのは、扉を開けてアーロンが現れた時だった。


「何してるんだ?」


 不思議そうに三人を見ているアーロンの後ろから、ひょこっとハリエットが顔を出した。


「話は終わったの? 走っていくロレインは見たけど」

「終わったとは、言えないかな?」


 今回の場合、ロレインは魔力が暴走したとはいえザックを殺しかけたことがあるのは事実だ。だがその要因になったのはザックが女性関係にだらしなかったからだ。

 魔力の暴走は不可抗力的側面があるため、どちらが悪いとも言えない。だからこれは、ザックが納得するまでは解決したとはならない。


 フィンはまだ、ザックがどうしたいのかを全く知らないのだ。


「ザック、これでいいの?」


 スピカが静かに聞いた。


「ロレイン、泣いてたよ?」

「……そうだな」


 ザックの言葉には、やるせなさが感じられた。だからフィンもまたザックに聞いた。


「ロレインは別に復讐のために来たわけじゃなかった。それでもやっぱり怖い?」

「……」

「……そっか」

「あのさ、よくわからないけど」


 ハリエットが困惑を隠さずに口を挟んだ。


「ザックはロレインのことどう思ってるの?」

「……どう、か……どう、なのかな?」

「わからないならもう一度話をすれば?」


 察しのいいハリエットでも、何が起きたのかはわかっていない。復讐とかどうしてそんな話になったのかはさっぱりだ。だけどロレインが傷ついて、ザックもまた傷ついていることくらいはわかっていた。


「きちんとロレインとザックは話したの?」

「……いや」

「なら話さないと、何も相手のことなんてわからないよ」

「……」

「ザック」


 フィンがもう一度話しかけた。


「ボクもアーロンとついこの前勘違いで戦ったろ? だから思うけどさ、全く話をせずに相手のことを決めつけたら後悔しか残らない。

 もちろん全然状況は違うから、もしもザックがこれでいいって言うんならボクからは何も言えないけど……ザックはどうしたいんだ?」

「……俺は……」


 ザックの瞳に力が籠った。


「ちょっと話してくる!」


 勢いよくザックは部屋を飛び出した。その背に向かって、扉の前にいたので道を開けたアーロンが「東だ」と声をかけた。

 その日、ザックは帰ってこなかった。








(あの後どうなったんだろ?)


 フィンは朝日を浴びながら工房へ向かう道すがら、昨日の騒動のことを考えていた。

 皆でひたすら待っていたのに、結局帰ってこなかったために、気になって眠れなかった。おかげで欠伸を堪えながらの通勤だ。


(大丈夫かな?)


 落ち着いて考えたら昨日は泣いていたロレインに感化され過ぎて、ザックの立場をあまり考えていなかった。殺されかけた者には殺されかけた者なりの苦労があるはずなのに、そのことを考慮せずに説得していたことは反省しなければならない。


 結局フィンはその場の感情で動く癖が直っていないということだ。


(アーロンの件で反省したはずなのになぁ)


 人間はそう簡単には変われないようだ。

 朝っぱらから落ち込んでいると、前の曲がり角から二人組が出てきた。ぴったりとくっついているカップルだ。


「あ」


 というか噂のザックとロレインだった。


「おはよう、フィン。いい朝だな!」

「フィンさんおはようございます! 気持ちのいい天気ですね!」

「お、おう。おはよ、う?」


 手をお互いに絡ませるように繋いで、にこにこと笑顔を振りまく二人にフィンはぎこちない挨拶を返すことで精いっぱいだった。


(な、何? えっもしかして昨日帰って来なかったのはそういうこと? 二人揃ってラブラブな雰囲気なのはそういうことなの? あのシリアスな雰囲気からこのピンクな空間を作り出したの?)


 一体全体何があったのか? 混乱の極みにフィンは陥った。

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