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夢を見た

 例の如くシルベット紹介の店の酒を何本か買い、各々が適当に買ってきたおつまみで飲み会は始まった。お金がないのにこんなことに使うなんてとぶつぶつ文句を言っていたマティアスも酒が進むうちにザックと肩を組んで騒ぎ始めた。


 前に皆で酒を飲んだのはレオナルドが蒸発する前の日だ。あの時は暗いムードからドンチャン騒ぎになっていったが、今回はザック主導のもと最初から騒ぐ方向の飲み会だった。もっと人数がいればパーティーと呼べたかもしれない。

 すぐ隣にいるアーロンとスピカに向かって、フィンは怒鳴るように言った。もう顔が真っ赤だ。


「そもそも人手が足りないよ人手が! 博士が消えた時はまだなんとかなってたけどグレンがいなくなってもう無視出来ない! 新しい風を入れよう!」

「どこにいるって言うんだそんな人材」

「どっかにはいるだろ!」

「……そうだな! お金のない職場でも来てくれる物好きがどっかにはいるかもな。俺としては煙草好きなら文句はないんだが」

「そうだ! シルベットたちはどう?」

「酔いすぎ」


 うるさそうに片方の耳を抑えながら、スピカはちょびちょびと酒を嗜む。それでもきちんと話は聞いていた彼女は、首を振った。


「無理」

「ちくしょう!」

「コンラッドもか? あいつとは最近よく魔術について話すんだが」


 アーロンの好きそうな酒やお菓子、煙草などを手土産にコンラッドは工房を出入りすることが多くなっていた。休憩時間になると、二人で精神魔術について話しているのをたまに見かける。


「伝通人は簡単には転職しない」

「あれー? スピカちゃん全然飲んでないじゃん? ほらほら! おっと、零れた」

「……余計なことを」


 自分のグラスに酒を勝手に継ぎ足したザックをスピカは睨んだ。いつもなら伝通人に睨まれたら多少怯えるザックは、気にした様子もなく下品に笑った。


「あはは! どうしたのそんな怖い顔して? スマイルスマイル!」

「……」

「あはははは!」

「そうだぞスピカ! ザックの言う通り、もっと笑顔を大切にしようよ!」


 ザックはどこか壊れてしまったのか笑い続ける。それを冷めた目で見ていたスピカにフィンが絡んだ。


「知ってるかスピカ? お前たまにしか笑わないからもうレア! 笑った時はほんとに可愛いのに勿体ない。ボクなんてスピカが笑ってるのを見た日にはいいことがあるんじゃないかって思っちゃってるよ! ……スピカ?」


 耳を真っ赤にして黙り込むスピカを訝し気に見ていたフィンだったが、酔っているのだろうと早々と決めつけた。


 おつまみとして用意した塩気の効いた肉を一切れ口の中に放り込み、間髪入れずに酒で流し込んだ。喉を一緒に通り過ぎる旨味にぷはっと息を吐いた。あまりの心地よさに脳が痺れる。

 再び肉に手を伸ばすと、狙っていた大きめの肉切れを横からアーロンが持って行った。


「あっ!? 狙ってたのに!」

「悪いなフィン。だが早い者勝ちだ」


 アーロンがパイプで肉をトントンと叩くと、肉の表面がじゅわーと美味しそうな音を立てて炙られていく。焦げ目がついてカリカリになった肉を美味しそうに頬張る姿は見ているだけで涎が出てくる。


「いいなー、僕も魔術勉強しようかな」


 羨望の声を上げたマティアスにフィンは苦笑した。

 あまり高度ではない魔術を羨むのは魔術師にはない感覚だとはいえ、自分が子供の頃はその簡単な魔術の一つ一つに一喜一憂していたことを思い出し、懐かしさを覚える。


「いやいやレベル1の魔術なんて日用品で代用出来るのばっかだよ?」

「そうかな? 水魔術なんて便利だと思うけど」

「それこそスクロール使う所でしょ」

「うーん違うんだよなー。何というか魔術が出る品を使うのと、自分で魔術を使うのは違うというかふとした瞬間にパッて火とか水を出せるのがいいんだよ」

「何だよマティアスは魔術使いたいのか?」


 ザックの問いに「使いたい」とマティアスは素直に答えた。するとザックは酒の入ったグラスを机にドンと置いた。


「ならやってみるか?」

「何を?」

「だから魔術を。やってみたいんだろ?」


 何気ない言葉に、マティアスはきょとんとした。


「……え? 出来るの? 僕魔術なんてレベル1すら使えないよ?」

「いけるいける! 要するに魔術を使ったっていう実感が欲しいんだろ? なら儀式魔術を使えばいいだろ」


 ザックの軽い調子にからかっているのではないかと疑ったのだろう。確認するようにフィンたちを見た。


「儀式魔術ならいけるってのは本当だよ」

「でもそれも魔術なんだろ? ならどうして」


 肯定するも、納得していなさそうなので解説を続ける。


「あれは元々は魔術師とか関係ないんだよ。祭りで神様への祈りって理由で踊ったり歌ったりするだろ? あれがそう。魔術師がいないともっと人数が必要だけど、ここには魔術師がボクを含めて四人いるからね。十分十分」

「要するに集団で一つのことをするってのはそれだけで魔力を生むってことだ」

「フィンとアーロンがそういうなら信じるけど……」

「おい! 最初に案を出したのは俺だってこと忘れるなよ!」


 やると決まれば話は早い。酒が入っているのもあって、皆ノリノリで準備を始めた。

 儀式魔術をするといっても、いきなり高度な踊りを覚えることは出来ない。目的はマティアスの魔術を使ってみたいという思いを叶えることなので、魔術らしく、それでいて簡単なものでなければならない。

 そこでスピカが提案したのは、手拍子だ。手の動きだけなので覚える必要があるのはほとんどリズムだけ。これならすぐに覚えられる。


「重要なのはイメージ」

「イメージ? スピカ、それってどういうこと?」

「術式がないから魔力に別の方法で指向性を与える必要がある。そのために魔術のイメージが重要」

「……花火はどうかな?」

「了解」

「火なら一応結界も張っておくか」


 全員で輪を描き、アーロンが魔力の通りをよくするために煙で環境を整え、ついでに結界を張った。


「えっと、それじゃあ3、2、1でいくよ? 3、2、1───」


 マティアスの合図で一斉に全員が手拍子を始めた。乱れることなく、鋭く力強い音が響き渡る。

 時に速く、時に遅く、一定の周期でリズムよく叩いていく。次第に手を叩くたびに光が散り始め、そして全員が最後の一回を強く鳴らすと、輪の中心から火花が生じた。


「おっとこいつは───」

「伏せろ!」


 暢気なことを言うアーロンを遮って、フィンが叫んだ。


 それからは一瞬の出来事だった。頭上で、火花からあらゆる方向に火の玉が飛び出し、結界に勢いよく衝突した。だがそこで消えることなく反射したかのようにあちこちに拡散し、結界内を暴れまわった。

 フィンは視界の端でスピカが伏せたまま腕を突き出すのを見た。その腕に巻かれた魔術具が光ったと思った瞬間、あちこち飛び回っていた火の玉はその動きが虫が止まれるのではと思うほど遅くなった。

 安心して体を起こす。


「ごめん!」

「いや初めての魔術だ。気にするな」

「あははははははイタッ!?」


 顔を青くしたマティアスをアーロンが宥めるも、ザックはお構いなしに笑った。それに思わずフィンは頭をはたいた。


「ボクたちでもう少し調整できればよかったんだからあまり笑うな!」

「イテテ。だけどあんな爆発するとかどんな花火を想像しくっ駄目だ思い出したらくっふふふあははははは!」

「失敗……した……」

「スピカも気にするな!」








 酒飲みはスピカが帰るのに合わせて解散となった。工房には酔いつぶれたアーロンとザックが置き去りにされた。

 フィンは帰宅後明かりをつけることなく、行き倒れのようにベッドに倒れこんだ。もぞもぞ動き、毛布を引っ張り上げる。


(楽しかったなぁ。……それでどうしようかな)


 直前まで浮かべていた笑みを引っ込め、枕にうつぶせに顔を押し付けながら今後のことを考える。だが瞼は重く、思考は纏まらない。何も進まぬまま、やがてそのまま眠りについた。


 夢を見た。


 そこには工房の誰もがいたし、もういないレオナルドとグレンもいる。それだけでなくシルベットたち伝通人の面々もいた。


 皆で輪を描き、笑顔で踊りを始めた。そして途中からスピカたち伝通人が歌い始め、それに合わせて他の人々は大きく位置を移動しながら踊りを変えていく。やがて輪の中心から火の玉がポンポンといくつも打ちあがり、空で様々な形で弾けていった。


 するとなぜか視界は空からの俯瞰に変わり、皆を見下ろした。輪を描いている様はまるで魔法陣だと思いながら皆を見ていると、次第に皆の姿が小さな魔法陣に変わっていき───


 ───フィンははっと目を開いた。


 しばらく身動きせずにそのまま暗い部屋を見つめていた。いやここにおいて見ているものは関係ない。ただ目をぱっちりと開けたまま考えにふけっていた。


 そしてベッドから跳ね起きると、工房へ向かって駆けだした。

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