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お金が……お金が……

 オズワルドはウィズニャン(シリーズ:不死鳥のように熱くなれよ!)をもふもふと抱きしめて悦に浸っていた。


「中々いいじゃないか。特に抱きしめると暖かくなるのがいい」


 だが秘書は厳しい目でニヤニヤしている上司を見る。


「買いに行った先でどこから知ったと脅されたという苦情が入っています。次からはご自身で買いに行ってくださいね」

「……忙しくて買いにいけないから部下に頼んだんだろ」

「よろしくお願いしますね」


 にっこりと笑う秘書に、オズワルドはぶんぶんと首を縦に振る。最近は何だか敵わない。

 秘書は咳払いを一つすると、重大な報告を一つした。


「フィン工房の情報を流してくれていたグレンが情報漏えいの罪で捕まりました」

「ああ、あいつか。このウィズニャンが手に入ったのはあいつのおかげだからお礼の一つでもしようと思ってたんだが、そうか捕まったか」


 かつてフィン工房を訪ねた際、明らかに引き継ぎが中途半端であることを確信したオズワルドは、あらゆる方面からフィン工房の隙を探した。契約魔術は結んだら国に提出しなければいけないため、貴族に伝手があるオズワルドがそのことを調べることは容易だった。


 次にオズワルドが考えたのは誰なら裏切るかということだ。


 最初に考えたのはオズワルドにウィズニャンのぬいぐるみを渡したザックという男だった。少し調べただけで女にだらしがないやつだとわかってちょっとひいたが、それがつけこむ要素になると思ったのだ。

 だがハニトラを仕掛ける人材がおらず、秘書が目を光らせている間は雇うこともできたいために断念。


 そこで白羽の矢が立ったのがグレンだ。彼とオズワルドは工房に訪れた際に少し話した程度だったが、彼が不満を持っていることはそれだけでも明らかだった。後はそこを突いてやれば、内通者の出来上がり。


「馬鹿っぽい所があったからうちに来る前に捕まってよかったと考えておこう。受け取った技術は法律に反しないように弄って使ったから私たちは無罪を主張できるしな」


 ウィズニャンを弄びつつ、面白そうに笑った。


「それにしてもあの短期間であれほどの発明をしてくるとはな。レオナルドがいなくなって張り合いがなくなると心配していたが、杞憂だったよ。グレンがフィンの術式変動術式についてはあまり詳しくなかったのは残念だったが、それはそれで面白い! 早くレベル3の壁を破り、私と同じ土俵に来てくれないものかね!」

「あのー」


 言いにくそうに秘書は声を掛けた。


「うん? どうした?」

「そのフィン工房ですが、街内で魔術による私闘をした件についての罰金と、その私闘で破壊したものの修理費がかさんで潰れかかってます」

「……そうなの?」

「はい」


 沸き起こったテンションのやり場に困ったオズワルドだった。








 工房内の内通者を炙り出すことに成功したフィンたちだが、彼らの前に次なる脅威が襲い掛かった。

 全員が囲んでいるのは、マティアスが算出した工房の残高だ。


「お金が……お金が……」


 マティアスの嘆きに、工房の誰もが黙り込む。

 ただでさえ開発費がかさみ、出資額も減っているというのに、ここにきて特大の出費が出た。先日の内通者に関する騒動の中、街中で私闘をし、建物に損壊を与えたことで罰金を払うことになったのだ。


 修復魔術は物体の記憶を利用して、時間を遡ることで元の形に戻す魔術なのだが、これは時間がたちすぎると修復出来なくなる。なので修復出来なかった分はお金を払って補修しなければならない。

 さらに今回グレンが漏らした情報を使ってオズワルド製のスクロールの質が一気に上がったのも商売的に痛かった。絶妙に法に引っかからないように術式を変えていたため、著作権を訴えても意味はない。


「どこ行ってもさ、時代はオズワルド印のスクロールだよ、フィン? 誰それ? って言われるんだ!」

「マティアス、落ち着いて。ほら水飲んでさ」

「うう、ありがとうフィン……うぅ。レベル3なんてオズワルド以外は誰も到達してないのに、それなのにレベル3を印刻する技術がないからって馬鹿にしやがって」


 水を飲んでいったん落ち着いたかと思えば、またもや愚痴を吐き始めたマティアスにザックは肩をすくめた。


「まあ気持ちはわかるけどな。結局は二番じゃ駄目ってことだろ」

「悔しくないのか!?」

「いや悔しいけどこればっかりはなー」


 安値で二流のスクロールを作るという道が残されているが、それはフィンたちのプライドが許さなかった。高品質、それでいて安いというのが目指す場所だ。


「グレンにも色々言われたし……」


 フィンはグレンが衛兵に渡される前に話をしていた。話す前にスピカが聞いた話を聞いていたが、やはり確認したかったのだ。

 その時に、グレンに言われたのは、フィンたちが開発している今の術式変形方式ではレベル3に到達するのに時間がかかりすぎるということだった。いつかは辿り着けたとしても、その間にオズワルドもまた成長するのだからこのままで追いつけるはずがない。だから彼は泥舟であるフィンを裏切り、オズワルドにすり寄ったのだと言う。

 思い出したら気分が落ち込んで来た。


「あんな奴忘れろ。思い出すだけ損だ」


 見かねたアーロンがばっさりと切り捨てた。


「負債ばっか残していきやがって。賠償金じゃ全然足りねぇだろ」


 グレンがもたらした損害額を見て、アーロンは吐き捨てるように言った。胸糞悪さを誤魔化すかのように、パイプの吸い口を噛んだ。

 スピカが据わった目で言う。


「やはりフィリップにも支払わせよう」


 フィリップとアーロンの戦いで出た損壊については、フィリップは協力者だったのでフィンたちが払うことにしたのだが、スピカは納得していなかった。彼女の意見としてはフィリップに頼んでいたのは戦闘ではなく追跡。つまり頼んでいないことについても補償する必要はないというのだ。

 ちなみにアーロンは戦闘後に修復魔術を一切使っていなかったため、最も損害が大きかった戦闘と言える。そのことを踏まえて、アーロンが言った。


「いやあれは俺も悪い。だからここは工房から出さないで、俺個人で払う」

「いやいや悪いのはアーロンのことを信用できなかったボクにあるんだからアーロンが支払うことはないよ」

「だからその件はちゃらにしたはずだぞ。後で懐に余裕が出来たら美味しい酒と煙草をくれればそれでいい」

「ボクが納得できない!」

「しろ!」

「おのれフィリップ」

「スピカちゃん、その話はもういいから」

「どうして僕には商才がないんだ! あればフィンたちのスクロールをもっともっと上手く紹介出来るのに……!」

「マティアスも落ち着けよ」


 お金がないこと。レベル3に辿りつかないこと。そして工房から一人が消えたこと。

 いよいよ余裕がなくなってきた。

 ザックはため息をつくと、「はい注目!」と大声で全員の視線を集めた。皆の注目を集めて満足気に笑う。


「何というか一回酒でも飲んで息抜きしようぜ!」


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