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私は預言者ではありませんが

 発表を終えた後、レオナルドは他の人の発表を聞くために足早に会場に戻っていった。


 それと入れ違いになる形で、ヘビィスモーカーが帰ってきた。その服には煙草の匂いがこれでもかと染み付いており、スピカは顔を歪めた。

 煙草を吸いに行ったときは血走った目をしていた彼だが、今は落ち着いた表情をしている。パイプを片手で器用に回している。


「アーロン、やっと帰ってきたのか。ボクたちが頑張っている間に吸った煙草は美味しかったかい?」


 別にアーロンがいようがいまいが、発表そのものに大きな違いはない。ただフィンとスピカがアーロンに割り当てられていた分もスクロールを使ったり、魔術の演出を追加して忙しくなるだけだ。


 フィンの嫌味たっぷりの皮肉に、アーロンは肩をすくめた。


「ああ美味かった。だが悪い、間に合わなかった。でも発表は会場で聞かせてもらった。反応はいい感じだったな」


 三人は会場へ歩きながら話を続けた。


「さっき会場でマティアス、ザック、グレンと一緒に見たんだが、あいつらも発表よかったって言ってたぞ」

「喧嘩してなかったか?」

「マティアスとザックの喧嘩はいつものことだ」


 工房の財政方面やスポンサーとの交渉を担当しているマティアスとザックは、事あるごとに喧嘩する仲だ。真面目でしっかり者なマティアスには、明るい性格だが女好きでお調子者なザックは受け入れがたいらしい。


「グレンが止めてくれるといいんだけど」

「あいつは見て笑っているだけだ」

「想像できる」


 スピカの呟きにフィンは頷いた。


 性格はどちらかといえばザック派なグレンだが、どこか性格が悪く、にやにやと喧嘩を眺めることが多い。あの狐のような糸目が目に浮かぶ。


「あの二人の仲はレオナルド博士とオズワルドの関係みたいなものだ」

「どうだろう? 博士たちはライバルだから喧嘩してるけど、性格的にあいまみえないとは違う気がする」

「でも二人が仲良く遊んでいるのは想像できない」

「スピカの言うとおりだけど、逆にマティアスたちは遊んでいるのを想像できる……できない? ボクはできるんだけど」

「前に仲良くしているのを見たことがある」


 驚いたアーロンがスピカを凝視する。


「まじかよ、スピカ。一体いつだ?」

「先週。一緒に店で食事してた」


 どうやらマティアスとザックの仲は、フィンやアーロンが想像していたよりかは良好らしい。もしかしたら喧嘩するほど仲がいいというものかもしれない。


「じゃあレオナルド博士ももしかして……」

「ない」「それはないだろ」


 フィンの中で浮かんだ突拍子もない話は、二人に即座に否定された。


「ああ、そうだ。オズワルドを見かけたぞ、さっき」


 アーロンが何気なしに言ったが、フィンは驚いた。


「さっきっていつ?」

「発表の後」

「どんな様子?」 スピカも続いて聞いた。

「ご機嫌だったよ。……どうした?」


 フィンがレオナルドから聞いたことを話すと、アーロンは厳しい顔をした。


「てっきり今回は内容が被ってなかったのかと思っていたが、もしかしたら負けてるかもな」

「……そう思う?」


 アーロンが重々しく頷くのを見て、フィンは顔を手で覆った。そして苦々しげに言った。


「ちくしょう!」


 フィンたちが今回発表したのは、効率的な術式だ。これにより、レベル2の魔術が印刻されたスクロールの値段は、従来の三割減する見積もりだ。

 レオナルド工房のスポンサーも満足の出来と言えた。しかし、オズワルドがそれ以上の発明をしていたのなら話は別だ。


 親指の爪を噛み、これからのことを考える。今回の術式は工房の自信作であっただけに、それが負けていたことへの衝撃が大きかった。それこそ、今こうしている間も話しかけてくるアーロンの言葉が耳に入らないほどには。


 アーロンは面倒くさそうに舌打ちすると、


「落ち着け」


 パイプをすっとフィンに向けた。するとパイプの先が一度淡く光り、花の香りが漂いだした。


 その香りを嗅いだ瞬間、フィンの目は焦点を失い、口を半開きにしたまま呆然と立ち尽くした。アーロンによる幻覚魔術だ。


「スピカ、頼んだ」

「……了解」


 スピカはため息をつくと、フィンの目の前で猫騙しのように両手を叩き合わせた。バチン、と鋭い音が響き、その音に驚いたフィンは正気を取り戻した。とはいえいきなり現実に帰ってきたせいで混乱していた。


「えっ、あれ?」

「フィン、早く行くぞ」

「遅れる」

「あ、うん」


 呆けているフィンを気にせず、二人は先に歩き出した。

 首をかしげつつ、フィンは歩き出そうとして、


「ちょっと待った。今、魔術かけたな!?」

「ちっ、ばれたか」「意外に敏感」

「何、誤魔化そうとしてるんだよそこのヘビィスモーカーと伝通人!」


 アーロンは面倒くさそうにパイプを口に加えると、指先でトンと叩いた。香草の詰まっている先が一瞬赤く光り、次第に煙草の匂いが漂いだした。


「何、自然に煙草吸ってるんだよ」

「フゥー。まあ気にするな。それよりいいか、フィン。まだわからないことで慌ててどうする。最悪を想定して勝手にパニックに陥るのは間抜けのすることだぞ」

「……」

「落ち着いて、フィン」

「そうだ。俺たちの技術力を信じろ」


 フィンははっとさせられた。そうだ、自分たちの技術力はそう簡単に負けるような代物か。勝てないと、自信の持てない、そんな程度なのか。

 違う。はっきりとそう言い切れる。


「……そうだな。オズワルドの発表は何番目だ?」


 切り替えるように、明るい声を出した。


「私たちの四つ後」

「よし、あいつの自慢の研究発表とやらを見に行ってやろう!」

「そうだ、その意気だフィン」


 囃し立てられるままに会場につくと、丁度フィンたちの直後の発表が終了したところだった。


 拍手が上がる中、予めとってある席に向かうと、そこにはレオナルドと小柄な男の二人がいた。レオナルドの隣に座っているその男は背中まで届く長い茶髪を首辺りで一本に纏め、遠くからは眠っているように見える細い目でフィンたちを見ていた。工房の一員、グレンだ。しかしいると聞いていたマティアスとザックの姿は見えない。


「グレン、あの二人はどうした?」


 アーロンは怪訝な表情を浮かべながら、グレンの隣に座った。フィンとスピカもそれに続いた。

 グレンはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべ、その奥でレオナルドが眉間を押さえた。その反応だけで嫌な予感しかしない。


「あの二人ならあまりにも騒がしいから追い出されたよ。へへっ、今頃は外でどっちが悪いかで喧嘩してたりして。馬鹿だよな」

「……何をやってるんだあいつら」


 喧嘩するほど仲がいいというのは、間違いかもしれない。




 さて、特にレオナルド工房を脅かす発表もないまま、問題のオズワルドの番になった。

 壇上に、金髪をオールバックにした男が現れる。姿勢よく立ち、自信満々な笑顔で会場を見渡していた。


「私は預言者ではありませんが、一つ予言をしましょう。今日、この国の、この世界の歴史が変わります。皆さんは、その目撃者になるのです」


 オズワルドは懐から一本の巻物を取り出した。スクロールだ。


「皆さんご存知の通り、スクロール技術は日進月歩で成長を遂げています。しかし、未だに最高級の紙、インク、印刻技術を用いても、レベル3の魔術が使えるスクロールの量産には成功していません。国が大事に保管している、神代の魔術師が作成したスクロールにはレベル5の魔術が印刻されているのにです」


 戦場において、一撃で持って戦況を変えると言われているレベル5の魔術。それを手軽に使用することができるスクロールを作ることは、スクロール作成者にとっては目標であり、夢である。


 しかし、現実は厳しい。現代の魔術師は、レベル2相当の魔術までしか印刻できていないのだ。


「数多くの魔術師が挑み、研究し、伝承してきた技術により、私たちはレベル2までの印刻に成功しました。だが、そこで壁にぶつかってしまった。どうしてもレベル3の壁を崩せなかった」


 そこでオズワルドは、反応を楽しむかのように間を開けた。


 フィンは人知れず、唾を飲み込んだ。

 オズワルドの言い草は、まるでその壁こそが、今回の研究発表だと言わんばかりだ。会場に来ている人々は、皆、自然と期待を抱いた。

 もしかしたら、もしかするかもしれない。


 その期待に答えるかのように、オズワルドはにっこりと笑った。


「しかし、私が打ち砕きましょう」


 手に持っていたスクロールが勢いよく上に投げ飛ばされる。

 全員の視線がそこに吸い寄せられた。スクロールは、空中で開かれ、即座にその身を青い炎で燃やし尽くした。すると、幾重にも折り重ねられたかのような立体的な魔法陣が展開された。


 フィンは驚愕した。


 展開される魔法陣は、普通なら平面だ。立体に出来れば、そういう話は理論上ではあったが存在した。しかし平面状の紙に立体魔法陣を印刻することは、従来のやり方ではまず不可能だと言われていた。

だが、オズワルドは可能にした。その仮説を実証したのだ。


「新たな時代の幕開けです!」


 魔法陣が輝き、上空で、冷気の爆発が巻き起こる。その中心を囲うように、四本の氷剣が生み出された。

 剣はその剣先をスッと壇上に向け、勢いよく射出された。照らされる光を反射させながら風を切る。

 オズワルドの目前に、四本の氷剣が整列して突き刺さる。その一本を彼は抜き取り、よく見えるように掲げた。


 傷一つない美しい氷の剣が、煌めいた。


「レベル3の魔術、『氷像射出』です」


 会場中がどよめいた。

 レオナルド工房の面々は、ただ呆然と目の前の出来事を眺めることしか出来なかった。


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