もう終わり?
ちょっといつもより長いです。
ハリエットと別れ、ぼけーとしていた時に届いた連絡に、スピカは迅速に行動した。
スピカは人通りの多い大通りを歩いているグレンを確認すると、すぐさまネットワークに指示を出した。
<スピカ:始める>
<ノノ:了解っす>
<ヘレン:こっちも準備できてる、いつでもいいわよ>
<スピカ:終わったらあとは任せて>
スピカは素早く人の流れに乗ると、グレンに前から堂々と近づいた。最初は道の脇にある店を見ていて気付かなかったグレンも、スピカに気づくと片手をあげた。
「よぅスピカ。買い物か?」
「違う」
「そうか。ならちょいっと付き合ってくれないか? いい魔術触媒を売ってる店を探してるんだが───」
「内通者を狩りに来た」
魔力を巡らし、軽くぶつけて威圧する。
「───」
グレンは表情を変えると、すぐさま踵を返して走り出した。その背にスピカは冷たい視線を送った。
魔術を発動させるために巡らせていた魔力を少し抑える。
<スピカ:『種』は仕掛けた>
<ヘレン:こっちも確認した。それじゃあ誘導しますか>
<ノノ:フッフッフ! 任せてくださいっす!>
スピカはゆっくりと、散歩するかのように気楽な様子で、グレンとは違う方向へ歩き始めた。
大通りから出て、角を何回か曲がる。そのたびに、すれ違う通行人の数は減り、自身の靴のコツンコツンという音がよく聞こえてくる。
見失うという心配は微塵もない。歩いていては追いつけないのではないかと不安に思うこともない。
スピカはその歩みを一度も迷わせることなく進み続ける。
やがて辿り着いた場所は人気のない路地裏。真っすぐ行くと行き止まりであるために、用が生まれるわけもなく、誰も寄り付かない場所。そこには既に招いた先客がいた。
「まじかよ」
グレンは肩で息をして、疲れた目でスピカを見た。
「どうやって……」
「『種』を仕掛けた」
「『種』? っ!? あの時か!?」
アーロンがお得意の煙で行う魔術と原理は似ている。アーロンの場合は煙を吸わせることで精神魔術をかけやすくするが、スピカが今回したのはもっと隠密性が高いものだ。
相手に近づいた際に、自身の魔力をぶつけてマーキングを施す。これによって幻覚を見せるほどの精神魔術は出来なくとも、深層心理に働きかけることくらいは出来る。
後は要所要所で仲間に同じように『種』を仕掛けて貰えば、自然と自分たちの誘い込みたい場所まで誘導できるというわけだ。
苦々しく顔を歪ませていたグレンだが、無理矢理笑みを作ってスピカに話しかけた。
「ははは、参ったな。それでどうしてこんなことをするんだよ?」
「さっきも言った。内通者狩り」
「内通者? 俺が? おいおい冗談はよせよ。そんなわけないだろう?」
「オズワルドにウィズニャンのことを伝えたでしょ? あれは罠。もう裏は取れてる」
「……え? そんなことで?」
「そんなことで」
間抜けな話だが、スピカにしてみれば内通者が誰だかわかればそれでいい。だがグレンにとっては違うのか、先ほどまでの不安げな表情が消えた。
「はは、なんだよそれ。どんな手を使ったかと思えば、何気なく流したおもちゃの情報が原因だとか。笑えるね」
「選択肢は二つ。大人しくするか、無駄な抵抗をするか」
「無駄な抵抗?」
グレンはにやり笑うと、自身の魔術具である指輪に魔力を流した。そしてジャミング用の結界が展開されていく。
スピカはネットワークとの接続が切れたことを感じていたが、特に何かをするわけもなく見守った。
「違うね。これは証明になるんだ。俺の方が優秀だっていうね」
「本気?」
「ああ、お前たちの間抜けな方法で確信したよ。だってそうだろう? 俺よりも優秀だっていうなら、そんな回りくどい方法を選ばずにもっと簡潔に俺まで辿り着いたはずだ。てっきし俺が施した伝通人対策を破ってきたのかと思ったぜ」
「……呆れた」
手首の魔術具に魔力を込めながら、スピカは肩をすくめた。
前々から自分の実力を過信するところはあったが、これほどだとは。こちらはアーロンが伝通人対策をしていた場合を考えてその手を打たなかっただけで、別に最初からグレンだとわかっていたらこんな回りくどい手は打っていない。
そもそも気づいていないのだろうか。その間抜けな作戦に引っかかった彼もまた、間抜けだということに。
もうほとんど興味を失いながらも、一応聞く。
「裏切った理由は?」
「そんなん決まってるだろ。俺は俺を正当に評価してくれる場所に行くだけだ。その手土産に術式を持って行って何が悪い? 契約魔術を結ばなかったフィンの責任だろ? まあしばらくは工房内から情報を流し続けるよう言われたのは誤算だったけど」
「情報漏洩は立派な罪」
指摘すると、小馬鹿にするように笑った。
「知ってるよそんなこと。だからスピカ、お前を倒してさっさととんずらさせて貰うさ。俺の技術力を欲しいっていう国はたくさんあるはずだしな。伝通人だって外国までは追って来れないだろ」
「……戯言」
「戯言かどうかは今からはっきりするさ。確かに全力のお前には俺だって敵わない。それは認めるさ。だけど知ってるぞ、俺はお前らの強さの秘密を。伝通人はネットワークに接続することで魔術の発動を補助しているってことをな」
「……」
「ネットワークに接続できないだろ? 逆に聞きたいよ。今までぬるま湯に浸かってた魔術師がこの状況で勝てるのかってなぁ!」
グレンの魔力が膨れ上がった。指輪が煌めき、紫電が走る。迸った電撃は、すぐさま形を変え、一羽の巨大な鳥の姿を取る。
グレンの人差し指の指輪が魔力とともに光を発していた。指輪の性能を加味しても、レベル4の高位に位置する魔術、『ワキンヤン』をこの速度で発動させたのは、紛れもなくグレンの実力だ。
「いつか言ったよな? 俺がお前を超えてるってな!」
雷の鳥が翼をはばたかせるたびに、雷鳴が響き、地面に雷がいくつも落ちて砕いていく。
グレンが腕を振り上げ、勢いよく下ろしたのを合図に雷の鳥はスピカに向かって飛翔を始めた。地面を抉り、舞い上がった礫をその身の光で蒸発させながら突き進む。
未だに防壁を張っていないスピカだが、落ち着いて雷の鳥を見据えていた。自身の魔術具に魔力を込め、ゆったりと魔術を発動させる。
無数の光が瞬き、雷の鳥は光に飲み込まれて消えた。
「は?」
その結果に、グレンは目を疑った。雷の鳥を破られることは考慮していた。しかし何が起きたのか、彼には全くわからなかったのだ。
だが考える時間は存在しない。スピカがゆっくりと前進を始めたのだ。
「くそっ!」
グレンは何が何だかわからないまま、次々と魔術を放つ。雷撃、爆炎、風刃、水弾、土槍と、様々な魔術でスピカを攻撃する。
しかし、その悉くが、スピカに直撃する瞬間に無数の光に飲み込まれ、消えていく。傷一つつけることも出来ないし、スピカの余裕な表情を崩すことも出来ない。
一歩、また一歩と近づく。
その歩みを少しも遅らせることが出来ない。
「何で……何でだよ!? 何なんだよその光はさ!?」
思い通りにいかないことに駄々をこねる子どものように、グレンはわめいた。
「ネットワークに接続できていないはずだ! それなのにどうして!?」
グレンは後ずさりをしながら魔術を放ち続ける。呪いを乗せた閃光に、精神干渉、複数の魔術による同時攻撃。だが全てが無意味に終わる。
そう、ネットワークは何も彼女を補助していない。グレンの結界はきちんと機能している。スピカはきちんとグレンの狙い通り弱体化している。
だが、それは別にグレンが強くなったわけでもなく、スピカがネットワークの補助なしで使える魔術に影響を及ぼすわけでもない。ただそれだけの話だ。
グレンは歩いてくるスピカから逃れるため、さらに後ろに下がろうとする。だが、後ろに出した足の踵が何かを硬いものを蹴った。慌てて後ろを確認すると、もう壁まで後退していたのだ。
「ちくしょう!」
壁を壊すために、指輪に魔力を込めた、瞬間。
指輪が光に飲み込まれて消失した。正確なその魔術は、指には傷一つ残さなかったし、すぐそばで発動したにもかかわらず痛みも熱も感じなかった。
「んなっ!?」
「もう終わり?」
可愛らしく首を傾げるスピカの姿に、グレンは恐怖した。
壁に寄り掛かり、そのまま足から崩れ落ちた。見上げればすぐそこまで来ているスピカは、ようやく歩みを止め、黙ってグレンを見つめる。
グレンは浅い呼吸を繰り返し、目前の魔女に怯えた。
「ど、どうやって?」
「別に。ただの力技」
何てことのないことのように、スピカは短く答えた。
そしてその場でドン! と細い片足を地面に振り下ろした。ビクンとグレンは身を震わせるも、彼には何も起こらない。だが。
ガラスが割れるような音が響き渡った。グレンの施した結界がたった今破られたのだ。術者の制御を離れ、すぐにではなくとも放っておけば勝手に自壊する結界を今すぐに壊したのだ。
それはまるで、わざわざグレンの敷いたルールに従っていただけだと主張するように。
いつだって壊せたのだと見せつけるように。
圧倒的な力の差があった。それはフィンが信頼する魔術師の証明でもあった。
それらをあまりにも遅く実感した裏切者は、自分に向けられる魔女の冷徹な瞳にガタガタと無様に体を震わせる。そしてスピカが威圧として放出した魔力を前にして、蝋燭の火が消える時のようにあっさりと、意識を失った。
「失敗した」
スピカとしてはもっと恐怖を味合わせてやりたかったのだが。ここまで小者だとは予想外だ。しかし気絶してしまったものはしょうがない。
「……これでよし」
スピカは白目をむいているグレンを土魔術の応用で縛ると、再び繋がったネットワークで連絡を取る。
<スピカ:終わった>
<ノノ:乙っす>
<ヘレン:お疲れー>
<シルベット:ふふ、よかったぁ>
<コンラッド:お疲れ様です>
<スピカ:協力ありがとう。フィリップはどう?>
<コンラッド:まだ意識は戻っていませんが、大丈夫です。アーロンさんは本当に優秀な魔術師ですね。まさか精神魔術をかけたにも関わらず、これほど綺麗に跡をなくすなんて。後日指導して欲しいくらいです>
それはスピカがアーロンに対して負けを認める精神魔術の分野だ。コンラッドが関心を示すのも頷ける。
<ノノ:うへぇ。コンラッドはまた勉強っすか。真面目っすねぇ>
<ヘレン:ノノはもう少し精進しないと駄目よ>
<ノノ:勘弁して欲しいっすねぇ>
<スピカ:手土産渡せばちょろい>
<コンラッド:手土産ですか。何がいいかわかります?>
<スピカ:酒。煙草>
<コンラッド:なるほどです>
<シルベット:お酒なら良い店知ってるわぁ。今度ぉ、紹介してあげるねぇ。でも煙草はちょっとぉ、わからないかなぁ>
<コンラッド:ありがとうございます。お酒だけでも助かります>
「おーいスピカ」
二人の女性がスピカに向かって手を振っていた。一人は黒髪のポニーテールに、スラリとした姿勢の良さが目立つヘレン。もう一人は青髪のボブカットに、元気の良さが伺える笑顔が目立つノノ。二人とも伝通人なので、毛先は紫色だ。
スピカも片手を上げて応えた。
ノノは真っ先に気絶しているグレンに近寄った。
「ほうほう、酷い顔してるっすねコイツ」
靴先でちょんちょんとつついて、ブフっと笑った。それにヘレンが顔をしかめる。
「阿呆っぽいっす」
「あまり笑っちゃ駄目よ。スピカにコテンパンにされたのよ、きっと」
「物足りない」
「……スピカって時々物騒なこと言うよね」
スピカは毅然として言った。
「この程度で満足するわけない」
「だけど変な奴っすよね。スピカと同じ工房にいたくせに知らなかったんすか? スピカはレベル5の魔術だってバンバン扱える大魔術師だってことを。生半可な実力で勝てるわけねぇっすよ」
「それは語弊。私だってそれは無理」
「えぇー! スピカが使ってたあの光! あれってレベル5の『白滅光』っすよね? 前に見せてくれたときはバンバン撃ってたじゃないっすか」
ノノの発言にヘレンは眉間を抑えた。
「この馬鹿は……」
「『白滅光』は使えるけどネットワークの補助がないと無理」
「スピカのはそれの超簡易版よ。確かにあれをあそこまで制御するのはスピカだからこそ出来ることだけど、同じことなら……ほら」
ヘレンの手のひらには、グレンの魔術を全て消し去ったあの光が浮かんでいた。それを見てノノが感嘆の声を上げると、スピカは自分の周囲に無数の光を生み出し、円を描いた。
「うわぁ!」
「……負けず嫌いめ」
「こんなことも出来る」
次々と形を変えていく。
「! 猫! 次は……魚っすね! おっと次は……なんすかね、これ? 変な形っす」
「ノノ」
ぶほっとヘレンが吹き出した。微妙な顔をするノノに構わず、腹を抱えて笑う。
「あははははは!」
「笑い過ぎっす」
「ごめ、ごめんってふふ」
グレンに浮遊魔術をかけ、スピカたちはフィンたちと合流すべくその場を立ち去った。気楽に、馬鹿な話をしながら。




