ごめん
マティアスとシルベットは、フィンがいなくなった後も、同じように店を見張っていた。
「大丈夫かな?」
マティアスがぽつりと呟いた。
「何がですぅ?」
「いやフィンには穏便にはいかないって言ったけど、まだアーロンが内通者だと決まったわけじゃない。だけどフィンは思い込みが激しいから……ああ、余計なこと言ったかも!?」
「大丈夫ですよぅ」
「ほんとに?」
「……ふふふ」
「誤魔化した!? ああフィンごめん!」
頭を抱えて狼狽えるマティアスを前に、シルベットは困った顔をした。
「フィリップと連絡が取れればぁ、そのあたりどうにか出来たのですけどぉ」
「はぁ……そういえばフィンと、ザックとグレンが途中で出会ったらまずいけど大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよぅ。コンラッドとノノがどこにいるかは逐一教えてくれてますからぁ。ふふ、ザック君は女性が大好きなのですねぇ。グレン君は高級魔術触媒売り場を冷かしてるそうですよぅ」
「ザックめ、シャルちゃんはどこに行ったんだよ……」
可愛らしいシャルという女性とデートに行く約束があると、先日マティアスを煽った男の女癖の悪さに、眉間を押さえた。
シルベットは話は変わりますけど、と手を合わせた。
「マティアス君は休日何をしているのですぅ?」
ぴしりとマティアスの動きが止まる。心なしか冷や汗をかいてきた。
視線があちこちさまよう。
「シルベットさんは何を?」
「散歩ですぅ。新しい発見もあって楽しいですよぅ? それで、マティアスさんは?」
マティアスの誤魔化しも通用せず、シルベットはにこにこと笑顔で追い詰める。
正直なことは言えない、というか言いたくないマティアスはどうやってこの局面を乗り切るべきかを必死に考える。
(大丈夫! なんかふわふわしてるし、天然そうだから無難なこといえば「そうですかぁ」とか言って乗り切れるに違いない! よし、読書と言おう)
完璧な作戦だ、とマティアスは確信し、いざシルベットに言おうとする。しようとしたその時だった。
「ストーカー?」
衝撃的一言がシルベットの口から洩れた。
それはもうマティアスの核心をついていて、思考を停止させた。シルベットは首を傾げた。
「スピカが言ってるんですよぉ。ハリエットという方のストーカーになってるってぇ。えっとこれはいったい?」
「いや、そ、それは、その───」
図星。
言葉が続かない。
とにかく言い訳をしなければと焦ってしまい、話し方すらわからなくなってくる。あまりの羞恥に顔が赤くなり、意識がボーっとする。
「ハリエットはその、違くて、いや違くないといいますか、僕はただ見ているだけというか、彼女も知っているし、でもスト、ああ違うそうじゃない、えーと」
「……複雑なのですねぇ。……! マティアス君、あれ!」
「好きなだけでってえ? 何です?」
真剣な目つきになり、急に小声で話し始めたシルベットにマティアスは面食らいながらも、シルベットの指す方を見た。
そこには店名を確認した後に、店内に入っていく一人の男のいた。マティアスの知らない人だ。
「ネットワークのデータベースで確認しました。間違いないですぅ。オズワルドの部下の一人ですよぉ」
シルベットの言葉を聞くやいなや、マティアスは飛び出し、店に走っていく。その後を慌ててシルベットが追いかけた。
トイスターに入ったマティアスはぐるりと店内を見渡した。男は陳列棚のせいか見えない。だがいることはわかっている。
後ろでシルベットが入ってきた音を聞きながら、足早に店内を歩く。向かう先は下見の時に確認したウィズニャンの置かれている陳列棚。
「いた」
男はウィズニャン(シリーズ:不死鳥のように熱くなれよ!)を見ていた。その伸ばした手を横からガシっと掴む。
マティアスは無表情に、ぎょっとした男を見据えた。
「オズワルドのとこの人間だな?」
「は? いやそうだけど、誰?」
「僕のことはいい。それより聞くが、ウィズニャンを買いに来た理由は?」
「何でそんなことを───」
「さっさと答えてくださいねぇ」
シルベットがひょこっと笑顔で横に現れた。男は悲鳴を上げた。
「伝通人!?」
男は知っているのだろう。伝通人という種族は、仲間が傷つけられたら近くにいる全員が一斉に報復に出る種族だということを。
過去には傷つけられた一人の仲間のために、数百人が集まったことがあるという。
「ふふふ、そうですよぉ。急いでるんで早く答えてくださいねぇ」
足元から震える男を少し哀れに思うも、マティアスはそれが表情に出ないように厳しい顔を続ける。
「伝通人がどうして? 俺は何もしてねぇぞ!」
「は・や・く」
「社長に頼まれました! それで俺、ボーナスくれるって言うんでつい」
「何て言われて頼まれた?」
「トイスターっていう店にこの、ウィズニャン? の人気シリーズが売っているらしいから買ってきてくれって。もしもシークレットシリーズが売ってたらそれもって」
シークレットシリーズ。
その存在しないウィズニャンのシリーズを聞いてマティアスは確信した。それはフィンたちが流したデマだ。つまり情報源は、
「……トイスターのことを伝えたのはグレンだ。シルベット」
「もう連絡しましたぁ」
半泣きの男は目の前に行われたやり取りにただただ怯えた。
「連絡!? 本当に何もしてないって!」
「ああ、安心してください。私たち伝通人は別にあなたをどうこうしませんからぁ。今連絡したのはぁ、あなたとは関係ないことですぅ」
「本当に?」
「はい」
男が安心のあまり崩れ落ちるのを放っておいて、二人は店から出る。
「自分で提案しておいてなんだけど、よく上手くいったな。こんなんで見つけられるなんて」
「それでどうしますぅ? ノノには監視を続けて貰ってぇ、スピカがそっちに向かってますけどぉ」
「スピカが? そうか、もう犯人は見つかってるから……よし、フィンの指示通りヘレンさんはスピカの方へ、ノノさんはスピカが着くまで監視、それで……」
フィンがアーロンと接触して、彼が内通者でないことがわかったのならば問題ない。だが、もしも何らかのすれ違いがあったならば……。
「一応確認するけど、フィリップさんから連絡は? ない?」
フィンにどうにかして、もしくは誰かがこのことを伝えなければならない。
そのためには、素早く街を移動できるだけの機動力があり、かつフィンに事情を話した際に信用してもらえるだけの関係性があり、それでいてもしもフィンとアーロンが戦っていたらそれを止められるだけの実力者でなければならない。
脳裏をよぎるのはあまり好きではない翼人。だが今は自分の感情を出す場面ではないと飲み込んだ。
首を左右に振ったシルベットに言う。
「ならコンラッドさんはスピカの方じゃなくてザックに事情を話すように伝えてくれ。僕からの伝言って形で」
「マティアスからの伝言だ。グレンが裏切者だとよ」
ザックが吐き捨てるように言った。フィンは目を見開くやいなや、ザックに飛びついた。
「おい! どういうことだよそれ!?」
「どういうことって言われても俺だって詳しいことは知らないよ。俺が言われたのは工房内にいた内通者がグレンで、フィンとアーロンにそのことを伝えろってことと、もしも戦ってたら止めろってことだけだ。そもそも内通者の話だって初耳だぞ。フィンの方が詳しいんじゃないのか?」
厳しい目を向けるザックに、フィンは言葉を詰まらせた。
疑われる立場であったザックが知らないのは当たり前なのだが、それで納得してくれるとは思わない。その負い目があった。
ついついザックから視線を逸らす。その先には黙ってフィンを見つめているアーロンの姿があった。
(……あっ)
フィンの顔がさぁと青くなった。恐る恐るアーロンに話しかける。
「アーロン、その」
「何だ?」
平坦な声に体中が震えた。
「アーロンは……内通者じゃないの?」
「違う」
「だけどオズワルドのスクロールに博士の技術が使われたことを知ってたって!」
初めて知ったからかザックが息を呑んだ音が聞こえたが、そちらに構ってる余裕はなかった。
「俺だってあのスクロールの解析結果は見た。それで気づいたことがそんなに変か?」
「いやだけど、じゃあどうして言わなかったんだ?」
これにはすぐに答えず、アーロンは頭をがしがしと掻くと、言いにくそうに言った。
「……お前も大変そうだったからな。もうちょい俺の方で調べてから言おうと思ってな」
「アーロン……」
自分がしてしまったことを自覚し、紙に黒いインクを垂らしたときのように罪悪感が心に染み込んでいく。
最低な人間だ。仲間を裏切り者と勘違いして、その上攻撃までしてしまった。これで工房の代表なのだというのは、冗談もいいところだ。
「ごめん」
自然と言葉が溢れでた。
杖が手から滑り落ち、床に落ちて音を立てた。俯いたまま、もう一度言う。
「ごめん」
「……顔上げろ」
ゆっくりと顔を上げていく。
何を言われるだろうか。どんな罵倒も甘んじて受け入れようと思った。フィンにはそれだけの罪があると思っていた。
だが、視界一杯に広がった白い拳は予想外だった。
「ごぶっ!?」
白い拳に殴られ、フィンは地面に背から叩き落された。拳は役目を終えると、煙となって霧散した。
「これでひとまずは手を打ってやる」
「やりすぎじゃね?」
「逆だ。聖女の如き慈悲深さ」
ふん、アーロンは鼻を鳴らした。
「後で最高に美味い酒と魔草を寄越せ。それで今回のことは水に流してやる」
身を起こすと、ニヤニヤ笑っている二人が見えた。
胸の奥がじんわりと温かくなって、でもそれがなんだかこそばゆくて、フィンはそっぽを向き、ぶっきらぼうに言った。
「了解」
「何だよそれ、スピカの真似か? ははは、似てないな」
「絶望的」
「あはは! アーロンの方が似てるかも?」
「うるさい」
そこでふと、のんびりしてる暇はないことに気づいた。フィンは慌てて言った。
「そうだグレン! あいつ捕まえなきゃ! ザック、場所わかる?」
「いや全く」
「えーとコンラッドがいたよね? 彼は?」
「あいつは置いてきた。はっきし言ってあいつはついてこれなかった」
ザックのドヤ顔を無視して、立ち上がる。
「でももうそろそろ着くと思うけど」
「待ってる時間はない」
コンラッドがいなくともここにはもう一人、伝通人がいる。アーロンの後ろの、フィンが作った壁の向こうに。
「アーロン、フィリップはすぐに起きれるかい?」
「出来なくはないが……叩き起こすか?」
正直に言えば気は進まないが。
「頼む」
アーロンが壁に煙を吹きかけると、ぐにゃりと溶けるように壁が消えていく。そしてそこには、小柄な伝通人が既にフィリップを介抱していた。
「誰だ?」
アーロンの不躾な問いに静かに答えた。
「コンラッドと言います。フィリップはあなたが?」
「そうだ」
「なるほど、あなたが……覚えておきます」
伝通人が穏やかじゃない顔で話しているのに、アーロンは素知らぬ顔で煙草を吸った。だがそれを傍から見ていた二人は狼狽した。
「ちょっと待てアーロン!? 何でそんなに平気な顔をしてられるんだよ! 伝通人の覚えておきますは許さねぇぞ手前って意味だぞ!!」
「コンラッド! アーロンがフィリップに攻撃したのは尾行してたからで、元はと言えばそれを頼んだボクが悪いんであって、つまりその、不幸なすれ違いというか許してくださいお願いします!」
「……いや、その」
コンラッドは無表情を崩し、戸惑いの表情を浮かべながら頬を掻いた。
「伝通人は別にこんなことで報復しませんよ?」
ははは、とコンラッドは愛嬌のある顔で笑った。そこに含むものがなかったので、フィンはほぅと安堵の息を漏らした。
「……よかったぁ」
「フィンさん、ザックさんから話は聞きましたか?」
「あ、はい。でもグレンの場所がまだ」
「わかりました。でもそれは大丈夫かと」
フィンは怪訝な顔をした。けれどもコンラッドの次の言葉を聞いて納得した。
「スピカが行きました」
「そっか。なら任せても大丈夫かな」
この件は片付いたという絶対的な安心感があった。スピカならまずグレンを取り逃さないだろう。
(そういえば昔、喧嘩でアーロンと一緒にぶっ飛ばされたっけ。まあからかい過ぎたボクらが悪いんだけど)
脳裏で蘇った記憶に内心で苦笑した。あの時はまだザックとグレンが工房にいなかったはずだ。懐かしい。
そんな思い出にふけっているフィンにコンラッドから残念なお知らせ。
「はい。だけど一つ問題が。衛兵がここに向かってきてます」
「何してる急げ! 早く逃げるぞ!」
手当たり次第に修復魔術をかけながら、フィンたちは逃走を始めた。




