切り札の一つにしたかったけど
マティアスが帰ってくるまで、それほど待つ必要はなかった。
帰ってきたマティアスをすぐに部屋に通すと、内通者の件について話をする。最初は訝し気な顔をしていたが、話を聞くうちに少しづつ険しくなった。
「契約魔術の準備をするよ」
話を聞き終え、契約魔術について相談を受けたマティアスは即座に答えた。
「確かに内通者には警戒されるし、最悪ばれたことに気づかれるだろうけど、研究内容の流出はこれ以上避けたい。次に内通者をどうやって見つけるかだけど。たしか魔術師には嘘を見抜く魔術があったよね?」
「ある。だけどもしも内通者っていうのが誤解だったらどうするの?」
嘘検知魔術はよほど高レベルでない限り、両者の合意が必要だ。だが魔術師とは秘しておきたいことが多い人間だ。事情を説明せずに嘘検知は出来ない。
フィンはこの期に及んでも、やはり裏切られたというのを信じきれなかった。
確かにオズワルドには負けている。お金だってない。だけど少しづつだが成果も出ている。今は苦しくても、先が見えない不安は感じにくいだろう。
フィンが考えた術式がなく、レオナルドの研究を続けていたのなら見限られた可能性がある。自分が今してることに結果がついてくる限り、裏切られることはないとフィンは考えていたのだ。
「フィン、気持ちはわかるけどリーダーである君がシャキッとしてくれないと」
「でも」
「でもじゃない。事実を受け止めなきゃ。今ここで甘えたことをしたら事態は一層悪化する。ここは締める所は締めてしっかりしないと。それにもしも間違いだったらその時は謝ればいい。酒の一瓶は奢らなきゃいけないかもしれないけど、許してくれるさ」
仲間を疑うということに関してはまだ忌避感はある。自分は彼らを信じていないということになる気がして、自分が卑しい存在なのではないかという恐怖がある。
「その時は私も謝る。元はと言えば私が言い出したこと」
「僕も付き合う」
「……」
だがマティアスの言う通り、これはフィンがすべきことだ。組織内に現れた裏切者に対して、責任者が庇ってどうする。
覚悟を決めるために深呼吸を一つした。
「マティアスもスピカもそこまで気を使わなくていい。ボクが全責任をとる。もしも勘違いだったら奢れって言われたら奢るし、出ていけって言われたら出ていくよ。だから、内通者を見つける方向で考えていこう」
全責任をとる。その言葉を言う瞬間は心臓が痛みを訴えているのではないかと錯覚するほどバクバクと音を立てていた。だがいざという時にそれを言えるリーダー。それがフィンなりのトップの在り方だ。
空気を入れ替えるように手を叩き合わせる。パン! といい音が鳴った。
「それで嘘検知の話だったね。ボクは使えないけどスピカは?」
「使える。だけど厳しい」
「レベル4じゃあ無理?」
「うん。それに精神魔術はアーロンの方が上……ちょっとだけ」
「……どういうこと? 嘘を見抜くのは難しいの?」
話についてこれていないマティアスに、嘘検知魔術について説明した。
「それって事情を話した上ですればいいんじゃないの?」
「確かにそうだけど、その場合相手も誤魔化すための魔術を仕掛けてくるだろうから、どうしても情報の真偽性がわからないんだ。実力差があれば別だけど、今回はアーロンも候補の一人だから頼めないし」
基本的には魔術の腕はスピカが一番だ。だが精神魔術、特に幻覚に関わる魔術はアーロンの方が優れていた。なので下手をするとアーロンに逆に騙される可能性もある。
元々嘘検知魔術は相手が魔術を使えないように、魔力の流れを阻害する拘束具をつけた上で行う取り調べ用の魔術だ。その対象は犯罪者が相手なのが主であり、こういった場面では使いづらい。
「他の魔術……そうだな、契約魔術を結べば相手も取り引き相手と連絡を取るだろ? それを突き止めるのは?」
「そんなこと出来るの?」
「レベル3程度の通信魔術ならボクでも割り込めるし、スピカならレベル4でもいける」
「余裕」
通信魔術はネットワークという独自の通信手段を持つ伝通人を参考に作られたものだ。オリジナルを利用しているスピカにしてみれば、あるとわかっている通信魔術への傍受や妨害なんて容易い。
「だけどスピカがいるのに、素直にその手段を使うかな?」
マティアスの正論にフィンは言葉を詰まらせた。反論は全然出てこない。自分だったらどうだろうかと考えたら、対策を徹底的にするという自信があった。
対策してもその対策を食い破るのが伝通人なのだが、今回は候補の中にアーロンがいる。彼が施した対策であれば伝通人にもばれずに通信魔術による連絡が取れるかもしれない。
「スピカのネットワークに何か情報はない?」
「あったら言ってる」
「ですよね」
密会をするなら伝通人には気をつけるというのは初歩中の初歩だ。これが出来ていないと、あっさりとばれる。
行き詰まり、苦し紛れに案を出す。
「仕方ない。こうなったら契約魔術で話すように縛ろう」
「そんなこと出来るの!?」
「法律違反。それも重罪」
一昔前ならいざ知らず、倫理的に問題があると判断されるようなことを契約魔術で縛ることは許されない。今回の場合は微妙な線だが、もしも話すように強要すると、契約魔術を利用した服従に分類される危険性がある。
そうなれば裏切り者を見つけることが出来ても、工房は潰れてしまう。
「ばれないように上手くやる」
「犯罪なら駄目だよ、フィン!」
「今回だけだから。内通者は早く見つけないといけない、だけどこれしか方法がない。なら仕方ないだろ?」
「今回だけとか仕方ないとかそういう問題じゃない! それは絶対に駄目なんだ! 君は今回だけだと思ってるけど、一度でもそんなズルをした人間は、もしも今回はばれなかったとしても、また同じ状況になったら同じことをするようになる。そしてどうなるかわかるだろう? いつかはばれ、そして待ってるのは破滅だよ」
マティアスの剣幕に、フィンは思わず一歩後ずさりをした。マティアスは二歩詰め寄った。
「アーロンを見ればわかるだろ? いつどんな時でも煙草が手放せない彼を見て、君は何も感じないのか? これも同じだ。犯罪は中毒になる。止めたくてもやめられなくなるぞ!」
「わかった! わかったから離れろ! これはなし! 別の手を考える!」
とは言ったものの、フィンには他に使える魔術に心当たりはなかった。そもそもこういったことを考えるのはスピカの領分だ。
何も意見を出さないスピカに目を向ける。フィンとマティアスを眺めているようにも、ボーッとしているようにも見える。
「スピカ、何かいい手はない?」
聞いたのはフィンだ。
「ネットワークにこう、内通者を上手いこと炙り出す方法とかないの?」
「怪しい人全員に別々の情報を渡す。そのうち相手に情報が伝わるから、そこから見つける」
「囮か! それで問題点は? また僕にはわからない魔術の何かがあったりする?」
「魔術じゃない。問題はおしゃべりばっかだから情報を共有しかねないこと。そしたら無意味」
「ボクから誰にも言わないようにって前置きしてどれだけ守るか、か」
難しい問題だ。
そもそもアーロン以外の二人は秘密を話しそうな性格ということで疑っているのだ。果たして他の誰にも言わないように説明して黙っていられるか。
ここだけの話なんだけどー、と言って気づけば全員知っているパターンも十分あり得る。
「いやそれは大丈夫」
マティアスがけろっとした顔で言った。
「要するに他の二人に話さないようにすればいいんだよ。だったら単純にその二人が内通者かもしれないって言えばいい。さすがに内通者かもしれない相手にはぺらぺら話さない」
つまりあいつら内通者かもしれないからこの話内緒な! というのを三人全員に言えばいいということだ。その上で一人一人別々の、一見重大そうな情報を伝える。そうすれば、オズワルドに届いた情報から誰が裏切り者かを導くことが出来る。
「うん、それなら上手くいきそう」
「問題がまだある。どうやって渡した情報の行く末を追うか」
スピカが冷静に指摘した。結局、通信魔術の察知案の時と同じ問題が立ちふさがる。
「ネットワークに呼びかければ何人かは協力してくれるはず。ヘレンとかフィリップとか。だけど伝通人対策をしていたら失敗するかも」
「でも他にもっといい案がないならそれでいくしかないよ。機密情報を漏らすわけにはいかないから、話す用の嘘話も考えなきゃいけないし」
「……仕方ない。この件は僕に任せて」
フィンは驚き、マティアスの顔を凝視する。情報戦において右に出るものがいないという伝通人の力よりもいい手があるのだろうか。
「どうするんだ?」
「出来ればオズワルドへの切り札の一つにしたかったけど仕方ない。いや切り札って言えるほど大層なものじゃないけど。それに早目に切るべき手かな? とにかくどうにかなると思う。念のためにスピカの方も頼めるかな?」
あまり乗り気ではなさそうに、マティアスはため息をついた。




