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最悪? これ以上何があるっていうんだよ?

 スクロールを解析し、日が落ちる頃にグレンとザックが帰った。


 地下を流れている魔水から取り出したエネルギーを使うことにより、この街は夜でもそれなりに明るいが、日が沈む前に仕事を区切ることを推奨されていた。フィンはこれを守ろうとしないので、工房は今日も明るい。


 椅子に深く座り、脱力した状態で資料を眺めていると、部屋の扉がノックされた。その後にスピカが入ってきた。


「帰るのか?」


 二人が既に帰っているように、今日は別に残業は求めていない。グレンは参加していないが、解析魔術を使ったこの日はむしろ休むことをフィンは求めていた。なのでむしろスピカが真っ先に家に帰らなかったことに驚いていた。


「うん。でも話がある」

「話?」


 男と女。夜の工房。二人きり(トリップしてる奴は数えない)。話がある。


 こう並べると何だか色っぽい話を期待したくなるが、感情の読みづらいことに定評のあるスピカの声音がはっきりとそういった事柄とは無縁だと告げていた。

 何についてなのか見当もつかず、それでも真面目な話だろうと当たりをつけて姿勢を正してスピカが話し始めるのを待つ。スピカは珍しく歯切れが悪く、中々続きを話さない。

    

 少し視線をさまよわせた後に、


「昼間の処理術式について」

「ああ。それが?」

「どう思った?」

「どうって、だいぶ変えたなとしか。もう別物だよね」


「───あれ博士の作ったのに似てる」

「───は?」


 あまりの衝撃に間抜けな声が出た。だがスピカは構わずに話を続けた。


「正確に言うと私たちのスクロール用に調整し直した術式を、さらに弄ったように見える」

「勘違いじゃない?」


 スピカが無言で机に件のスクロールを置いた。その処理術式を見ると、確かに、最初は気付かなかったが見覚えのある術式に見える。


「嘘だろ……」

「元々処理技術だけは博士の方が上。それを考えると今回の性能の向上に納得がいく」

「……解析されたってことか」


 フィンたちが相手のスクロールを解析魔術にかけて技術を盗もうとしたように、オズワルドたちも同じことをしているだろうということは予測は出来ていた。だから暗号魔術はしっかりとかけたし、自分たちでも解析魔術で重要な情報が漏れないか確認した。

 それでもフィンたちがテストで使った解析魔術よりも優れた解析魔術ならば、もしかすると秘匿した情報が暴かれる可能性はあった。


 確かにスクロール技術では完全に後れをとっている。だが魔術師としての腕にまで大きな差があるとは考えたくなかった。そして何より、今まで築き上げてきたもの全て持ってかれたのではと思うと気がずしんと重くなる。

 だが苦々しげに顔を歪めるフィンに、スピカはさらに告げた。


「もっと最悪かも」

「最悪? これ以上何があるっていうんだよ?」

「内部から情報が洩れてるかも」


 これ以上はないと思っていたのに、頭をガツンと殴られたかのようなさらなる衝撃があった。


「な、何を根拠に?」


 絞り出すように出した声は、動揺でどもっていた。


「作ったはいいけど相性が悪くて没になった術式の要素が使われてる。市場には出ていないから解析しようがない」


 思い当たる術式があった。


 フィン考案の術式に組み込むレオナルドの術式を色々弄っていた時のことだ。処理術式に大規模の要素を組み込むと、他の術式との整合性がうまく取れず、狙っていた結果が出せなかったことがあった。結論としては複雑な処理に向いている術式ではあったが、フィンたちの求めている複雑さとは相性が悪いことが原因だった。

 結局その術式は記録だけは残っているが、スピカの言うように市場に出回るスクロールには使っていない。もしも出所がこれだとすると、それは内部の情報を外部に漏らした者がいることになる。

 けれどもそれはそれであり得ないのだ。


「契約魔術! 契約魔術があるだろう!?」


 溺れている人が助けを呼ぶような声だったが、ここで疑問点として出すには的外れではない。むしろ正解だ。


 契約魔術とは名の通り、契約に関する魔術だ。どんな魔術かというと、契約者間に魔術的な縛りを設け、契約を破らないようにするためのものだ。もしも契約魔術を破ると、その魔術の強度にもよるが軽くて悲鳴を上げるほどの激痛や五感の消失、最悪死に至る。


 かつての魔術師は個人主義が多く、取り引きも個人間で行われていた。そんな時に信頼のおける契約を交わすために作られたものだ。

 今でも魔術師の多くが重宝しており、魔術師が多く集う組織では当たり前のように使われている。フィンたちも勿論契約魔術により、外部に情報を漏らさないように縛られている。


 スピカは一枚の紙を取り出した。それは契約魔術の内容の写しだった。


「ここ見て」


 指さされた書面の一番最後には契約者の署名がある。これはスピカが結んだものなので、スピカの名前がある。そしてその隣にはその契約相手の名前がある。その名は、


「れお、なるど」


 息が詰まる想いだ。これが指しているのは、契約魔術はあくまでもレオナルドとの間で成り立っているものということになる。


「どうして? 引き継ぎは確かにしたはず……」

「工房とか所属については。だけど契約魔術は飽くまでも博士がトップであることが前提の契約。魔術師同士のモノ。古い時代の魔術だから組織の融通が利かない」


 契約魔術は個人で研究していた魔術師が作り出したモノ。無論組織用の契約魔術も存在するが、大人数での契約はそれだけセキュリティが甘くなる。

 すなわち契約した者同士の間には魔力的な繋がりができるのだ。この経路を利用した攻撃が存在するため、安易には使えない事情があった。これを警戒して組織用の契約魔術を避けることはよくあることだ。


「博士が結んでいたのは個人間。博士が消えた時点で解消されてる。私たちは結び直す必要があった」

「そんな……じゃあ漏らそうと思えば漏らし放題?」


 頷くスピカに、フィンは頭を抱えた。致命的な失敗だ。

 どうしてこんなことにも気付かなかったのだろう。自分で自分が情けなくなる。レオナルドがいなくなったことでどたばたしており、それでいて慣れない手続きばかりで忘れてしまっていたなんて言い訳にならない。


「フィン、噛んじゃ駄目」


 無意識に口元に親指を運んでいたところで、ぎくりと動きを止めた。腕をゆっくりと下ろし、深呼吸を一つ。


「……そうだな。とにかく明日にでも契約魔術ができるように準備しよう。マティアスにまたお金について言われるだろうけど、こればかりは仕方ない」

「内通者については?」

「それは……」


 フィンは裏切り者がいるということに、胸の内が空虚になったかのように感じていた。出来れば布団を頭から被り、何も考えずに目をつむっていたい。けれどもフィンは責任者だ。黙っていれば誰かがやってくれるというわけではない。


 内通者を野放しにするつもりはない。契約魔術には引っかかっていなくても、魔術師ではない人々と同じように開発情報を外部に漏らさないよう契約書にサインしている。立派な法律違反だ。オズワルドのスクロールに関してはどうしようもないが、これ以上の情報を渡すわけにはいかない。

 だがその場合、契約魔術を結ぼうとしていいものかとふと思う。自分がもしもその内通者なら、唐突に契約魔術を持ち出したら内通者の存在に気づいたことに勘付くだろう。警戒されたら見つけるのが困難になるかもしれない。


「そもそも誰が犯人だ」


 目の前にいるスピカの可能性は低いと考えていい。内通者が自分からその存在を仄めかすのはリスクが高い。言ったことで犯人から外れることを狙ってと考えると堂々巡りをするので、ひとまずそれは考えない。

 それに伝通人は仲間意識が強いことで有名だ。組織に所属した彼らはよほどのことがない限り裏切らない。


「マティアスは違う」

「それには同意」


 彼は魔術についてはそこまで詳しくない。どういった術式かは説明できても具体的な方法は説明できない。そんな彼が外部に情報を漏らすには、保管してある術式そのものを持ち出す必要がある。だがそこには魔術的防御が施されているので彼には破れない。

 マティアスが帰ってきたらこのことを相談しようとフィンは思った。


「ザックはどうだろう?」

「オズワルドに賄賂送ってる。可能性は高い」

「賄賂!?」

「転職にも興味を示してた。賄賂はウィズニャンのぬいぐるみ」

「えっ……ああ、あの時か。それにぬいぐるみって博士のハマってたあれか。オズワルドもああいうのが好きなのか。あの年代には人気なのかな?」


 しかし賄賂を送っているとは。一体どこでオズワルドがウィズニャンのことを好きだと知ったのかフィンには疑問でしょうがない。

 とにかくザックは可能性が高いとフィンは判断した。だが別に故意に売りそうとかではない。皆の前で賄賂を堂々と送るやつならコソコソ情報を流さないように思える。どちらかというと悪気がなく話してそう。あのイケメンは簡単にハニートラップにも引っかかりそうだし。

 女性にいい顔をしようとして研究してることを話すザックの姿に違和感はなかった。


「グレンは?」

「口軽い。実力の過信も」


 ある意味一番信用できないのは彼かもしれない。話の種に今工房で使っていない研究内容をよく考えずに話しそうだ。

 グレンが裏切り者でないにしても、酔っ払った勢いで何かを話している可能性が高いのでチェックが必要だろう。


「アーロンはないだろ。あいつはそういうやつじゃない」

「でも転職は考えてた。最初に言い出したのはアーロン」

「……」

「この工房が潰れたらの話だけど」


 ちらりと視線を壁に向ける。その先には隔離されているアーロンがいる部屋があるはずだ。


 アーロンが裏切り者である可能性を考える。

 まず転職を考えていたという件だ。スピカが言うには仮定の話だったようだが、フィンにしてみればそれはこの工房を出ることを考えていたということを意味していた。


 次に彼は愛煙家なので、パイプにつめる煙草にお金がかかる。最近の給料ではきついだろう。


 最後に解析結果の調査に参加しなかったこと。お気に入りの魔草を吸うというのは彼らしく、いつものことだと流していたが、何もあのタイミングでなくでも良かったのではないだろうかと、この状況になると思えてくる。まるで自分の裏切りの結果を直視するのを避けているようではないか。


「そう、か。マティアスにその辺りも含めて話をしなくちゃ」


 現状ではアーロンにも裏切りの下地がある。それだけでも彼が裏切り者なのではないかという考えがちらつく。フィンは内心動揺していた。これだけで判断するのは早計だと必死に自分に言い聞かせていても、もしかしたらと考えてしまい気が重く沈み込む。


 他の二人なら故意ではなく、ただの情報漏えいで終わる可能性もある。その時は反省を促し、罰を与えて再スタートを踏めばいい。だがアーロンだったら明確な裏切りしか考えられなかった。


(いや、ボクが信じなくてどうするんだ)


 オズワルドが開発したものとたまたま一致しただけという可能性だってある。その場合は裏切り者なんていないことになる。

 ほとんど有り得ないと分かっていても、願わずにはいられなかった。


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