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なにそれ怖い

 工房に戻ると、すぐさま留守を任されていたグレンが駆け寄ってきた。


「どうだった?」


 どこか心配そうな顔つきだ。ここで大成功と言えればいいのだが、証人が三人もいるので誤魔化しようもない。


「まあまあ、かな」

「まあまあ? まあまあってどっちだよ。そんなんならザックじゃなくて俺が行った方がよかったんじゃね?」

「いや今回はアーロンが火。スピカが水。ボクが土。ザックが風を担当したからザックの方が適任だよ」

「いやいや俺の方が上手くやれるって。フィンは見たことないから翼人ってだけでザックに任せてるけどさ」

「そうは思わないけど」


 困った顔をするフィンにグレンは舌打ちすると、ぶっきらぼうに聞いた。


「……それで? 結局どの程度解析出来たんだ?」

「うん。最低条件は満たせたけど、やっぱり暗号術式が強力でさ」

「あれは相手も相当高位な大魔術を使ってるぞ。少なく見積もってもレベル5だ」

「儲かってるだろうしな。きっと触媒だってじゃんじゃん使ってるに違いない」


 お金を持っている組織が羨ましい。フィンはげんなりしつつ、スピカを指差した。


「解析結果はそこにある。今日は勉強会な」


 しかしここには協調性に欠けている奴がいた。


「悪いが俺はパスだ」

「いやどうしてパスできると思ってるの?」


 フィンの驚きに、アーロンはにこりともせず、落ち着きのない様子で身を揺らしている。明らかに興味が別のものに逸れていた。

 というかフィンも察した。諦めの滲んだ声が出た。


「煙草か……」

「ああ。儀式場作りのためにいい魔草を手に入れたからな。この余りをゆっくりと吸いたい」


 ザックが怪訝な顔をする。


「ちょっと待てよアーロン。お前が言ってる魔草って結構やばいブツじゃなかったか? 魔術師だけは魔術に使うからって許されてるだけの」


 一般的に煙草は嗜好品として扱われている。子供は吸うことを許されていないが、大人であるアーロンが手に入れることには障害はない。それは魔力を帯びているが故に一般人には大量摂取が禁じられている魔草においても同じだ。

 だがこの魔草の種類の中には、少量でも幻覚作用を及ぼすほど強力なものがある。そして今回アーロンが入手した魔草は、魔力に対する抵抗力がある魔術師でさえ取り扱いには注意が必要だ。勿論市販はされていない。


「いや最高にクールなブツだ」


 アーロンがキリッとした顔で堂々と言った。面食らったザックだが、慌てて止めにかかる。


「待て待て待て!? 吸うのか? あれを? 止めておけって!」

「ザック……お前は俺から人生の楽しみを奪うのか? 俺から煙草を取るなんて、お前からその自慢の翼をもぐようなものだぞ。お前は二度と飛ぶなと言われて耐えられるか?」

「そんなにか!? えーと、そう魅了魔術! 魅了魔術を教えてくれるよう頼んだろ?」

「よくよく考えたらお前に教えても犯罪に使われそうだ。俺は加担しない。他を当たってくれ」

「悪いことには使わない! ただ新しいプレイとして使いたいだけ。なぁ頼むよアーロン、コツを教えてくれよ。今晩のニーナちゃんとのデートに間に合わなくなる」

「知らん。俺には関係ない話だ」

「そんな体に悪い魔草を吸うよりは有意義だろう?」

「これが俺の人生だ。邪魔するな」

「ちょっ待て!」

「無駄。アーロンは放っとくが吉」

「スピカちゃん!?」


 悲痛な声を上げるザックを無視して、自称煙草愛好家はすたすたと振り返ることなく奥の部屋に消えた。扉が閉まったのを見てすぐ、フィンは指示を出した。


「スピカ、防音魔術よろしく」


 了承の声を上げたスピカがアーロンの消えた扉に魔術を施す。トリップしたアーロンの喚き声を聞く必要はない。

 ニヤっと口元を歪めたグレンが言った。


「出れないように障壁も張った方がいいんじゃね? 何なら俺が張ろうか?」

「……そうだな。スピカ、ついでによろしく」

「最初からそのつもり」

「ちぇ、俺が張るって言ってるのに」

「ついでに張って貰った方が楽でしょ」

「……そんなに酷いのか?」


 ザックは恐ろしいものを見る目でアーロンの消えた部屋に視線を向ける。中の音が届かないようにされ、その上外に出れないようにする。もはや監禁のようだ。違うとすれば閉じ込められた人間が自分から閉じこもったことくらいだ。

 何よりそんな扱いであることを誰も疑問に思っていないことが恐怖心を煽る。そんなザックをフィンが不思議そうに見た。


「ザックは見たことなかったっけ?」

「ああ」

「前にアーロンがキメた時は確か……ああ、ザックがレオナルドと一緒に支援者を募りに出かけた時だ」


 グレンがザックが知らない理由を補足し、納得する。顔はイケメンなので外受けがよく、年頃の女性がいない場所にはレオナルドはザックを連れていた。

 ザックとて話には聞いていただろう。だが人から聞くのと実際に見るのとでは違う。


「まあいつもは自分の家で吸ってるらしいし、見たことないのもしょうがないか。とにかく近寄らない方がいいよ」


 慣れてしまっているフィンは、未だに狼狽しているザックの肩をポンと叩いた。


 アーロンが消えて四人になったが、やることは変わらない。早速作業に取り掛かる。

 オズワルドの過去のスクロールの解析結果と比較して、少しでも情報を穴埋めしていく。今回は魔術触媒から良いものを使ったので、今までの解析結果とは段違いに黒塗りが少ない。

 だがパズルのように、それぞれで得たものを組み合わせていけば、一つの確かな情報が導ける。


「最初見た時は何してるかよくわからなかったけど、これ折りたたんでるな」


 術式の模様を指先でなぞる。今回の解析で明らかになった部分だ。


「折りたたむ?」


 疑問の声を上げたザックに説明する。


「ほらここからここに一見意味の分からない線が引いてあるだろ。これだけだと本当になにしてるかわからないけど、これとこれとこれを組み合わせて考えるとわからない?」

「……いや。グレンはわかるか?」


 グレンも首をふる。わからないのが自分一人ではないことに安堵感をザックは覚えるも、その横からスピカが答えた。


「つまり魔法陣を折りたたんでいる。それが立体魔法陣の秘密の一つ。折り紙というわけ」

「あー、とつまり、このわけわからん魔法陣をどうにかしてこの線に沿って折っていくと、あの立体魔法陣になるってこと?」

「うん。多分間違いない。肝心のそれをどうしてるかとかはわからないけど。まあこれは後でじっくり見よう」


 次に本命の処理用術式を見る。今回話題になっていた部分だ。フィンが初めて見た立体魔法陣製のスクロールには展開速度に難があった。それが驚くほど改善されているらしい。

 過去の解析結果のうち、処理術式がよく見えるものを横に並べて比較する。すると違いは一目瞭然だった。


「処理術式がらりと変えたのか」


 愕然とした。他の術式は発展させたというような変わり方なのに対し、これだけは全然違う。前評判が全く違うというのもうなずける話だ。

 まるで作成者が違うように、明らかな変更だった。


「新しい人材でも手に入れたのか」

 フィンの呟きに、ザックとグレンがにやつきながら反応した。

「お金があると優秀な人が来るからなー。いいなー! 羨ましいよ本当に!」

「うちとは縁がないな。最近、希望してる人とか来てるの?」

「二人ともうるさいぞ……」


 お金について話す二人をたしなめる。そこはもうやめてくれと思う。


「だけど実際はいい方法が思いついて、それを試してみたら上手くいったとかいうオチじゃないの? 極まれにあるじゃん? 俺らだって思いついた素材で試してみたら思ってた以上にいい数値出すことだってあったし」

「いや元々研究してたけど、それが今回やっと満足できる出来になったから満を持してっていうやつかもよ」


 ザックとグレンの意見を吟味して、どちらの考えもあり得るとフィンは考えた。

 オズワルドはリアリストだ。結果さえ出ればその過程が偶然の産物でも努力の成果でも受け入れるだろう。


「スピカはどう思う? ……スピカ?」


 フィンがスピカの意見を求めるも、スピカは黙って魔法陣を見つめている。あまり感情が読み取れないので、何を考えているのか想像できない。


「おいスピカ、フィンが話しかけてるぞ」

「……」

「スピカちゃん?」

「……あ、うん。ごめん何?」


 ようやく反応したスピカに、処理術式が全く違うことについてどう思うか尋ねる。しかし熟考した後に、


「わからない」


 そう短く答えた。となるとマティアスに頼んで情報を仕入れるか、スピカのネットワークを使うかのどちらかで探っていくのがいいだろう。

 フィンたちが作業に戻ろうとしたその時、空気が振動した。きょろきょろ周りを見渡し、ザックが呟いた。


「何これ?」

「アーロンが結界内で暴れてる。その衝撃」

「なにそれ怖い」

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