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囚人の手紙かよ

 フィン考案の術式によるスクロール開発を始めて、数か月が経過した。開発は何度も壁にぶつかったが、そのたびに全員の力で乗り越えた。


 まず術式そのものを変更させることは既に出来ていたとしても、それをスクロール上で再現することが難しかった。スクロールの最大の利点である開くだけで使えるという簡易性は、スクロールそのものに込められた魔力を使うことで成り立っている。だがフィンの術式だと、その魔力を多く使い過ぎてしまうのだ。


 より多くの魔力を簡単に増やす方法としてインクや紙の質を上げるという方法がある。しかしそれは同時にスクロールのコストを上げることに繋がる。安易には選べない選択肢である。


 フィンの術式を少しだけ弄って印刻したスクロールは精々レベル1だった。

 そこで彼らは術式そのものを見直した。


 フィンの術式はそれなりに画期的だが、彼が趣味で作り上げたものだ。穴も多ければ無駄もある。それらをフィンよりも魔術師として実力者であるスピカとアーロンが手直ししていく。

 魔術師が術式を起動させること前提の重たい術式を取り除き、軽い代わりの方法でその用途を満たす。中にはスクロールにはいらない要素もあるのでそれもごっそりと削る。それでいて必要不可欠な術式を追加していく。


 その間にザックとグレン、そしてフィンの三人は術式と相性のいいインクや紙を一つ一つ試すことで調べていった。ただこれは完成した術式との兼ね合いもあるので、どちらかというと相性の傾向を掴むことを重点に置いた。

 そしてとどめにレオナルドの開発した効率のいい術式を追加したフィンの術式を利用したスクロールは、低位のレベル2ではあるが完成した。


 次に立ちふさがった壁はそこからの性能向上だ。レオナルドがいたころの最高到達レベルはもう少し厳密にいうと2.83だ。オズワルドの立体魔法陣によるスクロールのレベルが3.06.。だが今のフィンの術式では2.47しかない。

 限られた魔力内で無理に性能を上げようとすると、スクロールそのものが耐えられずに魔術を発動することなく自壊してしまうため、性能を上げていく作業は難しい。


 レオナルドの術式の改良と並行しつつ、この問題の解決法を探った。すると、ここでこの術式の特徴が切り開いた。

 術式そのものを変更させることを利用して、発動させたい魔術を複数の魔法陣に分割したのだ。普通なら数を増やせばスペースを圧迫するため、スクロールのサイズが問題で出来ないが、この方式なら出来る。問題を細分化し、簡略化することで消費する魔力量を減らした。


 これにより性能はぐんと伸びた。それと並行してスクロールに印刻する魔術魔術具の改良、よりよい紙やインクの探索の成果により、遂にレベルは2.95に到達した。しかしこれは当初のレベル3を超えるという予想に届いていないことを示していた。

 さらにそれに伴う犠牲もあった。


「フィン、開発費をもう少し抑えられないか? わかってはいるがさすがにこのままだとお金が尽きるのが先だよ」


 マティアスが厳しい顔で言った。


「そうは言うけど仕方ないだろ、マティアス。開発にお金がかかるのは当たり前だよ」

「ああその通りだ。だけど言わないとまずいだろ? 僕はここの財政管理を任されているんだから」

「どこか出資してくれそうなところはないの?」

「厳しい話だけど、やっぱりオズワルドが強すぎる。今は彼の一人勝ち状態だ。そんな中で勝てるかどうかも分からない工房にお金を落としてくれるほど酔狂な人は少ないんだ」

「……うー」


 正論だと認めざるをえず、唸ることしか出来ない。そこにさらにマティアスが畳みかけた。


「それに……給料だって満足に払えてないだろ?」


 誤魔化すように視線を逸らした。


「……皆わかってくれるさ、たぶん」

「確かに皆黙ってるけど、それは別に不満がないわけじゃないんだ。実際に僕に直接掛け合ってきた人もいる」

「まじ?」

「ああ。誰とはいわないけど」

「でも! でもだよ! ボクらは一応成果を出した。あとはマティアスの仕事だろう?」

「確かにおかげでそれを糸口に出来た。たくさんとは言えないけど資金も集められた。だけどそこ止まりなんだ。あくまで目新しさしかないんだ。今はレベル3の壁を越えてなきゃ話にならない。新しい方法だったとしてもそれが壁を越えてなきゃ既存のものと扱いは変わらないよ」


 当たり前だが、フィンたちを開発していた間にオズワルドだって術式の改良を行っている。今は使用できるレベルには大した変化はなかったが、明らかにコストダウンはなされていた。


 そしてレベル3を印刻できる技術でもってレベル2を印刻すれば、それは安値でスクロールを作成できる。今となってはスクロールの市場はオズワルド製で溢れかえっている。そんな中でフィンたちのような性能で劣っているスクロールは、採算の難しいほどの安値で売るしかなかった。

 他のスクロール製作をしている魔術師グループの中には、もう性能は諦めていかに大量生産して安値で売るかに方針を変えたところもある。


「次の数カ月後の発表会までには間に合わせてくれよ? ここで評価を貰えるかどうかが重要なんだから」


 マティアスは念入りすると、鞄に手を入れ、何かを取り出した。


「とりあえず頼まれていたやつ。今回は一つでいいんだよね?」

「ありがと」


 ため息交じりに渡されたのは、オズワルドの最新のスクロールだ。今日から市場に出回るもので、何でも今までとは術式の展開速度が全く違うらしい。


「今回は解析の準備にお金かけたからね。さすがにたくさんは買えないよ。でもこれの解析に成功したらまたボクらのスクロールの性能もあがる。もしも相性がよければ爆発的に上がるかも?」

「期待できるのかい?」


 希望的観測は、冷静なマティアスに叩き落とされた。フィンは無言の笑顔で返すほかなかった。







 スクロールは開くだけで発動するため、解析するのも慎重に行わなければならない。それだけでなく術式を印刻される際に暗号化を施すのが常識であるため、発動の際の展開された魔法陣を覚えても仕組みを読み解くのは難しい。

 だから実際には入念な下準備を行ったとしても、一部解析するのが関の山であることなんてざらにある。


「準備できた。そこに置いて」

「了解」


 スピカの合図に従い、フィンの腰まである巨大な四つのレンズに囲まれた土台の上にオズワルドの最新のスクロールを置く。土台にはスピカによる魔法陣が描かれ、土台の上には目玉を模した彫刻が浮いている。これからこの大掛かりな魔術魔術具で解析するのだ。


「アーロン、頼む」


 アーロンが口から煙をふぅーと吐き出す。それは瞬く間に場を取り巻き、魔術行使における最適な場に整える。


 四つのレンズの後ろに、フィン・スピカ・アーロン・ザックの四人が立つ。そして各々自身の魔術具を取り出す。フィンは杖を、スピカは腕に巻いたリストバンド型の魔術具を、アーロンはパイプを、ザックは刀身が青いナイフを。それぞれ目前のレンズに掲げた。


「よし、それじゃあ始めよう」


『我ら真実の探求者なり。───』


 四人が一斉に詠唱を始めた。


 儀式魔術というものがある。複数人で動作や詠唱、順序や役割などを振り分けたり、予め用意した道具に魔術的象徴を当てはめることで個人ではなし得ないレベルの魔術の行使に使われる技術だ。村によっては祭りの際に、歌や踊りで持って神に祈りを捧げるのにも使われている。


 レンズが光り、四つのレンズから生みだされた光の筋が中央の土台を射抜く。照らされたスクロールを包むように、光の膜が出来上がっていく。


『───により土は崩れた。されど風は満たされ、火と水は混ざり───』


 詠唱は続く。

 膜は少しづつ膨らみ、その形を一つのレンズに変えていく。その時、スクロール上部にあった目玉を模した彫刻に、紫の切れ目が一文字に刻まれた。


『───玉座から見下ろす叡智の瞳は、ここに開かれた』


 バリバリバリバリ!! と凄まじい音を立てて四つのレンズが砕け散った。それと同時に切れ目が二つに開かれ、中央に紫色の円が生みだされた。それはまるで詠唱の通りの瞳のようで、光のレンズを通してスクロールを見つめていた。


 魔術レベル5の大魔術、『ミーミル』。

 対象の情報を取得する解析魔術の最高位の一つだ。スクロールに掛けられる術式を読み取るにはここまでしなければならない。


 叡智の瞳が閉じるまで、魔力が乱れぬように杖で制御する。今こうしている間も、スクロールに掛けられた暗号術式が暴れまわり、解析魔術を食い破ろうとしている。気は抜けない。


 やがて紫の光が消え、場を満たしていた魔力が薄れていくのを感じて、ようやくフィンは杖を下ろした。額からは汗が垂れ、疲れに思わず息を吐き出す。


「スピカ、どうだ? うまく解析できてるか?」

「ちょっと待って」


 少女は宙に浮いていた瞳の魔術具を引き寄せた。そこに魔術具を巻いている腕を突き出し、中で記録されている内容を調べる。

 スピカの作業が終わるまで手持無沙汰なので、散らばっているレンズの欠片を他の二人と同じように魔術でかき集める。これらは魔術的な対価として破壊されたために直せない。纏めて破棄だ。


「出来た」


 スピカが土台に解析結果を纏めた紙を置いた。元々そこに置いてあったスクロールは入れ違いに彼女の手に握られている。無理に解析したせいで焦げ跡だらけになっていた。あれではもう使えないだろう。

 所々解析に失敗して黒塗りされている情報を四人で囲む。


「大まかな作りは今までと同じみたいだな」

「うん。相変わらず立体魔法陣の要のセキュリティは高い」

「ワォ! 真っ黒じゃん。囚人の手紙かよ」


 ザックが面白そうに黒く塗られた範囲を指で指す。墨を塗ったかのように黒一色だ。

 アーロンが鼻を鳴らした。


「そこはいい。とにかく新しく改善されたっていう処理技術はどこだ? 重点的に解析するように設定したはずだろ?」

「ここ」

「そこ? そうかこれか」


 スピカの指さした場所は黒塗りになっておらず、術式が垣間見えた。


「苦労した甲斐があったよ。よく見えるじゃん」

「マティアスを説得して高い触媒使ったんだからこれくらい出来ないと困る。……はぁ、良かったよ無駄に終わらなくて」

「出来ればもっと見たかったが……ほぅ。ここはこうなっているのか。高い魔草を使った甲斐がある。お金ないのに」

「うっ」

「まあ対価が見合うかは微妙そうだけどなー。お金使ったけど」

「ぐっ」

「使ったものはもうない。そして私たちの手元にも来ない」

「うぐぅ!? と、とにかく見えた範囲でリバースエンジニアリングだ」


 不満が見えるようになってきている。マティアスの言うように、お金は早急に解決しなければいけない。そう強く実感した。


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