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発表会のことは考えない! それでいいんだろ?

 ここでは現在、魔法技術発表会が行われている。


 数多くの魔術師たちが最新の魔法技術を発表する場として有名だ。ここで成功し、注目を集めることができると、大手のスポンサーと出会い、予算をがっぽりと手に入れることができる。

 フィンが所属するレオナルド工房の面々も、この日のために研究を重ねてきた。


 しかしフィンはここでドンと構えられるほど豪胆ではなかった。待合室でふつふつと胃にのしかかる重圧に耐えられず、フィンは思わず親指の爪を口元に運んだ。


「駄目。フィン、爪噛んじゃ駄目」


 それに気づいたフィンの右隣に座っていた少女は、抑揚のない声で咎めた。スピカの無機質なようにも見える赤い瞳がフィンを見つめている。毛先だけ紫色に染まった黒髪が、首の動きに釣られて揺れている。


 落ち着かないフィンは、それが八つ当たりだとわかっていながら声を張り上げた。


「わかってるよ、スピカ。でも落ち着かないんだ。次の次の次がボクらの番だと思うと」

「違う。今の人たちが終わったから、正確には次の次」

「わかってるよ、それくらい! 次の次! ああ、もう緊張する。帰りたい、ベッドにこもりたい、眠りたい!」

「それはわかる」

「スピカもフィンみたいに緊張するのか? マジかよ、全然気付かなかったぜ」


 パイプを口に加えた髭面の青年が目を丸くして、話に入った。

 ヘビィスモーカーであるアーロンは、パイプが空でも口に加える癖があり、先程までは苛立たしげに吸い口を噛んでいた。さすがにこの場では吸うことを自重していたらしい。


 スピカは仏頂面をアーロンに向けた。


「あー、悪い。意外だったんで」

「私だって緊張する。むしろアーロンこそいつもどおり……訂正。煙草を吸ってない分いつもよりまとも」

「まともじゃない、異常なんだ。出来れば今すぐ吸いたい」

「おいアーロン、次の次だぞ? 我慢しろ」


 アーロンは舌打ちすると、パイプの吸い口をまたガシガシ噛み始めた。その様子を呆れて見ていると、スピカがフィンの袖を軽く引っ張った。


「フィンは緊張しすぎ。発表するのはレオナルド博士で、私たちは後ろで手伝えばいいだけ」


 スピカの言うこともわかるのだが、それでもフィンは落ち着けない。これでもフィンはこの工房で副リーダーのような位置にいるのだ。失敗をしたときはやはり責任は少なからずある。


 思わず貧乏ゆすりをしてしまい、ぴしゃりとスピカに叩かれてしまった。

 アーロンがパイプを噛む音と、会場から漏れる声だけが部屋に響く。それに堪えられず、悲鳴を上げるようにフィンは口を開いた。


「ただ何もせずに待ってるなんてどうして出来るんだ?」

「そうだよな、煙草吸いに行こうぜ」

「吸わない!」

「そうか」

「スピカも緊張してるんだろ。どうして耐えられるんだ?」


 問うと、ぷいっとスピカは珍しく目を逸らした。それを見て、フィンは気づいた。アーロンも感づいたのだろう。片眉を器用に上げた。


 まさかコイツ、とフィンは信じられないものを見る目をして、


「スピカお前……自分一人でチャットしてるな!?」

「……だとしたら何?」

「これだから伝通人(シュピド)は、クソッ!」

「これは私たちの種族特性。諦めて、フィン」


 伝通人(シュピド)とは、仲間間で常に情報の交換が出来ることで有名な情報戦では最強の種族だ。ネットワークという独自の情報交換の場を持っており、テレパシーの要領で遠く離れた仲間が持つ情報を得ることができるし、データベースと呼ばれる場に知識を自由にため込むことが出来る。その特性から、個人個人が国の資料館クラスの情報を得ており、頭も良い。


 そして種族の外見の特徴である紫色の毛先が、スピカが伝通人の一人であることを占めている。もちろんネットワークに所属しているということも。


「チャットくらい許して欲しプッ」

「おい、なんで急に笑った」

「ごめん、チャットでシルベットが変なこと言うからつい」


 伝通人の間しか伝わらないであろう言い訳をするスピカに、フィンは思わず糾弾した。


「会話中くらい切れ!」

「ごめん。でも今は許して」

「……わかったよ、もう。ボクは一人でただぼーっと席に座って待ってればいいんだろ? 爪を噛むことも、貧乏ゆすりすることも許されずにね」

「俺だって似たようなもんだぜ」

「アーロンは平気そうじゃないか」

「いや全然だ。ほら見ろ、この手。震えてるだろ?」

「お前の心配はそこか、このヘビィスモーカーが!」


 フィンは吐き捨てるように言うと、やさぐれたかのように頬杖をついた。親に構ってもらえず不貞腐れる子供のように見える。態度が悪いことは自覚しているが、仲間が同じ悩みを共通していないことが思いのほか腹が立った。


 ツンツンと腕をつつかれた。優しいスピカが指でつついたのだ。


「ヘレンが美味しいパン屋を見つけた。ねぇ、発表会の後、工房に戻る前に行かない?」

「……行く」

「一緒に酒も買おう」

「了解。……今フィリップに頼んだ。シルベットが教えてくれた店のやつ。後で工房に持ってきてくれる」

「最高だな。ほらフィン、発表会のことなんて気にせずに終わったあとのことを考えよう。

 いいか、悪いことってのを考えたとき、事態を変えられるものと変わらないものの二つがある。今回は明らかに後者だ。わかったら酒を飲んで、美味い飯を食べて、騒ぐことを考えろ」


 アーロンの刹那的な考えは、フィンには受け入れ辛いものではある。しかしフィンにも、発表会のことを考えても仕方ないという考えは同意できるものがあった。


「……うん、わかった。アーロンの言う通りだ。発表会のことは考えない! それでいいんだろ?」

「そうだ」「うん」






 

 会場からの拍手が聞こえてきた。今発表していた人たちが終わったのだ。次がフィンたちの番だ。


 フィンは今しがたメモ用紙に書き終えた小さな魔法陣を前に息を吐いた。じっとしていたらまた発表会について考えてしまうならば、別のことに集中しようという考えだ。


 スピカが横から覗き込む。


「それ何?」

「連続起動する術式の応用をボクなりに考えて見てね。最近はまってるんだ。趣味、みたいなものかな。

 ほら見て」


 魔力を流すと魔法陣が光り、術式が起動する。


 メモ帳は見えない手が折っているかのように形を変え、鳥の姿になった。フィンが先ほど書いたサイズの術式なら、普通はここで終わりだ。しかしこれは続きがある。

 少しのインターバルを置き、紙の鳥が静かに浮かび上がる。最初は漂うように、そこから時間を空けて滑るように室内を飛び始めた。


「どうなってるの? 変形魔術は書いてあったけど、浮遊魔術の術式はなかったよね?」


 紙の鳥を眺めながら、スピカは不思議そうに言った。知識量が工房一の彼女が聞いてくることはまれだ。


「そう、そこが面白いんだ! この方法の凄い所は術式そのものを変化させて、別の術式に出来ることなんだ」


 フィンはスピカが興味を持ってくれたことに喜びを感じ、目を輝かせた。


 術式に応じて発動する魔術は変わる。そのために複数の魔術を行使したい魔法陣を作成するときは、魔術ごとに術式を書く必要がある。するとどうしても魔法陣は大きくなる。これをいかに小さくできるかどうかが術師の腕の見せ所だ。


 だがこの方式だと、術式そのものが変わり、別の魔術のための術式に変わる。


 例えば、今回の魔法陣では変形魔術の術式が、浮遊魔術の術式に変化しているのだ。すると、変形魔術の術式を使っているスペースを浮遊魔術に使うことが出来、魔法陣のサイズを小さく出来るのだ。


 スピカは感心した声を出すも、何かに気づいたのか、「でも」と口に出した。


「術式の移行に難点がある。形を変えてから浮かぶまで、浮かんでから飛ぶまでに時間差が結構あった」

「うん、実はそうなんだ。これでも結構改良してるんだけど、まだまだ処理速度が遅くて」


 術式そのものを変化させるこの方式の問題点がそこだ。予めある術式を順番に起動していくことの3倍ほどの処理速度が必要となってしまう。


 フィンは懐から魔術具である杖を取り出した。指揮棒程度の振りやすいサイズだ。それを飛んでいる紙の鳥に向け、引き寄せ魔術を使用した。紙の鳥に引力のような見えない力が働き、フィンの手元に引き寄せられて収まった。

 さらにもう一度その紙に杖を振る。紙の鳥は一度ぶるっとその身を震わせ、巻き戻るように形を変えて、元の一枚の紙に戻った。魔法陣は最初に見た時とは書いてある内容が変わっていた。


 スピカはしげしげと魔法陣を眺めると、指先で一点を指さした。そこは術式内で他の部分の内容を処理するメソッドだ。


「ここ、私たちの研究分野。開発した術式が使える。そのほうが上手くいくはず」

「それはボクも気づいてる。だけど勝手に使うわけにもいかないからね、秘密保持の契約魔術もあるし」


 その時、廊下から足音が聞こえてきた。フィンはメモ帳をさっと折りたたみ、ポケットの中に仕舞いこんだ。


 部屋のドアが開く。フィンたちのいる待合室に、分厚いレンズの眼鏡をかけた神経質そうな男性が入ってきた。直前まで他の人たちの発表を見ていたレオナルドだ。


 耐えきれず、フィンは飛びつくように聞いた。


「どうでした?」

「ああ、大丈夫だよフィン君。私たちと同じように、スクロール研究をしていたグループは実は一つあった。だけど私たちとは内容は被っていなかったよ」

「よしっ!」


 フィンはぐっと拳を握った。想定していた最悪の場面、詰まるところ研究成果の丸かぶりは今のところは避けられたようだ。


 スクロールとは、魔術を巻物や書物に刻み込む技術で、その特徴として魔術師でなくとも、魔術を使うことができる。例えば巻物状のスクロールに魔術を刻むと、巻物を開いただけで刻んだ魔術を発動することができる。


 魔術はその規模、影響、難度を基準に5段階にレベル分けされている。


 そしてスクロールとして刻める魔術のレベルには限度があり、現在はレベル2が上限だと言われている。レベル2の魔術が使えれば、市民の生活には充分に役に立つ。しかし使用される紙、インク、そして高度な印刻技術を必要とすることから、市民が手を出すには値段が高すぎた。


 フィンたちが研究しているのは、このスクロールに、いかにして上位の魔術を刻めるかということだ。この印刻技術が向上すれば、安物の紙やインクでレベル2のスクロールを作成することができ、値段を下げることが出来る。


 しかし喜ぶフィンとは対照的に、レオナルドの顔色は優れない。


「あと気になるのはオズワルドだ。彼の研究がどの程度の出来か、それにかかっている」

「スピカ、伝通人のネットワークに何か情報はないか?」


 伝通人は全員ネットワークに属しているが、提供する情報は各々取捨選択をしているためにプライベートや機密は守られている。そのために要職につける伝通人は多い。

 それでもネットワークが持つ情報力は莫大だ。噂話や与太話、時には誰かがリークした情報が拡散されることもある。


 オズワルドの件も、その可能性がないわけではない。


「ない」


 しかしスピカは短く答え、フィンの期待に応えられないことを示した。


 オズワルドはレオナルドと同じスクロールの印刻技術を研究しているライバルだ。この手の発表会で争うことはよくあることで、互いにスポンサーを奪い合っている。


「疑問ですが、レオナルド博士はどうして浮かない顔をしている?」


 スピカが聞くと、レオナルドはため息を一つついてから話し始めた。


「実はここに来るまでに、オズワルドに会ったんだ」

「本当ですか!?」

「ああ。いつも通り、いやいつも以上に自信満々だったよ。何でも私はもう時代遅れになるらしく、荷物を纏めるよう言われた。全く嫌な奴だ。だから私はこう言ったんだ。

 ああオズワルド、君の言うとおり、荷物を纏めているよ。ただし、祝勝会の旅行のためだけど、ってね」

「旅行に行くんですか?」

「楽しみ」

「あーと、それは言葉の綾だ。期待させてすまないね」


 レオナルドは慌てて両手を振って、フィンたちを制した。


「だが、そこであいつ、気持ち悪いくらい笑顔を浮かべて、私たちの発表を楽しみにしていると言ってきた」

「それは……変、ですね」


 スピカも無言で頷いた。


 レオナルドとオズワルドの仲の悪さは筋金入りだ。顔を合わせれば憎まれ口の叩き合いをするのが常で、決して相手の研究を褒めたりしない。

 それなのに、楽しみにしているときた。


「他には誰かいましたか?」

「いや、私たち二人だけだ。だからこそ不自然だ。社交辞令を述べるような場面でもない」

「それでそのあとは?」

「それで終わりだ。高笑いしながら歩いて行ったよ……どう思う?」


 三人の間に、沈黙が降りた。


 レオナルドが浮かない顔をする理由が、フィンにもわかった。

 オズワルドの気味の悪い行動。それが指す事柄で、最も可能性の高いことはすぐに推測できる。

 すなわち、それだけの研究成果が出たということだ。


 この後の発表、大丈夫だろうか。そんな不安に襲われ、親指の爪を齧りたくなる。だけどそれでは駄目だ。


 誤魔化すように、フィンは言葉を捻り出した。


「きっと……悪いものを食べたんですよ」

「もしくは呪いにかかった」


 スピカもそれに乗ってきた。レオナルドはふっと口元を緩める。


「オズワルドは絶対に敵が多い。工房の誰かに一服盛られたかもしれないな」

「そうですよ。後で裏切り者に気づいたオズワルドの顔が楽しみですね」


 待合室が、一転笑いに包まれた。

 そこでふと、レオナルドが周りを見渡し、「そういえば」と怪訝な声を出した。


「アーロンはどうした? トイレか?」


 待合室には、パイプがトレードマークの男がいなかった。ここで三人で待機するよう決めていたので、いないのはおかしな話だった。


 スピカと困ったように目を合わせると、フィンは言いづらそうに口を開いた。


「煙草です」


 場を何とも言えない沈黙が訪れた。


「……そうか、相変わらずだな。間に合うのか?」

「無理」


 スピカが即答した。

 瞬間、待合室のドアがノックされ、スタッフが入ってきた。


「レオナルド様、もうそろそろ会場へ」


 レオナルドは唸るように返事をすると、疲れたような声で二人に言った。


「アーロンは置いていこう」

「はい」「了解」


 二人は迷わなかった。


サブタイトルは後で一話とか無難なのにするかも。

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