番外編 あたしメリーさん。いま怪横綱対幼女の戦いが始まるの……。
リョーゴク国へ向かう馬車――というか、愛車であるガメリンが引く獣車の中で、メリーさんたちは深刻な表情で車座になって向かい合っていた。
「メリーさんが占い師でオリーヴが人狼なのを確認したの……!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい。私が占い師じゃないの。どう考えても! メリーさんこそ人狼で私を陥れようとしているわ!!」
メリーさんの発言を受けて、オリーヴが手にしたカードを床に伏せて憤慨する。
その様子を眺めながらローラ、エマ、スズカが顔を見合わせた。
「どちらが正しいと思います?」
「う~~ん、一見するとメリー様がテキトーなこと言って、オリーヴさんが本気で反論しているようにも見えますけど……」
「オリーヴさんが占い師とか、これも胡散臭そうですし、そうなるとメリーさんが何も考えずに本当のことを喋っているだけという可能性の方が高い気もしますね」
喧々諤々と議論している三人へ、
「メリーさんが先に言ったの。オリーヴが後出しだから嘘なの……!」
「騙されちゃだめよ。メリーさんこそ人狼で、私をハメようとしているのよ!」
メリーさんが自然体でにこやかに、オリーヴが必死の面持ちで同時に反論した。
「「「う~~~~~む」」」
余計に悩む三人。日頃の歪な人間関係が赤裸々になった瞬間である。
「えーーーと、とりあえず人狼だと思う人を全員で指さすということで」
「指された人狼は縛り首なの……!」
獣車の中央の柱に括りつけられた縛り首用の縄を手にした包丁の先で示して、ワクテカしながら続きを促すメリーさん。
「「「「ゲームでマジで殺そうとするんじゃないわよ(しないでください)!!!」」」」
ローラの音頭に合わせて、五人が互いに不信感を漲らせながら、これはと思う相手を指さすべき人差し指を立てる。
「「「「「いっせーの……」」」」」
「尾形○ッセー!」
メリーさんのフライングな合図に合わせて、「タクシーっ!!」と、誰かが獣車を無理やり止めた。
「この大変な時にのん気に人狼なんてやってるんじゃないわよ!」
と同時に出入り口の扉を開けて、全身真っ赤なコーディネートをした五歳ぐらいの赤毛の髪を縦ロールにした幼女が怒髪冠を衝きながらメリーさんたちの獣車にズカズカと上がり込んできた。
「大変な時だからメリーさんたち心に贅肉……じゃなかった、余裕を持って臨むの。『心頭滅却すれば火もまた涼し』と言って、どっかの坊主も戦国時代に丸焼けになったし……」
「いや、それネット上にあふれる都市伝説のひとつだから」
「白木屋火災のときに下着を履いていないことを気にして女性客が落下死したとか、坂本竜馬暗殺の黒幕は薩摩藩だとか、日本シリーズで阪神がロッテに33-4で負けたとか、名古屋名物にあげられる便所メシとか、全部都市伝説ですからね」
都市伝説相手に噓八百を強調するオリーヴと、その尻馬に乗って特に後半はドサクサ紛れになかったことにしようとするスズカ。
「なんでもいいから、さっさと来なさいよ! つーか、カメに引かせて来るんじゃないわよ! いつまでたってもリョーゴク国へ着けないでしょう!」
いきり立つ赤毛幼女――ジリオラに対して、白けた態度でメリーさんたちが文句を言う。
「だいたいいきなり当日に、リョーゴク国へ行って御嶽山怒羅衛門関と戦えとか無茶な話なの。『今日はお城でパーティがあります』とか当日に連絡してくるピー○姫並みにナメてるの……」
「あと、別に私たち行かなくても問題ないんじゃないの?」
果てしなく気が進まない態度のオリーヴに対して、ジリオラが自明の理という口調で言い返す。
「ポ○モンも一匹しかつれてないよりはフルパーティーの方が良いに決まってるし、化け物相手もそんなもんよ。――こっちで馬車を用意するから全員乗り換えて! あとまとまっているとロクなことがないから、全員バラバラに分乗して」
さすがは公爵令嬢。あっという間に用意させた馬車に、メリーさんたちを個別に押し込むのだった。
◇ ◆ ◇
『あたしメリーさん。面倒くさいからいまバックレてきたところなの……』
「相変わらずフリーダム過ぎるな、お前は」
久々のバイト再開で古本のホコリを掃いながら、俺は話を聞いてジリオラ公女に同情した。
決戦場に着いてみれば、肝心のメリーさんが陰キャが遊びや飲み会の「途中まで一緒だったよな?」てノリで、いつの間にやら姿をくらませているんだから堪ったものではないだろう。
『メリーさんは「人生が辛い時はその問題から逃げよう」がモットーなので、さっさと面倒事からは逃げるの。というかよく考えなくても、国が何とかすべきなの。もしくはポリコレの影響で最近ホモになったスー○゜ーマンでも任せるの。相撲取り相手なら嬉々として立ち向かうに違いないの……』
各方面に配慮しないメリーさんの独断と偏見が留まるところを知らない。
「というか、スー○゜ーマンって掘られる方なのかしら? 掘る方なのかしら? もしかしてどっちもありなのかも知れないの……。最近のアメコミは配慮し過ぎでなんでもありになっているから、そのうちロリコンとか屍姦とか獣姦、露出、ショタ、搾乳、熟女、糞便嗜好とかなスーパーヒーローとかも出てくるに違いないの……!」
それはもはやヒーローとは呼べないのではないか?
「つーか、なんでもかんでも他人任せにするなよ。お前には責任感とか勇者としての面子だとか伝説のメリーさんとしての矜持とかはないのか?」
まあないんだろうな。ワクチン打ってたら「ワクチンのせいだ」と責任転嫁する奴だ。
『あたしメリーさん。大丈夫なの。赤いドレスの女は対怪物用のパワーアップアイテムだから、他の連中だけでもなんとかなるの……!』
メリーさんの根拠のない断言を聞きながら、俺は段ボールに重ねられていた映画のポスターとパンフレットを手に取った。
ちなみにタイトルは『ラ○ペイジ巨獣大乱闘』である。
「……ジリオラも気の毒に。小公女セ○ラの時代から、公女と名前がつく少女は苦労するものと相場は決まっているとはいえ」
逆境にも耐えてヒマワリに笑われないように頑張るんだよな。
『アレって、ざまぁパートが最終回だからいまなら誰もついてこないの。なろうの異世界恋愛ジャンルとか、有名な時代劇でもサクサクと「ざまぁ」するから、堪え性のない視聴者にウケるの……』
「だから読者をネタにするなと何度も言っているだろう! あと、そういえば異世界恋愛で思い出したが、乙女ゲームとかってのは具体的にどんな作品を指すんだろうな」
『「みつめ○ナイト」は乙女ゲームなの……!』
「そうかぁ……?」
よくわからん。
「というか具体例が微妙に古いな。お前、腕に武器を仕込んでいるキャラクターと言えば誰が思い浮かぶ?」
この問いに「ロッ○マン」と答えるか「コ○゛ラ」と答えるか、はたまた「ガッ○」や「宮○明」と答えるかで、だいたいの相手の年代がわかるというものだ。
『鯨○兵庫……!』
「微妙だな、おい! いろいろと……」
まあ『メリーさんの電話』の起源と興隆を合わせると妥当なのかも知れんが。
「ともかく、今頃ジリオラは大変なことになっていて気の毒に……」
『その言い分はメリーさん不快なの。まるっきりメリーさんがおかしくて、ジリオラがまともな風に聞こえるの……!』
周りも頭おかしい連中しかおらんからな。相対的にジリオラやローラは常識人枠……あ、いや待て、逆にまともだから頭おかしいってことだわ。
「……ああ、そうかも知れん。すまん、俺が間違っていた」
『わかればいいの。だいたい異世界の人間は文化も何もかも違うので、常識人のメリーさんが合わせるのが大変なの。バッフ・クランの白旗みたいなもので、文化の違いが悲劇を生むの……』
「あー、なるほど……」
主にお前が相手の文化を取り違えて悲劇をもたらしているような気がするが……。
『賢者とか言われている連中でも、七の段まで九九を覚えているとスゲーって絶賛されるレベルだし……』
「ああ、異世界あるあるだな」
『調査旅行団とか呼ばれる連中は、「晋三を捧げよ」が合言葉で、連日のように晋三を狩っているし……』
「狩るなよ!!」
なるほど異世界というのは一筋縄ではいかないようだ。
その後も俺はメリーさんの愚痴を聞きながら、バイトに明け暮れたのだった。
◇ ◆ ◇
「どぉいうことよ~~っ!」
すっぽんぽんにまわし一丁のジリオラが、胸を隠しながら周囲に響き渡る叫びを放った。
「わ~、ときめきトゥ○イトのED並みのインパクトですね」
その格好にスズカがのん気な感想を述べる。
「大丈夫です。いちおう大事な部分には絆創膏を張って隠してありますから」
そう言ってローラが宥めるも、
「これってメリーの役目でしょう! メリーはどこに行ったの!?」
取り乱したジリオラは聞いちゃいなかった。
「いやぁ、全員で探したんですけどどこにもいなくて、目撃者もいないので、多分、とっととトンズラしたんじゃないかと……」
頭を掻きながら、てへぺろと答えるエマの胸倉を掴んで取りすがるジリオラ。
「だからって、なんでわたくしが代理でこんな格好で、衆人環視のもとでスモーをしなきゃいけないのよ!?」
「いや、だって、すでに取り組みで『御嶽山怒羅衛門関VS幼女』となっていて、会場は大入りでおまけに国王夫妻も来ている天覧試合となったら、代理を立てるしかないでしょう。そして幼女に該当するのはひとりだけ」
他人事だけに冷静に状況をひとつひとつ列挙するオリーヴ。
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ……!」
ここまでお膳立てされて、立場上逃げるわけにもいかず、土俵に上がることになったジリオラ。
『に~し~、ジリオラ乃川、ジリオラ乃川ぁ~。ひが~し~、御嶽山~、御嶽山ぇ~!』
行司に促されて土俵に上がったジリオラ。
すかさず「幼女マンセー!!」の大歓声が主に大きいお友達から上がる。
続いて巨体を震わせながら、やる気満点で土俵に上がってきた御嶽山怒羅衛門関。
「ぎゃああああああああああああああああっ!!!」
全長五メートルを越える怪異なその姿を初めて目の当たりにしたジリオラが悲鳴を上げ、即座に背中を向けて逃げ出そうとするのをオリーヴたちが寄ってたかって押さえつける。
「なによアレ! 早くロボもってきなさいよ! 生身で闘う相手じゃないわよ! 身長57メートル、体重550トンくらいのロボを!!」
ジタバタともがくジリオラを無理やり土俵の真ん中まで連れて行く一同。
「うむ、期待の勝負である」
解説者席に座った閣下がご満悦で頷く。
『時間いっぱい! 見合って見合って……はっけよいっ!』
半ば見切りで行司の軍配が引き落とされた。
結果――。
「……勝ったわ」
激闘を制したジリオラが、ゼイゼイと荒い息と滝のような汗を流しながら、感慨に耽るのだった。
【(東)御嶽山怒羅衛門関● (決まり手:不浄負け) (西)ジリオラ乃川○】
負けた御嶽山怒羅衛門関が土俵の中央で叫んでいた。
「友達ンコーッ!」
「いや~。実に名勝負であった! 勝負を通じて友情が芽生えた瞬間であるな」
天晴天晴、と閣下やリョーゴク国の国王陛下夫妻も惜しみない拍手を送る。
そしてその間に、オリーヴたちは勝者に贈られる懸賞金とドラゴンポールを担いで、すたこらさっさと会場を後にしていたのであった。
※不浄負け=試合中にまわしが外れてチ●チンが丸出しになること。即、失格となる。




