番外編 あたしメリーさん。いま土俵に上がるの……。
【小話】
近鉄南大阪線の列車内にて――。
「……念願の関西旅行に行けたと思ったら、なんでメリーさんが普通にいるんだ?」
「さあ? 気が付いたら誰もいない町にいて、変なオヤジを見つけたので、包丁持って追いかけたらいつの間にかここにいたの」
親父も気の毒に、と思いながら俺は周囲の注目を浴びる、金髪碧眼美幼女でなおかつ包丁を握っているメリーさんをつくづくと眺めた。
お盆だし、そのあたりの事情で時空的な何かが狂っているのかも知れない。
「――で、どうするつもりだ、これから?」
「当然、迫りくるメリーさんの恐怖を味わせるの……! ちょっと待っているの!」
威勢よく答えて、止める間もなく勝手に席を離れて列車の後方へと移動していくメリーさん。
「目を離さなくても勝手に扉を開けて、他の車両に入っていく。飼い犬や千尋の両親よりガイj……落ち着きがないな」
思わずそう呟いたところでスマホにメリーさんから着信があった。
『あたしメリーさん。いま一番最後の車両にいるの……』
と、それに合わせるかのように、車内アナウンスが響き渡った。
《この電車は途中の古市で後ろ4両を切り離し、前4両は橿原神宮前から吉野行きに変わります。
なお後ろ4両は途中の古市で切りはなし、橿原神宮前行きに変わります》
『ちょ、ちょっと待って! あたしメリーさん。いま、そっちへ戻る――ああああっ、もう切り離されてるの……! 待って! 待って待って!』
メリーさんの悲嘆に暮れた叫びを聞きながら、
「♪安寿恋しやホーヤレホー、厨子王恋しやホーヤレホー♪」
俺は今生の別れの歌を歌うのだった。
なお、その後、大阪駅で待ち合わせすることになったのだが、なぜか永遠に会うことはできなかったのである。
◇ ◆ ◇
【ここから本編↓↓↓】
「なんだその伝説の横綱〝御嶽山怒羅衛門関”っていうのは」
思わず検索してしまったが、昭和のヤンキーしかヒットしなかったぞ。
『吾輩が説明をしよう!』
そこへ割って入る閣下の声。
『御嶽山怒羅衛門は相撲界のレジェンドであり、一説には相撲取りの元祖である野見宿禰を一蹴し、最強力士と呼ばれた雷電爲右エ門を引退に追いやり、連勝中だった双葉山や千代の富士の天狗の鼻をコテンパンにへし折り、連勝をストップさせたという逸話が残る、まさに相撲界最恐にして最大の力士なのである!!』
『あたしメリーさん。それ全部年代がバラバラな気がするの……』
メリーさんにしては比較的真っ当なツッコミに対して、閣下が一切の躊躇いなく言い放った。
『なぜならそれが怒羅衛門だからであるっ!』
『『『『『あ、ああ……』』』』』
〝怒羅衛門だから”の一言で、謎の納得するメリーさん、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ。
「……つくづくお前ら五人揃っているけど、合わせても脳細胞の数は一人分もないよなぁ」
しみじみとスマホ越しに嘆息する俺の嘆きを無視して、閣下のご高説は続く。
『本来は地下深くに封印されている怒羅衛門関だが、ごくまれに星の巡りが合う時と、その時の気分次第、そして相撲を愛する信者からの声援を受けると、地上に顕現することがあるらしい。声援には何らかの呪文が必要とも聞くが……』
と、その時、狙いすませたかのように俺の部屋の隣の部屋から、いつもの大学生サークル(?)一同が、何やら盛り上がっている声が薄い壁越しに聞こえてきた。
『あー、そういえば今日はアレが復活できる星辰の配置だったな。興味はないけど、一応召喚してみるか?』
『そうですね。新型君Δのせいで集会もリモートになってますから、この状態で儀式が成功するかどうか、一丁試してみますか』
『『『『賛成っ!!!』』』』
『うむ、そうだな。失敗してもホモサピエンスが食い殺されて滅びる程度だし。やるか!』
〝ちょっと! 不穏というか、現在進行形で人類の危機なんですけど!!″
台所で百均に行った時に五百円も出して買ってきた手回し式のカキ氷器で勝手にカキ氷を削り、俺の実家からお中元の御裾分けとして送られてきたカ○ピスをかけていた霊子(仮名)が、大慌てでカキ氷を口にかき込みながら危機を訴え――結果、アイスクリーム頭痛で身もだえするのだった。
その間にも隣の部屋から複数人による(リモートらしいが)得体の知れない輪唱が響く。
『ウガア=クトゥン=ユフ! クトゥアトゥル グプ ルフブ=グフグ ルフ トク! グル=ヤ、ツァトゥグァ! イクン、ツァトゥグァ!』
『来たれり! 敬愛する主ツァトゥグァよ、夜の父よ! 栄光あれ、太古のものよ、外なるものの最初に生まれしものよ!』
『ハイル、汝、星が大いなるクトゥルフを生み出す前の記憶の果ての太古からありしものよ! 菌にまみれしムーの偉大な旧き這うものよ!』
『イア イア グノス=ユタッガ=ハ! イア イア ツァトゥグァ!』
「……夏だなぁ――」
ハッチャケる奴が増える季節だ。
鬱陶しいのでスマホを耳から離して、メリーさんに向けて隣の騒ぎを中継する。
『あたしメリーさん。相変わらずあなたのアパート周りの環境って、問題ばっかりなの……』
と、次の瞬間、軽く地面が揺れた気がした。
「おっ、地震か?」
とはいえ、せいぜい震度一か二程度だろう。
〝ぎゃあああああああああああああっ! 来るわ! 世界の終わりよーーっ!!!”
幻聴も蝉の鳴き声並みにうるさい。
ほどなく地震がおさまると、隣室から、
『う~~む、やはり失敗か……』
という落胆した呻き声が聞こえてきた。
よくわからんがリモートワークではクラブ活動にも限界があるのだろう。
そんな近隣の日常とは別に、スマホの向こう側では何やら大盛り上がりに盛り上がっていた。
『うおおおおおおおおおっ! この魔法陣は御嶽山怒羅衛門関復活の予兆! 皆の者、備えよ! かの横綱がよみがえりし時、天が裂け地が割れ、町が吹き飛ぶのである!』
閣下の呼びかけに応えてメリーさんとスズカがあとの台詞を引き取る。
『空を飛ぶの……!』
『雲を突きぬけ星になるんですね?!』
『そうなの。火を吹いて……!』
『闇を裂き!』
『スーパーシティが舞い上がる……!!』
『『T○KIOが空を飛ぶ~っ!!!』』
『……いや、なんなわけ、それ?』
唖然としたオリーヴへ向けて、メリーさんとスズカが冷たい視線を向ける。
『これを知らないなんて、これだから今どきのJKは……』
『もはや国歌ですよね、これって』
『あたしメリーさん。メリーさん的にはオリンピックのオープニングでこれを歌ってもいいくらいだと思ったものなの……』
『うおおおおおおおおおおお~~っ!!! 腹減った~~~~~~っ!!!!』
と、益体もないメリーさんたちの雑談をぶった切って、もの凄い重低音の声があたり一面に鳴り響いた。
メリーさんが声の出どころを見れば、(後から聞いた話)元アーサー王の相撲部屋ところへ、ホッキョクグマほどもあるヒキガエルに似た面貌をした、力士体型の化粧まわしを締めた巨漢が突如あらわれ、何やら吼えているところであったという。
『おおっ! 降臨したか、御嶽山怒羅衛門関!』
感動している閣下とは対照的に、顔色を変えてソレを指さすオリーヴ。
『いやいや! あれって邪神でしょう! 旧支配者! 地のツァトゥグアじゃないの!?』
『『『『???』』』』
思いっきり怪訝な顔をするメリーさん、ローラ、エマ、スズカ。
『メリーさん思うんだけど、オリーヴは本能と反射だけでなくて、いっぺん思考を挟んでから言葉にするって手順を踏んだほうがいいと思うの……』
『アンタにだけは、その手の高説たられたくはないわ! てゆーか、邪神がよみがえった以上、聖剣で倒すとか再封印するとか、勇者としての義務でしょうが!?』
無理やり仕事を割り振られたメリーさんが嫌そうに《煌帝Ⅱ》を取り出した。
『あたしメリーさん。あ、これダメなの。《煌帝Ⅱ》には魂が宿っているので、包丁が必要と認めた時以外は使えないの。ぶっちゃけダ○の剣やニートと同じで、「働きたいときにだけ働きたい」というスタンスなの……』
『ご主人様、昨日の朝、納豆のタレの袋が異様に開けにくい時に《煌帝Ⅱ》を使ってませんでしたか?』
ローラの指摘に、『それが《煌帝Ⅱ》の認めた時なの!』と開き直るメリーさん。
『まあ、包丁だからねー』
苦笑いするエマの気配がした。
『じゃあ、あれどうするんですか? あと、もしかしてあれが手にしているのって、例のドラゴンポールじゃないですか?』
スズカの冷静な指摘を受けて見れば、唯一残っていた土俵上で四股を踏んでいる御嶽山怒羅衛門関のまわしにねじり込まれる形で、【地】と書かれたトーテムポールがホールドされている。
『許せないの! 勝手にメリーさんのドラゴンポールを横取りするなんて!! そこのデブ! さっさと無条件でドラゴンポールを置いて、地面の下に帰るの……!』
それを聞いてエキサイトするメリーさん。
「いや、お前のもんじゃないし。その要求は図々しいというか、バ○タン星人の方が、よっぽど可愛げがあるぞ」
そんな俺の説得も何のその、
『ぐはははははっ、笑止! これが欲しくば実力で取りに来い!』
呵呵大笑する怒羅衛門関の返答が聞こえた。
『ほら、ああ言ってるけど?』
再度オリーヴに背中を押されるメリーさんだが、毛むくじゃらでコウモリかナマケモノを連想させるその風貌を前にして、
『ぶっちゃけメリーさん、オーストラリアの毛虱の塊であるコアラを抱っこするのも嫌なのに、どんな病気持っているのかわからない、ト○ロのバッタモノ臭い異世界の野生生物とか触るのも嫌なの……!』
断固拒否の姿勢を貫くのだった。
8/6 一部修正しました。




