番外編 あたしメリーさん。いまスモー道場破りをしているの……。
『ということで、メリーさんたちの代わりに戦ってもらうの……』
『戦うって、いくら元勇者パーティに所属していた元S級冒険者とはいえ、俺はもう現役を退いたOBだぞ』
メリーさんの唐突な要求にロバート・権田原が苦い口調でぶーたれる。
『……いちいち〝元勇者パーティに所属していた”とか〝元S級冒険者”って、枕詞のように付けるところがいじましいわね』
『他に自慢できる経歴がないのですよ。過去の栄光というものですね』
『でも確か、勇者パーティでは勇者の靴係りで、その上で戦力外通知されたんだよね~?』
『ああ、要するに一度もスタメンになったこともないまま、マグレで甲子宴に出場した野球部のOBでした……って感じですね』
メリーさんとロバート・権田原のやり取りを眺めながら、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカが言いたい放題、外野でさえずっている。
仲間内で話しているつもりなのかも知れないが、女の子の声っていうのは意外なほど周囲に響き渡るものである。当然ロバート・権田原の耳にも入って、その背中がわなわなと震えた。
『『『『キモイわね(ですね)(よね)』』』』
期せずして一致した結論が、ロバート・権田原の最後の拠り所であった〝元勇者パーティに所属していた”〝元S級冒険者”というプライドを粉々に打ち砕く。
『やかましいわ、小娘どもっ!! 手前らの倍以上生きている、よく知りもしない他人様を「キモイ」の一言で貶めて、どんだけ愉しいんだ!? それで手前らの汚れた魂が浄化できるのか!!? ああ、ごめんなさいね、悪かったね。若くもなくてイケメンでもないキモいオッサンで! だけど好きでオッサンになったわけじゃねーぞ!!!』
逆切れしているロバート・権田原を尻目に、満足げに受付嬢と雇用契約を正式に書面で結ぶメリーさん。
『なかなかのやる気なの。この勢いでスモーに勝つの……』
「いや、まあ鬱屈した怒りや憤りはあるかと思うが、それが闘志に結び付くとは限らんぞ?」
うんざりしながら俺がそう返事をするが、メリーさんは気にした風もなく反論する。
『それでもストレスを溜め込むより、他人に発散できるほうが見どころがあるの。困難に直面して、それを自分の力で克服しようとストレス貯める奴よりも、常時アウトプットする奴の方が、最終的には上手くいくし、長生きするものなの……』
「ああ『憎まれっ子世に憚る』理論、もしくは『性格が悪い奴ほど仕事ができる』理論か」
良い人間ほどストレスを溜め込んで早死にするが、原因を外部要因としてストレスを外に発散させられる性格の人間ほど長生きするという理屈である。
あと、どんなことをしてでも目的を達成するという意味で、性格が悪い奴ほど仕事ができる=仕事ができるから出世する、というのが世界的な流れであった。
「まあ、同調圧力に屈しやすい日本人には難しいらしいが……」
『あたしメリーさん。なんで周りに気を使わなくちゃならないのか、全然理解できないの……』
本気で理解できない様子のメリーさん。
「失うものがない立場が無敵すぎる!」
ともあれドサクサ紛れにメリーさんと、ロバート・権田原との契約は成立したのだった。
「本人の承諾なしでいいのか、おい?」
俺の懸念に答えたわけではないだろうが、ナイスタイミングで受付嬢さんがロバート・権田原の現在の逼迫した状況を説明してくれた。
『いずれにしても仕事を選り好みできる身分ではありませんから。例の雌オークからロバートさんを救助するために組まれた決死隊の諸経費と離婚寸前の奥様への賠償金、子供の進学費用などで首が回らない状況ですからね』
「冒険者って、救命活動にも実費を取るのか?」
仲間内で助け合いするものかと思っていたが。
『あたしメリーさん。当然なの! 山で遭難した場合でも救助隊の費用とかなんかは実費なの。それでもぶっちゃけ毎年遭難者が三千人以上、死者行方不明者が三百人以上出ている登山とかいう危険な趣味に率先して参加する命知らずが山ほどいることを考えれば、よっぽど危険な冒険者ならなおさらなの……! 金が惜しかったら最初からやらなければいいの!』
まあ確かに自分から危険に飛び込むことを考えれば自己責任か……。
「ま、登山漫画では毎回のように登山者が死ぬからなぁ」
俺のボヤキに当意即妙でメリーさんが同意する。
『そうなの。プロの山岳救助の人でも死ぬの。有名な登山漫画「丘山」の主人公の島○三歩も、ついでに三歩のモデルになった人も最後は死んだの。もっともモデルの人は山じゃなくて海で溺れ死んだんだけど……』
「だからお前は、いちいち会話にオチを付けないと死ぬのか!?」
一方、勝手に契約を結ばれたロバート・権田原は、契約の説明を受付嬢から受けながら、悄然と肩を落としていた。
『くっ、なんで雌オークにさらわれた挙句、それをネタに母ちゃんから二股疑惑を持たれて離婚の危機にならなきゃならんのだ……俺は被害者だというのに』
行き場のないフラストレーションを漏らすロバート・権田原の肩(には手が届かないので腰のあたり)をメリーさんが気楽に叩いて元気づける。
『大丈夫なの。いまどきは二股くらいどーってことないの。最新のスーパー戦隊には八〇〇股以上してる奴すらいるの……』
『だから二股なんぞしとらん! ――いや、このガキと話しても無駄か。こうなったら子供のために頑張るぞ、父ちゃんはっ』
決意を新たに覚悟を決めるロバート・権田原。
「ほお。大切なもののためにやり遂げる覚悟を決めたか。『走○メロス』だな」
そんな俺の感心に水を差すのがメリーさんという幼女である。
『メリーさん、メロスってどこに感情移入できる要素があるのかさっぱりなの。あれって王様を邪知暴虐と決めつけて殺しに行って、勝手に親友を人質にして、アホの兄抜きで執り行われていた妹の結婚式に乱入して、最期、王様が仲間にしてくれって言っても無視して、素っ裸のまま民衆のエールに応えて自己満足の陶酔をする、無茶苦茶はた迷惑な男だとしか思えないの……』
はた迷惑な幼女が、勝手な論評をする。
お前が言うな! とツッコむ前に、ロバート・権田原が警戒心バリバリの口調でメリーさんに確認する。
『ところで、お前らの代理ということだが、何の代理だ?』
『そんな難しいことじゃないの。それはともかく、スモーって知ってるの……?』
『そりゃ知ってるが……』
『好きか嫌いかで言えば?』
『……まあ、見る分には好きだな』
答えるロバート・権田原が半ばメリーさんの意図に気付いて言外に拒否の姿勢を示す。
『あたしメリーさん。「好き者こそものの上手なれ」なの。ド素人でも、エロゲ―やりたさにパソコンに精通できるようになるのと一緒なの……!』
『!!! やらんぞ! 相撲とか、痛い稽古はごめんだ! 息子にもぶたれたことないのに!!』
思いっきり弱腰のロバート・権田原を受付嬢がとりなす。
『大丈夫です。練習はギルドの競技施設が使えますし、熟練のコーチと、万一のための天才外科医ドクター・サカイも待機してますから』
『ドクター・サカイって、あの意味もなくメスを突き立てるマッドドクターだろうが~~!!』
血相を変えたロバート・権田原の叫びを耳にして、スズカが懐かしそうに頷いた。
『カッ○ラキン大放送ですね。好きだったなぁ、刑事ゴ○ンボとか』
そこへ畳みかけるようにギルドの受付嬢が声のオクターブを一段上げて、朗々と言い放つ。
『そして、ご紹介いたしましょう。スモーといえば、この方! 今回の特訓のコーチを引き受けてくださった。その名も――』
刹那、男性の高らかな声が響き渡った。
『フハハハハハハッハッハ! 出門=コーグレ見参! 吾輩が来たからにはもう安心。「あ、これ進○ゼミでやったところだ」というくらい自由自在に決まり手を覚え、伝統の四十八手を覚えた時、貴様には魔界からリキシの紋章が与えられるであろう! なお、吾輩の事は〝閣下”と呼べ』
黒の衣装に白塗りの顔、金髪を逆立てた謎の男が現われて、そう大言壮語を言い放つのだった。
一同が呆気にとられる中、メリーさんだけが興奮して、
『おお~、日本古来から続く有名な四十八手なの! 揚羽本手、 網代本手、筏茶臼、イスカとり、入り船本手、石清水、浮き橋、うぐいすの谷渡り なの……!』
「『それは違う四十八手だ!!』」
期せずして俺と閣下とのツッコミがシンクロした。