番外編 あたしメリーさん。いま追放された中年冒険者を雇ったの……。
『ということで、予算内で収まる原住民冒険者を冒険者ギルドで斡旋してもらえることになったの……』
「……いや、藪から棒に『というわけで』と言われてもわからんのだが? もうちょっと噛み砕いて説明しろ」
夕飯時にかかってきたメリーさんの電話に、俺はホットプレート付属のタコ焼き専用プレートでタコ焼きをひっくり返しながら聞き返した。
『あたしメリーさん。ラノベの鈍感・難聴系主人公並みに察しが悪いの。仕方ないからメリーさんが瀬戸内海みたいに広い心で、最初から砕けている業○スーパーの米みたいに細かく説明してあげるから感謝するの……』
……微妙に狭いな。
ともあれ子供の規範になるべく、礼儀として感謝の言葉を返す俺だった。
「ああ、はいはい。ありがとうオリゴ糖」
『あたしメリーさん。あなたいちいち会話にギャグ挟まないと死ぬの……?』
「それは手前のことだろうが!!」
〝会話が殺伐としてる割に、タコ焼き作る手際はいいわね~”
出来上がったタコ焼きを勝手に〝はふはふ”と口の中で冷ましながら、霊子(仮名)がげんなりと独り言ちる。
〝あら、美味しいっ……関西人でもないのにタコ焼きって自作できるのね”
それから濡れそぼった前髪の下で、軽く目を見張った。
それは関西人とそれ以外の両方に対する偏見だな。別に関西人でなくてもタコ焼きは作れるぞ。というか、関西――大阪が本場なのは確かだが、関東には関東風のタコ焼きが結構昔からある。
ちなみに関東風のタコ焼きは生地の外側がカリッとしていて中身はもちもち、具材はタコ、天カス、紅ショウガ、あと俺の住んでいた町では刻んだキャベツか白菜を入れ、出来上がったら青海苔をかけて醤油ベースのソースをかけて食べる――のだが、最近はお○ふくソース必需の大阪版タコ焼きに押されて、なかなかお目にかかれないのが残念なところだ。
なお、油で揚げるどこぞの有名チェーン店のタコ焼きは、関東風ともまったく別物……江戸前寿司とカルフォルニアロールを一緒くたにする所業なので、あれをベーシックな関東風と言われると、広島県民が広島風お好み焼き(広島では単に「お好み焼き」と言う)を「広島焼き」と言われた時のような、ガチな戦争になる。
『――そうして現地人を使い捨てにすることで雇用も回って、メリーさんたちもWIN=WINのウハウハ。ゆくゆくは政教一致の統一政府を樹立して、皆が幸せに暮らせる新文明の幕開けになるの! これぞ常勝の法。エルカンター……』
どこぞの教団の本に書かれている内容を適当に引用したような、メリーさんの益体もない話を聞き流しながら、ほぼほぼタコ焼きに専念しつつ、ふと浮かんだ疑問を口に出していた。
「そーいや、昔、広島に行ったミュージシャンがライブ会場で『広島焼き食べました~!』と言ったら、客全員から総スカンを食らって、いきなりアウェイになった――という都市伝説を聞いたことがあるんだが、それって本当か?」
『何の話をしてるの!? なんでいきなり広島ク○トロと広島焼きの話になるわけ!? ちゃんとメリーさんの含蓄のある話を聞いてるの、あなた……?!』
電話の向こうでエキサイトするメリーさん。
「冗談だジョーダン・ヘンダーソン。そういえば前回壊れた巨大ロボって、普通に次元移動できたよな。アレを直して地球に戻るほうが早いんじゃないのか?」
『ああアレ……。あれは古代のオーパーツなのでなかなか直せる奴がいないの。それに保険にも加入してなかったので、修理費も馬鹿にならないの。とりあえずニコイチくらいで格安で直せるって評判のクラ○アンに依頼はしてるけど、なんかいきなり合体パーツが三個から四個に増えて、しかも大きさが十分の一になるとか、合体すればどーいう理屈か巨大化して元の大きさになるとか胡散臭いこと言っているの……』
「メカ○ダーロボか!?!」
アレもせめて最初のロボが壊された後、別なデザインのロボにしておけばスポンサーも潰れずに済んだだろうに、まるっきり同じデザイン・色で脱力したもんなぁ。
「まあ、ロボッ○マンの後釜に出てきた悪人顔のマ○ーンZとか、いきなり紅白おめでた色になったビ○バインとか、主役が乗り換え失敗した例は多数あるものの……」
ぼやきながらタコ焼きを頬張る俺。
『専用機でも特別機でもない汎用のロボットで、テクニックだけで戦った例もあるの。キリコとか……』
「他にはないけどな」
インスタントコーヒーを飲みながら俺は相槌を打った。むせる……。
『あたしメリーさん。あと新型メカに乗り換えても、最終決戦では一番最初のメカで決着をつけるという展開も熱いの……!』
熱く語るメリーさんを前に、チーズとかイカとかの変わり種タコ焼き(タコでない時点で別物の気はするが)にシフトしながら、いまさらながら俺は首を捻った。
「……なんでもいいが最初の話はどーなった? 冒険者ギルドで転生とか転移じゃない現地人を雇ったとか何とか」
とはいえ、まあ確かにメリーさんの言い分も間違いじゃない。
チート能力が使えなければ、基本的に現代日本人にできる事なんてほとんどないだろう。
知識チートでよく石鹸とかオセロ(8×8緑マスなのがオセロで、そこから逸脱しているのがリバーシ)とかが出てくるけど、石鹸の作り方なんぞ普通は知らんぞ。
オセロだってマス目の数が咄嗟に出てくる奴は稀だろうし、そもそも著作権のない世界で作っても、あっという間に大資本に真似されて終わりだろう。
ましてや戦闘ならなおさらだ。素の能力で原住民、いわんや普段から肉体労働をして、人を殴るのに一切の躊躇もない(普通の日本人は他人を殴ることにも葛藤するものである。平気でできる奴はおっかないと思うのが普通の感覚だろう)人間と、同じ土俵で勝負して勝てるわけがない。
白人でさえ黒人と喧嘩して勝てたら勇者扱いされるらしいのに。
「そうーいや、近い連休に樺音先輩が旅費を負担してくれるから、〝ブルキナファソ”とか〝シエラレオネ”やらに一緒に行かない? とか誘われているんだよな」
ふと思い出してそう口にしたところ、電話口でメリーさんが絶句した。それから激昂する。
『ぜーったいダメなの! あそこは気軽に旅行できるところじゃないの! だいたいメリーさんと行き違いになったらどうするの!? 「あたしメリーさん。いまナントカ浦和駅にいるの……」と言った後で――』
「どこの浦和駅だ? ただの浦和駅か? 北浦和駅か? 他にも南浦和駅、武蔵浦和駅、浦和美園駅、東浦和駅、西浦和駅、中浦和駅とあるが?」
『どこでもいいの! ともかく絶対に行っちゃダメなの。せっかくの決め台詞の後で「あ、いまアフリカのブルキナファソにいるんだわ」とか、言われたらメリーさんの立つ瀬がないの……!!』
「そん時は管理人さんに行っておくから、俺が帰ってくるまで、勝手に入って留守番していてもいいぞ~」
『はじめてのお留守番なの!?! 幼女が裸エプロンなの! というか、メリーさんが部屋の中で待っているとか、本末転倒なの……!』
愕然とするメリーさんを半ば放置して、ひとりタコパは佳境に入るのだった。
◇
翌日、またまた冒険者ギルドを訪れたメリーさんたちは、ひとりの中年メタボ冒険者を紹介されたのだった。
「こちらが元S級冒険者で現在ギルドの教官をやっているロバート・権田原さんです」
そんな受付嬢の紹介を受けて、スズカ以外の面子が同時に目を見開いた。
「げっ、教官じゃない!」と、顔をしかめるオリーヴ。
「その節は――」と、礼儀正しく頭を下げるローラ。
「うわ~、まだいたんだ」と、純粋に驚いているエマ。
「……お知り合いですか?」と、双方の顔を見比べるスズカ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
と、白昼に化け物に出会ったかのような悲鳴を上げてソファから飛び上がるロバート・権田原。
そんなロバート・権田原に向かって、メリーさんが気楽に声をかけた。
「あたしメリーさん。久しぶりなの。てゆーか、発情した雌オーク相手によく生きていたの。絶倫なの。本場中国で『絶倫パンダ』と呼ばれている和歌山動物園の浜一族みたいなの……」
「やかましい! 俺がどれだけ逃げるのに苦労したか……!」
本気で感心しているメリーさんに向かって、ロバート・権田原が悲痛な叫びをあげた。
※ロバート・権田原は、書籍版第一巻の書下ろし外伝に登場しています。




