番外編 あたしメリーさん。いま異世界の勇者を探しているの……。
「わしらは力士でごんす。欲しいというなら正々堂々と土俵の上で決着をつけるでごんすが、残念ながら土俵は女人禁制。お嬢ちゃんたちとは勝負ができないでごんすよ」
『おっちゃん。ドラゴン・ポールくーだーさーいーな~』
という駄菓子屋で飴でも買うようなノリのメリーさんの厚かましいお願いに対して、四代目アーサー・シヲ元王(通称ダイちゃん。かつて大魔王を相手に大冒険をしたという噂もある英雄王である)がきっぱりと拒否した。
「え~~~~っ!! いいじゃないですか、親方っ! 女の子とおねーちゃん! 酒! 女! ぜんぜんウエルカムっすよ! ぐへへへへへっ……!」
途端にゲスな笑いを放った現リョーゴク国王(なお上に大王とか皇帝とかが存在している)であるアーサー・ノヤマ。
「やかましい!! お前といいドルジといい、問題ばかり起こすからワシが管理責任を問われるんじゃ!!!」
それを聞いたアーサー・シヲ元王が、「ごんす」というリョーゴク国の方言を忘れて、素の口調で怒気を放ちながらアーサー・ノヤマ王を得意の突き突き突き、押し押し押し、最後は左四つから放り投げるのだった。
「「「「「…………」」」」」
その醜態に思わず目を点にするメリーさん、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ。
「単なる可愛がりなので気にしないで欲しいでごんす」
取って付けたような言い訳をして、何事もなかったかのようにメリーさんたちの前にどっかと座って威圧するアーサー・シヲ元王。
「「「「あ~……はい」」」」
萎縮する四人とは対照的に、空気を読まないメリーさんが包丁をぶん回しながら駄々をこねる。
「差別なの! いまどきはLGBT問題とか社会現象なの。ポリコレの影響で、そのうちキリストの十二使徒に黒人や女がいないのは差別だとか言って、聖書の改定を求める流れなのに、女人禁制とかあり得ないの……!」
「マジでありそうで怖いわね……」
実際、キリストは黒人だと主張している一派が実在しているのを知っているオリーヴが苦笑いをした。
だが、アーサー・シヲ元王は子供の我儘を聞かされる大人の余裕で、メリーさんの抗議を受け流す。
「それが伝統というものでごんす! 昔から〝土俵の下に欲しい物が何でも埋まっている”と言うでごんす。どうしてもドラゴン・ポールが欲しければ、ちゃんとした男の力士を連れてくるでごんすよ」
(((((そうか、土俵の下に埋まっているのか)))))
短絡的にドラゴン・ポールの場所を確信する一同であった。
「あたしメリーさん。そうとわかれば実力行使なの! 包丁召喚――いでよクジラ包丁っ!」
即座にメリーさんの手に巨大な……サイズ比でほぼ青龍刀か、『るろ○に剣心』で相楽○之助が使った「斬馬刀」を彷彿とさせる包丁が現われた。
「喰らえ、必殺・真っ向唐竹縦一文字斬りなの……!!」
前置き一切なしでいきなりアーサー・シヲ元王に対して、クジラ包丁を振り下ろす(単に重すぎて支えきれなかったようにも思える)メリーさん。
「「「「ぎゃあああああああああああっ!!!」」」」
直後の惨劇を想像して、思わず悲鳴をあげたオリーヴたちだった――が。
「……く、く、く、く、く」
何ということもなくクジラ包丁を拝み取りで受け止め、不敵な嗤いを放つアーサー・シヲ元王がいた。
「懐かしいでごんす。ワシの親父がクジラ漁師で、子供の頃からクジラ包丁は身近にゴロゴロあったでごんすよ(※事実です)」
――あ、やべぇ。この人プロじゃん!
戦慄する四人娘と、失敗したのを悟らずに首を傾げるメリーさん。
「またメリーさんなんかやっちゃいました?」
同時に――
「♪ひとつ人よりチカラ持ち~ぃ、ダイちゃんあっちょれ~♪」
謎の陽気な歌とともに、
「つかみ投げ!」「一本背負い!」「二丁投げ!」「やぐら投げ!」「掛け投げ!」
アーサー・シヲ元王の必殺技がさく裂して、メリーさんたちは次々と玄関から放り出されるのだった。
◇
「――ということで男の冒険者を雇いにきたの……!」
王都の冒険者ギルドに他力本願で顔を出したメリーさんの要望に、顔見知りの受付嬢がにこりともしないで、別窓口のカウンター(銀行で言えばローンの相談窓口みたいなところ)へと案内する。
「雇う……とおっしゃるとご予算はいかほどで、どのレベルの冒険者をお求めでしょうか?」
「金に糸目はつけないの! 二万くらいで褌担ぎに勝てる、チート勇者かSランク冒険者で十分なの……!」
メリーさんの『金に糸目を付けぬ』というのは『日給二万A・C』が限度らしかった。
「??? 『ふんどしかつぎ』ってなによ?」
怪訝な表情のオリーヴ、ローラ、エマに対して、スズカが小声で答える。
「相撲取りの蔑称です。『取的』とも言って、元は関取のフンドシを持って回る下っ端の力士のことで、ビッチのことを『阿婆擦れ』って言うようなもので、いまでは死語ですね」
「そのご予算では大関……アーサー王に勝てる人材は困難ですね」
あっさりとダメ出しをする受付嬢。
「そこを何とかするのがチートなの!」
「それが無理なのです。土俵の上は神聖な結界となっていて、チートもスキルも何も使えない、素の能力での肉弾戦になりますので、特に転生者や転移者のチート能力者は使い物になりませんね」
そう言い切る受付嬢の言葉に、メリーさんも納得した風で「あ~」と納得の表情になるのであった。
「チート能力の使えない転生者とか転移者とか、単なるゲームにどっぷり浸かってるキモヲタなの。使えないの……」
「「いやいや」」
メリーさんのボヤキに反発するオリーヴとスズカ。
「そういうのでも地球世界と違って、ステータス画面で自分のパラメーターだとかレベルとか一目瞭然なんだから、努力してレベル上げするもんよ」
「そうですそうです。逆にゲーム感覚で鍛錬ができるので余裕かと」
そんなふたりの主張を「――はンっ!」と一笑に付すメリーさん。
「能力とか努力の結果は現実でも数値化されてるの。偏差値とか体力測定とか、給料明細とか貯金額とかで。そこで底辺以下のニートをやっていた連中が、異世界にきたからってダメな性根がそう簡単に変われるわけないの。だいたいステータスが見えるからといって、ボタンぽちぽちして半分脳死状態でレベル上げるのと、実際に体動かして鉄の塊みたいな剣を振り回して、魔物をぶっ殺してレベル上げるのとが同列のはずないの。そんな地道でストイックな生活送れるなら、転生前ももっとマシな生活送れてるはずなの。だからステータス画面があっても、転生前同様のうんこ製造機になるだけなの……!」
思いっきり偏見まみれのメリーさんの言い分に、実際に自堕落な生活を送っているオリーヴとスズカを前にして、エマが「ああ」と納得した顔で頷いた。
「あの、ですが、環境が変われば眠っていた資質が花咲くということも……」
一応、大人の対応でローラが助け舟を出す。
「そんなものは『海外に生まれてたらうんぬんかんぬん』言う奴と同じなの! 先進国でも有数の自由と平等、豊かさを誇る日本に生まれてカスな奴が、もっと過酷な世界でブレイクするわけないの……!」
それも一刀両断するメリーさん。
なお、異世界に転生したり転移したりするのは、なぜか日本人の十八番であった。




