番外編 あたしメリーさん。いま新しい春がきているの……。
20XX年世界は核の炎に包まれなかったが、ヒャッハーが跋扈する世の中になった。
「「ひゃっほーーーっ♡♡♡」」
「――テンション高いな~……」
日本最長、最大高低差を誇るボディスライダーを、赤いビキニでこぼれんばかりのワガママボディを惜しげもなく晒した樺音先輩と、黒に白のラインが入ったオフショルダー水着の義妹、そのテンションに圧倒される俺とが前後になって――俺が半ば義妹の真季を抱きかかえる形で中央になり、先輩が背後から抱き着く形で最後尾になるという、例えるなら三色団子かジェラート・トリプル、はたまた黒○三連星のような体勢で――滑り降りている真っ最中であった。
楽しいとかスリルがあるとかいう以前に、前後からステレオで歓声が上がり、なおかつ狭いチューブ内に響き渡ってうるさいことこの上ない。
なお、真季は当然のように俺が穿いているサーフパンツの上に半ば尻を乗っけており、さらには自由に動く手足でもって、嬉々としてボディスライダーのチューブ内の壁や床を叩いて蹴って、現在進行形で後先考えない限界を超越した加速を加えまくるのだった。
「……おい、真季。この速度はさすがにヤバいんじゃないのか?」
流れる水も何のその。摩擦で熱くなってきた(俺の)ケツと、チカチカと目まぐるしく変わるチューブ内の光景に、さすがに危機感を募らせた俺がやんわりと注意をしたが、春休み突入に加えて緊急事態宣言が解除され、受験も終わってタガが外れた(まあ、この義妹は年中タガが外れているけど)真季は、ナチュラルハイ状態で俺の言うことなんざ聞いちゃいない。
そういえば真季は田舎の沢でもビニール製のアヒルボートに乗って――当然俺も道連れにされた――超速度で渓流下りをやって、最後、滝つぼにダイブする遊びを躊躇なく行う奴だった。
なお、そこの滝は別名『帰らずの滝』とも呼ばれ、地元民以外の何も知らない観光客などが、ちょくちょく溺れる、ある意味有名な穴場スポットである。
光の加減だと思うのだが、その滝に飛び込んで溺れた奴の写真を見ると、水面からワラワラと白い手の群れが伸びているように映る……という噂があったが、無論、そんなものは錯覚であり、溺れた連中も滝つぼの複雑に入り組んだ水流に搦めとられたと考えるのが常識だろう。
実際、俺や真季が飛び込んだ時にも、水流がまるで人の手のように手足にまとわりついたが、反射的にチキンウィングアームロックや腕挫十字固を繰り出し――人間相手だったら確実に骨を粉砕するか、複雑骨折させる勢いで――事なきを得たのは、いまとなっては懐かしい思い出である(二回目からは要領が掴めたのか、手足を掴んでくる腕の錯覚はなくなった)。
そんな感じで数百メートルはあるボディスライダーを、まるでレールガンのように加速をつけ、一塊となって滑り降りていた俺たちだが、
「ひょえええええええええええっ!? ――って、脱げる、脱げるぅ~~っ!!」
一方の樺音先輩は、速度が臨界を突破してゼロの領域に入ったところで歓声が一転し、その豊満な胸を俺の背中に押し付けて、なにやら焦った叫び声をあげ始めた。
「先輩っ、これ見よがしにお義兄ちゃんにしがみつかないでください! ――やっぱ背後から密着するほうがよかったかなぁ。でもお義兄ちゃんに抱きかかえられる選択肢は外しようがなかったし……」
真季が不機嫌な様子で背後を振り返って先輩に文句を言うも、そのタイミングで超加速でもって出口に到達し、勢いよくプールの水面に叩きつけられる真季と俺、そして先輩。
体感的にはスプラッシュ・マウンテン(時速62㎞)を生身でダイブしたようなもので、クッションになるはずの水がまるでコンクリートのような強度で、そこへ全身を叩きつけられ水しぶきがもの凄い勢いで――さしずめ思いっきり振り回したコーラの炭酸が噴出したかのように、猛烈な水柱が吹き上がった。
「オイオイオイアイツ死んだわ」
そしてどっかのモブが放った無責任なコメントを最後に、俺の意識は暗転したのだった。
「……死ぬかと思った……」
どうにかプールから生還した俺――なぜか俺が監視員にしこたま怒られた。解せぬ――は、オープンテラスのカフェでトロピカルドリンクを飲みながら、いまだに元気にプールではしゃぎまわっている女子ふたりを眺めながら感慨深く独り言ちた。
なお、すぐに正気に返った俺と違って、樺音先輩は水着の尻丸出しで白目を剥いていたところ、プールサイドに引き上げて心肺蘇生法を施し――水を吐かせて胸骨圧迫、人工呼吸をしつつ秘孔を押し、最後に背後から喝を入れて――正気に戻した。
ついでに狸寝入りしていた真季を見れば、何かを期待するかのように口を尖らせて「カモンカモン♪」とやっていたので、もっこりパンツの監視員の兄ちゃんたちに任せたところ、瞬時に蘇生した真季のジェッ○アッパーがさく裂して、監視員の兄ちゃんたちは「「「ぐあああああああーーっ」」」と叫びながら星屑と化したのだった。
なにはともあれ――。
「さっきまで溺れて気絶していたのに、元気なもんだ。もうすぐ春だからかねー?」
ちょっと気取ってみませんか?
と、自分でツッコミを入れながら、人工呼吸をしたと言った後、なぜか挙動不審だった――
『え゛……マウストゥ……って、ファーストキ……うわぁああ……あ、いえ、あり、あり……あり、あり……』
『モハメッド?』と俺。
『アリーヴェデルチ?』と真季。
『その「あり」じゃないわよ! アリガトウのありよ!!』
そんな樺音先輩もすっかり精彩を取り戻して、真季と一緒にはしゃいでいるのを眺めて、俺は密かに胸をなでおろす。
あと基本的に俺の周りの女性には敵意を隠そうともしない真季も、珍しく先輩には胸襟を開いているようだし――微妙に苦手意識を持っている節が見受けられるが、大学の先輩ということで真季も多少は分別がついたのだろう――いい傾向である。
そんな満足感に浸っていたところへ、メリーさんからのメールが届いた。
>【メリーさん@象のンコと狸のンコとジャコウネコのンコと猿のゲロのどれが好き?】
「……遥か昔に流行った『究極の選択』か!?」
『●ンコ味のカレーとカレー味の●ンコ、食べるならどっち?』『バ○ボンのパパと☆一徹、父親にするならどっち?』とかの一種かねえ、と思いながら『どれも嫌じゃ』とメールを返したところ、直接電話がかかってきた。
『あたしメリーさん。いま作者が生還したの……』
「生還? まあ俺もさっき生還したところだけど……何の話だ?」
藪から棒に。
『別に大したことじゃないんだけど、某佐崎が一カ月前の検査で割と洒落にならない大病と判明して、急遽入院手術していたらしいの……』
「――大病ってどの程度?」
『ほっといたら確実に死んだところを、イチかバチかで全身麻酔をして○時間くらい手術をしたていどだから大したことないの……』
「……俺には結構重大事のように思えるが……」
※ちなみに全身麻酔はマジでいきなり意識が暗転します。で、手術台の上で目が覚めたら「(。・ω・)ノおはようニキ。手術終わったよ☆」なので「Σ(゜Д゜)」ポカーンとするしかないという……。
『なので、もしかするとこれが遺作になる可能性もあったわけなの。遺作といっても遺作、臭作、鬼作と続く伊○家シリーズじゃないわよ……?』
「だからなんでお前はエロゲーにやたら造詣が深いんだ!?」
『そういえばアナタも生還したとか、物騒なこと言ってたけど、メリーさんが殺す前に勝手に死ぬとかとなしなの! ラスト直前でヒロインであるメリーさんを残して主人公死亡って、そんな伊○誠みたいな尻切れトンボは許されないの……!』
メリーさんヒロインという認識だったのか?!
「いやいや最近の作品では案外、主人公とヒロインがくっつかないものが多いぞ。エ○゛ァとかマ○ロスとか、ド○ゴンボールとかワ○ピース、ナ○ト、bl○ach……ジャ○プ作品多いな」
感慨を込めた俺の反論を、メリーさんが一刀両断する。
『主人公とくっつかないなら、それはヒロインじゃないの……! あと、ヒロイン交代で成功した例はぬ○べ~くらいしかないの』
メリーさん的には主人公が人外とくっつく作品はOKらしい。
「話が逸れているが、えーと、四月馬鹿じゃなくてマジの話か。作者が三途の川の一歩手前で引き返してきたって?」
『本当なの! 万一の時には「作者急逝のため今後の更新はありせん。ごめんなさい」と後書きに載せる形で、事前に予約投稿しておいたらしいけど、地獄の向こうでキング牧師、マザー・テレサやネルソン・マンデラが手招きしていたのを振り切ってきたらしいわ……』
「……いや、それ全員ノーベル平和賞をもらった偉人だろう。なんで下にいるんだ?」
『ノーベル平和賞なんてもらう連中は、外面如菩薩内面如夜叉。どいつもこいつも胡散臭い、外面だけ良い、実態は後ろ暗い偽善者に決まっているの……!!』
メリーさんの独断と偏見まみれの断定に反駁しかけて、「……そうかも知れない」と納得する俺がいた。たまに真理を穿つよな、この幼女は。
『ともあれ、一歩間違えれば作者がいなくなって、どれもこれも未完のままになるところだったの。栗○薫なの佐○大輔なのヤマグ○ノボルなの吉○直なの山門○弘なの神○紫電なの……!』
「……いや、そーいうメガホームラン級の作品を書いた作者と同列視するのは不敬だと思うが」
例えるならひと瓶五千円以上する超高級ヨーグルト【クレ○ドール】と、駄菓子屋で売っている【ヨーグルトのような何か】くらい違うぞ。
あと、最後の人は生きてるけど、確か筆を折って食い物屋を始めたんじゃなかったか?
ついでに言えば別の人が作品の続きを書いて完結させた作品も多々あるし……と言ったら、メリーさんに鼻で嗤われた。
『はん。途中で投げ出したプラモデルじゃないんだから、別人が書いたら時点でそれは別な作品なの……!』
あー、まあ、確かに絵画なんかでも有名人の描きかけの作品に、後から手を加えたものはその部分を消して(その作者に匹敵もしくは凌駕する作者が手を加えたならともかく)、描きかけのままの方が価値が高いらしいしな。
『で、ヨーグルトの話に戻るんだけど、メリーさんは高級品しか口にしないの。今日もお洒落なカフェでコーヒータイムを満喫してるし……』
意気揚々と話すメリーさんの言葉を信じるなら、その店の高級コーヒーは『時価』という、銀座の寿司屋の大トロか!? と言いたくなる値段表示であるらしい。
参考までに豆の値段を聞いたところ、『ブラックアイボリー』という世界一高いコーヒー豆(※ゾウの糞からとれるコーヒー豆)で、末端価格がグラム五百A・C(あくまで原価)という正気を逸した値段であった。
日本での価格に換算すると、コーヒー一杯に最低十gは必要だと考えて、一杯だけで軽く千円札が束……いや、下手すりゃ万札がふっ飛んでいく計算である。
たかがコーヒー如き、コンビニかファミレスでいいんじゃね? と思わずにはいられないが、
『嗜好品としては安い方なの。グラム当たりの末端価格で比べるなら、覚醒剤で六万円 (三回分) 、大麻五千円 (五~十回分、コカイン二万円(十回分)、ヘロイン三万円(三百回分)なんだから……』
という理屈であった。なお、お子ちゃま舌のメリーさんはせっかくのコーヒーに、砂糖とミルクをこれでもかと投入して飲んでいるそうな。
『あと、オリーヴはこの店で二番目に高い〝カペ・アラミド”(※インドネシアのコピ・ルアクと同じくジャコウネコの糞から採れる、こちらは養殖ではない天然百%のアラミドコーヒー。お値段は原価だけでグラム当たり約千五百円)の香りを堪能しながら、なんか海○雄山か山○士郎並みに蘊蓄を語っているの……』
「……それらを嗜好品とひとくくりにするのもどーかと思うけど」
一杯五百円のトロピカルドリンクを贅沢と思う俺が疑問を呈するが、仮にも勇者。金はあるので特に贅沢という意識はないらしい。メリーさんを筆頭に全員が、いずれも一杯数千A・Cするコーヒーを平気な顔で満喫しているらしい。
ちなみにローラはインド産のモンキーコーヒー(※アカゲザルの吐き出したコーヒー豆から作るコーヒーで、グラム当たり100円ほど)とやらを、エマは定石のコピ・ルアクを、スズカはベトナム産のチュングエンコーヒー(※タヌキの糞に含まれる未消化のコーヒー豆を焙煎したもの)を飲んでるとのこと。
……どーでもいいが、素人の感覚だと、ビッ○錠の料理漫画に出てくる衛生面ガバガバ料理のように、どれもこれも口に含むのに躊躇するような代物ばかりに思えるのだが、お前ら排せつ物やゲロを飲むのに葛藤はないのか!? と思ってしまうな。
あとスズカ! キツネとしてタヌキの排せつ物を口にするって、プライド的にどーなんだ?!
「まあ金持ちってのは一周回って、そのへんの感覚がマヒしているからな……つーか、異世界の冒険者とか勇者とかってのは、そんな贅沢ができるほど一般的に勝ち組なのか?」
『あたしメリーさん。メリーさんのレベルまで辿りつく連中は、ぶっちゃけウミガメの帰省率やマンボウの稚魚が成長する確率より低いの。A級冒険者や勇者でも、だいたい引退後は飲食店か飲み屋をやっているのが一般的で、一時期だけちょっと有名になった芸能人かスポーツ選手の末路みたいなもんなの……』
「どこの世界も世知がないな、おい。よくお前が勝ち組に残れたな……」
悪運だけは強いからな、この幼女は。
そんな俺の感慨に、メリーさんがスマホの向こう側で胸を張って答えた。
『メリーさん、そこらへんの冒険者や勇者とは違うの! 鍛え方が違う! 精魂が違う! 理想が違う! 決意が違う! 愛らしさが違う……の!』
成功者なんて、結局のところ運とタイミングなんだろうな、と改めて俺が痛感したところで、ふとメリーさんが不思議そうに尋ねた。
『そういえば今日はなんだかそっちうるさいけど、お出かけているの……?』
「ああ、まあ、東北にある温泉とプールで有名なレジャー施設に来ている」
『ああ、常○ハワ○アンセンターね……』
「スパ○ゾートハ○イアンズだ!」
でも、案外地元民は名前が変わる前の名称でいまだに呼んでるだよな~。
「なみ○やドームだってラク○ブドームに変わったし、東○湖ランドは東条○おもちゃ王国に、名古屋テ○ビ塔は中○電力 MIR○I T○WERに変わったし、グ○ーンスタジアム○戸にいたっては、Yah○o!BB○タジアム→神○球場→スカ○マークス○ジアム→ほっと○っとフィー○ドと、変遷を遂げているからな」
もっともいずれも地元民は「テレビ塔」とか「グ○ーンスタジアム」という認識で上書きはされていないらしいが……。
『あたしメリーさん。会社の評判が悪すぎて社員が集まらないとか、訴えられた過去をなかった事にするためとか、社長が気分と思いつきで2~3年ぐらいで社名がコロコロと変わるブラック企業みたいなものなのね……』
「……う~~む……」
俺が唸ったところで、真季と樺音先輩が俺を呼びに来た。
「お義兄ちゃ~ん、こんなところで黄昏てないで、一緒に泳ごうよ。それとも温泉に一緒に入る? ぐふふふふ……♪」
「あー、いいわね温泉。水着で混浴できるんでしょ?」
『あたしメリーさん。女の声が聞こえるの! まさか浮気しているんじゃ――』
うるさいので即座に俺はスマホの電源を切ったのだった。
ということで、本文中で書きましたけれど、入院、手術、リハビリなどを行っていました。
幸い術後の経過もよく、かなり快癒しております。
「大丈夫ですか」と「何事もないことを祈ります><」とか、皆様に心配をおかけするのが忍びなかったので密かに治療を行っていました。
あと、「もしも失敗したら……」と思って頭がいっぱいだったこともあります。
こうして大病を患うと、意外と明日という日が当たり前に来るというものではないことを実感いたします。
いきなり全作品が未完になる可能性もあったわけですからねえ……。
ともあれ、今後はリハビリを兼ねて執筆活動に復帰しつつ、悔いのないように作品を書きたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。




