番外編 あたしメリーさん。いま復讐が巷間で流行っているらしいの……。
路地裏にて――。
FFの勇者風の武装をした優男――見るからにエリート街道まっしぐらで苦労知らずのボンボン――が、恐怖に顔を引きつらせ慄いていた。
「ふふふふふふ、まさか能無しと罵倒し、ありもしない罪を捏造した上で、姑息にも退職金も何も払わず追放した僕が、超絶スキルに目覚め〝勇者”として、世間の畏敬を集めるとは思わなかったでしょう? そうそう聞いたところでは、雑用をすべて他力本願で僕に依存していたのが、誰もできなくなって、なし崩しにクランは解体、自身の冒険者ランクもAランクからCランクにまで落ちぶれたそうですね、抱腹絶倒じゃないですか。元リーダーのマシュー・ジョーさん」
「ち、違う! あれはお前が……それに時期が来たらもう一度――」
必死に弁明する元リーダーに向かって、男は右手を向けて一言――。
「いまさらもう遅いっ!!」
そこに強大な力が宿っていることを悟ったマシュー・ジョーの強張った顔が恐怖に歪む。
刹那、男の掌からビーム(っぽいもの)が放たれる寸前――。
「待てっ!」
「「「ゴヨウだ、ゴヨウだ!」」」
不意にばらばらと数人の十手を持って、変な覆面をした男女が現われた。
「――むっ、邪魔をするのは何者だ!?」
寸前でビームの発射を止めた復讐者が、周囲を見回しながら誰何する。
「我らはゴヨウの筋だ!」
連中のリーダーらしき顔に『誤』と大書された仮面をかぶった男が言い放つ。
それを聞いて地獄に仏のような顔で、手近な男に縋り付くマシュー・ジョー。
「た、助けてくだしゃい! 退職したあいつが逆恨みで闇討ちしてきたんですぅ!」
「「「ゴヨウだ、ゴヨウだ!」」」
「御用の筋……官憲というわけですか? ですが僕のこの復讐――いや、正しい制裁を邪魔する権利は誰にもありませんよ」
座った目つきで言い放つ男。
いつの間にか集まっていた野次馬の中から、
「あたしメリーさん。台詞がフラ○クキャッスルのパクリなの……」
どこぞの幼女が混ぜっ返す甲高い声が響いた。
すると仮面のリーダーらしき男が断固とした口調で言い放つ。
「否っ! 我らは『誤用誤字修正会』の者だ。貴殿の先ほどの台詞には多大な誤用があったので、修正のために参上した!」
「「「「はあ!?!」」」」
被害者加害者野次馬も含めて唖然とする中、『誤用誤字修正会』は毅然とした口調で次々に問題な日本語を列挙する。
「まず『捏造』という日本語は誤用である。正しくは『捏造』だ!」
「「「「「えっ!?」」」」」
幼女を筆頭とした五人組が、目を丸くする。
「『姑息』を『卑怯』という意味で使うのも間違いだぜ。本来の意味は『一時しのぎ』って意味だからな。辞書を引け、辞書を!」
「「「「ええっ!!?」」」」」
「『他力本願』という使い方も間違いよ。『自分で努力するのでなく、他人からの助けに期待すること』って意味で使ったみたいだけれど、正しくは『自ら悟りを得るのでなく、御仏の力によって救済されること』だから」
「「「「「えええっ!?!?」」」」」
「『依存』もそうだ。正しい読みは『依存』だからね」
「……豚汁を豚汁って呼ぶような違いかしら?」
首を捻った幼女の疑問に、素早く誤用職人たちが反応して言い含める。
「「「「「それは地域差の問題で、どちらが正しいとかではないの。逆に『馬主』を『ばぬし』と呼ぶか『うまぬし』と呼ぶかでは、公式に『うまぬし』が正しいと認定されているけど」」」」」
「お……おう、メリーさん理解した気がするの……」
その迫力にさしもの幼女もたじたじと納得した風に頷くのだった。
それはともかく、いったんの脇道はなかったかのように、復讐者への糾弾を続ける誤用職人たち。
「それと、『なしくずし』もなんか違うわ。『適当に曖昧なまま物事が進む』ことだと勘違いしてない? それ誤用よ。正しくは『物事を徐々に小分けに片づけていくこと』って意味なんだけど」
「「「「「げえええええっ!!?!」」」」」
「つーか、『抱腹絶倒』ってなんだよ。『捧腹絶倒』だろうが!」
「「「「「ということで、誤用だ! 誤用だ! 誤用ばかりだ!!」」」」」
と、鬼の首でも獲ったかのような誤用職人たちの指摘というか、糾弾というか、重箱の隅を楊枝でほじくってドヤ顔をする物言いに、寄ってたかってあげつらわれた復讐者は、
「やかましいわ~~~~~っ!!!」
逆切れをして手からビームを撃ちまくるのだった。
◇ ◇ ◇
前回、メリーさんたちは王城に泊まって、王族(のお尻)を狙う男色勇者――どうでもいいが、これまでの傾向を顧みるに、異世界の勇者ってのは変態と叩けばホコリ出る奴しかいないのか? ――を待ち構えていたのだが、なんか途中からいつも以上にグダグダになったので、昨夜は通話を切ってその後は不明なままで、若干の消化不良を残していたが……。
翌日の午前中、部屋の掃除(基本はロボット掃除機+霊子を放流しているが、床以外のところはやはり手でやらないとダメなので)をしながら、ふと気になった俺はメリーさんにその後の経過を確認してみた。
「――で、どうなった?」
『あたしメリーさん。結局オリーヴをハコテンにして焼き鳥にしてやったの……』
「何の話だ何の!? つーか、幼女が一晩中麻雀やってるんじゃねーよ! いや、仕事中に賭け事すな!!」
なお、五人組にプラスして国王も二抜け要員として交えて麻雀をやっていたらしい。
いろいろな意味で非常識な護衛である。
『メリーさんたちお金は賭けていないの。それに待機中に麻雀しても、お米券や図書券ならOKと新潟警察も言っているの……』
「警察と消防士と教師の常識はローカルルールなので、一般社会で適用するんじゃない!」
ともあれ、くだんの変態勇者は無事に捕縛されたらしい。
『メリーさん現場に踏み込んだら、なぜか一斉にローラやスズカ、国王とかに手で目隠しをされたので、詳しくは見てないんだけど、国王の弟のハゲイケメンが変態勇者相手に壮絶な戦いをしていたらしいの……』
なるほど壮絶だ。
そして幼女に対する配慮も的確である。
『エマの話では剣と剣とで刺しつ刺されつされていたそうだけど……』
……ああ、うん……ある意味間違っていないな、それ。
と思いながら、メリーさんの、
『♪剣と剣との火花が~♪輝く暁の星になる~……ぶっちゃけ、あの時代にあんな格好してたら変態なの。あと変態マスクといえば、ほぼおっさんが主役のアク○バンチが双璧なの……』
というたわ言を聞き流しながら、「なら捕まった変態勇者は処刑か?」と、念のため確認してみた。
『あたしメリーさん。変態勇者なら裁判で〝大根刑”に決まったの……』
「……なんだそれは?」
『〝大根刑”それは紀元前からギリシャに存在する刑罰で、愛人(♂)をNTRされたホモが寝取った男を訴え、罰として公衆の面前でケツに大根や魚を突っ込むという恐るべき制裁なの……』
「嘘をつくな嘘を! 民明○房刊でも、そんなトンチキな起源は捏造しないぞ!」
〝いや、いまググったら本当にあるみたいよ”
「――これは、逆にご褒美なのでは……?」
幻覚1の霊子(仮)と幻覚2のアニスが、勝手に人のパソコンを立ち上げて「うわ~」とか、嬉々としてドン引きしながら(矛盾があるがそうとしか思えない態度で)『大根刑』を検索していた。
ちなみに裁判を起こしたのは、変態に愛人(♂)を寝取られたホモの連名だそうである。
『よくわからないけど、種馬並みに次々に男を襲っていたらしいの! ホモ界のサンデー○イレンスなの……!』
とのことだが、よくわからない上に適切な表現かどうかすら不明である。
『さすがは○闘士の国なの。どこぞの漫画の神様は、ケツにピンポン玉を入れて発射する芸を開発して、温泉宿で芸者相手に披露したっていうけど、そんなHENTAI度では世界的な日本でも、変態の歴史では三舎を避けざるを得ないの……』
口惜し気に歯噛みをするメリーさん。
なんとなく俺の脳裏に「負けるが勝ち」という言葉が浮かんだ。
「処刑ねえ。それ本当に処刑か?」
『あたしメリーさん。処刑と言っても基本的に見世物なので、とりあえず大根は二十日大根からはじめて、最終的に桜島大根。魚は小女子からはじめて、カジキマグロまで挑戦させるらしいの……』
『「小女子じゃない、小女子だ!」』
俺と通話の向こう側とで訂正の声がハモった。
「???」
『ゴヨウだゴヨウだ! なお、小女子は主に関東地方における稚魚の呼び名で、正式名称は〝玉筋魚”と書いてイカナゴと読む!』
『たま……メリーさん、なに気にセクハラされてないかしら?』
怪訝なメリーさんに呟きを無視して、
『『『『『ゴヨウだ、ゴヨウだ!』』』』』
の声が異世界側のあちこちから聞こえてくる。
『あたしメリーさん。この間、「もう遅い」と一緒に殲滅されたかと思ったら、また復活しているの。あいつら不死身なの……』
げんなりしたメリーさんの嘆き節がスマホから響く。
「なんだその『もう遅い』ってのは?」
『いま流行なの。冒険者とかグループで餃子ポジションになった奴とか、オッサンとか雑用係とかがリストラされたあとで、なんか有能だったとか、チートスキルに目覚めたとかで復帰を要求されても、「もう遅い!」って言って、出合頭にビーム撃ち込んでくるらしいわ』
俺の知っている「もう遅い」と若干違うな。
「つーか、普通に有能なのを評価されないなら、さっさと転職するべきだし、それ以前にきちんと仕事の内容と、本人の能力を周囲に喧伝するべきだと思うんだが?」
職場で人間関係を構築できないのも問題だし――なんだかんだ言って口が達者な奴ほど優遇されるのが世間だしなぁ――、そもそも報連相ができないってのは、チームにおいて致命的なのではないか? 是正もしなければ、それでリストラされても仕方ないのではないだろうか。
そんな風に思って黙り込む俺をよそに、さらに盛り上がるメリーさん。
『復讐の鬼なの。モンテ・クリスト伯爵なの源頼朝なの曽我兄弟なの赤穂浪士なの早川健なの魔太郎なのガッツなの竈門炭治郎なの、あとぶっちゃけメリーさん自身もそのカテゴリーなの……!』
「いやいや、それって自分で手を汚さずに、じわじわと周りから真綿で首を絞めるようにして、自業自得って風に持っていく陰険――もとい、スマートなやり方じゃなかったか? 普通はやらんぞ。よくせきのこととはいえ、一般的な価値観を持つなら、恨みに思っても自分の手を汚すことはしない。自分で復讐をする奴はどっかおかしいと鬼舞○無惨も言っているぞ」
『あたしメリーさん。加害者が被害者にいう台詞じゃないの……!』
なんかメリーさんの主張に一理あるように思えるとは、世も末であるが、ここで肯定すると、メリーさんの包丁の矛先が確実に俺に向かってくるので、なんとしても口車で言い負かさないとマジで生死にかかわる。
「いやいや、某偏平足ロボの決め台詞に『罪を憎んで人を憎まず』とあるし、そもそも『心に『憎むな、殺すな、赦しましょう』と、ターバンと覆面の上にサングラスとマフラーをして、全身タイツにマントをつけた正義の味方も標榜しているだろう」
『そんなものは昭和の価値観なの! 令和時代はプ○キュアだって、私情を優先して助けを求めて来た敵の幹部を見殺しにして喝采を浴びてるし。もはやエマ○エル夫人が地上波で放送されていた時代とは違うの……!』
いやいや、ヒーローが社会正義を第一にしないのも問題だろう。某超人の主題歌にも『心に愛がなければスーパーヒーローじゃないのさ』って歌われているくらいだし……つーか、なんでメリーさん異世界にいるのに現代日本のアニメ事情とかに精通しているんだ?
『メリーさん、アンテナが高いの。某福音とかタイトルがついているアニメが二十五年ぶりに完結して、ラストで観客が一斉にズッコケたのも知ってるし……』
「いや、あれはあれできちんと広げた風呂敷を畳んだと、評価する声も多いんだが……」
別に俺が擁護する必要はないのだが、制作陣の知恵と努力と血と汗と涙と寝不足と世知辛さの結晶と思えば、勝手なエゴで批判するのははばかれる。
『えっ、ロボットアニメが二十五年かけて完結した? またまた~。サザ○さんやドラ○もんじゃないんですから、そんなわけあるわけないですよ。メリーさん、たまに露骨な嘘をつきますよね~。ガラス○仮面や王家○紋章、パタ○ロ! エロ○カより愛をこめてとかが、まだ連載終わってないとか』
口を挟んだスズカが鼻で嗤う気配がした。
『……メリーさん、とっても釈然としないの……』
うん、これはメリーさんに罪はないと思う。
「まあともかく、復讐なんて虚しいぞ。結局マイナスがゼロになるだけだからな」
『虚しくないの! キアヌ・リーヴスも言っているの。「復讐をしてもしなくても大切な人は返ってこないので、復讐したほうがスッキリする」って。実際、市場で料金を吹っ掛ける店主とか、占いを馬鹿にする客を闇討ちするのって、めっさすっきりするし、思い出すたび気分がいいって、ローラもオリーヴも口を揃えて言ってるもん……!』
異世界民度が低いな、おい。ネオド○ノシティのほうが民度が高いわ、確実に。
「……というか、年長者が率先して復讐を奨励してどうする。普通、年を重ねるごとに分別を身に着けるものじゃないのか?」
『あたしメリーさん。そんなのは幻想なの! チンパンジーも年取ると凶暴化するって言うし、霊長類のサガなの……』
「まあなんでもいいけど、復讐を肯定するってことは、お前も無意味にメンバーをリストラしないってことだよな?」
『当然なの! だいたい邪魔だから追放するなんて処置が甘いの。メリーさんなら保険をかけて、確実に息の根をとめるの……!!』
『『『『もっと悪い(わよ)(ですよ)(よ)!』』』』
すかさずメリーさんのメンバー全員からツッコミが入った。
「つーか、勇者や冒険者って生命保険に加入できるのか?」
てっきりテストドライバーやスタントマン、地下作業員同様に加入できない職業だと思っていたんだが。
『メリーさん五歳だから、イニャスの親父に連帯保証人になってもらって、序盤に出てきた怪しげな商人が運営する「クルーシュチャ保険」に加入しているの。なんか解くのに頭痛くなりそうな、面倒臭そうな方程式が書かれた書面だったので、流し読みしてサインしただけど……』
「……普通は解答を出すのに、アインシュタインでも数百時間から数千時間はかかるんだがなぁ」
メリーさんなら直感で解答を出しそうで怖いわ。
『でも、流行に乗ってオリーヴとかオリーヴとかオリーヴを追放する時に、詳しい保険の内容を知っていないと問題だから、今度じっくり見ようかしら……』
「やるんじゃない! つーか、追放なんて理不尽な真似はよせ!」
いろいろと面倒臭くなりそうなので、俺はその後も腰を据えてこんこんとメリーさんに言い聞かせるのだった。
【大根刑・参考:ガイウス・ウァレリウス・カトゥルスのカルメン第15「手出しをすれば」より】
ああ! その時こそ、君は哀れな奴だ、悲惨な運命だ
足を折り曲げられ肛門を開かれて
大根と魚が出入りすることになるだろう
誤字脱字などご指摘よろしくお願いいたします。
なお、世間的に誤用の方が一般化している単語――
○攪拌→× かくはん
○堪能→× たんのう
○蛇足→× だそく
○設立→× せつりつ
○睡眠→× すいみん
○出納→× すいとう
○情緒→× じょうちょ
○宿命→× しゅくめい
○消耗→× しょうもう
○漏洩→× ろうえい
○稟議→× りんぎ
○貪欲→× どんよく
○呂律→× ろれつ
……これ、誤用を正したら日本語として通用しないのでは(;^ω^)
3/11 誤用のご指摘があったので修正しました。
×ビームを打つ→○ビームを撃つ
申し訳ございません。
諸般の事情で各作品の更新をしばらく休止いたします。




