番外編 あたしメリーさん。いま王宮にいるの……。
飽きっぽい日本人的には、すでにフレッシュさがない新型と銘打たれた感染症。その影響で首都圏は不要不急の外出が禁止となり、大学の講義はリモートになり、バイト先は休業となっている昨今――。
『リモートなの!? これがマト○クスの先駆けなの。知らず知らずに政府が国民を遠隔操作で操っているの……!』
「……何の話だ??」
♪善~も悪いもリモコン次第~♪ と、謎の歌を歌いながら盛り上がっているメリーさんをよそに、俺はアパートの部屋の中でできるホットヨガをやりながら、体が鈍るのを防いでいた。
「水魚のポーズから、空中回転、月面宙返り、炎の――」
〝一日中、部屋の中でトレーニングとか鬱陶しわね。別に競技者でも、趣味でスポーツやっているわけでもないのに、無駄に鍛えるって意味あるの?”
炬燵に入ったままの霊子(仮称)が、俺の日課を眺めながら、げんなりした顔と口調でぼやく。
あるんだよ。ベス○キッドのトレーニングみたいに無意味そうに見えても意味があったように、きっとこれにも意味はあるはず。多分、おそらく……。
「……まあ、東京オリンピックも延期して、やるんだかやらないんだか微妙なところだし。いまごろ選手たちも俺と同様にヤキモキしながらトレーニングしているんだろうな」
そう軽くシンパシーを覚えながら呟くと、通話のままになっているスマホからメリーさんの木で鼻をくくったような声が聞こえてきた。
『あたしメリーさん。オリンピックって80年代後半がピークだったと思うの。バンバンと毎回世界記録が樹立されて見ごたえがあったし……』
「まあ、当時はアナボリックステロイドとか、わりと節操なく使える時代だったからなぁ」
一応禁止されていたらしいが、みんなにバレてるのに「僕クワトロだもん」で通すような茶番劇が通じたらしい。
実際、当時の映像を見ると、いまの選手とは体つきがまったく違うのがよくわかる。特に女子とか、素でやっている現在は、世界記録保持者でも日本の中学男子国体レベルの選手に抜かれる体たらくだし。
『メリーさん思うんだけど、どーせ限界まで挑戦するんだったら、オリンピックもドーピングしまくりにしたら面白いと思うの……』
「お前な……薬を使って一時的に強化されたとしても、それは命を前借するようなものだぞ! 悪魔に魂を売れと言うのか?!」
勝つために明日を捨てるのか? あとぶっちゃけドーピングしても人は七百㎏のホッキョクグマには勝てんぞ。
古代の闘技場で猛獣同士を戦わせた記録では、体重が同じなら熊の方が虎やライオンより強かったらしいし。
『明日くらい大した代償じゃないの。だいたい、「全部出し切りました、もうこれ以上は無理ッス」と血反吐吐きながら部下が泣き言を言っても、「はぁ? まだ命残ってんだろが! だったら命燃やせや、おら!!」と一蹴して、全読者を震撼させた女神の超絶ブラック具合に比べたら、悪魔の誘惑の方がまだしも全然ホワイトなの……!』
いや、あの女神は子供の頃から性根が腐っていたから、なるべくしてなった……というか、さりとて他の女性キャラがまともかと聞かれると、返答に困るわけで……つまりは全員暴力ヒロインだからこそ、ああ、この世界の女はみんなこうなんだな、で済むわけだ。
『メリーさん思うんだけど、「南はたっちゃんが好きだけど、かっちゃんは南を甲子園に連れて行ってね♡」と、なにげに双子の兄弟をキープしておいたヒロインも結構鬼畜だと思うの……」
なぜか不朽の名作扱いされてるけど、と付け加えるメリーさん。
「まてっ、お前の尺度で恋愛関係を語るんじゃねーよ。あれはヒロインが兄の方を好きで、弟がヒロインを一途に思っていて、でもって兄は弟の気持ちを知っていて、不器用に気持ちを押さえて弟に遠慮する純愛物語だからな!」
ついでに付け加えるなら、弟の方はすべてを理解していて、兄に本気になって正面から競ってもらいたいと願っていたわけだ。
『あたしメリーさん。それって一歩間違えれば、青春の蹉跌なの! でも、ややこしくなった根本的な原因は、兄がスペックですべて弟を上回っていて、なおかつ「俺が本気出したら弟から全部奪っちゃうから」と、なろうムーブしてたのが諸悪の根源だと思うの。兄が最初から本気出してれば、弟も無駄な努力や夢を見ずに済んだの……』
なんでそういうひねくれたものの見方をするのかね、この幼女は……。
てゆーか、最近の若い連中ってのは、『忍ぶ恋』とか『もどかしい恋模様』『三角関係』とかを、『足音にピコピコ音を付けるくらいウザい』と、食ったこともないのにイギリス料理を、読んだこともないくせになろう系小説を、知り合いでもない有名人をDisって、謎のマウントを取る傾向にあるように思える気がするんだよな~。
この間も、TVで『ヲタク○恋は難しい』の映画放送後、ネット上では、
>俺まだ小学生だからしらねぇけどよぉ。
>電車男とか流行ってた時はこういう奴ら、うじゃうじゃいたんじゃあねぇの?
と、嘲笑するようなコメントが書かれていたし。
〝いや、それ絶対に小学生が書いたコメントじゃないから”
いつもの幻聴が炬燵の上のデコポンを巡って、幻覚その2と攻防戦を繰り広げながら横から口を挟む。
……まあ真偽のほどはともかく、恋愛なんて過程のヤキモキ感が肝だろうに。何事もお手軽さを求めていたら人間、成長できないだろう? と半ば独り言ちた俺にメリーさんが小首を傾げながら言い返す。
『でもパ○プロなら早めに彼女作った方が成長できるの……』
ゲーム感覚で語るな!
『――だから、「くん」ってなによ!? 「さん」でしょう、常識的に考えて! それとニャ○メとかケム○パスなんて聞いたこともないわ!』
『は!? 何を言っているんですか、オリーヴさん。そもそも「くん」以外の敬称があるわけないじゃないですか。それにもーれつ○太郎のレギュラーは、スターシステムみたいなもので、アニメにも出ていますよ。○太郎もココ○の親分も!』
『そんなの見たことも聞いたこともないわよっ!』
そこでふと、メリーさんの背後でオリーヴとスズカが何やら反目し合っている声が聞こえてきた。
「……何を口論しているんだ、オリーヴとスズカは?」
オリーヴはともかく、スズカがここまで声を荒げて意見するのは珍しい。
『あたしメリーさん。某六つ子が出てくる作品について、ふたりのジェネレーション・ギャップからくるすれ違いが原因なの……』
「ああ、あれか」
いまのアニメしか見ていない層は、そもそも原作を読んでないだろうからなぁ。
「つーか、なんでアレの話になったわけだ?」
『メリーさんたち、ホモの本番離れが進んでいる影響の余波で、被害を被っている王族からの依頼で王宮に来ているの……』
「お前の話は相変わらず、1と2と3で重さが違うゲッ○ーロボ並みに整合性がとれんな……」
『細かいことはどーでもいいの……!』
説明する気ゼロのメリーさんが思考放棄をして話を進める。
この手の【大人になれ】【過去に囚われるな】【自分で道を探すんだ】【未来は無数にある】くらいの――美辞麗句に聞こえるけど、実質的に問題の――丸投げって困ったもんだな。と、思わず呻く俺。
『で、王宮でイニャスの親だという国王と王妃に会ったの……』
「ゆるキャラの両親か。見た目も似たようなものなのか?」
『あんまり似てないわね。国王の方は、なんとかジャガーに似ている、わりとイケメンだし……』
「ミック?」
『そっちじゃなくて、ドヤ顔で外国人に大人気のジェッ○ジャガーの方なの。あと王妃は第三形態ってところかしら? イニャスは母親似ね……』
どんな両親やねん。
俺は想像するのをあきらめて、話を元に戻した。
『でもって、ついでに出てきた宰相というやつが「ざんす」と語尾につける、トニー谷みたいなおっさんで、オリーヴとスズカが「「イ○ミみたい」」と口走ったところから、話が合ったようで、実は合わなかったわけなの……』
「えーーと、つまりイニャスの家に遊びに行ったってことか?」
『仕事なの! なんでも〈勇者〉*=アスターリスクというガチなホモだか、ゲイだか、オネエだか、オカマだか知らないけど男色家が、昨今の男同士の本番離れを憂慮して、王家に改善を求めたらしいんだけど……』
『異議あり! メリー様、ホモとゲイとオネエとオカマを同一視するのは、ちゃ○とりぼ○とな○よしとマーガ○ットを、「少女漫画」というくくりで混同するかのような暴論です!!』
そこへエマの断固たるツッコミが入った。
『エ~マ~、少女漫画はともかく、BLとかの不健全な趣味は自重するように言ったわよね~?』
『(ぎくっ!)お、お姉ちゃん、いや、これは違うの……その、時として人は譲れないものが――』
ずりずりと無理やり引きずる音とともに、エマとそれをなしているであろうローラの声が小さくなっているのであった。
「……結局、どういうことだ?」
『メリーさんも詳しくは知らないんだけど、〈勇者〉*=アスターリスクという噂では母親を対○忍に、父親をオークにもっている勇者がいるらしいの……』
「ある意味サラブレッドな淫乱だな。よく勇者になれたものだ」
お前の母ちゃん対魔○~、とバカにされながらも臥薪嘗胆で成り上がった、生まれの不幸を想像して、俺は密かに同情をするのだった。
『で、アナタがロリコンなように、こいつは生粋のホモ(攻)なんだけど……』
「まて、俺にはそんな一点突破型の性癖はない! つーか、そんな性犯罪者スレスレ……いや、すでに一線を越えているような奴を、なぜ勇者として認める……!?」
『あたしメリーさん。愛の心で犯罪者のケツを掘るから問題ないらしいの……』
「愛ってつければなんでも許されると思うなよ!」
『でもターバンのガキがサ○ザーを刺したのも、愛ゆえに――で許された実績があるの……』
ああ、そういう意味では背中から刺すメリーさんも同類で、許容されているわけか。
『メリーさん幼女だからよくわからないんだけど、最近はホモの受け手離れが進んでいるらしいの。ほら、男×男となるとフィクションと違って事前準備が大変でしょう……?』
「いや、知らんがな」
『まず浣腸は必須だし、その後の洗浄、そしていきなりはできないので、数日かけて器具で開発する必要があるから、面倒臭がって若いホモは行為を敬遠するようになった昨今……』
「果てしなくどーでもいいトリビアだな、おい」
『それを憂慮した〈勇者〉*=アスターリスクが、警鐘を鳴らすために王族を襲いに来るらしいの……あたしメリーさん。お尻は狙われている、の!』
「いや、普通に捕まえろよ、そんな変態」
『すでに官憲が四百名以上、返り討ちにあって男の処女を散らしたらしいの……』
想像するだに地獄絵図であった。
「……ああ、それで変態のストライクゾーンから離れたメリーさんたちに召集がかかったわけか」
『そういうことなの。メリーさんがいる限り、背後は守られたも同然なの……!』
なお、メリーさんが大真面目にそう宣言した頃、王弟でイニャスの叔父にあたるアキレス殿下が、〈勇者〉*=アスターリスクの襲撃を受けて、「アッー!」と叫んでいたそうである。




