番外編 あたしメリーさん。いま浦島太郎を歓待しているの……。
もともと前話の最期につける予定でしたが、長くなり過ぎたので別に分けました。
むかしむかし、とある漁村に浦島太郎という青年がいました。
ちなみにロサンゼルスがロス・アンゼルスのように、よく間違われるのですが、浦島・太郎ではなく、浦・島太郎というのが正式な名前です。あと虎の獣人でもありません。
ある日、島太郎が砂浜を歩いていると、
「カメだーっ!」
「カメが出たぞーーっ!!」
「うわあああ、太郎冠者がやられた!?」
「「畜生っ、兄貴のかたきっ!」」
「やめろーっ、次郎冠者、三郎冠者!!」
「「メガ〇テ!!」」
子供たちが全長六メートル、直立して口から火を吐くカメにいじめられていました。
必死に抵抗する子供たちを意に介した風もなく暴れ回るカメ。
「待て待て!」
そこへ割って入る島太郎。
「カメ、お前は間違っている! 第一、ガ〇ラは子供の味方じゃないか!!」
その言葉に、ガ~~ン! と目から鱗のような表情を浮かべるカメ。
――よかった。昭和版だったらしいな。平成版はその設定がないからなぁ。
内心でホッと安堵の吐息を放つ島太郎。
ともあれ己の行いを恥じたカメは、精神的に助けてくれた島太郎を竜宮城へと招待することに決めました。
「いや、仕事があるのでそういうのは……つーか、海の中で呼吸とかできんだろう?」
島太郎のもっともな疑問に対して、カメはどこからともなくガムを取り出して渡します。
ガムの包装紙に書かれている説明文を読む島太郎。
「なになに……『このガムを食べると、水中で呼吸ができて喋ることもできます』」
――海底少年マ〇ン……。
なぜか理由もなく島太郎の脳裏に、そんな言葉が浮かび上がったのでした。
ともかく、果てしなく気が進まない島太郎でしたが、カメの圧に負けて竜宮城へと拉致……もとい、招待されました。
そうしてカメの背中に乗って海底を進むこと〇時間。
島太郎の目前に豪華絢爛なネオン輝く大阪の道頓堀みたいな竜宮城が現われたのです。
「……なんだろう。この先行きに感じる不安感は……?」
いますぐ引き返したくなった島太郎ですが、当然帰れるわけもなく、
「一名様ご案内~~っ」
門をくぐると、学芸会のように頭にタイやヒラメの被り物をした女性たちが集まってきて、島太郎を奥のVIP席へと案内してくれました。
と、VIP席にはなぜか先に五歳くらいの幼女が偉そうにふんぞり返っています。
「あたし乙姫様。よく来たの、カメを助けてくれたらしいので、この乙姫様が直々に接待してやるの。だけどお触りは厳禁なの……!」
「えええっ、乙姫様!? どこっ、どこどこ、どこにいるんだ!?」
乙姫と聞いて俄然テンションが上がった島太郎は、周囲を見回し、幼女をひっくり返してソファの下まで確認して乙姫を探します。
「いえ、あのぉ……いちおうコレが乙姫様です」
困ったようにローラ……もとい、鯛の被り物をした女性が、ぞんざいに床に放り棄てられた幼女を指さします。
「乙姫ぇ……音〇の間違いじゃなくて?」
「残念ながら事実です」
エマ……もとい、同じく鯛っぽい被り物をした少女が、しみじみと姉(?)の言葉に同意しました。
「あ、ちなみにあたしは鯛ではなくて、甘鯛です。グジとも呼ばれて関西では昔から鯛以上の高級魚として、特に京都人は毎日こればっかり食べてるんですよ」
「京都人に関する食生活は微妙に眉唾っぽいが、そもそも鯛と甘鯛ではまったく種類が違うような……」
首を傾げる魚のプロである島太郎。
魚に関しては一家言ある彼としては、九州のクエを関東で獲れるアラとを混同しているどこぞの美食漫画は看過しできない暴論であった。
「魚談義はいい加減にして、メリーさんが乙姫様だということを認めるの……!」
地団太を踏む駄々っ子のような乙姫を前に、
「あー、はいはい、あれだろう。リュ〇グウ王国王妃で金魚の人魚の……」
「麦わら被ったゴム人間が主役の乙姫じゃないの……!」
「まあ、確かに乙姫が人妻なのはまずいわな」
元来、「おとひめ」というのは「弟姫」。すなわち一番年下の姫ということで、未婚の年若い姫を指す言葉である。
そうーいう意味では、この五歳児くらいの幼女が乙姫なのも原点準拠と言えるかも知れない。
無理やり納得して席へ案内された島太郎の前に、次々とご馳走が並べられる。
「メリーさん手作りのサーモンと鰹、サザエの刺身なの……」
もはや乙姫様という設定をかなぐり捨てて、刺身包丁片手に胸を張るメリーさん。
「……いや、豪華な船盛りだけどさ。竜宮城の主が魚をさばいていいのか、おい?」
ほぼ同族殺しではないかと思う島太郎であった。
「人間だって同じ哺乳類の牛や豚を殺して食っているの。この世は弱肉強食、強ければ生きて弱けりゃ死ぬの……」
「お前は志〇雄誠か! 死んだら絶対に地獄行きだな!」
ツッコミを入れながらも、ご馳走を無駄にするのも忍びないので箸を伸ばす島太郎。
「あと追加でワカメの酢の物と、タラコ、明太子、いくらの魚卵三種もあるの……!」
「サーモン、カツオ、サザエ、ワカメときてこれか。お前、なにげに海産物家族をディスってるよな」
「あいつら基本的に不死身で不老不死なので、何回ぶっ殺しても無限コンテニューするからコスパがいいの……」
メニューに作為的なものを感じてツッコむ島太郎に、開き直って答えるメリーさんであった。
「あと、そこのタイやヒラメ。適当に踊るの! 踊りながら一枚一枚着物を脱いでいくと、さらにいいの……」
「「「絶対に嫌ですよ!!」」」
ストリップを強要されたローラ、エマ、スズカが同時に拒否する。
どーでもいいけど、スズカがヒラメ役なのは、やはり胸囲の格差問題なのだろうなぁ、と失礼なことを考える島太郎。
「あんた、いくら昔話でもやっていいことと悪いことがあるでしょう!」
そこで思い余って文句を言いに来たのは、フグの被り物をしたオリーヴであった。
「昔話だからこそ、きっちり因果応報とか報恩謝徳とかを明確にするの……! メリーさん思うんだけど、最近のババ汁も作らない、最後にウサギと和解して爺と婆の家で働くタヌキのカチカチ山とか、本来は爺と婆が桃食って久々の夜の生活で生まれた子供だったのに、謎の桃の中から生まれて、あとキビ団子で家来にしないで上下関係のないぬるい仲間集団になって、最後に宝を被害者に分配する桃太郎とか、カメがウサギを起こして一緒にゴールする兎と亀とか、原作クラッシャーな令和の昔話は許せないの……!!」
そう気炎を上げるメリーさん。
「いや、桃太郎は割と早い段階で夜の生活は省かれて、ドンブラコになっていたぞ」
そう島太郎が反論すると、メリーさんは「そういえば」とちらりと背後を振り返った。
「最近の浦島太郎は、最後、浦島太郎が鶴になって『亀と夫婦になって幸せに暮らしました』と、一周回って原典にもどっているの……」
島太郎がその視線の先を辿ってみれば、例の巨大亀が厚化粧をしてスタンバイしている。
「いやいやいやいや! ごく一般的な話で十分で――あと、玉手箱もできればいらないので!」
「ほら! あんたがメタい発言をするから、どんどん原作から離れて行ってるじゃないの!」
必死に辞退する島太郎を横目にメリーさんを非難するオリーヴ。
「うるさいの! ガタガタいうならフグちりにして追加のおかずにするの。よく考えたらフグ田だから真っ先に捌くべきだったの……」
どこからともなくふぐ引き包丁を取り出してオラつくメリーさん。
「――ちょっと待て。お前、河豚調理師免許は持っているのか?!」
「大丈夫なの!」一切の躊躇なく頷くメリーさん。「フグは多少毒が残っていたほうが美味いと、『包丁〇宿』でも描かれていたの……!」
「うん、それ違法だし、絶対にお前は致死量の毒を『多ければ多いほどいいの!』とか、単純に思って豪快に盛るよな!?」
慌てて皆で寄ってたかってメリーさんから包丁を取り上げる。
ともあれ接待……歓待を受けて、さてそろそろお暇しようかと島太郎が思ったところで、
「ほい、支払いは二億四千万円なの……」
明細の書かれていない『竜宮城・支払い¥240,000,000-』と書かれた請求書が渡された。
「なんだこのぼったくりどころではない金額は!?!」
そもそも金をとるのか!? と、理不尽に震える島太郎。
「サービスとか席代とかチャージ料金とか、いろいろとかかるの。まさかバックレるつもりじゃないわよね……?」
「払えるか、アホンダラ!」
「だったら体で払ってもらうの。賭博黙〇録的に……」
いつの間にやら完全武装した魚人に囲まれて、無理やり連行される島太郎。
やがて連れていかれた先には、なぜか世界中で愛される、頑丈この上ない、出前や新聞配達でおなじみのバイクが停まっていた。
「さすがホ〇ダのスーパー〇ブ。深海中でもちょっと改造すれば、平気で動けるから重宝しているの……」
自分のことのように自慢するメリーさん。
「……いや、状況がわからんのだが?」
「簡単なの。最近、この海を荒らして回る〝ポセイドン”というやつがいるの。それを倒してくれれば、料金はチャラにしてあげるというわけなの……」
「昔話がいきなり冒険譚になったのだが……つーか、俺他の太郎と違って、ただの漁師で戦闘能力はないんだが?」
急すぎる話の展開に呻き声を漏らす島太郎。
「大丈夫。現場まではバイクが自動で運んでくれるし、武器としてこのオリハルコンの短剣を渡しておくの……」
そう言ってメリーさんは光り輝く出刃包丁を取り出した。
それを見て首を捻る島太郎。
「アレぇ!? てっきり海底奇岩城的なポセイドンかと思っていたら、別なほうのポセイドンが相手だったか!?」
その間にも光が消えるオリハルコン。
「あれ――?」
「一日五分で威力がなくなって、あと二十四時間太陽光をチャージしないと使えないの……」
「この深海でどーやってチャージしろっていうんだ!?!」
いきり立つ島太郎に向かって、「まあまあ」となだめすかすメリーさん。
「ちゃんと最終兵器の水素爆弾がここのところにぶら下げられているの……」
本来なら岡持ちが置かれている場所に、明らかに物騒なブツが結わつけられていた。
「これ絶対に特攻自爆を前提にした装備だよな!?」
「だいたいにおいてポセイドン相手には、最後はもろともに自爆というのが様式美なの。冥途の土産に玉手箱DXもつけておくから安心するの……」
「いらねえって言ってるだろう!」
無理やり押し付けられた玉手箱を放り棄てようとする島太郎だが、勝手に戻ってくる玉手箱。
「指紋認証システムで地の果てまで追いかけるの……」
「悪魔っ! カメなんて助けなけりゃよかった~~っ!!!」
島太郎の慟哭の声が、海底に響き渡った。
やがて何かを吹っ切った――据わった目つきで――バイクに飛び乗った島太郎は、
「行ってやる。だが、お前も道連れだ!」
ひょいとメリーさんの首根っこを掴んで、そのままポセイドン目指して走り始めた。
「ぎゃあああああああああああああっ!! 事案なの! 幼女略取なの! お巡りさんこいつなの~~っ!!」
遠くなるメリーさんの悲鳴を聞きながら、
「「「「いってらっしゃーい」」」」
タイやヒラメ(とフグ)が舞い踊りをして見送ったのだった。
そうして翌日、日本海溝が突如爆発して、太平洋上に面した国々に津波が襲い掛かって甚大な被害がもたらされたのだが、その真の原因について地上の人間は誰もわからなかった。
「――し、死ぬかと思った。なんだあのクトゥルーは!? ポセイドンのイメージと全然違うじゃねーか。玉手箱で弱体化させなかったらヤバかったぞ」
「でも、〇ブの特攻でなんとかなったの。これ、カ〇の部品なの……」
そういって包丁に刺してある巨大なイカゲソのようなものを島太郎に渡そうとする乙姫。
「明らかにポセイドンの残骸じゃねえか! 捨てろ、そんなもん!!」
地上がほぼ壊滅するような被害の爆心地にいて、なんでこのふたりピンピンしてるんだろう? と思いながら、出迎えた竜宮城の面々。
ともあれ借金をチャラにして自由を得た浦島太郎と、海底世界の覇権を握った竜宮城と乙姫たち。
このままめでたしめでたし……にする前に、ついでに地上世界がポセイドンとの戦いの余波で混乱しているドサクサ紛れに制圧すべく、
「津波で地上壊滅とか、明日を救わないどっかの巨大ロボのラストみたいなの……」
乙姫様の命令のもと、浦島太郎を地上侵略司令官として竜宮城の世界征服物語がこうして始まったのであった。
「人類の反撃だ! 海底軍艦『電光』発進っ!!」
そうして人類対海底人との最終決戦が火ぶたが切って落とされた!
【to be continued?】
8/26 一部、桃太郎の記載が間違っていましたので修正しました。
あと、若干加筆しました。




