番外編 あたしメリーさん。いま収録しているの……。
スマホの向こう側から、メリーさんの切迫した声が聞こえてくる。
『あたしメリーさん。いま角の肉屋にいるの……!』
タ○ちゃんの足音みたいな『タラタラリン〜〜♪』という微妙にムカつくBGMとともに、メリーさんの荒い息遣いが続く。
『あたしメリーさん。いまその先の雑貨屋の前にいるの……!』
『あたしメリーさん。いま町外れの川にかかっているミソカイ橋にいるのっ……!』
「だんだんと離れていくんじゃねーよ!」
本末転倒だろう! ジョーズみたいに段々と迫って来る恐怖が、メリーさんの真骨頂だろうが!!
『そっちから、勝手に異世界までやってきて、迎撃するとか、予想外なの! おまけに、黒くて硬いモノにを見せびらかしながら現れるとか、メリーさん貞操の危機なの! まるで呼んでない奴に二次会の場所を突き止められたような恐怖なの……!』
スマホに呼び掛けると、律義にメリーさんもテケテケ走りながらケータイで返事をよこす……つーか、初めてメリーさんの通話方法を見たけど、クマちゃん型のガラケー――いや、PHSか、もしかして?!――だった。
「黒くて硬いモノ――って、マイクだろうが、マイクっ。リポーターで来たって、最初の挨拶で言っただろう!」
ちなみに揺り起こされ、バスを降りた俺たちに目の前にあったのは、異世界……というか、微妙にズレた中世ヨーロッパを模したテーマパークみたいなところで、実際の中世当時には絶対なかった民家の窓ガラスや、継ぎ当てひとつない新品の衣装を着た人々が舗装された道路を行きかう姿があった。
で、そこで現地の案内役として紹介されたのが……というのが、十分ほど前の話である。
ともあれ必死に逃げるメリーさんを追いかけて、町外れまできた俺は、なおも逃げようとするメリーさんの襟元を掴んだ。
「俺、被害者。いまメリーさんの背中を掴んだぞっ!」
『あたしメリーさん。なろうでよく「~~だぞ」って言葉遣いをしている一人称主人公がいるけど、どんな育ちをしているのか、やったねたえちゃん案件並みに、反吐が出るほど受け付けないの……!』
そのへんは同意見だが、ジタバタ暴れながら包丁を繰り出してくるんじゃねーよ!
とりあえず包丁を無理やり取り上げて、お米様抱っこの要領でメリーさんを小脇に抱える俺。
「きゃーーっ! 変態なの! ロリコンなの! これから埋められて殺されて犯されるの……!!」
「順番がいろいろと猟奇的だ! その通りだったら性犯罪者の殿堂入りクラスの変態だな、おい」
つーか、再会していきなり逃げ出すとは何事だ?
「せっかくこっちから(不本意ながら)来てやったのに、なぜ逃げる!? メリーさんなら追いかけてきて、後ろから包丁で切り付けて、最後に全身の血を吸うまでがデフォルトだろーが」
「異議ありなの! メリーさん蚊じゃないんだから、血は吸わないの……!」
「えっ、そーなのか? 最近のメリーさん関係のネット資料では、そう書かれているけど……」
「梅田駅で迷子になるとか、ニ○ジャスレイヤーやフェ○ックス一輝と背後の取り合いをするとか、VRゲームでなんかけったいな技を使えるようになるとか、いちいち参考にして『Re:CREAT○RS』のアル○ミラの真似すると収拾がつかないから、メリーさん基本的にエゴサはしない主義なの……!」
と、そんなじゃれ合いをしていたところ、いつの間にか完全武装の衛兵に取り囲まれていた。
「動くなっ! 幼女を追いかけて拉致した現行犯として逮捕する!!」
剣を向けてメリーさんを小脇に抱えた俺を怒鳴りつける、隊長らしい髭面のおっさん。
「いやいや、FBIさん待って! メリーさんとは顔見知りで、そういう意味じゃくぁwせdrftgyふじこlp」
思わずテンパる俺の弁解を嘲笑うかのように、メリーさんが「ふぇぇん、ぜんぜん知らない人なの!」と、遠山の金さんのお白州で顔を合わせた、越後屋と博打うちの親分のように、ウソ泣きしながら無関係を主張する。
「やはり幼女趣味の変態かっ。修正してやる! 歯ぁ食いしばれ!」
周囲の衛兵たちが一斉に俺を取り押さえにかかった。
「暴力はいけない」
そうとりあえず、愚○克己と花○薫の喧嘩を止めた範馬○次郎のように、そう言ってから完全武装の衛兵……えーと、十二人。と、途中から追加で加わった『ザ・冒険者』風の堅気ではない、武装した連中を十六人の合計……
「三十二人なの……!」
「適当にサバを読むな!。二十八人だ二十八人!」
五分後――。
全員、俺の当て身と投げ技でズダボロになって、地面に転がっている衛兵と冒険者の成れの果てを眺めながら、小脇に抱えたままのメリーさんが適当に言うのを訂正する。
「――にしても、さすがは異世界。いきなり集団でかかってくるとは、剣呑なんてものじゃないな」
「あたしメリーさん。ウルトラ兄弟と同じで、一人で敵わない敵がいると、武器を使うか集団でリンチしていくスタイルなの……!」
ああ、湾岸戦争で圧倒的に優位な多国籍軍が、正義の名のもとにイラクを集団でボコったようなもんか。
「あと、どーでもいいけど、セブンの息子がイレブンでないのが、メリーさん不可解なの……」
本当に心底どーでもいい話だな。
「でも、さすがはメリーさんの恋人なの。この程度の雑魚なんて瞬殺なの。チートなの……!」
「チートじゃない、普通に実家で習った古武術を使っただけで」
つーか思うんだけど、密集した路上では絶対に投げ技のほうが有利だけど、なんで異世界モノでは柔道とか柔術で無双する展開にならんのだ? ある程度距離があるなら石を投げて、近づいたら投げるのコンボでほぼ片が付くと思うのだが。
なんで投げ技や締め技で俺tueeeする『異世界柔道一直線』かいうタイトルの作品が、ランキングに載らないのだろう?
そう思わず疑問が口に出た。
「あたしメリーさん。投げ技なら、作者がぶん投げるのは、割とマジで多いと聞いているの……」
「それぶん投げる意味が違う!」
必殺・エターナル投げ! という奴です。
「あと、倒れている連中も殺してもいないから。数日休めば動けるから。――ま、ここで無理に動こうとすると、全身が爆発するように経絡経穴を突いておいたけど……」
途端、気が付いていて俺の油断を探っていたらしい、数人がビクリと震えた。
「メリーさん思うんだけど、それってほぼ世紀末救世主なの。素でチートも同然だと思うの……」
「そうかー。俺も親父も祖父さんも、人体を壊すことだけはできるけど、治すことはできないんだよなぁ」
聞いた話では治す方を研究して、人体実験をしまくり、一周回って『天国に昇るような快楽の中で死ぬのが真の救い』という危険思想に目覚め、刑務所に収監された叔父さんもいたそうだが。
「ともかく、仕事とプライベートは別にして割り切ってもらう。まずは打ち合わせをしなきゃな」
そう言い聞かせてメリーさんをぶら下げて、俺はもとのバスのとめてある場所まで道を戻った。
諦めたのか、メリーさんは俺の腹のあたりに顔を寄せ、
「知らない雌の匂いがするの……! 人間でも狐狸妖怪でもないの。また変なものと浮気しているの……!?」
何やら匂いを嗅いで、勝手に決めつけて激昂していた。
「なんのこっちゃ。ここへくるまで顔を合わせたのは番組スタッフとアパートの管理人さんくらいなもんだ」
「ならきっとその管理人とかがおかしいの……!」
「おかしいのはお前だ。つーか、新型君ウイルスが脳に寄生してるんじゃないのか!?」
幸い、日本ではBCGだか、治療薬のア○ガンだか、なんとかトリオンとかの研究が進んでいるらしいが。
「セプテ○トリオン? 女神の遺した七つの何か、だったかしら……?」
「世界が終わるな、おい!?」
メリーさんとボケツッコミを繰り返しながら、俺は踵を返した。
◇ ◆ ◇
「――わりと早かったですね」
バスのところに戻ると、松平Dが平然と出迎えてくれた。
「あたしメリーさん。車○正美だったら追いつくまでに、八回くらい戦闘があったところなの……」
メリーさんがなんとなく不服そうに応じる。
「……なにか不満か?」
「メリーさんが必死に逃げているのに、誰もフォローしてくれなかったのが理不尽なの……!」
すでに収録が始まっていたらしい、オリーヴたちの先導で通り沿いの店に、『Psy-TAMA』のメンバー(谷口、太一郎)が入って行くところをカメラが映していた。
にこやかにテレビ映えする角度で案内をする、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカを睨みつけるメリーさん。
その恨み節を聞いた松平Dが「ああ」と、思い出したように相槌を打った。
「私も追いかけた方がいいのではないかと思ったのですが……」
オリーヴたちに確認したところ――。
オリーヴ「ローラがなんとかするんじゃない?」
ローラ「ご主人様の奇行はいつものことですし、エマが追いかけるのではないでしょうか?」
エマ「スズカがどーにかするんじゃない?」
スズカ「あわわわわわわわわっ!」
「あいつらいつもそうなの! 行動が無責任でズレまくりなの! 発売以来何十年と経っているのに、印刷するといまだに画像がズレまくるEX○ELみたいに、不動のズレまくりなの……!!」
「毎回、あわや労働災害な状況を引き起こす、現場猫か!?」
「はっはっはっ、どこの職場でもよくある状況ですね。そうならないように、私は妻と話し合う時は、まず肯定から入るようにしています」
思わず激昂するメリーさん(基本、メリーさんはいつも怒っているが)と愕然とする俺。そして、慣れた様子で含蓄があるんだかないんだか微妙なコメントをする松平Dであった。
テーブルと書籍が並ぶ謎の店内に移動した一行に合わせて、俺とメリーさんも進む。
どことなく排他的で、下手な雑談などしたが最後、周りの客や店員が黒い目になって、
「「「「「「「アーアーアー」」」」」」」
と延々と『ま○が道』みたいに陰湿な嫌がらせをしそうな雰囲気だな。
そう独り言ちると、さすがに場違いなので小脇に抱えた姿勢から、片手で手をつないだ格好になったメリーさんが小首を傾げた。
「……が○ん汁?」
名作を穢すな、この餓鬼ァ!
その間にも、慣れた足取りで店内を突っ切ってカウンターのところへいったオリーブが、黒いマントをはためかせ、
「ベンティノンティーマンゴーパッションティーフラペチーノアドホワイトモカシロップアドホイップクリーム!」
DQの復活の呪文か?!
「「お~~っ、さすがは魔女」」
目の当たりにした谷口と太一郎が軽く手を叩いた。
さらに調子に乗ったオリーヴは、続けてローラやエマ、スズカのための呪文を唱える(親切心ではなくて、テレビの主役を率先して務めるためのパフォーマンスだろう)。
「ショートアイスチョコレートオランジュモカノンモカエクストラホイップエクストラソース」
「グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノ」
「フルリーフチャイティーラテオールミルク」
「で、メリーさんはグランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノあたりで――」
オリーヴの台詞が終わる前に、メリーさんが俺を引っ張ってカウンターのところへいくと、背伸びをして――届かないので、両手を脇の下に入れてバンザーイの格好で持ち上げてやった。
「メリーさん、ヤサイマシマシニンニクアブラカラメなの……!」
「「その呪文は別な店だ(よ)!!」」
自信満々に言い切ったメリーさんに、俺とオリーヴのツッコミが入った。




